28話【資格と資質】
ふくらはぎが、まるで抉れてしまったような痛みだった。
初めて味わう激痛。強烈な痛み。
痛いを通り越して熱い。まるで焼けてしまうようだった。
「お嬢ッ!? ッ――!」
ガウルはフェンリルの体に飛び移り、そのまま垂直に飛ぶ。
2メートル程の垂直跳びの後、ガウルはフェンリルの首に狙いを定め、
「獣風情が……! ――死ねッ」
落下の勢いを利用し、激情の赴くまま、フェンリルの首を両断した。
「ッ!? ミラ!? あ、足から血が……!?」
レレさんの上に倒れ込む私。
彼女は私の体を抱き寄せ、血を流した私の右足を見る。私も、自身の足を見た。
右足のふくらはぎに、フェンリルの牙によって付けられたと思われる傷があった。
血がドクドクと出て、肉が露出している。もう少し深ければ骨まで見えてしまっていたかも。
「お嬢さん!?」
「大変だ!? すぐに集落に――」
「退けリザードマンッ!」
駆け寄る3人を片手で薙ぎ払い、私の元へと駆け寄ったのは、ガウルであった。
「お嬢ッ! すまない、俺が付いていて……!」
心配そうな顔。そして申し訳なさそうな顔をしていた。
「そんな顔しないで。っ、だ、大丈夫だから。ね? ちょっと、牙が掠っただけ――っ!」
「すぐに応急措置をする! ジッとしていてくれッ」
ガウルは私の背中を大木に寄りかからせ、座らせてから持ち運んでいた水で傷口を洗う。
「ッ……!?」
ズキズキと痛みが走るが、声をあげたら余計周囲に不安を与えそうだから声は押し殺した。
更にガウルは常備していた清潔な布を傷口に巻いてくれて、飲水まで差し出してくれた。
「……ッ、……しばらくはジっとしていろ」
「ええ、ありがとう、が、ガウル。おかげで痛みが……ッ、引いた……気がするわ」
「無理するな。相当痛むはずだ」
痛いのを隠して気遣ったのだけど、さすがに隠し切れなかったみたい。
本当は喋るのもしんどいくらい痛い。足がなくなってしまったかと、一瞬勘違いしてしまったほどの痛みだったもの。
「お、おい半獣男! み、ミラは大丈夫だよな!!」
「……貴様は黙っていろ。女」
ドスの効いた声だった。思わず身震いしてしまうほどに、怒気がこもった声だった。
「黙れじゃねぇよ! 大丈夫かって聞いてんだよ! ミラの足からあんなに血が――ガァッ!?」
ガウルのその怒りは、やがて有頂天に達し、レレさんの首根っこを掴み上げた。
「ガウル!」
その光景には、私も動揺せざるを得ない。
どうしよう。こんなに怒っているガウル、見たことない。怖い。もし、怒りで理性が効かなくなってしまったら……。
「ぐっ!? は、離せ!! 何しやがる!!」
暴れるレレさん。しかし微動だにしない。片手で掴みあげ、殺意にも似た怒気でガウルは彼女を睨みつけていた。
「大丈夫かだと? 貴様が……貴様がそれを言うのか」
「心配して何が悪い!! ミラはオレ様を庇って怪我を――」
「だからそう言っているッ! それもわからんのかッ! この屑がッ!!」
ガウルの怒声が森中に響き渡る。
「っ!? な、なんだよ! なんでオレ様がクズ――」
「剣を持ちながらッ! 守るべき相手に庇われッ! あまつさえ怪我を負わせるッ!! この所業をッ! 屑の所業と呼ばずなんと呼ぶッ! 言ってみろッ!!」
ビリビリと空気が振動する。空気がガウルの怒りに身震いしているようだった。
「ち、違う……庇われてない! オレ、……オレ様はちゃんと避けれて……ミラがいなくても……! オレは、……オレは……!」
潤んだ瞳で必死に否定するレレさん。
しかしそれが、ガウルの逆鱗に触れる。
「貴様はお嬢が死んだ時もッ! 同じように言い訳をする気かッ!!」
「ッ!?」
「ここは森だッ! 命のやり取りの場だッ! 誰が死ぬかもわからんッ! 何人死んでもおかしくないッ! そういう場だッ!! そんな場所で、子供の言い訳が通じると思うなッ!!」
「……!?」
「虚勢で自分を固めッ! 不毛な対抗意識ばかり抱きッ! 自尊心を守ることに必死ッ! 貴様の何処が戦士だッ!! 剣を持つ資格もないッ!! 戦いの場に出る資格さえもないッ!! 言ってみろッ!! 貴様の何処にッ! 英雄なり得る資質があるッ!!!」
「ッ!? ……お、オレ、……オレは、英雄に……」
「言えるのかッ! 言ってみろッ!! お嬢の目を見てッ! お嬢の傷を見てッ! 言ってみろッ!!」
ガウルは彼女の頭を私の方に向ける。
レレさんは泣きそうな顔で、私を見ていた。
泣くのを必死に我慢して、言い返すこともできなくて、悔しくて悔しくて、何も言えずに私を見ていた。
……ツラいわ。何もかも。
レレさんのそんな顔を見るのも。ガウルに汚れ役をやらせていることも。全てが。
「お、オレ……、オレは……。――ッ、……っ、……!」
「……! ……――」
ガウルは彼女の首を離す。
レレさんは力無くその場に座り込み、俯いて何も言わなかった。
「――……お嬢を連れて、俺は集落へ戻る。お前らは勝手にしろ」
私を背負ったガウルはそれ以上何も言わすにその場を去った。
誰も、ガウルと私の後には続かなかった。
――レレさんは、ずっと下を向いていた。
立ち去っていく、私たちも見ず。




