8話【奴隷がいる世界】
空が夜闇に覆い尽くされた深夜。
お互い裸のままベッドで横になる私とリーシャ。
「はァ……はァ……流石に疲れました……。少しヒリヒリします……」
「私もヘトヘト~。でも気持ちよかったでしょ?」
「まぁそれは、そうですが……」
まだ正直になるのは恥ずかしいみたい。少し視線を外された。やっぱり可愛い。
「……あの、アルミラ様。今朝の事なのですが……」
「今朝?」
何かあったかな? リーシャが口元のソースを拭いてくれて嬉しかった記憶ならあるけど。
「奥様から私を庇ってくれたではありませんか」
「ああ、そんなこともあったね」
「あの時は、ありがとうございます。私などを庇っていただき感謝の言葉しかありません」
「いいよそんなの。なんなら先に私を庇ってくれたのはリーシャじゃない」
私がランドリス家の汚点と言われ、表情に見せなくても腹を立てていたのだろう。そう考えるだけで、胸が温かくなるほど嬉しかった。
「こんな不毛な言い争をしちゃうのは、この世界の身分格差が原因なんだろうね」
食卓での出来事を思い出し、根本的な原因を考える。
でも、それは解決しようも無いことだった。
地球の歴史でも身分制度が撤廃されるのにはとても長い年月を費やした。
この世界では身分制度が深く根付き、その根元を取り除くのはかなり難しい。それもたかが公女一人で改革できる事象でもない。
現状の回復をしたいのであれば、最低でも王様にはならないと。
けど私にそんな気概はない。こうして誰かに愛されているだけで毎日満ち足りている。王様ハーレムもちょっとは憧れあるけど。
「申し訳ありません。私が卑しい身分であるが故に、アルミラ様にご不快な思いを……」
「コラっ! そういうことは言っちゃダメ」
ペチンと彼女の額にデコピンする。
「不快とかそんなの全然思ってないよ。それに私はリーシャが平民なことなんてこれっぽっちも気にしてないし、身分のことでリーシャが悪く思うことなんてひとつもないんだから」
「アルミラ様……」
「悪いのはこの世界だよ。人は皆平等に愛し合う権利があるのに、それにリーシャはこんなに可愛いのに、身分だなんだって無粋な線引きばかりして」
「私の容姿は関係ない気がしますが……。確かにこの世は、というよりここイージス帝国は他国より身分各差が激しいですからね。上は王様、下は奴隷まで――」
「ん? 下は、なんて?」
「え? えっと、下は奴隷まで」
「奴隷!?」
その言葉を聞いて、思わず体が飛び起きてしまう。突然の大声にリーシャは目を丸くしていた。
「そ、その奴隷って、ど、どれくらいいるの?」
「正確な数までは分かりませんが、首都ではおよそ人口の2割が――」
「2割ぃ!? 2割もいるの!?」
「え、ええ、まぁ……」
2割……2割も……。
首都ベネルガンデにはおよそ100万人程の人間が住んでいる。そのうちの2割ってことは。
「に、20万……も、いるってこと……」
どうしよう。震えが止まらない。
20万、……20万人もいるなんて……。
「はい、首都の現状はそうなり――」
「最高じゃないッッ!!!」
「…………え?」
「だ、だだだだって20万だよ! 20万人もいるんだよ! ど、奴隷ってことは私が買ってもいいんだよね? なら買って私が愛してもいいし、好きなだけ愛されていいってことよね!」
奴隷。嗚呼、なんて甘美な響きだろうか。
きっと自由を奪われた人々なのだわ。そんな人たちを私が買っていいなんて。ってことは、無償で愛してあげてもいいってことよね? 私が買ったんだから、好きなだけ愛してもいいのよね?
「すごい! とってもすごいわ! 愛の大バーゲンセールよ! 愛し放題愛され放題! そんな夢みたいなことがあっていいの!?」
「ば、ばーげん? え、えっと、アルミラ様? 一体何をおはしゃぎになっているのですか……?」
素敵だわ。素敵すぎておかしくなっちゃいそう。奴隷と主人の愛、禁断の愛、イケナイ愛、嗚呼想像しただけでお腹の奥がキュンキュンしちゃう。
初めてだわ。私の愛が足りないかもだなんて不安になっちゃうのは。
だって20万人よ。そんな沢山の人から愛されちゃったら、もし全員から求められちゃったら、私満足しすぎて破裂しちゃうかも。
「はぁ~♡ ダメぇ、触ってないのにイっちゃう♡」
脳細胞がパチパチとはじける。妄想しただけで体が反応しちゃう。
「決めたわ! リーシャ! 明日奴隷を買いに行くわ!」
思わずベッドの上で立ち上がり、そう断言した。
私の目標の一つ、奴隷ハーレムの夢が形作られた瞬間だった。