1話【とある少女の愛を求めるお話】
――初めて抱かれたのは、私が10歳にも満たない頃だった。
両親が他界し、叔父夫婦の家へと引き取られた。
それが7歳の頃だった。
慣れない家、2つ目の家族。悲しみに暮れる間もなく、私の周囲は目まぐるしく変わっていった。
それでも、馴染めるような努力は子供ながらにしていたと思う。
また失うのではないかと怖くて、2つ目にできた家族は大切にしたいと思ったのだろう。
その子供心とは裏腹に、2つ目の家族は呆気なく瓦解した。
私を家に出迎えた頃、いいやそれよりも前かも。
初めてあった頃から――叔父さんの視線には気づいていた。
叔父さんが私を見る目は、引き取った娘を見る目ではなく、一人の女性を見る目であった。
叔父さんは寂しいだろうと同じ布団で私を寝かしつけた、叔父さんはまだ小さいからと私と一緒に風呂に入った、叔父さんはとても可愛い娘であると私を何度も抱きしめた。
私を抱きしめるその手が、私のどの部位に触れたのかは言うまでもなかった。
そして9歳になった頃のある夜。
その日はちょうど叔母さんが友達との旅行で家を空けていた。
私はいつものように叔父さんに寝かしつけられた。
--そして突然、叔父さんが私の上に覆い被さった。
息を荒らげて、獣のような目で、私の体をまさぐり始めた。
抵抗はしなかった。しようとしても、できなかったと思う。
布団の上で仰向けになり、脱がされていく衣服を眺め、大きくなるソレをただ見ていた。
――痛みと圧迫感。叔父さんが私に与えた感覚だ。
体の中に異物が入り込み、それが何度も何度もお腹の中を抉っていくような感覚。そんな感覚が10分ほど続いて、叔父さんは絶え絶えな息で私の頭を優しく撫でた。
「愛してるよ。――」
私の名前を呼び、愛を囁いた。
その日を皮切りに、叔父さんは何度も私のことを抱いた。
寝室で、お風呂で、リビングで、時には家以外の場所で、何度も何度も抱いた。
そして行為が終わる度、叔父さんは決まったように私の頭を撫でた。そして愛を囁いた。
「愛してるよ」――と。
しかし、そんな日々が永遠に続くことはなかった。
「……ッ!? な、なにしてんのアンタたちッ!?」
行為の最中、叔母さんが家に帰ってきた。
私は裸で、叔父さんは私の上に覆いかぶさっていた。言い逃れできる状況ではなかった。
その後は、トントン拍子で家庭が崩壊した。叔父さんは警察の人に連れていかれ、叔母さんは叔父さんに離婚届を叩きつけてから私を施設に預けた。
12歳の頃、私は二度目の家族を失うこととなった。
悲しみに暮れるのかと、そう思っていた。
両親が死んで、叔父さんとは二度と会えず、叔母さんからは罵声を浴びせられ施設に捨てられるように入れられた。
悲劇のヒロインになった気分。そんな感覚に襲われるのだと、施設に入った私は思っていた。
けど、違った。そうはならなかった。
私はただ、――足りないと感じた。
叔父さんに抱かれ、痛みを感じ、家を追いやられた。--なのに、あの感覚がどうしても忘れられない。
叔父さんが私を求める感覚を、溶け合う氷のように肌と肌が密着する感覚を、愛してると言われたあの充足感にも似た感覚を、私は忘れられない。
そして、足りない。まだ足りない。もっと欲しい。
喉の乾きのような、激しい渇望だった。
中学に上がった頃、学内で私の噂はたちまち広がった。
施設に入れられた可哀想な子、叔父に乱暴されたいたいけな少女。……そして、誰にでも抱かれると。
頼めばヤラセてくれる、お金を取られることもない、尻軽な子がいる。
そんな噂が、学内中に広がった。
中学一年生になれば、先輩から言い寄られることが多くなった。
中学二年生になれば、同学年から求められることが多くなった。
中学三年生になれば、教師に抱かれることも度々あった。
多くの人に抱かれた。男の人にも、女の人にも。
付き合って欲しいと何度も言われた。卒業したら結婚しようとも言われた。
愛されていると、体で――心で――実感することが出来た。
満ち足りていた。あの日の渇望が、渇きが、満ちていくようだった。
そんな日々が、ずっと続いた。
高校に上がっても、大学に上がっても、私の噂は学内で広がり続けた。
私を愛してくれる人の家を点々としながら、アルバイトをして生活を送っていた。
沢山の人に愛情を貰った。沢山の人に愛して貰えた。
とても満ち足りていた日々だった。幸せな日々だった。私の心は、常に潤っていた。
けど、そんなある日――。
「この裏切り者ッ! あ、ああ、愛してるって……愛してるって言った癖にッ……!!」
大学3年生の頃、夜勤バイトの帰り道。
人気のない、薄暗い道だった。
街頭に照らされる彼が、包丁を持って私を怒鳴っていた。
怒り狂ったような目で、裏切られた絶望に満ちた表情で、私を睨みつけていた。
「お、おお、俺の事愛してるって、好きだって言った癖にッ……こ、この嘘つきがッ!!」
震える包丁の先を向け、彼は感情に任せて私を糾弾する。
「嘘じゃないわ。本当にアナタのことを愛しているわ」
私は沢山の人に愛され、その分愛してくれる人を愛している。
その気持ちはいつだって変わらない。冷めることも減ることもない。皆のことを、全員のことを愛していた。
包丁を向ける彼のことも、私は愛していた。
純情で、心に傷があって、でも誠実に私を愛してくれる。そんな彼のことも愛していた。
「違う! こ、このクソ女! お、俺、俺の事騙したな!! あんなに好きだって、言ってやったのに!! ほ、他の男と寝やがって!!」
「……? 私が他の人に抱かれるのが嫌だったの?」
「か、彼氏の俺がいるのになんで他の男と――」
「彼氏? それは違うわ。最初に私を抱いた時、私言ったよ。付き合うのはナシって」
恋人という契約を結んだら、多くの人とは愛し合えなくなる。
だから恋人は決して作らないと決めていた。
「……!? う、うるさい五月蝿い!! 黙れェ!! お前は裏切ったんだ!!」
彼は感情的に怒鳴り散らす。
それを見てわかった。彼は私を独占したかったのだろう。
けど、ごめんなさい。それはできない。だって足りない。彼だけじゃ足りない。私……もっと愛されたい。もっと繋がっていたい。もっともっと、愛してるって言われたい。
「お前が全部悪いんだ! お、俺を、た、誑かしやがって!! 色んな男に抱かれやがって!! こ、この――」
「悪いことなの?」
「…………あ?」
「全員から愛されたいって思うのは、そんなに悪いことなの?」
私がおかしいのはわかっている。交際は一対一で、夫婦も一対一。それが普通。でも普通の枠組みでは、私は満足出来ない。
普通じゃない私は、どう生きればいいの?
ずっと我慢しなきゃいけないの。愛されたいのに、その愛が満ちることはなく、ずっと我慢しなきゃいけないのだろうか。
多くの人を愛している。誰も彼も愛している。
その人たちの、愛を独占しようとはしない。
私が独占されないように、誰の愛も独り占めしない。
そうやって人を愛してきた。普通でなくても、不純ではなかったと思う。
騙したことなんてなかった。ただ愛していた。
私は、純粋に愛している。
「アナタのことを愛しているわ。純粋なアナタが大好きよ」
「ッ……!? だ、だったら俺だけを見てくれッ!! なんで他の男なんかに--」
「他の人も愛しているの。私がアナタを愛するように、皆大好きなの。……それじゃあダメ?」
皆に愛された。皆を愛した。
誰への愛も冷めてない。純粋に皆を愛している。
それが、そんなにダメなことなのかな。
「……!? お、お前、……頭おかしいんだよ!! 化け物だッ!! このクズがァ!!」
「……!」
お腹を刺す、鮮烈な痛み。
真っ赤な血が、服に染み込んでいく。
痛い。熱い。苦しい。
「……! は、ハハ、……ハハハハハハッ!! ざ、ざまぁみろ!! そのまま死ね!! このクソ女!!」
走り去っていく彼の背中がぼやけている。
あぁ、行っちゃうんだ。ここにいて欲しかったな。最期はせめて、愛してる人に看取られたかった。
ジンワリとお腹に熱が広がっていくのを感じながら、地面へと倒れ込んだ。
「……あぁ……、服、……穴空いちゃった……」
純白のトップス。私の誕生日に私を刺した彼が送ってくれたものだ。
彼の心みたいに、綺麗で、真っ白だったから、とっても気に入ってたのに。これを着てると、彼に抱きしめられている日を思い出せて、好きだったのにな。
「…………死んじゃうんだ……、私……」
冷たい地面、暗い夜道、そして一人ぼっち。
沢山愛して、愛されたのに、一人ぼっちで死んじゃうんだ。
悲しい。初めて、悲しいと思った。
死ぬなら、私を愛してくれた全ての人に囲まれながら死にたかった。
それに……もっと愛されたかった。
誰かに抱かれる、あの感覚が恋しい。愛を囁かれる、あの瞬間を欲せずにはいられない。
体の感覚が、どんどん失われていく。
そうしてゆっくりと、意識が薄れて言った。
嗚呼、……もっと……もっと――愛したい。