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15話



 遅刻者用の裏門に回り、係の人を呼んで学校に入れてもらう。

 無事に学校に入れたことと、これから待っている生活指導の先生の説教。

 いつもならその二つのことで複雑な気分になっていたが、ここに来てもカイトの心はまだうわの空のままだった。


 歩くことすら覚束ず、手を壁に沿わせて何とか進む。

 その姿はまるでゾンビと変わらない廃人。

 遅刻した際の手順を知らなければ、本当にその辺を彷徨っていたかもしれない――というのは少し誇張しすぎかもしれないが、本当に今は心にぽっかりと穴が開いた気分だ。


 ふと窓を見ると、体育の授業終わりの生徒たちが校舎に戻ってくる姿を見つける。

 運動後の疲れた体でも元気に談笑する姿はどこにでもある風景だが、カイトはそれを見て思わず「いいよな、お前らは」と呟いた。

 彼らだって別にカイトと何ら変わらないここの生徒。

 何も羨ましがるような要素もないその集団に、カイト自身もなぜその言葉が出たのかはわからない。

 ただ、そこで今日の自分はどこかおかしいのだと改めて実感した。


「おーい!」


 不意に声をかけられる。

 振り返ると、そこにいたのはテストプレイを共にした仲間である伊崎アイリの姿だった。

 この学校の女子用の制服を身に纏うアイリは少し気まずいのか、苦笑いを浮かべながらぽりぽりと頬を掻いている。


「本当に同じ学校だったんだな」


「えへへ……びっくりした?」


「いや、あんまりかな」


 素直な感想だった。

 元々同じ学校だというのは聞いていたし、会ったのだって昨日ぶり。

 もっと言えば、ここで会ったのは偶然ではなく、アイリから直接話がしたいという連絡があったからだ。

 もちろん制服を着ていることに対しての新鮮さはあるが、それ以外の感情は特になかった。


「それより話したいことって……」


「――カイトぉ!」


「……あー、悪い。やっぱり話はまた後にしてくれ。ちょっと今は無理っぽい」


 本題に入ろうとしたところで、今度は別の声が聞こえてくる。

 ワックスで固められた頭、ズボンからはみ出したシャツ。

 そんな校則に真っ向から喧嘩を売る見た目をした彼らは、クラスメイトの二人だ。


「お前、学校来てたのかよ! せっかく途中で飲み物買ってきてもらおうと思ってたのに!」


「それな! コンビニにしか売ってないコーラを頼むつもりだったのに……あ、ってかそんなこと言ってる場合じゃないんだ」


「そうだった。頼む、カイト。何も言わずにこれを受け取ってくれ」


 二人は何やら焦っているようで、喋りながらも仕切りに体を動かしている。

 さらにその表情にはどこか愉悦のようなものも見えて、ますます状況が読めない。

 不審に思っていると、クラスメイトのうちの一人がキョロキョロと周りを見渡してから突然持っていたものをカイトの手に押し付けた。


「おい、何だよこれ」

 

「いいからちょっと持っててくれ。いいか、絶対に誰にも渡すなよ。絶対だぞ」


「あっ、ちょっ……」


「頼んだぞー!」


 何の説明もせず、そのまま走り去っていく二人。

 あの二人はいわゆる同じグループで、学校で一緒につるんでいる連中だ。

 休み時間などは常にカイトを入れた3人で集まっている。


 だがカイト自身、彼らを友達だとは思っていない。

 どちらかと言えば「ツレ」だ。


 クラス内の悪の部分を抽出したら、必然的に出来てしまった集まり。

 互いの家庭環境の話や将来の夢の話といった、人の核心に触れる会話は今まで一切したことがないし、興味もない。

 今日が楽しければいい、自分さえ楽しければいい。


 そうやって一人一人が自分の思い描く“楽”を享受するために、今日も隣にいる。

 三人はそんな関係だ。

 

「それにしても……」


 自分の手の方に視線を向ける。

 そこに握られているのは、ツレの一人がカイトに押し付けていったものだ。


「何だこれ、『君が私の全てでした』……? ん、恋愛小説か?」


 蔵書印が押されていることから、恐らく学校の図書館で借りた本。

 これをなぜ二人が待っていたのかはわからないが、少なくともろくでもないことに使われていることだけは分かる。

 その時、カイトの前を女生徒が一人横切った。


「どいて」


「わっ」


 ぶつかりそうになって体勢を崩すも、カイトはしっかりとその人物を瞳に捉えていた。

 癖のある艶やかな黒髪、まるで色気を感じさせない長いスカート、そして男性の平均身長はあるカイトと殆ど変わらない大きな背丈。

 見覚えのあるその見た目は、ツレと同じくカイトのクラスメイトだ。


「ごめんなさい、急いでて」


 急に息を切らして走ってきたツレの二人。

 その後にタイミングよくきたクラスメイト。

 そこでカイトはようやく状況を察し、慌てて持っていた本を後ろに隠す。


「……加藤たちを探してるなら、さっきあっちに走って行ったぞ」


「ほんと?」


「ああ、そこの奥を右に曲がっていった」


 そう伝えると、女子生徒は「ありがとう」と小さく呟いてから走り出した。

 普通ならもっと疑ってもいいはずだが、彼女はそんな言葉は知らないとでも言うように指定した方向に直進する。

 その姿はまさに人間に操られる間抜けな犬――。

 焦っていて冷静な判断ができない状態だったとしても、びっくりするほどの素直さだった。


「……バカが」

 

 ツレの二人が戻ってきたのは、それから1分も経たないうちのことだった。


「ふぅ、なんとか撒けたな」


「まじで今回は危なかった」


 謎の手応えを感じている二人に、カイトは持っていた本を掲げる。


「一応聞いとくけど、この本は」


「カイト、聞いて驚くなよ。この恋愛小説、あのゴリラ女が持ってたんだぜ」


 ゴリラ女とは、もちろんさっきすれ違った女子生徒のこと。

 男子顔負けの身長に、広い肩幅や大きい胸といった特徴からカイトたちの間でそう呼ばれている。


「俺が見つけたんだ。鞄の中に入ってたから気になって取ってみたらそれでさ。ゴリラ女がみるみるうちに顔を赤くして傑作だったわ」


「へぇ……」


「しかもその後、本を持って逃げたら、あの女普通に追いかけてきやがんの。あのデカい図体でおっぱい揺らしながら追いかけられるところ想像してみ。マジで恐怖だぞ」


 彼らの言った通り、こういうことは今日が初めてではない。

 その控えめな性格と、鈍臭さから、彼女はよく揶揄いの対象にされていた。

 内容は単なるちょっかいから度を超えた嫌がらせまで色々あり、恐らく今回は休み時間にちょっかいをかけて、それがエスカレートしてしまったパターンだろう。


 そしてもちろんカイトは彼女がちょっかいをかけられる度に同じ場所にいて、その光景を間近で見ている立場だが、止めたことは一度もない。

 それは別にツレとの付き合いで仕方なくとかではなく、ただ単に彼女のことがどうでもよかったからだ。

 誰かが虐められている様子を楽しむぐらいにはクズな方―― もっと言えば自分が楽しめれば、誰かの不幸なんてどうでもいいと、本気で思える人間がカイトだった。


 だからこれはカイトにとって日常の一部。

 咄嗟に本を隠せたのもそのためだ。


「最後は追いつかれたけど、途中に通ったトイレに放り投げたって言ったら間に受けて走っていきやがった。今頃、焦ってるだろうな。本がなくて。笑える」


「いや、一番笑えるのはあいつが恋愛小説を読んでたことだろ。夢見てんじゃなーよな。あいつと付き合いたい男なんかいねーつうのに……なあ、お前もそう思うだろ、カイト」


「そうだな……」


 その言葉に、いつもの態度で応えるカイト。


「…………」


「カイト?」


「……ん、あ、どうした」


 だが、正面に立つ二人の反応は思っていたものではなかった。


「は? おいおい、大丈夫か。お前さっきから妙に反応悪いぞ」


「さっきからじゃなくて、会った時からずっとだけどな。何か隠してんじゃねーの。今回も遅刻してたし。俺たちはちゃんと来てるってのによー」


「おいおい、まさか裏で俺たちに言えないようなヤバいことやってるんじゃねぇよな。調子いいじゃねぇかよ、カイト」


「すまん」


 どう返していいかわからず素直に謝ると、二人は顔を見合わせてフッと笑う。


「はっ、何マジにしてんだよ。そういうノリだろ」


「しっかりしろよなー、カイト。まあでも……なあ?」


「ああ。何のお咎めもなしは流石にな。コーラもお預けになっちまったし」


「……何を企んでるんだ」


「実は二人で考えてたんだ。恋人ドッキリ」


 カイトは目を細める。


「あのゴリラ女を誘って、付き合え。そんで頃合いを見てドッキリだって打ち明けるんだ。ほら、いつもの罰ゲームさ」


 罰ゲームとは言葉の通り三人の間でよく行われている、スリルのある遊び。


「それはまた……楽しそうなゲームだな」


「だろ? いやー、カイトならそう言ってくれると思ったぜ。やっぱ俺たち気が合うみたいだな」


「まあやるのはカイト1人だけどな。俺たちはお前らの偽恋人関係を見守る役だ」


「……別にいいけど、フラれたときはどうするんだ。付き合える保証はないぞ」


「そこをなんとかするのがカイトだろ。大掛かりになってもいいから、まずは一から関係を作り直せ。話はそれからだ」


「言っとくけど、手は抜くなよ? あとでメッセージのやり取りとか見るからな」


 カイトが引き受ける前提で話を進める二人。

 もちろんこうなればカイトに拒否するという選択肢はない。

 そこでカイトが「……わかったよ」と言うと、二人は友達に向けるようなものではない嘲るような笑みを浮かべて、お互いの顔を見合わせる。


「いい返事だ。報告、楽しみにしてるぜ」


「証拠もちゃんと撮っとけよー。あ、それとその本はお前が本人に返しといてくれ。何ならついでに遊びにでも誘ったらどうだ」


「いいな、それ。じゃあ後は頼んだぞ。俺たちはゴリラ女が来る前にさっさと退散だ」


「罰ゲームをやるとちょっかいをかけられなくなるから痛いなー」


「いやいや、罰ゲーム自体がちょっかいみたいなもんだから問題ないっしょ」


 ツレの二人は悠々と去っていく。

 その時、喉元まで言葉が出かかっていたが、結局それが吐き出てくることはなかった。

 代わりにやるせない表情が、カイトの本当の気持ちを語っていた。


「……先輩」


 暫く経って口から出てきたのはそんな言葉だった。


「何でメッセージに返信くれないんですか……」


 テストプレイが始まる直前に来た「健闘を祈る」というメッセージが来て以降、いくらこちらからメッセージを送っても返信がこない。

 時間帯から考えてすでに4回目のテストプレイが終わっているはずだが、あれから音沙汰はなく、学校にも来ていないらしい。


「そもそも今どこにいるんですか」


 虚空にそう問いかける。

 カイトが先輩と呼ぶ人は一つ年上の不良グループに属している人だった。

 最初の出会いはツレ二人がそのグループのリーダー的存在の人と交流するということで、何となくついていったら、そこにいた。


 カイトは最初、不良なんてみんな同じものだろうと思っていたが、先輩は他の不良とは違ってどこか達観していた。

 余計な言葉は喋らず、口調も丁寧で、何より頭が良かった。

 それは勉強ができるということではなく、使う言葉がいちいち繊細で奥深いのだ。


 漫画で見るような不良に憧れを抱いていなかったカイトは、すぐにその先輩に懐いた。

 たくさん話しかけて、携帯でも一方的に連絡を送りつけて、食事にも誘って、自分の悩みも勝手に打ち明けた。

 その度に先輩は真摯に対応してくれて、相談にも乗ってくれて、何よりカイトが欲しい言葉をくれた。

 もはやカイトの中で先輩は憧れになっていた。

 こんな人になれたらいいなと心底思うようになっていた。


 だがそんな完璧とも言える先輩にも、引っかかることは確かに存在した。

 それは先輩が毎日肌身離さず着けているペンダントだった。

 先輩がそれを“魔除け”だと紹介した時に、カイトは驚きが隠せなかった。

 なぜならあの達観した先輩がスピリチュアルな事象を信じているとは到底思えなかったからだ。


 カイトはすぐにそのペンダントを欲しがるようになり、その日から粘り強く強請った。

 それだけ自分ですら知らない先輩のことを知りたかったのだ。

 最初は難色を示していた先輩も、あまりのカイトの執着に、最後は折れて譲ってもらうことになった。

 握ると安心するという迷信を教えてもらったのもその時だ。

 最初は信じていなかったが、不安を感じた時に試しに握ってみると本当に安心できた。

 先輩から譲り受けたものに触れることで、まるで自分が先輩のように強くなった気がしたからだ。


 その日からカイトは不安になった時は必ずそのペンダントを握るようになった。

 人間関係で悩んだ時も、将来のことで悩んだ時も。

 握りしめることで安心を得た。

 そうやって今までカイトは自分の平穏をギリギリのところで保ってきたのだ。


「やっぱ死んじゃったんですか、先輩」


 ペンダントを握りしめる。


「あーあ……」


 まるで気が入らない。

 再度強く握りしめても何も起こらない。


 あの時からずっとそうだ。


 不安は不安のまま、気持ちはいつまで経っても上がってこない。

 むしろ徐々に目の前に映る全てがくだらなく見えてくる。

 くだらなくて、くだらなくて、全てがどうでもよくて。

 まるで異世界に来てしまったように、自分が爪弾きにされたような感覚に陥る。


「……あー、そうか。ようやくわかった」


 クズが得をする世界。

 正義を口にしようものなら、あらゆる方面から攻撃される世界。

 最初はカイトもそんな世界を恨んでいた。

 言いようのない不満を抱え、どこかの誰かが救い出してくれるのを待っていた。

 だがそれは最初だけだった。


 途中からカイトは恨むのをやめてこの世界に馴染むことを選んだ。

 それは決して絶望して諦めたわけではない。

 ただ、この世界を恨むよりもそれがずっと楽だったというだけだ。


 そんなカイトだからこそ知っている。

 この世界は地獄だ。

 あのゾンビに汚染された廃病院と殆ど変わらない。

 中身の腐った連中が腹を抱えて笑うために作った、腐った世界。

 本当にくだらない世界。

 それがこの世界の理なのだ。


「俺、何であんなに必死で生きようとしてたんだろ」


 口ずさんだ言葉が驚くほど腑に落ちた。

 むしろあそこで死んでいた方が楽だったのではないか。

 そんな気さえした。


「――カイトくん」


 その時、不意に名前を呼ばれる。

 聞き覚えのある声だ。


「その声は……アイリ?」




◇――――◇――――◇――――◇――――◇




 そこにいたのさっき雑に厄介払いしたアイリだった。


「悪い。わざわざ待っててくれたのか」


「どうしても話しておきたかったからね。カイトくんも積もる話があるでしょ?」


「いや……そんなにないかも」


 これも素直な感想だった。

 だがそれを聞いたアイリは不満そうに眉間に皺を寄せる。


「気になってるかもしれないから一応伝えておくと、ユウトは無事だよ。ちなみにこの学校じゃなく別の学校に通ってて、しかもこの辺では有名な進学校の藤山高校」


「あ、そう」


「本当にすごい頭良くて、運動も出来て……あはは……。これも、興味ないか……」


 カイトはそこで思わず苦笑いする。

 自分でも驚きだったからだ。

 テストプレイがあったあの日はずっとユウトのことが気になっていた。

 だが自分の深層心理に気づいた今は、話を聞いても欠片も気にならない。

 まるで何かから解放されたかのように心は空っぽのままだ。

 あの後ユウトがちゃんと帰路に着けたのかも、ユウトが今どうしているのかも、今となってはどうでもいいことだった。


「話はもう終わりか?」


「あ、ちょっと待って」


 半歩後ずさったところでアイリが腕を掴む。


「何だよ、まだあるのか。俺も急いでるんだが……」


「“ハント・ザ・デッド”のことで話がしたいの」


 思わずため息をつく。

 ハント・ザ・デッド。

 それはなるべく考えないように努めていた話題だった。


「昨日の今日でよくもまあやれるな」


「あ、当たり前じゃん。命がかかってるのに」


「それは、まあそうだけど」


 確かにそれは否定できない。

 地獄がまだ終わっていないとわかったのなら、次に出る行動はその地獄をどう乗り越えるか。

 生き残りたいと思う人間は真っ先にそう考える。


「……それで、何だよ。何かわかったのか」


「わかったってほどでもない……けど自分なりに調べてきた。まず本戦の開催は一週間後の11月15日。場所は郊外にある、改装中の大型ショッピングモールで行われる」


 思っていたよりも間隔が短い。

 テストプレイは本当に試遊会的な立ち位置だったらしい。

 場所については知っている。

 3年も前から改装工事をしているネクサス社所有のショッピングモールだ。

 一度足を運んだこともあり、完璧ではないが地形も把握している。


「それで」


「人数は一般枠と特別枠を合わせて全部で48人。それを前半の部と後半の部の24人ずつに分かれて行われるのが最初の本戦、『CODE:1』。そしてその一ヶ月後に生き残った人たちで行われる2回目の本戦、『CODE:2』」


「計2回?」


「少なくとも2回、かな。『CODE:2』が最後だとは書いてなかったから。でも番号があるってことは終わりはあるんだと思う」


 人数に関してはさすがは本戦と言える数字だ。

 テストプレイの2倍以上。

 それだけでも規模の大きさがわかる。


 「CODE」に関しては正直よくわからないが、終わりがあるというのは参加者からしたら数少ない希望だろう。

 終わりの見えない階段よりも、終わりの見える階段の方が登る気が起きる。

 だが逆に言えば一回目を奇跡的にクリアしたとしても、2回目が待ち構えているということ。

 さらに2回目を突破したとしても解放されるかどうかはわからないということでもあるのを忘れてはならない。


 改めて見ても悪趣味だ。

 参加者たちは少なくとも後2回地獄を体験しなくてはならない。


「……それで」


「だからもしかしたら別の部で戦うことになるけど、基本的に協力できるならした方がいいと思ってる。やっぱり人数の有利はゲームと一緒でバカにできない。それに信頼できる仲間は限られてるから」


 今までの会話で何となくわかった。


 恐らくそれがアイリの本筋だ。


 生存率を上げるには出来るだけ多く仲間を募る必要がある。

 だが中津のように信頼できない人間を側に置くのはそれだけでリスクがある。


 その両方を一度に解決出来るのが、同級生であり、テストプレイで同じ修羅場を潜った仲でもあるカイトというわけだ。


 カイトは小さく頷く。


 どうやらアイリは本気であの地獄のゲームに抗うつもりらしい。

 

「それで」


「ルールは基本的にテストプレイと変わらない。いち早く出口を見つけること。違うのはゾンビを殲滅してもクリア扱いにはならないこと。どうやら時間制限があるみたい」


「それで」


「そ、それから取得できるアイテムも増えるみたい。中には近接武器もあって……」


「それで」


「だから生き残るためにみんなで協力を……」


「それで」


「さ、さっきからちゃんと話聞いてる? 返事が適当な気がするんだけど」


 カイトの突き放すような言動に、アイリはすぐに不審な目を向ける。


「どうだろう……どちらかといえば聞いてないかも」


「どうしたの。今日は何か変だよ。いつもより不機嫌というか……とにかくしっかりしてよ。命がかかってるんだよ?」


「命ね……」


「なに。私今変なこと言った?」


「誰も生きて帰れないよ」


 冷静にそう言い放つ。

 当然、アイリは反応に困ったように唇をキュッと結び、視線を彷徨わせる。


「どうしてそんな悲観するの」


「悲観も何も、事実だろ。あの地獄を見てきた俺たちが一番わかってる」


「そ、そんなのやってみないとわかんないじゃん」


「わかるよ」


「嘘。だって私たちは実際に生きてここに……」


「どうせみんな死ぬって!」


 怒りの籠った声に、口をぽかんとさせるアイリ。

 そこでカイトは一瞬、ハッとするが、一度言葉を出してしまった以上、もう止まることはできなかった。

 

「アイリだってわかるだろ?」


 わかっている。


 これはただの八つ当たりだ。


 アイリと会った最初に可愛い子がいるなと思って、気さくに話しかけてくれるのが嬉しくて、ここからもしかしたら深い関係になれるかもと勝手に期待して、でも彼女にはすでに意中の相手がいて。


 それも地獄のゲームが始まったことによって有耶無耶になって、皆んなが自分のことで手一杯になって、そんな時に彼女がピンチなことを知って、ヒーローのように助けに行って、でもそれが結果的にさらにピンチを招いてしまって。


 嘆きたいのはアイリだ。


 そしてそんな彼女に最初に声をかけてあげなければならなかったのは他でもないカイトだ。


 決してここで弱音を吐くことではない。


「結局最後は俺もお前も噛まれて同じようにゾンビになるか、強個体のゾンビにミンチにされるか、どちらかだ」


 だがその上でカイトの思いは変わらなかった。


 アイリにはユウトがいて、そしてユウトにはアイリがいる。


 立ち上がる理由がある。


 対してカイトには何もない。


 才能も、地位も、名誉も。


 友達も、恋人も、家族も。


 生への執着、そして立ち上がるために必要なあらゆる要素。


 それら全てがカイトには欠けているのだ。


 どちらかと言えば生きたいと思っている。


 どちらかといえば頑張った方がいいと思っている。


 だがその事実がカイトをさらに闇へと引き摺り込む。


 アイリを味方とさえ見れなくさせる。


 羨ましくて、妬ましくて、腹立たしくて。


 複雑な感情がカイトの心を鎖で縛り付けようとする。


 もういっそ全て消えてなくなればいい。


 そんな邪な感情が溢れ出して止まらなくなるのだ。


「……もう諦めようぜ」


 それが最終的に出したカイトの答え。


「これでわかっただろ。こんな俺のことほはほっといた方が……」


「――かっこよかったよ」


「いいと……」


 その時、表情が固まる。


「……は?」


 わけもわからず聞き返すが、アイリの態度は何一つ変わらない。


「だから、かっこよかったよって」


「何で今そんなことを……」


「カイトくんはあの時のこと、かっこ悪いって思ってるんでしょ? でも私はそうは思ってない。嬉しかった。一人で、もう誰も助けてくれないと思ってたから……頼もしかった、どうしよもなく、かっこよかった」


 思わず息を呑む。

 最初は本当に何のことかわからなかった。

 またユウトの話でもしているのだと思った。

 だが暫くしてようやくカイトがアイリのことを救助しに行った時の話だということに気づいた。


 そしてそれは、ただの感想ではない。

 カイトがずっと欲していた言葉だ。


「だからカイトくんなら大丈夫だよ」


 奥底にしまっておいた感情が、その言葉で一気に蘇る。


「今さらそんなこと……」


「抗うのはただでしょ。どうせ死ぬなら抗って死のうよ。あ、そうだ。じゃあ言い方を変えるね。カイトくん、死んでよ」


 アイリが口角を上げる。

 それに比例して徐々に頬が赤く染まる。


「一人じゃなくて、抗う私と一緒に死んで」


 感情を解き放つように言葉を紡いだアイリ。

 言葉尻だけを捉えるならそれは一種の心中宣言だったかもしれない。

 しかし切実に訴えかける彼女の透き通る声の中には、確かに他者を思いやる温かみがあった。


「そしてもし生き残ったら私、カイトくんに伝えたいことがあるの。その時は何も言わずに聞いてくれる?」


「そんなの、本当に生きてたら別に断る理由はない……だろ」


「確かに。じゃあ決まりだね」


 アイリはカイトの顔を見ながら3歩ほど後退りしたところで半回転し、そのまま歩き出す。


「約束だから」


 最後にそう言い残した後、アイリは去っていった。

 残された空間は急速に音を失い、まるで世界が呼吸を止めたように霞む。

 カイトは思わず息を詰め、かすかに残った温かい何かを頼りに何とか息を吐く。


「あ……」


 あの表情、それから雰囲気。


「え、あ、え」


 殆ど恋愛経験のないカイトでもわかる。

 あの反応は間違いない。

 つまり、そういうことだ。


「えー」



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