18話【リザードマンの男達】
馬車をおりるや否や、集落の入口では出迎えが待っていた。
「よくぞ参られた。ユリウス殿」
お偉方と思われる老人のリザードマンが出迎えてくれる。
その後ろには屈強な男性のリザードマンが10人ほど。
実物で見たリザードマン。
人とは違う青い肌、狩りをする為にできた体は逞しく、体の多くは鎧のように固いと言われる鱗で覆われており、トカゲのような尻尾も生えていた。
人とトカゲの要素が合わさった顔立ち。シュルルルと時々長い舌を出して鳴く声が魅力的。三本の指に生えた鋭い鉤爪がギラギラと輝いて危ない色香を出している。
嗚呼、素敵♡ 狩られてみたい。食べられてみたい。愛されてみたいわ♡
ウットリとした私を他所に、族長とお父様の会話は続く。
「いえいえ、こちらこそ歓迎いただきありがとうございます。族長殿はお変わりありませんかな」
「シュルルル! まだまだ元気じゃわ。お主はまた一段と丸くなられたのでは?」
独特な笑い方で族長はお父様のお腹を指さす。
「アハハ! これは痛いとこを突かれましたね!」
「あまり丸々と太られると我々が食ってしまうぞ?」
「勘弁してくださいよ族長、私は美味しくなんてありませんよ?」
アハハハ、シュルルルと笑い声の耐えない会話。外交相手というより、友達と話しているようであった。
プライドが高い種族だと言っていたのに、その族長の心をこれだけ掴むなんて、お父様の人心掌握術には目を見張るものがある。
「それよりユリウス殿。今回は何やら前回より人が多いように思えるが?」
「ああ、今回は手伝いのため娘とその従者を連れてきました。アルミラ、ご挨拶なさい」
お父様に背中をポンと押され、正気を取り戻す。
イケナイ。挨拶はしっかりしないと無礼な人間だと思われてしまう。ファーストコンタクトは大事よ。
「初めまして、皆様。ユリウス・ランドリスが娘、アルミラ・ランドリスと申します。若輩者ではありますが、微力ながら皆様のお力になれればと存じます」
ドレスの裾を摘んで優雅なお辞儀をする。目上の方にするカーテシーというものだ。
「シュルル! 礼儀正しいお嬢さんだ。ユリウス殿ソックリじゃ」
「そう仰っていただき光栄ですわ。族長様」
私はニッコリと笑顔を絶やさない。族長からは好印象だ。しかし――。
「ふんっ、子供を連れて仕事とは。我々も随分と舐められたものだな」
族長の後ろに控える男性たちは、何やら不満気だった。
「コラやめんか。ユリウス殿に失礼じゃぞ」
「族長、アンタはいつから人族にへり下るようになったんだ? コイツらは力の弱い種族だぞ。それなのに子供を連れて外交とは、我々を下に見ている証拠だ!」
プライドが高い、というのは本当のようだ。若い男たちは血気盛んなようで、不服なことがあれば外交相手でも族長相手でも噛み付くみたい。
「それになんだぁ? このナヨナヨしい子供は?」
その内の一人、若い男中でも抜きん出て大柄なリザードマンが、私の前へとノシノシと大きな足取りで近づいてきた。
とっても大きい。ガウルくらい大きいんじゃないかしら。
と心の中で比較にあげていると、ちょうどそのガウルが私を庇おうと前に出た。
「大丈夫よ。ガウル」
前に出ようとする彼を片手でとめた。
ここで臆したら心の距離が広がっちゃう。まずは歩み寄る姿勢を見せないとね。
「へっ! ちっこいガキだ。随分弱そうだな」
「ええ、私は武力には自信がありません。皆様のように強靭な身体も持っていません」
「シュルルル! だったらここに来るのは間違いだったな!」
ズイっと、大男は私に顔を近づける。まぁ積極的。
「俺ら若いのは強い奴しか認めない。俺らを見ただけでチビりそうなガキは家で茶でも啜ってな!」
シュルルル!と後ろにいる男性たちも愉快そうに笑っている。
「どうしてもここに入りてぇって言うなら俺に膝でもつかせてみろ。俺に立ち向かう勇気があるならなぁ? ガァアアアアアッ!!」
人族よりも大きく私の頭なら丸呑みできそうな大口を開け、鋭利なその歯で私を威嚇する。
一触即発に流石の族長もお父様も息を呑むほどだった。
ガウルは私が与えた大剣に手をかけ、いつでも戦闘態勢に入れる状態。
ピリピリと緊迫した状況、戦慄した風景に肌が張りつめている周囲の人々。
下手すれば外交問題にも発展しかねない場面で、私は――。
――ちゅっ。
大男のリザードマンの頬に、口付けをした。
ツルツルした鱗の上に唇が重なる音は、緊迫したその状況ではよく響いた。そして――。
「えっ、お、おおおおォォオオオ!?!?」
大男は野太い悲鳴を上げながら、尻もちを着いてトカゲの尻尾切りのように後退する。膝はつかせられなかったけど、尻もちはつかせられた。
青い肌が真っ赤になっている。ここまで驚くとは思っていなかった。意外と恥ずかしがり屋なんだ。可愛い♡
大男は私にキスされた頬に手を当て、混乱したように目を泳がせる。
そんな彼に、私はあえて近づく。
そして両膝を折り、真っ赤になった彼と目を合わせる。
「人族には、頬にキスをする挨拶もあるのです。ただ普通の挨拶とは異なります。キスをする挨拶は、親しくなりたい方に贈る親愛の証なのです」
「し、親愛?」
「ええ、私、皆様と仲良くなりたいのです。それはもう、今日という日をとても心待ちにしていたほど。私、こうして皆様と会えてとても嬉しいのです」
「は、はっ! 口から出任せを! どうせ俺らを怖がって――ッ!?」
大男の腕に優しく抱きつく。ゴツゴツした腕、鱗がツルツルしていて、人族より少し冷たい体温がほんのり気持ちいい。
「素敵な腕♡ 逞しくて力強そう♡」
「……ッ!」
彼の顔は更に真っ赤になっていく。
「私、もっと知りたいのです、皆様のこと。もっと触れ合って、皆様がどのように暮らして、どのように生きてきたか、全て知りたいのです。ただそれだけなんですっ。――代わりに、私のどんなことだって教えます」
「ど、どんなこと……」
大男の生唾を飲む音が、腕から伝わってくる。緊張からくる震えも、体温の上昇も、腕一つで全部感じられる。とっても正直な体だわ♡
「だからお願いします。どうか……どうか邪険にしないでくださいっ……!」
「……ッ!」
上目遣いで彼に懇願する。
「私、もっと皆様と交流を深めたいのです。お父様の仕事とは関係なく、私個人として皆様のことが知りたいのです……! だからお願いします! 私はひ弱で、力では皆様に敵いません。ですけど、私どうしても……どうしてもぉ……皆様と触れ合いたいのです♡」
心も……体も……♡
きっと私の荒い息遣いが伝わってしまっている。嗚呼、どうしましょう。恥ずかしい。でも伝わって欲しい。私の気持ちの全て、恥ずかしいとこまで伝わって欲しい♡
素敵なリザードマンの方々。高圧的で、プライドが高くて、なのにウブで可愛らしい。嗚呼、彼らのことも好きになれそう。
ギューッとさらに彼の腕を強く抱きしめる。
「リザードマンのお方。私、アナタともお近付きになりたいのです。……ダメ、でしょうか?」
感情的な訴えに、彼の心は揺れる。そして……。
「――……だ、ダメじゃ、……ないです」
「っ……! ありがとうございますっ!」
――ちゅっ。
再び彼の頬にキスをした。嬉しくて、つい。
「ず、狡いぞお前ばっかり! ひ、人族のお嬢さん! お、俺にもその、き、ききキスを……!」
それを皮切りにかリザードマンの男性たちが私に押し寄せてくる。すごいわ。こんなに求めてくれるなんて嬉しい♡
「い、いやそれよりも俺と触れ合おうぜ! 見ろこの上腕二頭筋! ソイツの腕よりデカイぞ! だ、だだだ抱きつくなら是非こっちに……」
「いやそれより俺の大腿四頭筋の方が逞しい! お、お嬢さん! 俺の足に飛び込んでくるといい!!」
「いいや俺の広背筋の方が張りが凄いぞ! 是非俺の背中に抱きついてくれ!!」
「いやいやこのまま抱きついているといい!! 俺が村1番の大男だ! お、俺に勝る男はいないぞぉ! 筋肉も1番でかいッ! だ、だだだからもっと、こう押し当てるように抱きついて……」
「ひ、人族の女イイ匂いがするべぇ。お、お嬢ちゃん、お、オイラの前の尻尾を触って――」
「おい抜け駆けする変態がいるぞ! 殺せぇえッ!!」
「粛清しろッ! 一族の恥だァッ!!」
ボディービル大会が始まったかと思えば喧嘩が勃発。
賑やかで楽しい種族なのね。リザードマンって。
「はァ……、アルミラ様はここでも平常運転ですか……」
リザードマンの集落、その入口にて。
リーシャの呆れるような溜め息が、虚しく木霊した。




