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4話


 カイトは叫び疲れると、その場でぐったりとする。


 心臓の鼓動はまだはち切れんばかりに高鳴っているが、抑えようにも自分の意思ではどうすることもできない。


 ただ淡々と早いリズムを刻んで、それに乗せられるかのように手の震えが小刻みに揺れる。


「生きてる……でも……」


 未だに生きた心地がしない。

 こうして地獄のような時間が過ぎ去った今もずっと不安、そして恐怖が絶え間なく襲ってくる。

 もちろんこの震えは生きているからこそ感じられること。

 ゾンビの呻き声も近くで聞こえてこない。

 そんなことは百も承知だが、その上でカイトの頭は現状を受け入れることを拒んでいた。


「死んでいても、おかしくなかった……」


 先ほどの襲撃――あの時、女がターゲットに選ばれたのは、たまたまゾンビの近くにいたからだ。

 もしカイトの方が近くにいたのなら女がターゲットにされることはなかった。

 そしてその後、カイトが次のターゲットにされなかったのはたまたま近くで銃声が鳴ったからだ。

 もし銃声がなかったら今頃カイトも女と同じ目にあっていた。


 つまりカイトが今ここで息をしているのはたまたまだ。

 女がここで息をしていないのもたまたまだ。

 因果でも実力でも何でもない。

 ただカイトが少しだけ運が良く、女が少しだけ運が悪かっただけだ。

 そんなくだらない理由だけで、今この状態が作り出されているのだ。


「……くそッ」


 その事実がカイトの胸を締め付ける。


『……うっ……』


 現実に打ちひしがれる中、ここに入る時に使った扉に一つの影が近づいてくる。


「ぞ、ゾンビか?」


 微かに聞こえてきた声はゾンビの呻き声に近いものだった。

 一気にマックスまで振り切れる警戒心。

 だがすぐに杞憂だったことに気づく。


「――うぃー、坂井くん様子見に来たぞ。上手くやってるかー?」


 大人の声で、口調はまるで子供。


 影の正体は道元だった。


 よく見ると、服は最後にあった時よりも汚れている。

 怪我をしているような感じではないので、恐らくゾンビと戦った跡なのだろう。

 道元はカイトの無事を目視で確認した後、その横にある肉片に目を向ける。


「あちゃー、女の子はやられちゃったか。可哀想に。ゾンビ化しなさそうなのがせめてもの救いだな」


 道元は残念そうに額に手を当てる。


 ゾンビ化――。


 改めて聞くと滑稽な話だが、今となってはそれが現実だ。

 横に倒れているのは人形ではなく、本物の死体。

 すぐ近くで倒れているのは人を襲うゾンビ。

 そして冷静になってようやく気づく。

 それが見てはいけないものだったと。


 道元に連られて肉片に視線を移しそうになったのを、カイトは慌てて止めようとする。

 だがそこに横槍が入った。


「見た方がいい」


「は? 何を言って……」


「見ない方がいいって大人なら言うべきなんだろうけど、今慣れとかないと後で苦労するからな」


 カイトは出かけた言葉を飲み込む。

 どれだけ見て見ぬ振りを続けても、いつかは慣れないといけない。

 そしてこの地獄ではそのいつかというのは今。

 最初は聞き間違えかと思った。

 でも道元の口から出たのはいつものアホな言動ではなく、至極真っ当な意見だった。


「お前は妙に落ちついてるな」


「ヒーローにならないといけないからな」


「またそれかよ。もしお前がヒーローなら女の人は死ななかったんじゃねぇのか」


「ヒーローにも限界はあるさ。そして今のオレが救えるのは坂井くん、君だ!」


「だから、余計なお世話だよ……」


 わかっている。

 これはデスゲームだが、ただ無意味に参加者の命を葬ろうとするものでもない。

 それは弾丸が命中したゾンビの顛末が物語っている。

 生きるか死ぬか。

 少なくともカイトにはまだ生きる可能性が残っている。

 あとは本人の行動次第だ。


「わかってるけど……」


 どうしてもあの時の光景が頭から離れない。

 目の前で生命が刈り取られる瞬間を見た。

 どう考えても死んでいるのに、体は生前の頃を思い出すかのようにピクピクと痙攣し、流れる血は行き場を求めて噴水のように湧き上がっていた。


 もしあれと同じような体験を時自らの体で実演しなければならない時が来るのだとしたら――。


 もはやここに来る前の自分に戻ることは不可能に近かった。


 カイトは徐に首にかけたペンダントを服の上から握りしめる。

 これはここに誘ってもらった先輩の私物で、少し前にねだる形で先輩から譲り受けた。

 カイトは心を落ち着かせた時はこれを握りしめるようにしている。

 いつものカイトのルーティン。


 正直効果があるのはわからないが、何もしないよりは遥かにマシだった。


「それよりこんなところで油売ってる場合じゃない。早く逃げないとあいつがくる」


「あいつ?」


「鉤爪を持ったゾンビだ。普通のゾンビより遥かに危険だ」


 あの異物を頭の中で思い浮かべながら話す。

 光沢を失った長い髪、ボロボロの包帯で覆われた目、人の顔を容易く切断する左腕の鉤爪。


「鉤爪を引き摺りながら歩いてるから奴が通った場所はわかりやすくて……っておい、ちゃんと聞いてるのか」


 説明していると、道元がその場で右往左往しながら仕切りに腹の部分を気にしだす。

 まるで他人の話を聞く姿勢ではない。

 不審がっていると、突然道元が「うっ」と嗚咽を吐いたような声を出す。


「おい、どうした」


「しまった……」


「何だよ、何があるんだ」


「深刻な事態だ。便意が来た」


 カイトは一瞬、言葉を失う。


「……便意って、あの便意か」


「ああ、その便意だ」


「ふざけんな。そんなの後にしろ」


「無理だ。実はずっと我慢してたんだ。漏れる」


「ちっ……。言っとくけど、危なくなっても俺は助けねぇからな」


「いや、もうすでに危険水域だ」


「便意のことじゃねぇ、ゾンビのことだ。もういい。行くならさっさと行けよ」


 面倒臭くなったカイトが止めるのをやめると、道元は「必ず戻る」と盛大な死亡フラグを残して部屋を後にする。

 再び静けさを取り戻す空間。

 カイトは改めて道元の異常さを認識しつつも、一人になったことで僅かな心細さを感じる。

 銃声の方に向かったとはいえ、鉤爪のゾンビは恐らくまだこの階にいる。

 もし危機感のない道元がうっかり鉤爪のゾンビが徘徊する部屋に入ってしまったら確実に殺されるだろう。


 それだけなら別に自業自得で済む話だが、どうしてもあの時の女の顔が道元と重なってしまう。

 もしハプニング起きて、それがカイトにまで影響を及ぼしてきたら。

 想像しただけでも胃がキリキリとしてくる。


「……まじで大丈夫なのか。ってかそもそもトイレなんかあんのか、ここ」


 やはり意地でも止めるべきだっただろうか。

 様子を見に廊下を覗こうか迷い始めた時――。


「――うわぁぁぁぁぁ!!」


 絵に描いたような悲鳴。

 道元の声だ。


「言わんこっちゃねぇ……」


 声は近い。

 このままグズグズしているとカイトも襲われる。


「……悪く思うなよ」


 忠告はした。

 もし道元がこれで死んだとしても恨まれる筋合いはない。

 カイトは元来た道を音をなるべく出さない中で一番早いと思う走りで戻る。

 途中で一体のゾンビに遭遇するが、噛まれないように気をつけつつ、蹴りで軽く吹き飛ばした。


「今更お前でビビるかよ」


 倒れてもたつくゾンビを横目に階段を降り、最初のスポーン位置に戻ってくる。

 調子乗らずここからスタートしておけばあんな思いはしなくて済んだろうか。

 そんな無意味なことを考えつつ、開いた扉からそっと中を覗く。

 ぱっと見だがゾンビの姿はない。

 ただ、五階と違って微かに呻き声のようなものは聞こえてくる。


「流石にあれが何体もいるわけないよな」


 鉤爪のゾンビを思い浮かべ、それからすぐに首を横に振る。


「とにかく優先事項は出口を探すこと。次にアイテムを補充することだ」


 一番は当然出口を見つけることだが、そんな都合よくいくはずもない。

 そこに辿り着くためにはやはり戦う手段が持っておく必要がある。


 ゾンビを警戒しつつ、手前にある扉から室内に侵入する。

 中は配置の違いはあれど、5階と殆ど同じだ。

 医療器具と思われる機械や、棚などの物置が乱雑に設置されている。


 カイトはその中のタンスに目をつけて開けてみると、長方形の白い箱が入っていた。

 

「これは……空っぽか。たぶん、道元が取ったんだな。あ、でも何か書いてある」


 名称「通常弾」

 等級:ノーマル

 備考:対ゾンビで活躍する普通の弾丸。全てのジェクターに装填可能。


「弾だったか。ついてないな」


 軽く舌打ちをする。

 弾は今カイトが一番欲しているアイテムだ。

 通常個体のゾンビがいくら脆弱とはいえ、複数で囲まれたら流石に丸腰のカイトは危うい。


「タラタラしてるとゾンビに見つかるっていうのに……あ、もう一個あった。しかもこっちは未開封だ」


 一番下の引き出しから閉まった状態の白い箱を見つける。

 カイトは興奮のままに開けると、そこには見慣れないアイテムが入っていた。


 名称「ライフハッカー」

 等級:レア

 備考:他の参加者の位置を映す。ただし使えるのは5秒間だけで、次に使うのに1時間のインターバルが必要。


「こっちは入ってたけど……何に使うんだ。しかもインターバル一時間って、使えるのは実質一回じゃないか」


 レアと書かれているので等級ではこちらの方が上だが、備考の欄を見るに戦闘では何の役にも立たない。

 むしろ持っているだけで嵩張るので邪魔だ。


「あれ、奥にもう一個ある。これは……」


 落胆しかけた時、同じ引き出しの普通のとは違う箱を見つける。


「黒い箱?」


 色が違う他に大きさも白い箱と比べて小さく、どことなく特別な匂いを漂わせている。

 恐る恐る開けると、そこにはいつもの説明書と共に謎の細長い金属片が入っていた。


 名称「欠けた鍵3」

 等級:なし

 備考:鍵のブレード部分。これだけでは役に立たず、3つ揃ってようやく効果を発揮する。


「欠けた鍵? どういうことだ?」


「……グゥ……ゴォ……」


「え?」


 呻き声が聞こえてきて、慌てて振り返る。

 独特の声で見る前からわかっていたが、ゾンビだ。

 しかも数は二体。

 カイトを囲うように向かってきている。


「くそ、アイテムに気を取られすぎた」


 冷や汗が頬を滑る。

 廊下と違って室内は入り組んだ地形やオブジェクトのせいで身動きがとりずらい。

 通路と通路を封鎖されたり、今みたいに端に追いやられたら戦闘は避けられない。


「どうする……片方のゾンビだけをどけて、一か八か強行突破するか……」


 五階から降りる時に遭遇したゾンビにやったことと同じ要領で一方のゾンビを払い除けつつ、できた隙間から逃げる作戦。


 考えうる中で最も成功率は高そうだが、当然死の危険は伴う。

 もしもたつけばもう一方のゾンビから攻撃を受けてたちまち奴らの餌となるだろう。

 元々が不利な状態で何の危険もない完全な作戦を立てることなど不可能に近いが、やはり完璧を求めてしまうのが人間だ。


 頭をフル回転させる。

 閃くのが先か、覚悟を決めるのが先か。

 当然その間にも刻一刻とタイムリミットは迫っている。


 鉤爪のゾンビ以来のピンチ――。


「――こっちだ!」


 その時、男の野太い声が響いた。


 カイトはすぐに状況を理解しようとするが、それよりも先に銃声が鳴り、さらに目の前で一体のゾンビが爆ぜた。


「こ、これは……」


「いいから走れ!」


 わけもわからないまま、でも僅かに見えた希望を頼りにもう一体のゾンビを躱し、声の方に走る。


 そこに待ち構えていたのは見覚えのある顔――中年の男こと縦島だった。


 縦島はカイトが通路を抜けたのを確認すると、待ってましたと言わんばかりに弾丸を発射して、難なく二体目のゾンビも撃破した。


「……助かった?」


 カイトを取り囲んでいたゾンビは二体とも地に伏せている。

 他に気配のようなものもない。


「大丈夫か。えーっと……坂井、だっけ」


 声をかけてきたのは縦島。

 彼はまるで一仕事終えたかのような落ち着き払った態度でゆっくりとカイトの方に近づいてくる。


「た、助かったよ。あんたは確か……」


「縦島だ。スポーン位置で呼ばれていたから知っていると思うが。んで後ろのこいつは……」


「必要ないよ」


 遮るように言葉を挟む。

 よく見ると、縦島の背後に小太りの男こと蓮見が立っていた。


「普通にやってたら誰でもノーコンでクリアできるこのゲームで尻すぼみするような足手纏いははっきり言っていらないだよね」


 嘲るような薄い笑み、冷ややかな光が灯った瞳。

 蓮見は敵意を隠すこともなくそういいはなそう言い放つ。

 そういえば二人はペアを組んでいた。

 服の汚れからしてもゾンビを倒しながら二人でここまでやってきたのだろう。

 そして同時に理解する。

 縦島がゾンビと交戦している時に姿が見えなかった理由。

 それは彼がカイトを助けるつもりがなかったからだ。


「弾が切れてたんだ。仕方ないだろ」


「仕方ない? ははっ。弾の管理なんて初歩の初歩。無能じゃなきゃ誰でもできるよ」


 遠回しな無能呼ばわりに、カイトも負けじと応戦の構えを取る。


「そういうお前はどうなんだ。余裕ぶってる割には、もう息が上がってるみたいだが」


「心配しなくても大丈夫。君よりは体力あると思うから」


「ふーん、そうは見えないけどな」


 膨らんだ腹に視線を向けながらそう言うと、蓮見は「は?」と気に入らなそうに溢す。


「落ち着けよお前ら。こんな場所ですることじゃないだろ。蓮見、お前の言いたいこともわかるが、相手はまだ子供だ」


「言っても高校生でしょ。十分大人だよ。まさか、連れていく気じゃないよね? 黒い箱の存在すら知らなそうなこいつを」


「黒い箱? それがどうしたんだよ」


「アイテムが出てくる白い箱とは違って、ここを出るためのヒントが入ってる箱だよ。でも知らないってことはやっぱり役に立たないね」


「それは今から探せばいいだろ。元々そのつもりでここに来たんだ。それに三人で手分けすればすぐ見つかって……」


 その時、突然縦島が唇に人差し指を当てる。

 その勢いに反射的に口を塞ぐと、微かに音が聞こえてくるのがわかった。

 話に夢中になっていた三人は思わず息を呑み、顔を見合わせる。


「……何の音だ」


 高く澄んだ破裂音。

 弾丸が放たれた時に出る音によく似た響きだ。

 しかも音の大きさからして、音源はここからそれほど遠くない。


「どう考えてもジェクターの音でしょ。何かが落ちたような音でもなかったし」


「ってことは他の参加者がいるのかもな。とりあえず行ってみるぞ」


「今度は役に立つ奴だといいけどね」


 そこでも嫌味を溢す蓮見。

 ムッととしてまた言い返そうとするが、今回は動き出す直前だったこともあり、エスカレートする前に縦島がカイトを引き剥して止める。


「悪いな。あんなでも経験者だから戦力としては役に立つんだ。大目に見てやってくれ」


「経験者……宮野と同じタチか……」


「いや、宮野とは違うらしい。俺も詳しくは知らないんだが、自分は趣味で宮野はプロだって言ってたな。本人に聞いてみるか?」


 数歩前を歩く蓮見の背中に一瞬視線を送った後、すぐに首を横に振る。

 聞いても多分まともな答えは返ってこない。

 それは縦島もよくわかっているはずだ。


「悪い悪い。冗談だよ。個人的には俺も坂井の味方だしな」


「二人は知り合いじゃないのか」


「全く。ペアを組んだのはただ単に近くにいたってだけだ」


 肩をすくめて「もう少し考えて選べばよかった」と呟いた縦島。

 直後に何かを思い出したのようにポケットに手を入れる。


「それより弾がないって言ってたよな。お詫びと言っちゃ何だが、余ったやつがあるからやるよ。まあ3発だけだけど」


「……いいのか。わかってると思うけど、貴重なものなんだぞ」


「いいんだよ。子供が目の前で死ぬよりはな。だからお前は気にせず、感謝だけしとけばいい。縦島さん、ありがとうございますってな。ほら、言ってみ」


 この地獄は一人も例に漏れず死が付き纏っている。

 そんな環境の中で唯一と言っていい自分を守る手段を一部でも手放すのは大したものだ。


 それこそ宮野やナンパ男、道元に蓮見、そして自分と、今まで出会ってきた人間の中で同じことができる人間はほぼいないだろう。


 優しさ、実直さ、親しみやすさ。

 縦島は最初こそ強面で近寄りがたい存在だったが、大人連中の中では唯一頼ってもいい部類の人間かもしれない。

 それにあの見事な射撃技術。

 どれをとっても信用できる人間だ。


「あ、ありがとう……」


「へぇ……」


 カイトの素直な感謝の言葉に、縦島は意外そうに眉を吊り上げる。


「ちゃんとお礼言えるのか」


「言えるよそれぐらい!」


 思わず感情的な声でつっこむカイトだが、すぐに我に返って深い息をつく。


「何なんだ、そもそもここは。俺たちは一体何のゲームに参加させられたんだ」


「それは俺もさっぱりさ。わかってるのは本物のゾンビが出てくるってのと、出口を見つけるには黒い箱が重要だってことぐらいだな」


「黒い箱、またそれか……」


「何か知ってるのか」


「ああ。実はこのフロアで一個だけそれらしき物を見つけたんだ」


 そう言うと、縦島は驚いたように口を開ける。


「そりゃほんとか? 何が入ってた?」


「鍵が入ってた。けどどうやら完全な鍵ではないらしくて、先端の部分しかなかった。名前は『欠けた鍵』でそのままだったな」


「欠けた鍵か……」


 考え込むように顎に手を当てる。


「ダメか……?」


「……いや、でかしたぞ。これでここにいる必要はなくなった」


「おい、まさかここから出られるのか?」


「いや、流石にそこまではいかない。言うなら、出口に一歩近づいたって感じだな。実は俺たちのスタート地点である2階で鍵穴のついた扉を既に見つけてて、あとはそこに入れる鍵を見つけるだけだったんだ」


「なるほど……?」


「んでこれは俺の予想なんだが、黒い箱は各階に一つしか置かれてない。だから必要な部品が他にあっても、黒い箱さえ見つければこの階にいる必要はなくなるってわけだ。おい、蓮見、朗報だ」


 先頭を歩いていた蓮見に意気揚々と声をかける。


「蓮見?」


 だがすぐに返事は来ない。

 代わりに部屋と部屋を繋ぐちょうど真ん中で止まり、必然カイトと縦島も足を止める。


「どうした、何か見つけたのか」


 不審に思いつつ視線の先を覗くと、そこには鋭利なもので切られたような跡のある部屋があった。

 引き裂かれたベットのシーツ、砕けた照明、床を踏み締めるたびに響くジャリッという音。

 他の部屋にはない、まるで恐怖を演出するために特別な用意されたステージのようだ。


「初めて見る状態だな」


「確実に弾痕ではないね」


「考えられる線は近接武器があって、誰かがここで試し切りしたとか、元々こういう部屋だったとか……」


 そう呑気に分析する二人に対して、カイトはゆっくりと生唾を飲み込む。

 確かにその線がないわけではない。

 だがこの状況にぴったりと当てはまる答えをカイトはすでに持っていた。


「……違う、奴だ」


 乾いた喉から出た声は何とも間抜けなものだった。


「奴?」


 すかさず飛んできた疑問に、カイトはさらに声を荒らげて答える。


「俺のペアや他の参加者を殺した奴だ。は、早くここから逃げないと……」


 死ぬ――。

 その言葉を口にしかけ、カイトは喉の奥に押し止めた。


 灰色の肌、剥き出しになった骨。

 そんな通常のゾンビが持つ要素にさらに追加して長い髪、目を覆う包帯、左手の凶刃という特徴を持つゾンビ。


 二人はポカンとしているが、カイトは知っている。


「……ゴゥ……ギィ……」


 ナンパ男のペアの女を惨殺し、カイトに恐怖を植え付けた存在――その名も鉤爪のゾンビ。


 目の前に突如として現れたそれはカイトにとって悪夢そのものだった。



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