3話【転生】
体が、温かい。
さっきまで冷たい地面に倒れて、死にそうになっていたのに。
まるでふかふかの布団にでも包まれているような、そんな温かな感覚だ。
ここが天国というものなのだろうか。死んだからどうなるかなんて、考えてもいなかった。そっか、ここがきっと天国なんだろう。
柔らかな布団で眠るような時間。それが永遠に続くようなのが天国なら、意外と悪くはない。
でも悪くないだけで、良くはない。
いくら心地が良くても、あの充足感には到底及ばない。
嗚呼、人肌が恋しい。
こんな無機質な温かさではなく、もっと心も温まるような……。
「……お嬢様、……アルミラお嬢様」
目覚めを呼ぶような声。
少し緊張気味に、誰かを呼ぶ声がした。
アルミラ? お嬢様? 一体誰のことを呼んでいるんだろう。
「お嬢様、……起きてください。朝食に遅刻してしまいます」
「……?」
近づく声に目が覚め、やけに軽い体を起こす。
体を起こすことが出来た。つまり、死んではいない。刺されたけど、九死に一生を得たのかな。
けど不思議だ。お腹に刺されたような痛みが一切ない。手術されたらこうも痛みが消えるものなのだろうか。
まだ覚めきらない眠気を振り払うように、目尻を擦る。するとぼやけていた視界が鮮明になり、目の前にいる声の主と目が合う。
「…………メイド?」
綺麗な女性がメイド服を着ていた。コスプレだろうか、にしては本格的な気がする。
「はい、メイドのリシャルテであります」
「リシャルテ……」
少なくとも日本人ではないわね。名前もそうだし、髪も鮮やかな紺色、どこの国の人だろう。
――それよりも気がかりなことがある。
声が、おかしい。
風邪を引いたとかそういうのではない。いつもの私の声じゃない。手も小さくなっている気がするし、体つきも幼くなっている。
どういうことかしら。理解が追いつかない。
首筋から自身の髪が垂れる。
髪はいつもショートにしていたのに、髪が垂れてくることなんてあるはずない。
それに、髪が……真っ白だ。
「……ねぇ……リシャルテさん」
「……っ、……なんでしょうか。お嬢様」
緊張気味にリシャルテが言葉を返す。
「鏡、持ってきて欲しいんですけど」
「……? 鏡ですか。かしこまりました」
リシャルテは了承して、何処からか持ってきた手鏡を私の前に差し出す。
声が、出なかった。
絹のような白い髪、それとは真逆なブラックの瞳。色白で、目鼻立ちが整っていて、まるでお人形みたいな顔。
それは、私が知る私の顔ではない。
「……誰?」
鏡の前で、私に問いかけた。
リシャルテは訝しげに私を見た。そんな彼女に、恐る恐る尋ねた。
「……私、――……一体、誰なんですか?」
「……! お嬢様、……まさか……!」
その日、ランドリス家は震撼した。
ランドリス家の悪魔が、記憶喪失になったと。