18話
リアルゾンビサバイバルゲームライブストリーミングイベント『ハント・ザ・デッド』の参加者たちが一堂に集う二つあるうちの一つ目の楽屋。
ネットやテレビで見る華やかな雰囲気の裏側には、普段は見ることのできない出演者の本当の姿が映し出されていた。
「フッハッハッ――!」
鈴を転がしたような声に、悪役のような笑い方。
つけ角に、明らかなオーバーサイズのパーカー、そしてそこに生やしたつけ翼。
厨二チックな語彙に、周りに人がいても物怖じしない態度。
特徴的なところを上げたらキリがない彼女は『ハント・ザ・デッド』への期待と、確かな自信を覗かせていた。
「聞こえる……我には聞こえるぞ、死者たちのパルスが、この大地に眠る怨念の戦慄きが!」
「なあ、あんた『D-THE STAR』のハピーちゃん、だよな。実はファンで……」
「待っていろ、死者たちよ。すぐに我が探し出して弔ってやるからな!」
【No.6 登録参加者名〈ハピー様〉】
「その際、少々手荒なこともするかもしれない。が、そこは許せよ」
「――知らん顔が多すぎんな。もっと粒を用意せえよ、粒を。てか、なにが死者たちのパルスやねん。きっしょ」
「例えば闇の雷で周囲を焼き払ったり……っておい! 誰だ今、我をバカにしたのは!」
関西訛りの話し言葉、馴れ馴れしい振る舞い。
場数を踏んでいるのか、それとも根拠ない自信なのか、リラックスした態度を見せている。
ハピーと同じようにも見えるが、ハピーがませた感じなら、彼はどちらかと言えば余裕があるが故に侮っている感じだ。
「俺は最初から反対やってん。何の才能もないパンピーどもをこのライブに呼ぶの。神聖な場所を汚された気分やわ。あーあ、ほんまカッチーンやで」
【No.12 登録参加者名〈マックラ〉】
「そもそも何で楽屋が二つしかないねん。いくら大部屋とはいえ、窮屈すぎやろ。ほんまここのスタッフは気が利かんな」
「なあ、あんた芸人のマックラさんだよな。実はファンで……」
「まあそれよりも俺が気になるんはそこで突っ立ってる姉ちゃんの方や。見たことないけど、タレントかなんかか」
そこにいたのは虚無を移すような真っ黒な瞳、貼り付けたような笑みを浮かべる女。
「私、ですか」
まるで今にも誰かに襲いかかりそうな尋常ならざるその雰囲気。
それをギリギリ相殺できていないガーリー系の服。
彼女は誰よりも先にこの楽屋に来ていたが、マックラが話しかけるまでは誰も近寄りすらしなかった。
そしてその行動は正しい。
ここにいる誰も知らない。
この女が世間を震わせている通り魔殺人の犯人であることを――。
「見ない顔なのは当然ですよ。なぜなら私は君と違って純粋無垢な一般人なので」
【No.17 登録参加者名〈ネモ〉】
「何や一般人かい。話しかけて損したわ」
「損? どうして損なのですか」
「そんなん決まってるやん。俺は芸能人。一般人のお前らとは住んでる世界が違うねん」
自論を展開するマックラに、ネモはニヤリとする。
「なるほど。君は社会的地位が上がれば人間的地位も上がる、という価値観を持っているんですね」
「人間的地位? 何言ってんねんお前。頭大丈夫か」
「あー。気にしないでください。これは質問ではなく独り言です。言葉は関係ない。あなたがどう生きてきたか、そして最後の時までどう生きるのか、そこにしか答えはありません」
「……あの、もうええわ。意味がわからん。一般人のために俺の貴重な時間を使おうとした俺がアホやった。この辺で勘弁してくれ」
「ふふっ、いいですね」
最初から見下すつもりで意気揚々と絡んだが、最終的に「何やこの女、こわ」と口に出してしまうマックラ。
「――ここは喧嘩するような場所じゃないっていうのに……大丈夫かしら」
そしてその二人の会話を呆れて眺めるのは、この楽屋で最も目立つ容姿を持つ女。
「開始までもう30分……」
月光を閉じ込めたような柔らかな金色の髪、雪のように滑らかな白い肌、意思の強そうな青い瞳。
別の生き物なのではないかと錯覚すら覚えてしまうほどの異彩を放つその少女は無表情で時計を見つめている。
よく見ると、細身ながらも筋肉がついていて、鍛えていることが伺える。
「せめて演者として、規範となるような行動を心がけてほしいわね」
【No.4 登録参加者名〈エリザ〉】
「まったく。これは遊びじゃないってのに……」
「――エリザ、お前は硬いんだよ。こういうのは遊び感覚でやるのがちょうどいい。あと、厄介ごとを持ってくるんじゃねぇ。面倒くせぇから」
「はぁ……。ちなみにわたしはあなたにも言ってるんだからね、アーシヤ。そんなこと言って誰よりも先に脱落したらあんた笑い物よ?」
ワインレッドの髪、それを束ねるヘッドバンド、耳に複数あるピアス。
見るからにチャラそうな男は年相応の落ち着きを保ちつつも、挑発された瞬間に隠していた本性を見せた。
「俺が? はっ。ありえないことを考える時間ほど、無駄なことはねぇよ……あと、アーシヤって呼ぶのやめろ」
【No.5 登録参加者名〈芦屋〉】
「爪痕を残すなら、やっぱり第二ステージまでは何とか残りたいよな。そうなるとやっぱり次の立ち回りは……」
逞しい顎鬚を蓄えた、若干老け顔の26歳。
見た目に比例して物腰は柔らかく無害そうな印象を受けるが、マックラに話しかけに行ったことを考えると、ちゃんと見た目通りの度胸も備わっている。
「ピッキーさん、だよな。俺、実はあんたのファンなんだよ」
【No.16 登録参加者名〈波多部タロウ〉】
「……カッチーン」
「え?」
「プッチーン」
典型的なB系ファッション、頬に刻まれた雷のタトゥー、座っているパイプ椅子を押し潰しそうなほどの大きな体格。
格闘技でもやっていそうな恵まれた体格を持つその男は、自分の手のひらを見つめながら、ひたすら何かをぶつぶつと唱えている。
波多部のことなど、まるで眼中にない。
「……プッチーン……プッチン……プッチンプリン……プリン……プリンっ」
【No.14 登録参加者名〈ピッキー〉】
「ここであってるよね……」
ゆっくりと開く楽屋の扉。
反射的に数人の視線がその方に向く。
少女というには大人すぎて、女性というにはまだ幼い、そんな見た目の女の子。
辺りを物珍しそうにキョロキョロと見渡す姿は侮ってくださいと言わんばかりの無防備さだが、持ち前のルックスが現役アイドルが同じ空間にいても尚、埋没しない個性を放っていた。
「ユウトは……まだ来てないのか」
【No.19 登録参加者名〈アイリ〉】
「どうしよう、表の紙には名前が書いてはずだけど……椅子、私が使ってもいいのかな」
「自分、えらいべっぴんさんやなぁ」
「あ……」
急に声をかけられて思わず体をビクッとさせるアイリ。
声の方に振り向くと、そこには男が立っていた。
細く整えられた眉毛、豪快にかき上げられた前髪――さっきまでネモに絡んでいたマックラだ。
「誰や、お嬢ちゃん」
「え、えっと、ハント・ザ・デッドに参加する伊崎アイリです。楽屋、ここであってますよね」
部外者が来たと思われているんじゃないかと勘違いして焦るアイリに、マックラは肩をすくめる。
「そんなん俺が知るかい。あとで自分で確認してこいや。そんなことより、何してる人なん。早よ答えてーや」
「私は学生で……」
「いや、それは見ればわかんねん。俺が言ってんのは職業や職業。何をやってるやつやねん」
「だ、だから普通の学生です。一般の」
「一般人……まあそんなことやろうとは思ったわ」
一般人と知って例のごとく肩を落とすマックラ。
だがそこでは終わらず「でも」と続ける。
「一般人にしては可愛いな。SNS上がりの勘違い女よりもよっぽどやわ」
「べ、別にそんなことないですよ。私なんて」
「あー、謙遜とかいらんから。まじで。正直、惜しいくらいやもん。一般人にしとくの。とりあえずこれ渡しとくわ」
「これは……」
「連絡先。今日の仕事が終わったら連絡してきて。俺も所属してるところやねんけど、うちに来れば1日で芸能人になれるで」
マックラが渡したのは名刺だ。
マックラの本名、事務所の名前、電話番号が記載されている。
「どうせ自分も腹の中ではチヤホヤされたいって思ってるんやろ。おんねん、おんねん。家族や学校の連中に可愛いって言われるだけじゃ満足できへん女が。まあ入る前にやってもらわなあかんことはいくつかあるけど、それが終わればすぐに仕事を始められるで」
「私は別に……。それになりたいなりたくないじゃなくて、私なんかがなれるとは……」
「だから謙遜はいらんて。なれるならなりたいやろ、芸能人。芸能人はええで。欲しいものが全て手に入る。金も貰えるし、名誉もついてくる。その証拠に、周り見てみ」
「周り……」
「皆んなオーラがあるやろ。幸せそうなオーラが。これはな、満たされてるからやねん。ホックホクなんよ、もう一回言うで? ホックホクやねん」
言われた通り周りを見渡す。
見知った顔、見知らぬ顔、それぞれが各々の時間を過ごしている。
そんな中で最初に目に入ってきたの入り口近くのパイプ椅子に座っていた男女だ。
「もう。バカ。こんなに可愛い彼女が話しかけてるのによそ見して。テンくんもあの人のこと、気になるんだ」
「……別にそんなことないよ。ただ内容が面白かったってだけさ。僕はなっちゃんさえいてくれたら他には何もいらないからね」
見たらわかるが、二人はカップル。
もちろんただのカップルではない。
見る者に吐き気を催させるほどの甘さで惚気ているカップルだ。
「もう。バカ。そんなこと言って恋人であるワタシ以外の女の子にも優しくしてるくせに」
【No.9 登録参加者名〈リナ〕】
「それに関しては言い訳はしないよ。俺は紳士だからね。でも安心して。僕が愛しているのはこの世でただ1人、なっちゃんだけだから」
【No.10 登録参加者名〈テン〉】
「もう。バカ。そんなこと言われたら許すしかなくなっちゃうじゃない。バカ。ほんとバカ。バカバカバカ。テンくんってほんと……ねぇ、あなたもそう思わない?」
「あ、え、俺か? えーっと、まあ、そうだな。あんたの言う通りバカだとおも――」
「バカ。なんで同意しようとしてるのよ。ワタシ以外がテンくんにバカって言っちゃだめなんだから」
「…………」
「テンくんはね、優しくて、かっこよくて、天才で、ワタシの自慢の彼氏なの。もう。バカ。こんな恥ずかしいこと言わせないでよ」
「こらこら。他の人にあたっちゃいけないよ。当たるなら恋人であるこの僕に」
話の内容もいかれているが、このカップルがすごいのは今みたいな会話をほぼ毎日続けているところだ。
たとえ人の目がある場所でも、冷やかすような言葉をかけられても、2人が自分たちの世界から出てくることはなく、むしろその状況を楽しもうとする。
幸せオーラがあると言われたら、確かに頷かざるを得ない光景だ。
「……まあ変なのもおるけど、これも充実してる証拠や」
視線を再びアイリの方に戻すマックラ。
「街中を歩けば声かけられるし、異性は選び放題、捨て放題。問題起こしても示談にさえ出来れば過ちさえなかったことになるし、ある程度有名になれば周りが顔色伺ってくれる。一言で言えば神やな。神。神気分。もう最ッ高やで、最ッ高!」
ナワバリ意識を持ったり、特権意識を持って優越感に浸る人間は一定数いる。
マックラもそのうちの一人だ。
彼は「ハント・ザ・デッド」の一般枠の創設に最後まで反対していた。
「一般人から芸能人になることはいわばレベルアップや。役職が変わるんやない。格が変わるんや。そう言う意味では一般人はヒトですらないな。動物や。キーキー言うて金目のものを運んでくる猿や。別にこれは俺が言ってるだけじゃないで? あいつら自体が推しとか言う言葉を使って勝手に神格化して勝手に貢いできよる。思考停止して、もはや善悪の区別すらもついてない。そんなバカどもを上から眺める景色は絶景やで。神から見た人、人から見た猿や」
目を彷徨わせる。
アイリは迷っていた。
もちろん芸能人になるかならないかではなく、この状況を穏便に済ませる方法に対してだ。
もし相手がヒョロ長いチンピラなら無視を決め込めば済んだろう。
だがマックラは軽薄な言動とは裏腹に体つきはしっかりしていて、人相に至ってはストレートに悪い。
そんな人間の勧誘を断ってもし逆上させてしまったら――。
女子高生のアイリにとってそれは躊躇するのに十分すぎるものだった。
「どっち側におりたいかは明白やんな?」
嘲笑うのではなく、真剣な表情でそう語る。
もしここで彼の求める答えを出さなければすぐにこの表情は崩れて憤怒に塗れるのは明白だった。
「断らんと思うけど、一応聞いとくわ。この名刺を受け取るんか、それとも受け取らんのか、どっちや」
「私は……」
「――待ちなさい」
その時、遮るように声が被さる。
「見てわからないの。嫌がってるでしょ、その子」
透き通るような声。
それでいて同時に力強さも感じるその声の持ち主は、ハント・ザ・デッドの参加者の一人でもある金髪の少女――エリザだ。
「嫌がってる? そんなわけないやろ、なあ、アイリちゃん」
「そんな脅しに近いやり取りで本音が聞けるわけないでしょ。もういい、今すぐその子から離れなさい」
「何でお前にそんなこと言われなあかんねん。俺はただ勧誘してるだけやろ」
「枕、接待、薬。あなたの事務所、いい噂聞かないけど?」
「――俺の事務所が……何だって、外人」
マックラに睨まれても一歩も引く姿勢を見せないエリザ。
直後に声を発したのはその後ろ。
歌詞を練っていたピッキーだ。
「……それ、もしかして差別してる?」
「おうおう、差別されたのは初めてかい、ブロンドヘアのお嬢ちゃん。じゃあ覚えときな。この世には仕方のない差別があると思ってる人間もいるんだ」
立ち上がって改めてわかる巨大、その体から繰り出される野太い声。
エリザとは別の意味で大きい存在感だ。
流石の彼女も僅かに表情を強張らせる。
「くだらない。そんなものは差別行為への免罪符でしかない」
「本当にそうか」
「何?」
ピッキーは少しずつエリザの元に歩み寄っていく。
「言葉にはできないけど、何となく。それだけで同じ国に住んでる他人を嫌いになれるのが人間だ。そんな連中が、どうやって見た目も価値観も違う連中と分かりあう?」
「…………」
「……はっきり言おう。人は分かり合えない。いや、今までも分かり合ってなんてない。なあ、お前もそう思わないか」
言いながら、ピッキーは視線を移す。
その先にいるのは騒動の中心にいるアイリだ。
「も、もうやめてください」
「あ?」
「私、このイベントが終わったら連絡しますから。お姉さんも名前は知りませんが心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫。後は自分で何とかしますから」
アイリは恐怖に染まった瞳を精一杯の笑顔で隠す。
色々考えた結果の行動だった。
話を聞くぐらいなら簡単に出来るし、ハント・ザ・デッドの本質を知れば有耶無耶になる可能性もある。
最悪なのは、このまま助けてくれたエリザにヘイトが向き続けること。
それならとりあえずマックラの言葉を受け入れてこの場を納めればいい。
そしてその真意はもちろんエリザに伝わっている。
ただしアイリの思惑とは別の形で。
助けようとした相手に逆に助けられようとしている。
助けようとした相手が、穏便に済ませるためだけに自分の身を差し出して犠牲になろうとしている。
それは正義感の強いエリザにとって屈辱以外の何者でもなかった。
「だそうだ。本人がそう言ってるんだ。これ以上文句はねェよな」
「……そうね。確かに本人が同意しているのなら、これ以上私が関わるのは野暮かもしれないわね」
「聞き分けがいいな。俺もその天使みたいに綺麗なお顔をぐちゃぐちゃにしたくなかったんだ。じゃああとは松倉に……」
「でも」
エリザは一度引いた足を、もう一度前に出す。
「女の子の人生が潰されるかもしれないって状況を見過ごすことなんて私には出来ない」
プライドがぶつかり合う。
その瞬間、ついさっき生じた亀裂はもう元に戻らないのだとお互いが理解した。
「もう一度だけ言うわ。その女の子から離れなさい」
新たな来訪者が扉を叩いたのは、そんな時だった――。
「何をやってるんだ」
扉を開け、中に入る。
その一連の所作はあまりにも静かで、そしてあまりにも美麗で、ただ登場しただけであるにも関わらず、楽屋内の参加者たちの視線を容易く奪っていった。
「アイリに何か用か」
【No.20 登録参加者名〈吉木ユウト〉】
◇――――◇――――◇――――◇――――◇
「ユウト……」
現れたのはアイリにとって他の何よりも大切な存在――幼馴染の吉木ユウトだった。
「大丈夫か、アイリ」
「私は大丈夫……だけど……」
ユウトと会えたことで緩んでいた頬が、そこで再び険しくなる。
幼馴染だからこそ気づく違和感。
テストプレイの日のことを乗り越えて、これからは次の試練に備えなければならないという覚悟のこもった表情を浮かべているはずのユウトの瞳に、熱さの他に僅かに闇が灯っていた。
「何やお前、調子乗ってんちゃうぞ」
マックラがいの一番に反応する。
今までのどの態度よりも一際鋭い、まるで獲物に狙いを定める獣のようなプレッシャー。
だがそんな中でもユウトは表情を一切崩さず、状況を整理する。
「別に調子に乗ってないが、そう思われたなら申し訳ない」
「取り繕ってるようやけど、びびってんのばればれやで。えらい顔色悪いし」
「心配してくれてるのか、ありがとう。でも大丈夫だ。たとえ本物のゾンビが出てきたとしても俺はやれる」
「は? まじで、は?」
「ここにいる全員聞いてくれ。今から始まるサバイバルゲームはただのサバイバルゲームじゃない」
困惑するマックラを無視して、楽屋の中全体に向けて口を開ける。
「本物のゾンビが出てきて襲ってくるデスゲームなんだ」
当然、周りはポカンとする。
それは一般枠の人間も含めてだ。
特別枠の人間はテストプレイで何があったのかを知らないし、これから始まるサバイバルゲームが死のゲームだということも知らない。
そして最も忘れてはならないこと。
それはユウトが今喋った情報が、流してはならないものだということだ。
「ユウト、それは言ったらダメなやつじゃ……」
その時、アイリの頭の中に浮かんでいるのはテストプレイが終わって再びエントランスに集まった時の出来事だ。
誰もがスタッフの男の話に従者な態度を示す中、ユウトだけが反抗しようとした。
そんな彼に突きつけられたのは、自分たちがもはや鳥籠の中に囚われた鳥だったということだ。
運営の意向に逆らった者には問答無用で死が待っている。
しかもそれは自分だけではなく周りの人間にも作用する可能性がある。
「……まさか死ぬつもりで」
考えられるのはそれしかなかった。
ユウトの瞳に映ったあの闇は気のせいではなく、実際にまだテストプレイの時から立ち直れていない証拠だったのではないか。
その結果自暴自棄になり、正常な判断力を失っているのではないか。
心臓の鼓動が徐々に早くなる。
嫌というほど辻褄が合ったからだ。
ユウトはその他大勢を助けられるなら自分の命を犠牲に出来る人間だ。
そんな人間がもし自分の命と引き換えにこのデスゲームを止められるとわかったなら。
答えは一つしかない――。
「ユウト!」
堪えきれずに名前を呼ぶアイリ。
だがそこで見たものは彼女の想像したものではなかった。
「あれ――」
爆発は起こらない。
いや、それどころか首輪の点滅すら始まらない。
「ど、どうなってるの」
「……やっぱりな。ここで爆発させたら混乱が起こる。まだ首輪を付けてない連中がいたら、当然つけることを拒否する流れになる」
ユウトは天井を睨みつける。
「つまり、今のこの情報は最初からバレる前提だったってことだ」
「何言ってねん、お前はさっきから」
「別に信じなくていい。最初から信じてもらえるとは思ってない。ただここにいる全員、今言った言葉を頭の片隅に置いておいてくれ。それだけでいい。それだけで生存率は上がるはずだ」
物珍しそうに目を向ける者、興味なさそうに目を伏せる者。
その全てにユウトは視線を射抜く。
今の言葉が少しでも多くの人間の心に残るように。
ユウトの狙いは最初からこれだった。
このイベントを根幹から潰すことは考えていない。
もしこちらが強硬手段に出れば、当然向こうも強行手段に出てくるからだ。
だが本物のゾンビ出てくるという情報を伝えることは違う。
これはゲームが始まれば嫌でも知ることになる。
そんなことのためにいちいちリスクを冒すことはできない。
そしてユウトのその考えは正しい。
ハント・ザ・デッドの運営側には安定した運営ができるように「運営マニュアル」というものが存在する。
その中には過度に首輪の性質を喋ったり、警察などの第三者を呼び込んだりして運営を妨害しない限りは当日の制裁は控える、とある。
最初のユウトの本物のゾンビという発言で警告がなかったのはそのためだ。
「あー、わかった。自分、有名人が多いからイキってんのやろ?」
「有名人? 何回も申し訳ない。俺はあんたのことは知らない。よければ名前を教えてくれないか。あとで勉強するから」
「お前ッ……」
「やめなさい」
「あァ?」
隙を見て間に入ってきたのはエリザだ。
「タイムリミット。もうすぐゲームの開始時間よ。準備が遅れて間に合わないなんてことになっていいのかしら。あなたも一応プロなんでしょ」
「ちっ……」
「それからあなたも。名前は知らないけど、そんなわかりやすい嘘情報でも、現場は混乱する。これは遊びじゃないの。わかった?」
「……わかったよ。これからは気をつける」
「ふん……」
それを契機にさっきまでの殺伐とした雰囲気が嘘のように晴れていく。
ライブの時間が迫っていたというエリザの指摘が的を射ていたのと、あとはユウトの荒唐無稽な話で一気に興が醒めしてしまったからだ。
今のユウトの発言で本物のゾンビが出てくることを信じた人間は殆どいない。
むしろ頭のおかしな参加者がいると悪目立ちすらしていた。
そういう意味ではエリザがユウトに向かって放った言葉もあながち間違いではない。
「アイリ」
ユウトが真っ先にその名前を呼ぶ。
「悪かったな、何の説明もなしに」
「うんうん。本当に助かった、ありがとう」
「気にすんな。俺ももう覚悟を決めたから」
覚悟。その言葉にアイリは当然のように疑問を浮かべる。
覚悟とは一体何に対しての覚悟なのか。
問いただそうするが、その瞬間に人影が近づいてくることに気づく。
「よお、お二人さん!」
立っていたのは二人。
顎髭が特徴の波多部と、カップルに絡まれていた長身の男だ。
ユウトが身構えると、二人は慌てたように手で制する。
「おいおい、そう警戒するなよ。本物のゾンビなんて面白い話してたのはお前だろ」
「それは信じてくれるってことでいいのか」
「いや、それは全然。悪いがこれっぽっちも信じちゃいない。俺が言いたいのはその話じゃなく、松倉の話だ。ほら、関西弁の。正直、スカッとしたよ」
フレンドリーな態度を示す男――波多部はそう言いながら笑みを浮かべる。
「まさかただの一般の学生が軽くあしらうなんてな。見たらわかるようにあいつってマジで嫌なやつなんだけど、黒い噂もあってあんまり強く言えなかったんだよ」
「あしらうって、別に普通に話してただけなんだが」
「いやいや、だからすごいんだって。あの風格でしかも関西弁で話しかられたら大人でも萎縮するぜ。なあ、千神もそう思うだろ?」
波多部が問いかけたのはユウトを尋ねにきたもう一人の男――千神だ。
「……ああ。スカッとした。俺が言いに来たのはそのことへの感謝ともう一つ、ゾンビの件だ。正直まだ半信半疑だが、頭の片隅には置いておくつもりだ。もし問題が起きれば協力を仰ぎたいとも思っている」
【No.15 登録参加者名〈千神〉】
「あ、ずるい。何か色々知ってそうだし、俺ももしもの時があったら頼もうと思ってたんだよマジで。半信半疑、半信半疑ってやつだ。つーわけで、これからよろしくな。俺は波多部だ。波多部タロウ」
「千神レンだ。よろしく頼む」
「あんたたちみたいな人がいるだけで助かるよ。俺は吉木ユウト、んでこっちが幼馴染の女の子」
「伊崎アイリです。よろしくお願いしま……」
「――そしてそれら眷属を束ねるのはこの我、ハピー様だっ!」
不意に入ってきた声に四人は揃ってギョッとする。
「我も信じるぞ。その本物ゾンビが出てくるという話を。そしてこれは褒美だ。我からもためになる情報をくれてやろう! こういうゲームで真っ先に死ぬのはカップル。そして次はお前! ヒーロー気取りのボンクラだ!」
そう言いながらハピーが指差したのは、ユウトだ。
「あ、え、俺?」
「残念だったな。貴様はゾンビに殺される運命だ。だが安心しろ。我が一位の座を奪取し、貴様の無念を晴らしてやる。だから貴様はせいぜい踊り狂って舞台を盛り上げることだ。フッハッハッ!」
「え、ちょっと」
高笑いしながら去っていくハピー。
嵐のように来て、嵐のように過ぎ去っていったが、ここにいる四人全員の頭に「ちょっとおかしな子なんだな」という共通の認識をあの一度で刻んでいったのは流石はハピーと言うしかなかった。
ちなみにハピー自身もその言葉の裏に何か意図を混ぜて話しかけたわけではない。
ただ純粋に本物のゾンビが出るという聞く人によっては荒唐無稽なユウトの話に厨二病の血が騒いで話しかけずにはいられなかったのだ。
「何だったんだ、あれは」
「さあ……」
見合わせて肩をすくめる四人。
ちょうどその時、扉が開いた。
ハント・ザ・デッドのスタッフ達だ。
「始まる……」
アイリがそう呟く。
最後は和やかな雰囲気で終われたが、それはハント・ザ・デッドが始まれば何も意味をなさない。
これから始まるのは死の伴うデスゲーム。
これから先何人もの犠牲者が出てくるだろう。
そしてその中にアイリが入っていない保証はどこにもない。
もちろんユウトが入っていない保証もない。
経験という意味では特別枠の人間よりも生存の確率は大分大きいが、それでもアイリの不安は拭えなかった。
テストプレイ前にはなかったユウトの瞳に宿る闇。
あれは一体何を意味するものなのか。
もはやこの状況で確かめる術はなかった。
「それでは説明を始めます」
ついに二度目の地獄が幕を開ける――。




