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5話【リシャルテというメイド】

チリンチリン。

夜中、静かな自室でベルを鳴らす。

メイドを呼ぶための、呼び出しベルである。

「お呼びでしょうか、お嬢様」

扉を開け、入室するメイドが一人。


「こんな夜更けに呼び出してごめんなさい、リシャルテ」

リシャルテ。平民のため姓はなく、優れた能力で公爵家のメイドにまで上り詰めた有能メイド。

凛々しい顔立ちに、少し鋭い目つき、紺色の髪は深海のように澄み渡っていて、メイド服の上からでもわかるしなやかな体つき。

見てるだけで、ついうっとりしてしまう。

綺麗な上に仕事のできる女性。私は彼女に、とても好感を持っていた。


「滅相もありません。それで、どのようなご要件でしょうか」

「少し寝汗をかいてしまったの」

「かしこまりました。只今お湯とタオルをお持ちいたします」

そう言って戸を閉めて数分、彼女はお湯の入ったタライを持ってくる。


「私は部屋の外で待機しております。片付けの際はまたお呼びくださ――」

「なんで部屋を出るの、リシャルテ」

「え……」

その返しに、彼女は一瞬動揺する。何かミスをしてしまったのか、そんな焦りから来る動揺だろう。

だが、そんな不安をかき消すように私は柔らかい笑みで続ける。

「リシャルテが拭いてくれない? 背中は1人じゃ届かないの」

「……っ、ですが、私は……」

「イヤかしら?」

「と、とんでもありません。ただ、私は平民の出です。そんな私がお嬢様の高貴な肌に触れることなど、とても恐れ多く……」

そっか、そういう考えになっちゃうのね。

この世界は前時代的な縦社会だった。

貴族は平民より上。そういう明確な線引きの元、この世界は成り立っている。

だから本来、私の要求はおかしなことなのだ。平民に体を触れさせることを許す貴族など、あってはならないことだ。

けど不思議なことに、人間はダメと言われるほどしたくなるものだ。


「私は平民に頼んでるんじゃないわ。リシャルテに頼んでいるのよ。――リシャルテになら体を触れられてもいいと思っているから、こんなお願いをしているのよ。貴族とか平民とか、そういう身分じゃなくて、リシャルテだからなの。……だからどうか断らないで頂戴」

「……! ……かしこまりました。お嬢様」

「ふふ、ありがと。リシャルテ」


私は羽織っていたガウンを脱ぎ、彼女の前で肌を晒す。

「っ! あ、あの、お嬢様。下着は……」

「ああ、ごめんなさい。寝る時はつけないの。嫌なら今からつけるけど?」

「い、いえ、大丈夫です」

流石に同性でも、いきなり裸になられると動じてしまうのね。

にしても、動揺してるリシャルテは可愛いわ。いつもは冷静沈着なのに、時々見せる動じた顔がなんとも愛らしい。


「じゃあお願いね」

私がベッドに座り込み背を向けると、リシャルテはお湯で濡らしたタオルで背中を拭いてくれる。

温かい。それにとても心地よい。

優しく丁寧に、まるで硝子細工を拭くような手つきで、少しこそばゆくもある。

けど、それがちょうど気持ちいい。

「いかがでしょうか、お嬢様」

「ええ……ん、……とっても、……気持ちいいわ」

イケナイ。最近はあまりにも人に触れられて来なかったから、布越しに触られるだけでも気持ちよくなっちゃう。

脳を刺激する快感が、ピリピリと小さな電流のように走る。

「それは……何よりです。お嬢様」

「……ねぇ、リシャルテ……ん」

「なんでしょうか、お嬢様」

「できればね。……アルミラって呼んで欲しいの」

「そのようなことをすれば周囲のものに示しが――」

「じゃあ2人っきりの時だけ。ダメ?」

「……かしこまりました。アルミラ様」

彼女は脇のあたりを拭きながら、少しぎこちなく私を呼んだ。

後ろを向いていて顔が見れないのが残念。もしかしたらリシャルテの照れ顔が見れたかもなのに。


「ふふ、嬉しいっ。リシャルテが名前で呼んでくれた♪」

「このようなことでですか?」

「当たり前でしょ。だって、リシャルテと少し仲良くなれたもの」

「私などアルミラ様と仲良くする資格は……」

「そういう言い方はしちゃダメ。アナタを下げるのは私の気持ちも無下にすることなのよ? だからそんなことは言わないでね」

「……はい、アルミラ様」

ちょっとだけ声が明るくなっているような気がした。嬉しいって思ってくれたらいいな。そうしたら私も嬉しくなれるから。


「――あの、アルミラ様」

「なぁに? リシャルテ」

「失礼を承知で申し上げますが、……その、本当に寝汗をかいておられるのですか?」

先程から私のスベスベな肌を拭いている彼女は、疑問に思ったのだろう。

「うん、リシャルテの言う通り。汗なんてかいてないよ」

「……? 一体何故そのような嘘を?」

嘘と判りながらも体を拭き続けるリシャルテが問う。

「リシャルテと話したかったから嘘ついちゃったの。ごめんなさい」

その言葉に、リシャルテの手が止まる。

怒ってしまったのかな。少し不安になり、チラリと後ろにいる彼女を見る。

するとそこには、新月に照らされた、赤面する彼女の顔があった。

「その……どうして、私にそれほど好感を持ってくれるのですか。私はその、一介のメイドに過ぎませんし、アルミラ様に好かれるようなことなど……」

好意を向けられた喜びと、理由のない好意を不安に思う一面もある。そんな感情が入り交じった結果の言葉であろう。

私の中で、その答えは明確だった。


私は振り返り、彼女と向き合う。

「リシャルテは私の事怖がらないでしょう。だから好きなの」

最初こそ緊張した素振りを見せるようではあったが、段々とその様子もなくなってきた。気軽に接してくれることはメイドである以上ないが、それでも周囲と比べれば十分に打ち解けた様子だ。

だからこそ、彼女を呼んだ。

「たったそれだけでですか?」

「たったそれだけのことをできているのはアナタしかいないのよ。リシャルテのそういう人を色眼鏡で見ない誠実なところが好き。足りないならもっと言う? お茶を入れる姿が優雅で綺麗とか、段差があるところでは手を差し伸べてくれる細かな気遣いができるところとか、今だって背中を拭いてくれる手つきがとっても優しくて――」

「も、もう大丈夫ですっ。その、わかりましたので」

照れた様子で更に頬を紅潮させるリシャルテ。


私が言ったことは全て本心だ。

だって彼女は、この世界で一人ぼっちな私の初めての味方なのだから。

「私って実は惚れ症なの。今はリシャルテに夢中。ほらっ」

「っ!」

彼女の手を取り、私の胸に押し当てる。

私の心音がリシャルテの掌に溶けてしまうようだった。

「ドキドキしてる。わかる?」

「あ、あのっ。お嬢様……っ」

気持ちいい。

リシャルテの指が擦れてジンジンする。

「アルミラだよ。アルミラって呼んで」

「お、……あ、アルミラ様。その無闇に肌を触らせるのは、いくら同性でも……」

「女の子同士じゃダメなの?」

「いえ、そういう訳では……むしろ異性の方が今はマズいと申しますか……」

段々と歯切れが悪くなるリシャルテ。

「んぅ……」

少し声が漏れてしまう。

彼女の手が少し動いてる。触りたいって気持ちが動きに出ている。もっと触っていいのに。

「ねぇ、リシャルテ」

「っ……な、なんでしょう、アルミラ様」

「私の体、綺麗かな?」

「……! そ、それはその……綺麗、だと、思います」


きめ細かい肌、シミひとつなくて、まるで真っ白なキャンバスみたい。

控えめに膨らんだ胸も、くびれたお腹も、扇情的な柔らかいお尻も、未だに自分の体とは信じられないほど綺麗で美しかった。

それを見たら、きっと誰だって思う。

男とか女とか、そんな些細な線引きなんて無視して、

――誰でもこの体を穢してみたくなる。

真っ白なキャンバスに、自分の色を塗りたくりたい。隅々まで、自分の色にしたい。真っ白な部分が見えなくなるまで、端から端まで、全部。

その初めては、リシャルテが良い。


「ねぇリシャルテ」

「は……はい」

「アナタにあげるね。私の全部」

「っ! ……、……」

ごくりと生唾を飲む音がした。

「全部あげるわ。私の毛先の一本まで、全部アナタのもの。私は今、アナタの為にあるの」

彼女の膝に体を乗せた。

素肌にメイド服があたる。シミにならないといいけど。

「ねぇどこが欲しい? 唇が欲しい? それとも今触ってる胸? もっと大事なところでもいいよ?」

「……っ、あ、……私――」


「迷う必要なんてないよ。全部アナタのだもん。――だから1つ、お願い。


私をたくさん愛して。私の愛が上塗りされるぐらい♡」


9月14日、18時ノクターンノベルにて5.5話を掲載。

6話掲載は15日になります。

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