血染めの仮面
まだ建設されたばかりの都市があった。
銀や灰色の外装が聳え、窓が陽光を反射する平和な場所だった。
「よお姉ちゃん!!」
そこへ響く、陽気な声。
まだ年若いであろう男が、妙な女に声をかけていた。
黒く、長い髪、赤い着物を着ている…何より、仮面を被っている。妙を通り越して異様ともとれる彼女に、男はさぞ楽しそうに絡んでいた。
それほどまでに彼は暇していたのだろう。女の周りを彷徨き、彼女の進路を明らかに妨害している。仮面をつけているが故にどこに視線を向けているのか分からないが、とりあえず前に出る男。彼はこうして視界に入るようにしゃしゃり出て、ナンパが失敗してもせめて顔だけでも覚えていてもらおうと立ち回るのだ。
「おーい聞こえてるー?俺とさ、この後何か食べに行かなーい?あ、映画でもいこうか?へへ、俺今日バイトサボっちゃってさー、あ、俺の名前は永山秀一…」
夢中で喋る彼の声が、突如途切れる。
…喉を、女の手が突き抜けていた。
血がコンクリートの上にまき散らされる。
激痛に、呼吸ができない。
なのに…意識を失えない。
「っ、がっ、あっ、うっ、ヴヴヴ」
感情を感じられない声をあげ、手足が痙攣。しかし脳は悲鳴をあげている。
女は、画面の向こうからそれを見つめ続けていた。見つめて、見つめて…そして。
手を上に振り上げた。
喉から真上へ手は容易に貫通。頭部は真っ二つに裂け、衝撃で眼球からも血を噴き出した。
惨たらしい様を晒しながら、彼は倒れる。
血溜まりが広がるのは早かった。女はその血を避ける事もなく、靴を浸していく。
ここは都市の中心部。この惨劇を見ていた人々は…当然腰を抜かした。
白昼堂々ナンパに勤しんでいた人間は、その瞬間まで怪訝そうに見つめられていた。
だが次の瞬間に展開されたその惨状。一気に被害者へと堕落した男。人の認識とはこの短時間でこうも真逆に変わる。
…そんな事に気を取られている場合ではない。人々は悲鳴を上げ、所持品を落としながら次々に逃げ出していく。
女はその場から動かず、ただ右手で髪を軽く払い上げた。それは、一種の[予備動作]だった。
直後、逃げ惑う人々の首が…吹き飛んだ。
人々の意識が次々に飛ばされる。
彼らの視界に映るのは、自分達の胴体、手足。
全てを染める鮮血。
まさに地獄絵図。
絵図の隅に追いやられた人々が恐怖に満ちていたというのに、その中心に立つ女だけは微動だにしなかった…。
「おや、これまた随分派手にやられましたね」
呑気な声が飛び込んできた。
女は顔を向けぬまま、ただ声だけを聞く。
近づいてきたのは…ベレー帽を被り、そして体の左半分を機械化した大柄な男…。
女の配下である、グルテだった。
足元の遺体を踏みつけ、近づいてくる。過去に何度も踏みつけてきたのだ。今更躊躇などしないだろう。
「あまり無意味に殺さないでくださいよ。お掃除する我々が大変なんですから」
愚痴をこぼしながらもグルテの顔は笑っている。
そして、彼は指を鳴らす。すると、辺りから何やら騒がしい稼働音が聞こえてきた。
ビルの上から、何かがけたましく飛んでくる。それらは…肉塊と鉄が組み合わさったような奇妙な外見をした…ドローンのようだった。
そのドローンは、ゴミのように転がらされた無数の遺体に群がり始める。
そして…彼らは遺体に張り付き、何かを始める。少しずつ触手のような物を張り付かせていき、皮膚に食い込ませる。深く、深く、刺し込んでいく。
そして…次第に触手が背中をこじ開け、ドローンはその穴から遺体の中へと入っていく。
肉同士が擦れる不穏な音。ドローン達は遺体へ寄生していた。
そして…。
遺体達は、立ち上がる。
ゾンビのようにおぼつかない挙動、落とされた首や抉られた体はそのまま。
グルテが右手をあげると、彼らはグルテの後ろに立ち並ぶ。彼に服従しているかのようだが、その顔に生気はない。
「彼らには、我らの雑用係となってもらいましょうか。いざという時は爆弾でも背負わせて武器になって頂きましょう」
ゾンビ達を引き連れ、女の横を通り過ぎていくグルテ。
その頃。
「ぐっ…クラナ…!」
以前、山で謎の女に攻撃されたFとクラナ。
全身が血まみれになっていたが、何とか目を覚ますF。真っ先に心配したのは自分ではなく、クラナだった。
丁度同時にクラナが目を覚ます。目を細め、痛みに身を震わせつつも何とか無事なようだ。もしこれが普通の人間ならば、そもそも肉体が耐えられずに粉々になっていただろう。自分達の頑丈な肉体に頭を下げたくなる。
見慣れぬ森林に落ちていた。
この光景から記憶を辿るのには困難だが、全身に刻まれた感覚があの女を思い出す。
「…クラナ。やつは間違いなくこれまでも多くの人間を殺してきた。止めないとやべえ」
「…お兄ちゃん、大丈夫?」
クラナの返事は、ただただ兄の心配だった。Fは膝を折り、クラナの目線に合わせて頷いた。
「お前は本当に優しいな」
仮面の女、やつの殺人はあまりに手慣れていた。もはや言うまでもないが、あの動き…人知を超えた存在だ。
あんな化け物が今も尚同じ大地を踏みしめている。そう考えると、気が気じゃない。
二人に今できる事は一つ。
ワンダーズに伝える事だった。




