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19話



 “ハント・ザ・デッド”当日――。


「よく聞け、愚かで、無知な、人間たちよ。この世界は、やがて、終焉を迎える」


「ど、どうすりゃあいいんだよ、おっさん。俺はどうすれば世界を救えるんだ」


「……よく聞け、愚かで、無知な、人間たちよ。この世界は、やがて、終焉を迎える」


「ははっ、何だあいつら」


「変な奴らがいるってSNSに載せようぜ」


 学校を休んでのライブイベント参加には、一握りの高揚と、一握りの希望、そして抱えるほどの緊張で満たされていた。

 参加者総勢48名。

 カイトの参加する第一戦目だけでも24名。

 テストプレイ時の2倍以上。

 ステージであるショッピングモール跡地に関して言えば、広さは廃病院の3倍以上。

 そこに新しいルールと豊富なアイテムが追加されて規模はもはやテストプレイの比ではない。


 もちろんカイトはこの1週間出来る限りのことをやった。

 ネットで元軍人が出してる動画を見たり、銃の体験が出来る店に実際に行ってみたり。

 思いつく限りの行動を実行に移して、しっかりとこの日に備えていた。


 だが身体の芯から浮き足立つのを止められない――。


「……何か俺の目、ガンギマってないか」


 楽屋に備えつられている鏡を見ながらそう呟く。

 血走った目、艶のない髪、カサカサの唇。

 本当に些細な違いだ。

 いつもよりほんの少しだけ生の気配が希薄なだけ。

 だがこうしてまじまじと見ているとどうしても気になってしまう。

 デスゲームを生き抜くのに重要なのは運や実力もそうだが、他にも体調という項目もある。

 体調が悪ければその日のパフォーマンスは落ち、当然それは生存率の低下に繋がる。

 本気でクリアを目指すなら体調の項目は無視できない要素なのだ。


 それに今日カイトが出演する「ハント・ザ・デッド」はサバイバルゲームの他にライブストリームという要素もある。

 つまり坂井カイトという一人の人間がネットを通じて全国に晒されるのだ。

 ネットの世界で自分の顔を出すということは無条件で不特定多数の人間から批評されるということ。

 顔が不細工なら嘲笑と共にクソみたいなコメントが届き、美人なら忽ち注目の的になり、鼻毛が少しでもはみ出ていようものならネットの玩具にされる。

 加えてみている視聴者の中にはもしかしたら知り合いがいるかもしれない。

 そんな中で無様な姿を晒したらどうなるのか。

 想像しただけでも最悪だ。


「ダメだ。ネガティブになりすぎるのは良くない。ここは笑顔だ。俺は生きる。生きてここを出る。俺ならできる」


「あの――」


 鏡に映る自分に言い聞かせていた時、不意に声をかけられる。

 胸にスッと入ってくるような凛とした声。

 振り返ると、そこには天使が立っていた。


「ラストステラ所属の清水(しみず)ミヨといいます。今日はよろしくお願いします!」


 肩まで掛かるボブヘア、清楚を感じさせる艶のある黒髪、つい守ってあげたくなってしまう華奢な体、そして全てをどうでもよくさせる圧倒的なルックス。

 まるで見えない何かに守られているようなそんなオーラさえ感じる彼女は、そのキラキラした笑顔を惜しみなくカイトへと向けている。


 これはあの時と殆ど同じだ。

 テストプレイが始まる直前――もっと具体的にいうならそう、アイリと初めて会った時。

 あの時に感じた鮮烈さがこの会合には確かに存在した。


「よろしく……いや……」


 挨拶を返そうとしたカイトはすんでのところで止める。

 仮にここで爽やかに挨拶を決めて、会話を続けることが出来れば、アイリの時のように良い印象を与えられて、何ならお近づきになれるかもしれない。


 だが悲しいことに、このハント・ザ・デッドというサバイバルゲームで、最もゲームクリアから遠いのは目の前の女の子だ。

 カイトは彼女みたいな人間がいかに波瀾万丈な運命を迎えるかを嫌というほど知っている。


 つまり、ここで目の前の素敵な女の子と仲良くなるのはカイトにとってメリットではなく、むしろデメリットなのだ。


「別に無理に挨拶しなくていいよ。俺、ただの一般人だから」


「そんなの関係ないですよ。誰々には挨拶して誰々にはしないって変じゃないですか」


「まあそれはそうだけどさ、時間の無駄というか何というか……」


「それに一般枠の方だってことは知ってました。もし何かわからないことがあったら聞いてください。私、力になります!」


「…………」


 ミヨは曇りない真っ直ぐな瞳でそう言うと、すぐに近くにいた別の参加者の元へ向かう。


「こんにちは、ラストステラ所属の清水ミヨといいます。その髪型、ひまわりですか? とてもクールです!」


「ライオン、それは世界の理……ん、何か言ったか?」


「……グッドライオン!」


 ミヨはそこでも変わらず挨拶していた。

 カイトへの挨拶が終わってからも化けの皮が剥がれるようなことはなく、あの太陽のような笑顔でまた誰かを照らしていた。


 カイトは鏡を再び見つめる。

 そして心に浮かんでいた言葉をゆっくりと吐き出した。

 正直、ここに来る前は特別枠の連中なんて全員性格が悪いと思っていた。

 彼女も例に漏れず裏ではカイトの相手なんて面倒臭いと思っているのだろうと、そんな偏見を持ってここに来た。

 だがそれは間違いだった。


「……好き」


「きも」


 感傷に浸っていた時、急にノイズが入る。


「……何だ、ってか誰だ」


「ミヨとお近づきになりたいとか考えているなら今すぐ諦めなさい。あなたとミヨじゃつり合ってないわ。きも」


 鏡で確認すると、そこにはダウナー系という言葉がしっくりくる女が立っていた。

 気怠げそうなタレ目に塗られた濃いアイラインが瞬きする度に黒い影を落とし、センターパートで分けられたプラチナブロンドの髪が不健康な印象を退廃的な魅力へと変貌させる。

 これもまた見覚えのある状況だ。

 多分、宮野と最初に会話した時に似たもの。

 カイトは鏡からそっと視線を外し、実物の方へ向ける。


「誤解だ。別にあの子に言ったわけじゃない」


「じゃあ鏡の自分に言ってたの? あんたナルシスト? それとも自己性愛者ってやつ? どっちにしろキモい。きも」

 

「仮に俺がナルシストだったしても別にいいだろ。お宅、もしかして多様性って知らない?」


「別にあんたがどう思おうがそれはあんたの自由よ。そして当然それに対して私がどう批評するのかもそれは私の自由よ。きも」


「……さっきからそれは語尾なの?」


 カイトでも驚きの口の悪さ。

 ただ思わずツッコミを入れてしまったところからも分かるように、不思議と目の前の女からは宮野のような敵対心は感じ取れない。

 話は続けながらも、カイトの一挙手一投足に注意深く視線を向けている。


「ってか、そういうお前は何なんだよ。あの子の友達か何かか」


「いいえ。今日知り合ったばかりよ。さっきあなたと同じように挨拶されて、少し喋っただけ」


「は? 今日?」


「そう、そして私はそこで……」


「そこで?」


「恋に落ちたの」


「あ、やっべぇやつだった」


「……まあ待ちなさい」


 面倒臭くなって鏡の方に顔を向けようすると、腕を掴まれて阻止される。


「聞いたところによると、ミヨは本気でクリアを目指してるって」


「だから何だよ……」


「もうわかるでしょ? あんたも協力しなさい。ミヨを勝たせるために」


 確かに仲間内で協力すれば生存の確率は上がる。

 仮に危ない場面が来たとしても誰かが囮になれば、特定の一人を生かすこともできる。

 だがそれらは全てこのハント・ザ・デッドが健全なサバイバルイベントだったらの話だ。


「……意味ないと思うけどな」


「最初から戦力になるとは思ってないわ。保険よ。もし私よりも先にあんたがミヨを発見できたら、私が到着するまでの肉壁としてつかえるでしょ」


「そういうことじゃないんだが……まあ確かに人数が多いに越したことはないな。でも二人だけか?」


「いえ、三人よ」


「――よろっしく、おねがいしまっす!」


 味気ない無地のパーカーを着ているとは思えない、自信に満ち溢れた表情。

 よく言えば爽やか、悪く言えば作り物めいていて底が知れない。


 現れたのはそんな感じの男だった。


 男はそう言いながら握手を求めてくる。

 お互いの名前も知らない状態で急に手を差し出してきたのは普通に引いたが、断る理由もない。

 素直に応じると、男はすぐに懐から携帯を取り出しその姿を撮影する。


「何、勝手に撮ってるんだよ」


「あ、腕だけでもダメだった? SNSにあげようと思ったんだけど、嫌なら上げないよ。ごめんね?」


「いや、別に嫌ってほどではないけど……」


 素直に謝られたことで、毒気を抜かれるカイト。

 頭に上った血がどんどん降りていく。


「まずお前は何者なんだ。お前が例のもう一人ってことでいいのか」


「彼はMeTuberの〈セトラッシュ〉。弱冠18歳にして登録者数100万人を誇る大物。私も別にチャンネル登録してるわけじゃないけど、『街中で騒いでるDQN、一人になった時は大人しい説』とか『道端に座り込んで屯してるDQN、道説』とか有名よ。知らないの」


「……DQNに何か恨みでもあるのか」


「そういう動画ばかり投稿してるわけじゃないけどね。そもそもその二つはあんまり伸びなかったやつ……」


「別に私がどの動画を見ようが私の勝手でしょ。それならあんたは普段何を見てんのよ」


「最近見たのは鹿Tubeだな。鹿にカメラをセットして、一緒に奈良を見て回るんだ。横断歩道を通る時とかハラハラと感動で面白いんだよな。でもやっぱり一番好きな回は……」


「あんた頭おかしいんじゃないの」


「え……」


 カイトはスマホを持ち始めてまだ日が浅い。

 知識で言えばそこらの小学生にも劣っている自信がある。

 セトラッシュのような人気MeTuberよりも鹿を見続けていたのはやはり変だったのだろうか。


「僕は見たことあるよ。鹿のリアルな生態が見られて面白いよね」


「だ、だよな……!」


「……男ってほんとバカ」


 女はため息をつき、一度ミヨがいる場所へと目を向ける。


「とにかく、この3人で何としてでもミヨを脱出させる。そのためにはまず各々がちゃんと生き残らないと始まらない。わかった?」


 その作戦がデスゲームという状況下で実際に機能するかはさておき、可能か不可能かで言えばもちろん可能だ。

 CODE:1の主題は「脱出」。

 たとえ生き残るのに適していないひ弱な女の子でも、周りの助けがあればクリアに持っていくことは出来る。


「おっけー。わかりやすくていいね」


「さっきからセトラッシュは乗り気だよな。あの女に弱みでも握られてんのか」


「長いから本名のセトでいいよ。いや、ただ楽しそうだから混ぜてもらうだけだよ。僕はお金にも困ってないしね」


「どういうことだ」


「あれ、聞いてない? ミヨちゃんはクリアすることでもらえる賞金目当てなんだよ」


 賞金の情報は公式ホームページにも載っている。

 CODE:1クリア特典、CODE:2クリア特典としてクリア者にはそれぞれ賞金が出る。


「弟たちの学費のため。本人がそう言ってた。上京したてでまだ自分の生活も一杯一杯でしょうに……あーほんと、いい女ね。すっごくいい匂いもするし」


「きも、いや、なるほど。それがお前らがミヨって子を助けたい理由か」


「まあそれを含めて、だけどね……それよりまだ言質をとってないけど、あんたももちろん協力してくれるのよね」


「そうだな……」


 カイトは少し躊躇しつつも、首を縦に振る。


「とりあえずミヨって子の元に集合すればいいんだろ? それなら、わかったよ。不測の事態が起こらない限り、やってやる」


「わかってるじゃない。私はハル。あんたは?」


「カイトだ。改めてよろしく」


「…………」


「どうした、セト」


「……いや何も。こちらこそよろしくね」


 三人で熱い握手を交わす。

 二人ともやる気に満ち溢れた顔だ。

 三人いれば確実にミヨを脱出させられると思っているのだろう。

 もちろんそう思うことは間違いではなく、そもそもPvM型のゲームで開始前に仲間を作れたというのはそれだけ試合を有利に進めることができる。


 唯一、残念なのは、それがほぼ100%叶わないことだ。

 このサバイバルイベントは死の伴う最悪のデスゲーム。

 ミヨか、ハルか、セトか、それともカイトか――どこかには必ず綻びが生まれる。


「……まあ、勝手に頑張ってくれよ」


 鏡を見ながら、周りに聞こえないようにボソッと呟く。


 それがカイトの本当の答え。


 これは決して彼らを蔑ろに思っているからではなく、現実を見た結果、そうせざるを得ないというだけの話だ。

 自分の命より大切なものなどこの世には存在しない。

 それは至極真っ当な考え方で、仮にミヨとカイト、どちらかの命しか助からないという場面が来たなら、迷わずカイトは自分が助かる方を選ぶ。


 もうその時点でミヨを助けるという話自体が嘘なのだが、もっと言えば、カイトにはすでに生きていてほしいと願う人間が心の中に存在した。

 それと比べたら他の人間はどうしても二の次、三の次になってしまうのだ。


 三人には出来るだけ協力してあげたいと思っている。

 二人の話を聞いてミヨを守りたいと思ったのも本当だし、彼女を勝ち上がらせて、賞金をゲットさせるためなら囮でも肉壁でも引き受けて彼女の養分になる覚悟もあった。

 だがそれは自分の命がかかっていないのならという前提の話だ――。

 

「――皆様、準備は整いましたでしょうか」


 その時、楽屋の扉が開く。

 久しぶりの来訪者。

 顔を向けると、そこにはカイトのよく知る人物が立っていた。


「ふむ、問題なさそうですね。では本番前に幾つか注意事項があるので、まずはそのことを話したいと思います」


 清潔感のある見た目、丁寧な喋り口調。

 実はこの男は異常性を孕んだヤバい人間だと言っても、初見では誰も信じないだろう。


 カイトの知る限り、彼がハント・ザ・デッドの関係者で最も身近な人物であり、そして最も印象に残った人物。

 全てはこの男から始まった。

 この男こそが、リアルサバイバルゲームという名のデスゲームを執り行い、そしてステージという名の地獄へと導いた。


 忘れもしない、テストプレイの時にホストを務めた運営の男だ――。


「何かスタッフが来たみたいだぞー」


「どうせライブの説明だろ。無視無視。聞くだけ無駄さ。それより、さっき上げた動画、結構いいねついてるぞ」


「まじで? まさかこの結構な数の視聴者も俺たちのおかげなんじゃねぇーの」


 すぐ近くでそんな声が聞こえてくる。

 さっき、道元と中津の会話を可笑しそうに撮影していた二人組だ。

 彼らは説明が始まるというのに、視線すら向けず談笑を続けている。

 このデスゲームで生き残るためには情報も重要になってくる。

 テストプレイの時と同様にここでも未出の情報が出てくるなら、運営の男の話を聞かないのは致命的だ。


「なあ、ちょっといいか」


「あ? 何だお前」


「後悔したくなかったら、あいつの話はちゃんと聞いた方がいいと思うぞ」


 注意されると思っていなかったのか、一瞬顔をポカンとさせる二人組。

 だがすぐにスイッチを切り替えて眉間に皺を寄せる。


「もしかしてそれ、俺たちに言ってんの?」


「何こいつ、怖っ。急に話しかけてきたと思ったら、後悔? 何か俺たち、喧嘩売られてるんだけどー」


「お前らがそれでいいんなら別にいいんだけどな。俺もそこまで興味ないし」


「いや、絡んできておいて興味ないは通用しないだろ。言ってることとやってることが矛盾してるぞ」


「君さ、そうやって人の揚げ足取ってないで、もっと時間は有意義に使った方がいいよ。それともそれが生き甲斐だからやってる? 人生楽しくなさそー」


「この程度のことが人生を左右すると思っているお前の繊細な心の方が、この先の人生生き辛そうだけどな」


 そこで二人組のうちの一人が立ち上がる。


「お前、マジでガキのくせに生意気だな」


 その顔に込められているのはさっきの不快感ではなく、明確に嫌悪感だ。

 どうやら本気で怒っているらしい。


 そして行動した後ではあるが、正直こうなることはわかっていた。

 カイトにとってこの先に待ち構えているのは地獄そのもの。

 だがそうではない人間からしたら今のカイトの言葉はただの年下による説教だ。


 カイト自身、まだ何も知らない能天気な特別枠の参加者たちを見て、多少の優越感があったことは否定できない。

 何せ目の前にいるのはこの地獄で最も調子に乗って死にそうな男二人。

 彼らがこの先どうなるかを想像するのは、カイトにとってそれほど難しいことではなかった。


 それに相手がちゃんとした人間だったとしても聞き入れられていたとは思わない。

 客観的に見て自分は何を考えているのかわからない生意気そうな子供だ。

 これがもし信頼の厚い有名人だったり、見た目の爽やかなユウトなら話は違っていたとは思うが、残念ながら自分はそうではない。


「どんな教育受けたらそんな風に育つんだ。親の顔が見てみたいわ」


「多分お前が想像してる通りの顔だと思うぞ。あと、お前の言いたいことはもうわかったから静かにしてくれ。俺はお前のくだらない話じゃなくて、あいつの話を聞きたいんだよ」


「……お前が先に喧嘩売ってきたんだろうが。なに被害者ヅラしてんだ」


 カイトは目を細める。

 結局、参加者たちは皆、この“ハント・ザ・デッド”からは逃れられない運命なのだ。


「ってか、そもそもあいつって誰のことだよ」


「んなの決まってんだろ。あいつはあいつ……」


「あ?」


 目の前の男から視線を移そうとしたところで思わず言葉を詰まらせる。


「あ」


 忘れていたわけではない。

 ただ少しだけ周りを見れていなかっただけ。


 視線の先――その直線上に立つ運営の男とばっちりと目があっていた。


「――ご静粛に」


 その声に、冷や汗が落ちる。


「進行の妨げになる行為はご遠慮ください」


「……さーせん」


「よろしい。ではまず武器のジェクターについて……」


 周りを見ると、他の参加者たちもカイトの方に視線を向けている。

 完全に邪魔者を見る目だ。

 実際、カイトたちは説明を台無しにする邪魔者。

 もしこれで運営の男の機嫌を悪くしていたら、カイトはボタンひとつですぐに命を奪われてしまう。

 もちろんそれを理解してすぐに謝罪すれば、今みたいに大抵のことは大目に見てくれるだろう。


 だが問題は、目をつけられているのがカイトだけではないということだ。

 カイトと同じく騒いでいた二人組。

 彼らはこの状況がいかに深刻なのかを理解していない。


「おい、ちょっと待て。俺の話はまだ終わってねぇぞ」


 剥き出しの怒りを乗せたその声は、落ち着きつつあった楽屋内を切り裂くように響いた。

 ざわつく参加者たち。

 カイトもこの後のことを想像して目を伏せる。


「何黙ってんの? もしかしてあのスタッフに注意されてビビったの? はははっ。やっぱガキだね」


「ご静粛にと言ったはずですが」


「は? たかがスタッフの分際で命令してんじゃねぇよ。俺はこのしょうもない企画に客を集めるために出てやってんだぞ」


「……そうですか。ではこれが最後の要請です。ご静粛に」


「黙れ。俺の用事が先だ」


 そう言うと、運営の男はテストプレイの時と同じように懐から謎の機器を取り出し、携帯の画面のようにフリック操作する。

 その迷いのない行動にカイトはアイリのことを思い出して、願望のこもった楽観的な予測をするが、変化はすぐに起こった。


「当日の制裁はあまり推奨されていませんが、運営に支障が出た場合は現場の判断で使用してもいいことになっています」


 運営の男の話を中断させた男――ではなく、もう一人の比較的落ち着いていた相方の男の首のチューブ。

 それがチカチカと点滅を始めた。


「ちょ、何これー。何だよ、使用って、え」


「おめでとうございます。ハント・ザ・デッド最初の犠牲者はあなたです」


「てめぇはさっきから何を言って……」


 その先の言葉が最後まで紡がれることはなかった。


「あォ……」


 耳をつんざく爆発音。

 直後、ドサリと重い音が響く。


「あ、ああああッ……!?」


 確かめるまでもない。

 さっきまで威勢よくカイトに噛みついていたチャラい口調の男の頭部が床とぶつかった音だ。

 先ほどの爆発の衝撃で体から弾け飛び、そのまま床へと崩れ落ちたのだ。


「何だよこれ、何なんだよこれは!?」


 運営に歯向かった男が、相方の残骸を見ながらそう叫ぶ。

 だがその声も虚しく、彼はピクリとも動こうとせず、代わりに白煙と焼けた肉の匂いを発している。

 そこには生の気配など微塵もなく、虚無と言いようのない絶望だけがこの場を支配していた。




◇――――◇――――◇――――◇――――◇




 ざわつきはやがて沈黙と悲鳴に分かれる。

 無理もない。デスゲームという概念すらない特別枠の参加者たちには人が死んだというだけで衝撃。

 かく言うカイトもそこでようやく思い出すことが出来た。

 自分が運営に逆らうことすら許されない籠の中の鳥だったことを。

 自分がこれから挑むものがいかに凄惨なゲームなのかを。


「バレルの後方部、つまりグリップの真上の部分を左に少し捻って引っ張ってください。そうすればバレルの上部に穴できるので、そこに先の丸い方を前にして弾を入れれば装填完了です。このジェクターは等級で表すとノーマルで、当然これより強い武器も存在しますが、基本的に装填の手順は同じなので、問題はありません」


「お、おい、ちゃんと説明しろよ。一体何かどうなってんだよ」


「今回、初期装備はゼロの状態でスタートですが、武器も何もない状態でゾンビに遭遇するということがないように、各スポーン位置の最初に必ず武器を配置させておきます。これは武器なしの状態を避ける為の措置なので、もちろん運が良ければ二つ目、三つ目と武器をゲットすることもできます。絶対に最初の部屋の捜索は忘れないでください」


「あいつはどうなったんだ。流石にドッキリだよな? は、早くネタバラシしにこいよ。おい、聞いてんのかよ!」


「では準備が整った人から部屋を出てください。スポーン位置は一人一つ用意されているので、どこを選ぶかは早い者勝ちです。あー、それと……」


 パッと人差し指を立てる運営の男。


「さっきの爆発はドッキリではありません。皆様も私の意に反するようなことがあれば即座に首のチューブ型の爆弾を起爆させます」


 さっきまで騒いでいた男を含めた参加者たちが一斉に口を塞ぐ。


「皆様の使命はステージに入り、出口を探し、脱出すること。これだけです」


 そこでカイトが思い出したのはアイリの爆破未遂があった時に運営の男が言っていたこれが1番効くという言葉。

 元々冷静だった参加者も、冷静に務めている参加者も一人一人が言葉を飲み込んで、男の話に耳を傾け始める。

 自分がああならないため。

 とてもシンプルな理由だが、実際に最後の言葉を聞いてから誰からも反抗の意思が見られなくなった。


 そんな彼らにカイトが何か言葉をかけるとするならばそれは一つ。


 本番はまだ始まってすらいないということ。


 ステージにはここで見たものよりももっと凄惨な光景が待ち構えている。

 今のはその一端でしかない。

 25人いるうちの半分は恐らく命を落とす。

 もちろん予想でしかないが、決してあり得ない数字ではなく、むしろこれでも低く見積もった方だ。

 そう考えたらこの楽屋の人間は幸運なのかもしれない。

 一端でも垣間見れた状態で挑むのと、何も知らない真っ白な状態と挑むのとでは、天と地ほどもの差がある。

 もしカイトもテストプレイの時に爆破装置のことを知っていれば、心の面で少しは余裕が生まれていただろう。


 どちらにせよ、躓いた人間から脱落していく。

 この混沌感と絶望感こそがハント・ザ・デッド。

 そうやって理不尽を受け入れることでようやくスタートラインだ。


「最初は“ユイ”様ですね。ではどうぞ。そして次は……」


 殆どが周りの反応を伺う中、カイトは3番目に動き出す。

 その時、背後でミヨの泣き叫ぶような声が聞こえてきたが、振り返らない。


「坂井様……いや、登録名はカイト様でしたね。ではカイト様、こちらへどうぞ」


 楽屋を出ると、来た時にはいなかった黒スーツの男たちが廊下の壁に沿って列を成していた。

 その中でも最も扉に近い位置にいた先頭の男。

 彼はカイトを見るなり近寄ってきて、「1から13までの好きな数字を選んでください」と聞いてくる。

 ちょうど人数分だ。

 ということはこれが運営の男が説明していたスポーン位置を決める番号なのだろう。

 カイトが「じゃあ10で」と答えると、すぐにスタッフらしき男に案内されて、10と書かれた扉の前に着く。


「ここからはカメラに映るので、気を付けてください。奥の扉が開くのがゲーム開始の合図です」


 扉の先に広がっていたのは、さらに奥へと続く扉と、側面の壁にモニターが取り付けられている薄暗くて質素な空間だ。


『エントリーNo.25…… 参加者(プレイヤー)名“教祖ディエゴ”ぉ』


 モニターには化粧を塗りたくった真っ白な肌に真っ赤なリップの、まるでピエロもどきのような人物が映し出されている。

 これはウェブページにも載っていたハント・ザ・デッドのディーラー或いはホストを務めるキャラクターだ。

 現在は参加者の紹介のフェーズで、カイトと同じ楽屋にいたローブを纏った謎の男がクローズアップされている。

 エントリーナンバーは25。

 参加者は欠員を含めて26人。

 思わず拳を握りしめる。


『そしてラストはこの人、エントリーNo.26……参加者名“カイト”ぉ』


 名前が呼ばれ、同時にモニターに自分の姿が映し出される。

 いよいよだ。

 いよいよリアルゾンビサバイバルゲームの本戦が幕を開ける。

 生きるか死ぬかの大一番。

 色々やってダメなら、死を受け入れるのもまた賢さだろう。

 だが今のカイトにははっきりと生き残るビジョンが存在する。

 それは願望ではなく、確固たる自信。

 テストプレイという前哨戦を経験し、そして五体満足のままここまで来た。

 そんな自分なら、客観的に見ても決して不可能なことではないはずだ。


『吉木ユウト選手、アイリ選手に続いて一般枠の高校生参加者です。三角関係ですか……ゾクゾクしますねぇ。ではカイト選手にも一言コメントをもらいましょうか』


 どちらにせよ今日でカイトの人生は大きく変わる。

 何が起こったとしても、悔いの残らないように精一杯やるしかない。

 ここに来る時は浮き足立っていたが、あの爆発によってスイッチは入った。

 何よりカイトには何が何でも抗わなければならない理由がある。

 あとは経験者というアドバンテージをどう活かすかだ。

 もはや迷いはない。

 正々堂々挑み、そしてクリアする。

 それが今回の目標だ。


「やってやるぜ……」


 カイトは一度、大きく息を吐いてから、目の前の扉を見据えた。


『やる気がみなぎっていますねぇ。ちなみに彼はルート10を選んだようですが、これがまたねぇ……。言おうかな……でも言っちゃダメだしな……よし、じゃあ口が滑ったことにしましょう』


 閃いたように不敵な笑みを浮かべるホスト役。

 そもそも付き合う必要はないので、無視して集中力を研ぎ澄まそうしていたが、直後に彼の口から出た言葉にカイトは目を丸くする。


『実はルートによって易しいものと難しいもの、つまり当たりとハズレがあるのですが、彼の選んだ10番はそのどちらでもありません。大外れ! 大外れです!』


「え」


『3段階で表したら1番下、5段階で表しても1番下。超高難易度ルートです! どのルートも確実に死……脱落するように設計されてるわけじゃないので、それほど気を落とす必要はありませんが、もしかしたら最初の死……脱落者の予想は簡単かもしれませんねぇ。おっとこれ以上は』


「ちょ、そんなこと……」


『さあ、選手紹介の後はいよいよゲーム開始です。皆さん、準備はいいですかぁ!? 3……2……1……』


 残されていた僅かな猶予の終わり。


『……グッバイ!』


 その声と同時に扉が開く。

 ゲーム開始の合図だ。

 脳内シュミレーションではまず最初に物資の確保に向う。

 ないとは思うが、念のためにゾンビの奇襲を警戒しつつ、ゾンビの対抗手段として必須のジェクターとその弾、それから使えそうなアイテムを時間がかかってもいいから回収する。

 そうして万全の準備を整えたと思ったら、さらに奥へと進んでいく。

 シンプルからこそ最善の方法だ。


 だが残念なことに現実ではそう上手くいかなかった。

 カイトはゲームが始まってからもその場を動かなかった。

 何も言わないのに口を開け、頭の中はずっとあの時の言葉が反芻している。

 

「……大外れ?」




 書き溜めるので、ここで更新は一旦ストップします。

 すみません。


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