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7話


 先頭を軸に、前方からの脅威にいつでも対応できるような状態を維持しつつ、どうしても対処できない後方を伴走するもう一人が警戒する。

 些細な変化があればすぐに先頭が合図を出し、後方の人間は背後を気にしつつも遅れないように纏まった移動を意識して動く――。


 さっき会話を交わしたばかりとは思えない見事な連携を見せる二人は4階フロアに向かった縦島とユウトだ。


「それにしても驚いた。このアイテム、使用できる時間が限られてたなんて……。坂井のやつ、これぐらい教えてくれたっていいのに」


 ユウトは移動しながら、カイトから受け取ったライフハッカーを握りしめる。


 すでにマップは表示されなくなっており、当然参加者の位置も見えなくなっている。

 バグかと思い適当にボタンを押したが、何も起こらなかった。

 代わりに画面には、60分のタイマーが現在進行形でゼロに辿り着こうと頑張っている。


 別にこれはカイトが意地悪をしたわけではない。

 本当にただ忘れていただけだ。

 カイトにとってはそれほどこのアイテムが重要なものではなかったのだ。


「本人も知らなかったんだろ。位置は覚えたから支障もないし、気にするだけ無駄さ。それより、歩きながらでいいからこれを受け取れ」


 縦島はそう言いながら後ろに手を伸ばす。

 よく見ると、そこにはジェクターの弾が二つ握られていた。

 ユウトは思わず目を丸くする。


「……気づいてたのか。本当はそんなに余裕がないって」


「余裕のあるやつは本体からわざわざ弾丸を取り出したりしねぇよ」


 ユウトの残弾数は僅か1つ。

 通常のゾンビになら護身用として十分に役割を果たしてくれるが、鉤爪のゾンビに遭遇する可能性のことを考えたら余裕とは言えない数だ。


「何で嘘ついたんだ。余裕を見せたら条件を釣り上げられる可能性もあったし、正直に言ってた方が心象もよかったと思うぞ」


 弾丸を無理やりユウトのポケットの中に放り込みながら、そう問いただす縦島。


「そこまで考えてなかった。アイリを助けるためなら心情的に余裕だったのは事実だし……あとは……」


「あとは?」


「多分、あいつには同情されたくないって気持ちがあったんだと思う」


 あいつとはもちろんカイトのこと。

 アイリでも縦島でもない、カイトにだけは万が一にも同情されたくなかった。

 理屈ではなく、感情がユウトにそう言わせたのだ。


「俺もまだまだガキってことだな……」


「いや、そう分析できてる時点で大人びてはいると思うぞ? それに、大人になりきれてない大人よりも吉木は立派だよ」


「……それは褒め言葉と受け取っておく。俺は基本的に大人は信用してないけど、あんたは例外だ。信頼してる」


「そりゃ最高だ。じゃあ俺も期待に応えないとな」


「…………」


 もちろん言葉だけじゃない。

 実際にユウトは縦島のことを信用している。

 色んな大人を見てきた中で彼はマシな方の人物だと。


「今更だけど、本当によかったのか」


「それは吉木についていって後悔はしてないかって意味だよな。ああ、もちろんよかったよ。これでも俺はいい奴なんだぜ?」


「そうだったな……。じゃあそのいい奴に最初に言っとく」


 気のいいおじさんと接している時のような柔らかい表情から、この地獄に相応しい険しい表情に切り替える。


「もし、俺かアイリどちらかしか助けられないって場面が来た時は、迷わずアイリを助けてくれ。あんたを信頼しているからこそ、これだけは肝に銘じてほしい」


 それは重い決断だ。

 ユウトも縦島もこの地獄をある程度生き抜いた運と実力の持ち主。

 だからこそユウトの言っているその場面が現実でも起こりうるということを知っている。


 ユウト、そのペアのアイリ。

 今のところ縦島はユウトを助ける方に傾いている。

 当たり前だ。

 喋ったことのない他人よりも、こうして地獄の中で絆が芽生え始めているユウトを助けたいと思うに決まってる。

 だがそうすれば縦島はユウトに恨まれることになる。

 だからこそ重い決断だ。

 考えたくもない未来だ。


「流石にそれはその時になってみないと、判断できないな……」


「それじゃあ意味が……いや、わかった」


 その答えにユウトは納得のいかない表情を浮かべつつも、最後は出かかった言葉を飲み込んだ。

 縦島の言う通りだったからだ。

 今すぐ答えを出せるような問題ではない。

 もし縦島が自分の命はどうでもいいと言い張ったなら、ユウトも困惑していただろう。


 ひとまず自分の気持ちは伝わった。

 今はその事実だけで十分だ。


「この先だ――」


 縦島の合図が飛ぶ。

 4階の参加者の位置が表示されていた場所だ。

 隈なく見渡していると、早速人影を見つける。


「あんたは確か……」


 それを見てユウトはわかりやすく肩を落とす。

 質感のない髪、伸びきった髭、何を考えているのかわからない表情。

 目の前に現れたのはアイリではなく、宮野とペアを組んでいた中津だった。


「くそっ、ハズレの方だったか」


「その言い方はよせ。3階に絞られたんだ。悪いことばかりじゃない。このまま急いでもう一つの信号に向かうぞ」


「わかってる」


 その返事は言い方を正されたことに対してなのか、それとも悪いことばかりではないという言葉に対してなのか。

 とにかく、縦島の指示ですぐに切り替えるユウト。

 だが再び足を動かし始めたところで、ある違和感に気づく。


「俺たちはまだ出口に向かうつもりはないぞ」


 ユウトがそう告げた相手は中津だ。

 中津は通常よりも早い速度で移動するユウト達に合わせながら、後ろに張り付いている。

 進行方向が同じとかではなく、明らかについてきている人間の動きだった。


「……どうする」


「放っとくしかないだろ。ここでもたついてる暇はない。それに見たところ邪魔をする感じでもなさそうだしな」


 中津は二人と同じように音を消して移動している。

 何を考えているかはわからないが、そういう配慮をするつもりはあるようだ。


「俺たちの目的は他の参加者の救出だ。もちろん命の保証はできない。それでも来るのか?」


「…………」


「警告はしたからな。まあ、もしピンチになった時は迷わず逃げてくれ」


 そう言いながら再び前を見据える。

 ユウト、縦島、そして中津。

 当初よりも人数が一名増えているが、目的は変わらない。


 希望と、そして僅かな不安を胸にアイリがいるであろう3階を目指す。




◇――――◇――――◇――――◇――――◇




 特に何事もなく階段に着いたカイトは4階、そして3階に下ったところで足を止める。


「……あいつらが4階に行ったってことは、3階に行くべきだよな。そっちの方が効率いいし、ってか今から行っても追いつけないし」


 一人取り残されていた時間を考えれば、カイトがここから二人に追いつくことは困難だ。

 たとえ追いついても、その頃にはすでに救助を終えているか、3階の信号に向かっている。

 それなら最短距離で3階に向かった方が役に立てる可能性は上がる。


 それよりもカイトが気をつけなければならないのは、道中の脅威だ。


 今までは縦島がいたから何とかなっていたが、一人になればその恩恵が得られないことになる。

 弾丸が不足していた時も、ユウトと衝突した時も助けてくれたのが彼だったことを考えると、これは小さくない不安要素だ。

 そもそも一人でいる時にいい思い出が一つもない。

 あの時の孤独感や不安は言葉では表せないほど強烈なものだった。

 助けを待っているであろうアイリの存在がなければ、すぐにでも出口に向かっていた。


「……別に、助けに行くわけじゃないけどな? 出口に行くまでに、そう……ちょっと立ち寄るだけだ。うん、それだ」


 信号があった大体の位置に人の姿がなければ無理に探すつもりはないし、身の危険を感じればすぐにでも退散するつもりだ。

 一番大切なのは自分の命。

 あの衝撃の事実を突きつけられた後でも、もちろんそのスタンスは変わらない。


 ただ唯一懸念があるとしたらそれは、もしその場面に出会したとして、本当に自分はアイリを置いてさっさと逃げ出せるだろうかということだ。


 逃げ回っているだけの自分だったのなら、そういう場面でも迷わず逃げ出せていた。

 しかし曲がりなりにもカイトはあの鉤爪のゾンビと2度相対してしかも一度は退けた。

 あの時の奇跡をもう一度起こせればカイトはアイリにとってのヒーローになり、感謝され、尊敬され、もしかしたらそれ以上の感情も向けられるかもしれない。

 そう考えた時に命をかけるだけの理由が本当にないと言い切れるだろうか。


 颯爽とアイリを助ける自分の姿。

 その後、現実に戻って喜びを分かち合う二人の姿――。


 想像し、それからまたスンと表情を落とす。


「恋人はいないってことはもしアイリを俺の手で助けることができたらワンチャンあるかも……なんてな。そんなこと、あるわけないか……」


 徐々に膨らんだ妄想は冷静になった瞬間すぐに縮み、そして瞬く間に消えていくのだった。


「ま、まあ4階ではぐれたって言ってたし、こっちは8割方別の参加者だろ」


 軽く指を鳴らした後、カイトは次に3階のスポーン位置に視線を向ける。

 ここもゲームが開始された時からステージの一部になっていて、所々に戦闘があった跡が見て取れる。

 ゾンビのものと思われる肉塊に、溜まった赤い血、そしてその上を無遠慮に通ったであろうことがわかる靴の跡。

 まるでテレビで見る殺人事件の現場と、そこに残された謎の証拠みたいだが、被害者はこの肉片になったゾンビではなく肉片にした参加者。

 むしろ戦っているのは一人ではないと感じ取れて力が湧いてくる。


「それにしても静かだな」


 辺りに注意を向けながらそう呟くカイト。


「いや、いいことなんだけど逆に不気味っつーか……。さっきから通常のゾンビと遭遇しないし、アイリたちが粗方狩り尽くしたのかな……って、あれ?」


 カイトは廊下に足を踏み入れる一歩手前で立ち止まる。

 見つけたのは、血でできた足跡だ。


「おかしいな、縦島たちは3階には寄っていなかったはず……」


 確か縦島は2階から直接4階に上がってきたと言っていた。

 そしてその場合、足跡は2階から3階へ続く階段と、3階から4階へと続く階段を一直線に結んでいなくてはならない。

 だが実際の足跡は3階から4階へ続く階段だけではなく、スポーン位置からステージに侵入するための扉にも続いていた。

 四階へ伸びる縦島たちの足跡と、3階のステージへ伸びる謎の足跡。

 つまり目の前にあるこの足跡は縦島たちのものではなく、他の参加者のものということになる。


「他にも生存者がいたのか。しかもそいつは奥まで進んで……あれ、途切れてる……いや、引き返したのか?」


 足跡は廊下のちょうど突き当たりの場所で止まっている。

 そこで急に行方が途絶えたのかと思ったが、さらに注意深く目を向けてみると、進む足と引き返す足の2つの種類の足跡があるのがわかった。

 推測するに、2階からここにやってきた参加者の誰かがこの突き当たりまで来て、そして奥にあった何かを見てまた引き返していった。


「あそこで何を見つけたんだ。ってか、それよりもこの先って確か……」


 足跡が引き返したところから更に進んでいくと、すぐに突き当たりが見えてくる。

 信号を検知した場所だ。

 心の中で祈りながら辺りを隈なく見渡し、少しずつ足を前に進める。


「あ」


 思わず声が出る。

 突き出たコンクリート柱と、無造作に打ち捨てられたロッカーの間。

 そこでカイトはあっさりと目的の人物を発見するのだった。


「アイリ……」



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