9話
ついさっきまで一緒だったユウト、縦島。
そして、あと何故かその後ろで立ち尽くしている宮野のペア――中津。
彼らの登場に、一番に反応したのはアイリだ。
さっきまでの様相では考えられないほどの笑顔を見せながら、一人の男の元に向かおうとする。
「ユウト……!」
「おっと、嬢ちゃん。感動の再会のところ悪いが、もう少し我慢してくれや」
ユウトの元に駆け寄ろうとしたアイリを声で静止させる縦島。
そんな彼の視線の先にあるのはアイリではなく、先ほど自らの手でカウンターをお見舞いした鉤爪のゾンビだ。
縦島の言葉に合わせて、立ち上がる。
ゆっくりと、しかし確実に――。
「ほんと、タフだな。勝負をつけるつもりで撃ったんだが」
「気を抜くなよ。奴は壁を蹴って走る」
「わかってるよ。だからこそここで確実にダメージを与えるぞ。包囲からの一斉射撃だ」
体制を整えようとしている鉤爪のゾンビに再び照準を合わせる。
目を覆っていた包帯が取れたのは、ちょうどその時だ。
剥き出た眼球が顕になり、虚構を覗くような白い瞳がカイトたちを射抜く。
「そう睨まないでくれよ。ちびるだろうがッ!」
一喝した後、縦島がジェクターのトリガーを引いた。
それとほぼ同時、ユウトも引き金を引く。
合図などない。
だが仮にあそこにカイトが立っていたとしても、同じタイミングで撃っていた。
そんな状況だ。
1発、2発、3発。
二人の集中砲火が容赦なく鉤爪のゾンビに浴びせられる。
「最初に会った時よりも動きが鈍いな。やっぱあの一撃が効いてるみたいだなぁ!」
重要な部位の顔や首は鉤爪の盾でなんとか守っているが、もはや防戦一方。
少しずつダメージが蓄積していく。
その時、縦島と目が合ったが、もちろんこれは偶然ではない。
縦島がさっき放った包囲という言葉。
あれはユウトだけではなく、カイトも含まれていた。
カイトは生まれた隙を見逃さず、背後の死角から二人に続いてジェクターを発射する。
間髪入れずに二発。
これはカイトが持つすべての弾丸で、正真正銘全霊を込めた攻撃だ。
一発目は外れる。
だが続く二発目が壁に飛び移ろうと伸ばした右足に命中した。
結果、足首から先が爆ぜて鉤爪のゾンビはそのまま大きく体勢を崩した。
「…………」
一瞬の静寂――。
「やった……のか?」
誰に言うでもなく、そう問いかけるユウト。
見た目だけで言えば、勝利したと言っても差し支えない。
鉤爪のゾンビは血塗れで横たわり、ピクりとも動かない。
「こっちはもう弾切れだ」
「俺もだ。ちくしょう、とどめを刺す用に1発残しておくべきだった」
「まだ残ってる奴はいないのか」
ユウトは話をしていた縦島からカイトへと視線を移し、最後にアイリを見た。
「アイリは? 余ってないか?」
「ごめん。逃げてる途中で全部使っちゃって」
「それは……そうだったな……」
ユウトは申し訳なさそうに目を伏せる。
鉤爪のゾンビを引きつけるためにユウトが囮になるという選択をしたことで、アカリは一人だったと聞いた。
その状況で鉤爪のゾンビに追いかけられれば、弾丸を使い切っていても仕方がない。
「あの時は無我夢中だったから。本当にギリギリだった」
「その件は本当に悪かった。囮を引き受けたのに、結局アイリを危険な目に合わせちまった。自分が情けないよ」
「いいの。こうして助けに来てくれたんだから。本当に、本当にありがとう」
アイリがユウトに向かって感謝の言葉を述べる。
順当に行けば次はユウトがアイリに労いの言葉を返すという場面だ。
「……礼なら縦島と、あと坂井に言ってやってくれ。アイリを助けられたのは二人が協力してくれたおかけだからな。むしろ俺は殆ど役に立たなかった」
俯き気味にそう語ったユウト。
その表情からはまるで喜色が感じられない。
「そ、そう? 役に立ってなかったとは思わないけど……」
「いや、本当に何もしてないんだ。頑張ったのはあの二人だ」
「あ……」
その一言でカイトはようやく思い出した。
ライフハッカーを渡す際にカイトは条件を作っていた。
その中の1つがアカリを助けた際の手柄を全てカイトに渡すというもの。
ただの口約束だし、細かい定義も決めていなかったが、ユウトはそれを律儀に守っているのだ。
そしてそうなると当然問題が出てくる。
それはユウトが役になっていないわけがないということだ。
それはこの場にいたアイリも、もちろんカイトもわかっている。
何より自分自身が納得できなかった。
縦島とユウトがここに来る前の二人でいた時にアイリの反対を押し切って、鉤爪のゾンビの注意をわざと引いた結果、アイリを危険に晒した。
かっこつけて説いた見立てが間違っていただけでなく、逆にアイリに守られてしまった。
言い訳のしようがないほどの失敗をした――それが今のカイトなのだ。
そんな事実がある中で無理やり引き立てられても屈辱的なだけだった。
「そ、そっか……うん、わかった。とりあえず、お礼だよね。まずはカイトくん、私なんかのためにありがとう」
「いや、俺は……」
「――ちょっといいか?」
口籠っていた時、縦島が突然会話に割って入る。
「俺たちのことばっかり持ち上げてるけど、吉木も頑張ってただろ」
「いや、だからそれは……」
「なあ、坂井もそう思うよな」
露骨な会話の誘導。
カイトはすぐに縦島の意図を理解し、戸惑いながらも首を縦に振る。
「……あ、ああ。その通りだ」
「だってよ。本人もこう言ってるんだから、嬢ちゃんのお礼は素直に受け取っとけ」
「坂井がいいなら別にいいんだが……。本当にそれでいいのか?」
「まどろっこしいな。こういう時はまず、男としてかけなきゃならない言葉があるだろ」
「男として……」
そう言いながら、ユウトの背中を押す。
まるで学校の先生のように、厳しくもどこか暖かさを感じるやり取り。
背中を押されたユウトはようやく決意ができたのか、アイリの目を真っ直ぐ見つめる。
「……アイリ、無事で良かった」
「うん。ユウトも」
無言で見つめ合い、暫くして笑顔を見せ合った二人。
彼らの関係値がとれほどのものかは知らない。
だがこの姿だけでも、ある程度進んだ関係であることが見て取れた。
「あれでよかったか」
縦島が近づいてきて耳元でそっと呟く。
カイトは視線を逸らしながらも、それに小さく頷く。
「別に……。よかったんじゃねェの」
「そりゃあよかった。こんな最悪な体験をしているんだ。身近なやつがちゃんと心のケアをしてやらないとな」
「……そうだな」
縦島の言う通りだった。
もちろんその役割はカイトでも縦島でも務まるかもしれない。
しかし適任という意味ではこの中ではユウトしかいないのだ。
「でも、よく分かったな。あの場面が結構来まずい空気になりかけてたって」
「そういう顔をしてたからな。懐かしい、俺も通った。青春を歩む若者の顔だ」
「いや、そんなんじゃねぇよ。おっさん絡みしてくんな、鬱陶しい」
縦島のことを軽くあしらう。
そんなカイトだが、心の中では感謝の気持ちを持っていた。
最初に鉤爪のゾンビとの遭遇から今までで、戦闘面でも精神面でもどちらからも助けられてきた。
縦島がいなければ乗り越えられなかった場面は思い返せばいくつもある。
そう考えたら、カイトにとって縦島はこの地獄から抜け出すためになくてはならない存在といっても過言ではない。
「あの……縦島さん、ですよね」
そんなどうでもいいやり取りをしていると、ユウトとアイリが近づいてくる。
どうやら再開の時間は終わったようだ。
「さっきはお礼が出来ずに申し訳ありませんでした。私のためにありがとうございました」
「気にすんなよ、嬢ちゃん。俺は俺が正しいと思ったことをしただけだからな。それよりも、まずは目の前の問題だ」
「確か弾の話をしてて……。そう言えばまだ確かめてない奴がいたな」
ユウトはそう言いながら、視線を中津に向ける。
「一応聞いとくけど、あんたはあるか」
相変わらず無言。
それは暗に持っていないことを示しているとも考えられるが、なぜか中津はそこで同時にジェクターを構えだす。
「えっと……それはあるってことでいいのか」
「…………」
「返事ぐらいしてくれてもいいだろ。もし怖いなら、弾だけ貸してくれたら代わりに撃つぞ」
ユウトからの提案。
それにも無視を決め込んだ中津は徐にその場を飛び出した。
向かう先は横たわる鉤爪のゾンビの元でも会話を試みたユウトでもない。
「おま、え……」
カイトの正面。
何を考えているわからない顔を真っ直ぐに向けてきたと思ったら次の瞬間、中津は唐突にジェクターの銃口をカイトに向けた。
「……は?」
◇――――◇――――◇――――◇――――◇
頭が真っ白になる。
まさにその言葉が当てはまる状況だった。
「おい、どういうつもりだよ」
動揺を隠しつつ、会話を試みる。
だが返事はない。
自分のやっていることが何なのかもわかっていないようなとぼけた表情でカイトを見ている。
一歩間違えれば本当に引き金を引いてもおかしくない。
そんな人間の雰囲気だ。
何も出来ずにいると、見かねた縦島が間に割って入った。
ジェクターを持っている方の腕を掴み上げ、銃口からカイトを逸らす。
「流石に今のは看過できないな。とりあえずジェクターは取り上げさせてもらうぞ」
「……死者の、怒りを、沈める、ためには、贄を、捧げる、必要、が、ある」
「あ?」
「死者の、怒りを、沈める、ためには、贄を、捧げる、必要、が、ある」
「また訳の分からないことを……」
会話ができないと判断したのか、縦島はそこで無理やりジェクターを剥ぎ取ろうとする。
「っ……! 全員、すぐに階段がある方に走れ!」
だがその手は目的を達成する前に止まった。
直後の絶叫。
その余りの焦燥感から反射的に全員が注目すると、縦島は掴み上げた腕をそのままに、ある一点を指差した。
「ゾンビが起き上がった!」
その声と指先に広がっていた光景を見て、カイトは瞬時に身を翻す。
ボロボロに破れた皮膚、欠けた手足、血に染まった瞳。
動き出す直前にカイトが目にしたのは、さっきまで力無く横たわっていた鉤爪のゾンビが立ち上がってくる姿だった。
「アイリ!」
カイトが動いたのを皮切りに、ユウトも動き出す。
呆然としているアイリの手を引き、カイトの後ろを同じように走る。
ユウトらしくない乱雑な動き。
正確な心情は読み取れないが、恐らく彼も気づいている。
ゾンビへの攻撃手段を持たない今の状況で暴れられたらなす術はないと――。
鉤爪のゾンビが再びその凶刃を振い出したのはその時だ。
左足を踏み締め、さらに破壊された右足で躊躇なく次の一歩を踏み込んだ。
その姿にカイトは思わず息を呑む。
「千切れた足で走ってやがる……」
痛がる様子も慌てる様子もなく、ただひたすらに健常な足も欠けた足も両方使って移動する。
向かう先は一番近い場所にいた縦島と中津。
二人はもみ合っていたこともあり、同じようなタイミングで動き始めたが、身体能力の差もあって若干中津の方が遅れている。
この状況だと、一番最初に狙われるのは普通に考えたら中津だ。
カイトを含めた周りが押し黙る中、中津は持っていたジェクターを静かに構える。
そして照準を合わせると、迷わず発砲した。
相手は鉤爪のゾンビ――ではない。
「なっ……!?」
弾丸が命中したのは中津の一つ前を走っていた縦島の足だった。
「おっさん!」
奇跡的に外傷は殆どつかなかったが、縦島は衝撃で体勢を崩し、そのまま横転する。
一方、この危機の元凶である中津は、澄ました顔で横を通り過ぎ、尚も逃走を続ける。
カイトが完全に状況を理解したのはその時だ。
中津の狙いは立場の逆転――つまり縦島を囮に使うことだったのだ。
縦島は何とか起き上がるが、既に鉤爪のゾンビはすぐそこまで迫っている。
大声を上げて注意をこちらに向けようにも、直線上のこの位置では意味がない。
攻撃手段はないので、もちろん応戦することもできない。
完全なる詰み状態。
「早く立ってくれよ、おっさん!」
「もう無理だ。俺のことはいいからさっさと行け……」
「そんなの無理に決まってんだろ!」
大声で叫ぶユウト。
さらにそこから縦島のいる方に駆け出すが、それは誰の目から見ても無謀、あるいは狂気にも似た蛮勇だった。
「……ウゴォ……ガァ……」
唸り声を上げながら左腕を振りかぶる。
明確な殺意と威力を持った攻撃。
周りがスローモーションになり、映像がゆっくりと流れ始める。
悪びれることもなく、カイトたちを通り越していく中津。
口元を押さえて愕然とするアイリ。
意味もなく駆け出したユウト。
そしてこの絶体絶命の状況でも尚、逃げるように促し続ける縦島。
もはやカイトたちではどうすることもできない。
希望も、ましてや慈悲もない。
あるのはここまで共に死線を潜り抜けてきた人間の絶望的な死のみ――。
「やめろッ――!」
ゾンビが襲いかかる瞬間、鋭い銃声が響いた。
「――騒がしい奴らだ」
鉤爪のゾンビが動きを止める。
まるで時間が止まったように、その場に立ち尽くす。
「え?」
直後、ゾンビの頭が弾けた。
比喩でも、表現でもない。
文字通り首から上が爆散し、消し飛んだ。
鉤爪のゾンビは頭部を失ったことで体の制御を失い、その場に倒れ込む。
起き上がってきた経験から目を見開いて観察するが、ぴくりとも動かない。
背に地をつけて、倒れ伏している。
「一体、何が……」
何が起こったのかわからない。
周りを見渡しても同じように唖然としている。
緊張が走る中、突然機械音が流れる。
『――全てのゾンビが撃破されました。生き残った参加者は一階のエントランスにお戻りください――』
◇――――◇――――◇――――◇――――◇
運営からのアナウンスだ。
カイトは思わず声を漏らす。
「終わった……のか?」
アナウンスはそう告げている。
だが信じられないのも無理はなかった。
まだ心臓は痛いほどに脈打っている。
言葉にしてもまるで現実味がない。
多くの参加者に猛威を振るった鉤爪のゾンビ。
その脅威が遂に過ぎ去ったのだ。
それもたった一人の男の手によって。
「終わり、ってことはあいつもクリアなのか。誰彼構わず発砲しやがって……。ゾンビ特攻の弾じゃなきゃ俺も死んでもおかしくなかった」
「宮野……」
「覚えてろよ、いつかは必ずとっ捕まえて……って、あ? 何だ」
宮野と呼ばれた男は煩わしそうに顔を向ける。
まるでさっきのことが夢であったかのような態度だが、彼の持つジェクターと全身を纏う返り血は目の前の光景が現実であることを雄弁に語っている。
「何か用か、ひよっこども」
「……そう威圧するなよ。ただ質問したいだけだ。これをやったのはお前だな」
「だったら何だ?」
肯定も否定もしない宮野に、ユウトは淡々と頭を下げる。
「感謝する。助かったよ、ありがとう」
「別に助けたわけじゃない。スコアを稼ぐためにターゲットを殺して、それがたまたまお前達を助けることになっただけだ」
「スコア、ね……」
助けたこと自体を否定する。
それはもう自分がゾンビを倒したのだと肯定したようなものだが、それでもまだ情報が足りない。
納得するには彼の口からもう少し情報を話してもらう必要がある。
生死をかけた戦いに突然乱入してきた宮野。
彼と話したことは殆どなく、関係性は同じゲームの参加者という極々薄いもの。
元々謎の多い人物で、知っているのはサバイバルゲームのプロだということだけだ。
「この体験を経てもまだ本戦に出場したいと思えるのはすごいな。まるで、最初からこうなることがわかっていたみたいだ」
「……は?」
踏み込んだ質問をするユウトに、宮野はさらに不快感を示す。
「何を勘繰ってるのかは知らないが、本物のゾンビが出てくることは俺も知らなかった」
「じゃあお前自身はどう考えてる。このゲームは一体何のために作られたんだ。俺たちは帰れるのか。答えてくれ」
「そんなことは知らし、知ってたとしても答えるつもりはない。後はお前達で勝手に考えろ。別に疑われようが俺にとってはどうでもいいことだからな」
「俺たちはまだ高校生なんだ。大人なら少しは協力してくれてもいいんじゃないか」
「協力? 施しの間違いじゃないのか」
尚も突き放す宮野だが、そこで会話のボールをユウトに渡さずに「ただし……」と続ける。
「礼は受け取っておいてやる。礼儀は大事だ。モラルが崩壊した社会は悲惨だよ、うん。そう思うよな、そこの二人も」
そう言いながら宮野が視線を向けたのは、カイトとアイリだ。
「わ、私?」
「両方さ。間接的とはいえ、助けてもらった相手に沈黙。無礼だとは思わないのか? そんなんだから周りを危険に晒すんだぞ」
「……それはどういう意味だよ」
最後の言葉に思わず反応してしまったカイトに、宮野は冷淡に畳み掛ける。
「分かれよ。そのままの意味だ」
「……もしかして、見てたのか」
「さあ。だが心当たりはあるようだな」
カイトは歯を食いしばる。
反応した時点で気づいていた。
宮野が言っているのはアイリを助けようとして逆にピンチを引き寄せてしまった場面。
つまりこの男はずっと物陰から観察していたのだ。
カイトたちの命をかけた戦いを。
「なるほど」
これまでの話を聞いてユウトがどう思ったのかはわからない。
ユウトの落ち着いた表情――そこにたまに現れる僅かな目の動き。
それが何を意味するのか、関係の浅いカイトには読み解けない。
理解出来たのか、あるいは出来なかったのか。
その答えは、深く静かな眼差しの中に今も沈んだまま。
だがカイトは違う。
ユウトとは対照的に、しっかりと答えが定まっていた。
「……そう言えばそうだったな」
宮野に視線を合わせる。
そして暫く無言で睨み合った後、大きくため息をついた。
「こいつも話の通じるような奴じゃなかった」
整然とした口調から繰り出される他人を喰ったような不快な言動。
今の問答を聞いて、恐らくここにいる誰もが思い出したに違いない。
これが宮野という男だったと。
「……まあ、いいか。ゾンビはあらかた俺が殺した。これで俺は本戦にいける」
宮野はつまらないようなものを見る目で二人を見下ろしながら、一度鼻を鳴らす。
「テストプレイは踏み台に過ぎない。次が本番だ」
「おい待てよ、宮野。まだ話が……」
「待ってろ、芦屋。すぐにお前を叩き潰してやる」
宮野は聞き覚えのない名前を叫んだ後、すぐにその場から立ち去った。
背中が消えるのを見送る前に二人揃って肩をすくめるユウトとアイリ。
一方でカイトも呼び止めるフリもせず静観する。
何となくこうなるだろうとは心のどこかで思っていたからだ。
短絡的で、協調性はなく、他人にすぐに噛み付く。
根拠のない自信を振りかざして、他人の言うことを聞かず、自分だけしか信じていない。
それがカイトの持つ宮野に対する評価。
ただ、一つ認識を改めるところがあるとするならばそれは奴の実力は本物だということだ。
あの光景を見せられたら、過剰な自信も頷けた。
「本当に行っちまいやがった……」
ユウトが沈黙を破ったことで、ようやく止まっていた時間が動き出す。
「まだ聞きたいことが山ほどあったんだけどな」
「それが無理なのはもうわかっただろ。勝手に行かせておけばいいさ」
「そうだね。あのまま呼び止めてたらもっと機嫌を悪くしてたかもしれないし、そのせいでこっちも余計な疲労が溜まってたかもしれない」
「わかるけど、あいつがいなかったら縦島のおっさんもあのゾンビに殺されてた。そう考えると俺は嫌いになりきれないってのが本音だ」
「……確かに。それは否定できないかも」
「そうか? 俺は感謝した上で嫌いだ」
宮野に対する三人の考えは様々。
だが、一つだけ共通することがあった。
それはピンチを救ってくれたことに対する感謝。
宮野のおかげで鉤爪のゾンビという脅威は去った。
そしてアナウンスの言葉が本当ならこのゲームはクリアしたことになる。
もはや不安や恐怖に怯える心配は無い。
これでようやく日常に戻れるのだ。
「おっさん、やったな。これで帰れるかもしれないぞ」
声を弾ませてそう言った。
死にかけたことに心臓をバクバクさせながらも、結局は生き残ったことに対する喜びが優って笑顔を浮かべている。
そんな縦島の姿を思い浮かべながら。
「あれ……」
だが返事はない。
足を外側に投げ出して項垂れるように地面の血溜まりを見ている。
カイトは不思議に思いつつも、手を伸ばし、肩にそっと触れた。
「おっさん?」
「どうしたの、カイトくん」
「いや何か変……」
触れた箇所から流れるように力が伝わる。
次の瞬間、縦島の体が連鎖するように崩れ落ちた。
オモチャの積み木に力を加えたように容易く倒れ、そのまま仰向けに横たわる。
「……は?」
縦島の目には宮野が現れるまでは確かに生気が宿っていた。
死ぬ一歩手前までいったことを考慮しても、少なくとも息はしていた。
だが縦島の様子を見た瞬間、カイトは心臓が止まるような衝撃を受けた。
「嘘……」
縦島の頭部。
そこが奇妙に歪んでいた。
まるで誰かが鋭利な刃物で無理やり剥がそうとして途中で諦めたかのように、後頭部から頭頂にかけて皮膚が中途半端に捲れ上がっていた。
黒い肉と白い骨が剥き出て、そこから赤い血がとめどなく溢れている。
目はまだ開いたまま、虚空を睨んでいる。
それは、生者の姿ではなかった。
それは、明らかに死者の姿だった。
『――繰り返します』
吐き気混じりのため息が出る。
膝はガクガクと震え出し、視界がぼやける。
『全てのゾンビが撃破されました。生き残った参加者は一階のエントランスにお戻りください――』




