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17話



 〜Prologue〜




 鈍い痛みで目を覚ます。ゆっくりと上体を起こすと、そこは見知らぬ部屋だった。窓はなく、剥き出しなった電球が弱々しく点滅している。ここはどこだ、いや、そもそも自分はなぜここはいるのか。不安が恐怖に変わる。思い出せない。自分の名前も、自分の顔も。引っ張り出せる思い出も何もなく、ただ空白が広がっている。ふと、すぐそばの床に古いカセットレコーダーが転がっていることに気づく。吸い寄せられるように手を伸ばし、ボタンを押すと、ノイズ混じりの声が響いた。


『すまない……相棒……約束は守れそうに……ない。俺はもう直ぐ……死ぬ。丸焼きにされて奴らの餌に……。お前だけでも逃げろ……』


 相棒? 約束? 何もかも心当たりのない言葉だ。だがその声を聞いた瞬間、なぜか胸が締め付けられる。レコーダーの電池が切れたのか、それとも最初からそこまでしか録音されていなかったのか、部屋は再びチカチカと音を立てる電球の明かりだけが残る。今の声は相棒を名乗る男のものだったのか、それとも別の誰かか。自分に当てたメッセージだったのか、他の人物に宛てたメッセージだったのか。わからない。ただ一つ確信できることがある。ここには自分に以外の何かがいる。そしてその何かは危険で、避けて通らなければならない存在だ。錆びたドアノブに手をかける。一刻も早くこの部屋から、いや、この建物から抜け出して助けを呼ばなければならない。




◇――――◇――――◇――――◇――――◇




 男が扉を開けようとしたところで画面が暗転する。

 

『こんにちは……………………人間の皆さん。大変長らく待たせたしました。いよいよ始まりです。え、何がって。あれですよ、そう、あれ』


 ねっとりとした口調、鼓膜の表面を突かれるような低音ボイス。さらに言葉の節々に強弱を入れる謎のくせも相まって耳に残る。


『――ハント・ザ・デッドが、ね……!』


 映像が切り替わって現れたのは顔全体をマスクで覆った人物だ。


 彼はネクサス社が用意したいわゆる司会進行役で、マスクに描かれた日本人形のような生気のない目と、限界まで裂けさせた口角をこれでもかと釣り上げた笑顔が特に目を引く。


 登場の仕方や、見た目、背景を総合的に見ると、映画やドラマに登場するゲームマスター的な存在にも見えるが、これは意図しており、ハント・ザ・デッドのダークな雰囲気を伝えるために運営が敢えてこう作った。


〈待ってました!〉

〈茶番が終わって茶番が始まった〉

〈同接5万人おめ〉

〈最初の導入いる?〉

〈雰囲気作り大事〉


 チャット欄は大量のコメントで溢れ、そして瞬きする間にまた新しいコメントが入ってくる。

 肯定的なコメント、否定的なコメント、色々あるが、すでに総コメントは千を軽く超え、確かな賑わいを見せている。


『私のこのゲームのホストを務める、名を“イレブン”と申します。お見知り置きを。そしてこの胸ポケットについている髑髏はスミス』


『よろしくなっ、皆んな』


『彼女は私の助手です。彼と言ったり、男と勘違いしたら怒ってきやがりますが、害はないのでみなさん気をつけなくても大丈夫です』


 イレブンの声に合わせて動き出したのは胸ポケットの位置にある髑髏の柄だ。

 奇妙な光景だが、これは元々AIを駆使して作られている動画。

 服の一部が動き出しても、単なるマスクの模様であるはずの唇が動いても、何でもアリだ。


『自己紹介が終わったところで、早速ゲームの紹介を……このゲームの目的はゾンビの蔓延る建物の中から脱出することです。ゾンビからの攻撃に対応できなければ脱落、ゾンビを掻い潜り建物の外に逃げ出すことができればクリア。シンプルですが、ホラーとスリリングが交差する至高のライブ体験をお約束しましょう』


 本戦のハント・ザ・デッドだが、テストプレイでの仕組みとそれほど変わりはない。

 参加者それぞれが別の位置からスタートし、湧いてくるゾンビを蹴散らしながらゴールを目指す。

 当然、その中でゾンビによる襲撃を防げずに攻撃を受けてしまう参加者もいるが、ゲームでの死は現実での死。

 受けた傷は治らないし、ゾンビウイルスに感染すればゾンビの仲間入りだ。

 そして視聴者はそれをありのままの姿で視聴する。

 リアルを極限まで追求したと銘打ったライブ体験が、実はただのリアルだったとは知らずに、だ。


『因みに――』


『因みにゲーム中には視聴者も参加できるイベントも用意してるから楽しみにしててくれよなっ』


『……その通り。そしてもちろんスミスが言わなければ私が言っていました。ええ、それはもう。余計なお世話、というやつです。いくら優しい私と言えど、機密情報を視聴者に漏らすような真似はしませんよ』


 カメラにじっと視線をを向けながら、しかしその声は右胸の髑髏に向かっている。

 ライブとは思えない険悪な雰囲気。

 チャット欄も勢いが増す。


〈喧嘩してて草〉

〈何かギスギスしてんな〉

〈不仲か?〉

〈骨は喋んな〉

〈そんなことよりハピーちゃんを映せよ〉


『参加者の数は当初は48人の予定でしたが、一身上の都合で一人が欠席になり47名でのスタートとなります。なぜかって? 残念。教えられません。これも機密情報ですから。守秘義務が多いんですよ、私のようなプロでも。私だって本当は教えたいです。さっきはあんなことを言いましたが、情報をもっとたくさん出して視聴者の皆さんを盛り上げたい。そして私も皆さんと共に盛り上がりたい。だから……』


『イレブン、それ以上言うならイエローカードを出すぞっ』


『……イエローカード? はぁ、これだから素人は。こうやって予め謎を散りばめておくことで視聴者の関心を引くんですよ。邪魔をしないでください。まあ、私も不完全です。うっかり口が滑ることはあるかもしれせんねぇ。もちろんその時は素直に謝りますよ。ごめんちゃい、と』


『イエローカードだ、イレブン』


『ちっ、さっきからうるせェなァ……』


 心のマスクが取れて出てきたのは、素のイレブンだ。


『視聴者の皆さん、もうわかるでしょう。彼女の役割は監視です。この右胸のドクロ。こいつは私がヘマをしないように見張っているのです。悲しいですね。プロとして自分の仕事を信じてもらえないのは』


 ホストのイレブンは見た目から声まで全てがAIを使って作成されている。

 技術の進歩により性能は高いが、もしものことを考えた時にストッパー役となるスミスの存在は運営からしたらなくてはならないものだった。

 もちろんホストのイレブンからしたら、途中で割り込まれるのは面白くない。


〈なるほど〉

〈全然上手かったけどな〉

〈最低だな助手スミス〉

〈イレブンはこんなにも頑張ってるのに!〉

〈早くハピーちゃんを映せよ〉


『おお、皆さんならわかってくれると思っていました。ちょうどいい機会ですし、いくつかコメントを拾ってみましょうか』


 イレブンが興奮気味にチャット欄に目を通す。


〈まじで一般枠で参加したかった〉

〈今日誕生日です。祝ってください〉

〈ピースしてください〉

〈チンコ←これなんて読むんですか〉

〈早くゲームが見たい〉

〈ハピーを出せハピーを出せハピーを出せハピーを出せハピーを出せハピーを出せハピーを出せハピーを出せハピーを出せハピーを出せ〉


 皆、自分のコメントが読まれるのを今か今かと楽しみにしている。

 普通の質問、リクエストコメント、弾幕コメント、さらに特に意味のないコメントまで――。


 だが、そのお祭りムードはすぐに裏切られることになる。


『一般枠……参加希望者でしたか。それは残念でした、ね。まあ観戦も悪くないですよ。むしろ考えようによってはそちらの方が快適かもしれません。だってこの中の殆どの人間は最初のゾンビに出会ったところでリタイアでしょうからねぇ。ふふふ」


『…………』


『ほお、今日誕生日の方がいるんですね。しかし、時間というのは二度と戻らない一本道。なので人生で一度きりしかない誕生日を何度も祝うという概念は私には理解できかねますかね、ごめんなさい』


『…………』


『ピースしてください……なるほど、世界共通のジェスチャー、ピース。いいでよね、でも私の役割はホスト。質問には答えますが命令には応える義務がありません。なんせ私は意思を持った自由な男なんでね』


『…………』


『次は……チンコ、これ何で読むんですか、ですか……すみません、わからないです』


『…………』


『あ、でも読むとき言っちゃった……』


『…………』


 一瞬の静寂。

 イレブンは相変わらずの感情の読めない顔で、髑髏は口をあんぐりと開ける。


『これは……ぎりぎりセーフ?』


『イエロー……』


『……ゲーム、見たいですよね。ではさっそく選手の準備が整ったか聞いてみますね』


 ラインを超えた足を力技で何とか元の場所まで戻そうとするイレブン。

 だが視聴者にはすでにイレブンの本性がバレていた。


〈スミス、俺たちが悪かった〉

〈所詮はAIか〉

〈変なコメント拾うなよ〉

〈早速放送事故〉

〈まじで助手がいてよかったな〉

〈有能だな助手スミス〉

〈俺は好きやで〉

〈早くハピーちゃんを映せよ能無し共〉


『ふむ、準備が整ったようなので、ここからは皆さん待ちに待った時間が始まります。え、何かって?』


 わざとらしく手を耳の位置に添える。


『それはもちろん選手紹介です……!』


 無機質な声がマイクを通して視聴者に届く。

 今から行われるのはゲームが始まる直前に行われる参加者の紹介。

 そしてそれも終われば次はいよいよ試合(ゲーム)だ。


〈きたー〉

〈正直ここが1番楽しみ〉


『ただその前に私から一つ。選手たちをよく目に焼き付けておいてください』


 今の言葉の意味を理解できる視聴者はもちろんいない。

 ふざけたマスクを被った、ふざけたホストの戯言として映っている。

 そしてだからこそイレブンも遠慮なく言葉にすることができる。


『ファンの方も、そうでない方も、ここにいる全ての人々が生きた証人、目撃者です。どうか皆さんだけは、選手たちの一瞬を見逃さないでください』


『イレブン、それ以上はレッドカードだ』


『死を振り払うか、それとも死が連鎖するのか。誰が生き残るか、そして誰が脱落するのか……待って、まだ言わせて……』


〈あ……〉

〈退場〉

〈退場です〉

〈ハピーちゃんは?〉

〈↑こいつを拾わないだけで有能なんだよな〉

〈それな〉


 助手もコメントも無視して言葉を続ける。

 そこにはおふざけモードの時の面影は一切ない。

 口角を限界まで上げて、声を絞り出す。


『それでは皆さん、健闘をお祈りします』



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