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血染めの山

Fとクラナは、ある人物達を救出していた。

その人物達を助ける事…それは、Fとクラナ個人にとってこの上なく重要な事だった。

いや、正確にはその人物達というよりも、その[場所]から助け出す事が重要だった。


「大丈夫か」

黒髪の男性を断崖絶壁から引き上げるF。

男性は頷きながら、泥まみれの顔を伏せた。


ここは、かつて強大な魔力が生じた事で地層が緩んだ山脈。一見自然に恵まれた普通の地帯に見えて実際はかなり不安定な場所であり、少しの弾みで土砂崩れが生じる。

この山脈から、ワンダーズに向けて、鉱物の発掘に送られた作業員をサポートしてほしいという依頼が出た。

そこてFとクラナがワンダーズの手伝いがてら、ここへやって来たのだ。


何故二人にとってこの山脈が重要なのか。



その理由は…彼らを生み出した存在、リューガが、この山脈の地殻変動を引き起こした原因だからだ。

かつてリューガはれなたちと戦った他にも数々の戦士と戦い、なぶり殺してきた。その際に生じた彼の強い魔力が、知らぬ間に大地に影響を与え続けていたのだという。

どこまでも深い爪痕を残したリューガ。そんなリューガの子であるFとクラナがこの山脈に関する騒動を解決する事にこそ意味がある。


Fが黙々と救援作業を続ける。

絶壁地帯に取り残された作業員を助け、土を魔力で補強し、道の邪魔となる石をどけていく。あらゆる作業に身を入れていた。

その目は真剣そのもの。無愛想に見えて、実際は誰よりも使命に忠実、他者を思いやる彼の責任感が、その手を、足を動かしていた。


複雑に混じり合い、胸に重い気配を落とすFの正義感とは裏腹に、妹、クラナの正義感は実に純粋だった。

「あらよっと!」

道を塞いでいた大岩をその細い腕で軽く持ち上げ、背負い込み、兄のもとへ。

「お兄ちゃん見て見て!アタシこんなに綺麗にしたよ!皆、喜んでくれたらいいな!!」

「ああ。えらいぞクラナ」

平地同然となった、乱れた岩一つない道の中心で得意気に両手を広げるクラナの頭をそっと撫でる。頼りになる自慢の妹だった。


ふとクラナは首を傾げる。

「ところで、何で人間の皆はこんな危ない場所に来たんだろうね?」

「…鉱物を手に入れる為だ。人間は欲深い。自分達の身の危険を顧みず、物欲に左右されるんだよ」

Fはここで口を止めた。

それを勇敢と呼ぶべきか、無謀と呼ぶべきか…幼い少女にそこまで踏み込むのは、それこそ無謀というものだ。


「そっかぁ。なんか可哀想だね…。とにかく、他にも倒れてる人がいないか助けてあげないとね!」

クラナは背を向け、他の場所へ走り去っていく。

どこまでも優しい子だった。彼女なら、人間達を勇敢と呼ぶ事だろう。




その後、兄妹の必死の努力もあって、作業員達は全員、山道の途中に建設されたキャンプに集まる事ができた。

ついでに土砂崩れによって乱れた道や、道を塞いでいた岩石も跡形もなく消えている。

たった二人の兄妹の力とは思えぬ結果だった。


無数のテントが立つキャンプ…。山の中腹の広場にて。


足に包帯を巻いた屈強な男が、石造りの椅子の上でF達を見上げていた。

「おかげで助かったよ…君達のおかげでこの辺りはもう大丈夫そうだ」

「まあ、無事で良かったよ」

無難に済ませるFと、横で落ち着きなく跳ね回るクラナ。

見渡すと、怪我をした人間達も何とか会話できるくらいに回復しているらしい。使っていた道具を整理していたり、焚き火を見つめていたり…。それぞれが、自分達の行いの結果なのだと考えれば、達成感が増すものだった。

目の前の男は膝に片手をのせ、大きくため息をつく。

「ったく。リューガの野郎、死んだ後もとんでもねえ迷惑をかけやがるな。死ぬならやつ一人で十分だっつーのによ」

Fは相槌を打ち、適当に聞き流す。

リューガは確かに邪悪だし、救いようのないやつだった。が、だからといって目の前の男のこんな話を聞いていても、良い気分にはなれない。


(さっさとこんな所からはトンズラして、クラナと虫取りにでもいくか…)

そんな事を考えながら、タイミングを見てずらかろうとしていた。

しかし、男は聞き捨てならぬ事を口走る。

「よし、じゃあこの後再調査に出向く。ご協力ありがとう」

は?と思わず声が出るF。

「待て。お前ら懲りたんじゃねえのか。魔力で土壌を補強したとはいえどまだ地盤が緩い事には変わりない。危ねえからやめとけ」

「…懲りる?」

男は首を傾げながら立ち上がり、肩を鳴らす。その目は明らかに先程までの感謝の意を感じさせず、見下したような視線に変わっていた。

Fもここで姿勢を崩す。

この人間とも仲良くできなそうだと悟ったのだ。

「ったく、これだからガキは。良いか。俺達は未来の為にこうして危険を冒してでも、重要なエネルギー源となる鉱石を集めてやってるんだぞ。余計な口出しするならとっとと帰りな」

シッシッ、とばかりに手を振る彼に、Fは目を細めて睨みつける。横のクラナも、怒気に満ちた顔で男を威嚇していた。

「おい…。恩を着せるような言い方はしたくないが、俺も妹もあんたらの為に動いたんだぞ。そんな態度取らなくてもいいんじゃねえか」

「はいはい。ちょっと強く出ただけでこれだ。クソ能無しでクソバカなクソガキども」

男は二人に目線も合わせず、近くのテント前に干されていた作業服に手を伸ばしながら続けた。

「大体、お前ら居なくても作業は進められたからな。少し復興が早くなっただけだ」

「は…?」

あれだけ倒れていた作業員、常人の力で動かすのは一苦労な岩。そもそもこの地帯自体も、魔力による補強無しではいつ崩れてもおかしくない泥舟のような場所。二人無しでは復興は不可能だっただろう。

男は明らかに苛立ちのままに言葉を進めてる。物欲、感情によって左右される心。人間の悪い癖が全て表に出ている。

「あー、懲りる、か。…もうお前らが不愉快で仕方なくなったよ。さっさと消えろゴミが」

もはや全く目を合わせなくなった彼。クラナは頬を膨らませ、今にも飛びかかろうとしている…。

が、Fが手を伸ばしてそれを止める。

「クラナ、いいさ。リューガによって生じた危機からあいつらを守れた。それだけで良い」

腑に落ちぬ顔をしながらも、クラナは俯き…地面を見たまま無言で頷く。Fはクラナを手で促し、背を向けて去ろうとした。


「ぎゃあああああああ!!!!!」

突然、悲鳴が響き渡る。

あまりに突然だった。

二秒前までは平穏な場所だったはずだ。

甲高く響いた鳥の鳴き声にも誰も動じず、意識を向けなかった。そこへ、壮絶な悲鳴が響いたのだ。

瞬時に振り返る。


…キャンプの片隅、テントの前で…血が溜まっていた。

うつぶせに倒れる作業員。その後頭部は…粘土のようにへしゃげている。

そして…彼を見下ろすのは、その血にも劣らぬ程に真っ赤な着物を着た…長い黒髪の、仮面の女。


誰もが、時を止められた。


そして…事態の全貌を知る前に、一斉に逃げ出した。

「…にげろーーー!!!!!!」


背を向けて逃げていく作業員達。もはやキャンプの事など忘れている。

仮面の女は、ゆっくりと彼らの方に顔を向け…瞬時に姿を消す。


次の瞬間、地獄絵図が広がった。


岩の地面に広がる赤の湖。


大勢の作業員の腕が飛び、首が飛び、胸を抉られ、爪が剥がれ、下顎を裂かれ、内臓が飛び散る。


それら全ての惨劇が、視界に飛び込んだ。


「…ぐっ」

Fは、冷静だった。

そしてクラナもまた、息を呑みつつも、その歳からは考えられぬ冷静さでそれをじっと見つめていた。

リューガの子である二人。凄惨な光景に対する耐性も、常人以上。

保たれた精神のまま、彼らは感じた。



恐怖を。



こんな光景を前にしても怯まぬ二人ですら、その女からは恐怖を感じる。

深く、淀んだ恐怖を。



「…リューガ…か?」

いや違う、とFは自身の思考を横殴りする。

リューガは男だった。女ではない。

それに、魔力が違う。

リューガとはまた違う気質の邪悪な魔力。


リューガは相手の苦しむ様を純粋に喜び、もて遊ぶ、いわば純粋な悪意。

対して目前の女は、複雑な悪意が渦を巻いていた。


Fには分かる。

この魔力は…数々の知性を備えた者の、知恵ある悪意。

脳内で数々の計算を巡らせ、答えを見いだす思考力。

多くを経験しながら、その経験をもとに自身にとって最善たる行動を弾き出す、密度ある思考。そしてこの女の邪気からして、その最善の行動とは…すなわち悪行。


「クラナ、止めるぞ!!」

咄嗟の叫び。クラナは素早く頷き、そして兄と同時に飛び出した!

女の不気味な姿が一気に近づく。拳を握り、その仮面へ一発見舞おうとしたのだが…。

その覇気に対して、女はただ一度、手を振り上げた。



…轟音が、凄まじい轟音が響く。

「ぐあ…ああああっ!!!」

「やあああああっ!!!」

兄妹は叫び、投げ出されるような衝撃に見舞われた。重力が空から働いているのかと思う程の勢いで上へと飛ばされ、青空と山が乱れるように視界を踊る。

そして、顔にぶつかる小さな砂利の感触。

何とかばらんすを保ちながら地上へ目を向けると…先程まで自分達が立っていた地帯が…切除されている事に気付いた。

そう、切除。

山の一部を、丸ごともぎ取ったのだ。


女は、見事なまでに綺麗な形で崩れていく大地の前でも微動だにせず…そして大地の方には見向きもせず、ただFを見ていた。

仮面の赤い目、Fの目、見えない線で繋がった。


「っ」

…唐突な激痛に、Fの意識が失われた。


意識を失う瞬間、僅かに見えた。

全身から血を吹き出すクラナが。

そして…自身も同じ状況になっている。

目の前が真っ暗になる。





女は、それをまっすぐ見つめていた。

空中でバランスを失い、地上へ落ちていく二人の姿を。

近くの荒地に墜落したのを見届ける。



「…」

そして、何事もなかったように…本当に言葉通り、何も起きていないかのように、背を向ける。


ただここへ来て、ただ景色を見ただけ。

考えという言葉すらおぼつかないような…そんな思考。



彼女は背を向ける。


そして…その姿は、大気に溶け込むかのように消えてしまった。


残されたもの。


それは…鮮血のみ。




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