14話
とあるテレビ局の収録現場。
「それじゃあ次は次世代大注目のアイドルグループ『CLIP SLIP』の最年少メンバー、MIYABIちゃん。MIYABIちゃんはどうしてアイドルになろうと思ったの?」
「きっかけは母親です。私自身、アイドルには興味がなかったんですけど、中学1年生の時に母が勝手に芸能事務所に私の履歴書を送って、それがたまたま通ってしまって」
「つまり、なるべくしてなった天才型ってやつだ。普通は自分からアイドルという存在に出会うけど、MIYABIちゃんの場合はアイドルの方からMIYABIちゃんに出逢いに来たわけだね。僕も一度は言ってみたいなー、気づいたらアイドルになってたって」
ゲストを招き、MCとのトークで魅力や裏話を引き出すバラエティ番組。
今回採用されたコンセプトは「女性アイドル」で、王道系からサイバーパンク系まで、それぞれが埋もれない個性と実力を備えたグループが結集している。
企画自体はどこにでもあるものかもしれない。
だが呼ばれるゲストにただ有名人を迎えるのではなく、これから有名人になるであろうスターの卵を呼ぶことで、流行の先を行き、何なら自らが流行を作り出すことによって、番組の地位と威厳を保っているのだ。
そしてもちろんそれは今回も良い意味でも、悪い意味でも、例外ではない。
「じゃあ次は……」
「――我だッ!」
幼さを残すキュートな声。
溌剌とした口調も相まって、本当に小さい女の子が喋っているのではないかと錯覚してしまう。
「人間どもよ、聞いて敬え! 我こそが第七十二柱『常闇』の正統後継者にして、純血を誇る悪魔の中の悪魔、ベルゼヴェル・デモンレルム・アナイアレイト・レイ・ハピクザート・クロムウェル・フォーリーズ・ヴァン・ルシフェリウスである! 眷属からはハピーさまと呼ばれているが、我は心の広い悪魔――ハピーちゃんでも、ハピーさんでも好きに呼ぶがいい。ただし、呼び捨てで呼んだ時は覚悟しろ。かつて魔界中を荒らしまわった大悪魔である我が直々にその者の魂を引き摺り出し、永久に闇の中を彷徨わせてやるからなッ!」
喋る内容は言わずもがな、見た目も特徴的で、薄墨色の髪とダボっとした衣装に、悪魔を思わせる2本の角と翼が生えている。
角はしっかりと作り込まれているが、翼の方はモコモコとしたぬいぐるみタイプで、異彩さの中にほんのり親しみやすも同居している。
彼女が声を出した瞬間、他のアイドルたちは緊張した面持ちでスタッフの方に視線を向け、そのスタッフたちは台本にない展開に静かに騒つき、MCに至っては明らかにさっきまでの落ち着いた表情が崩れ、冷や汗をかく。
バラエティ番組ではあり得ない光景。
一言で表すならばそう――まるで本当の悪魔でも見たかのように。
「すごい長い名前……。と、というか今のは次の質問はって意味だったんだけど……君は確か厨二病系アイドルグループ『D-THE STAR』のメンバーのハピーちゃん、だよね? 一部でカルト的な人気を誇っていて、嘘が本当か実際に宗教が作られたとかいう……」
「フッハッハ――! まあそう恐れてくれるな。我が暴れていたのは100年も前の話。今は訳あってアイドルをやっていて、異界の常識にも慣れてきたところだ。ところで、我からも一つ聞きたいことがあるのだが、いいか?」
そう言いながら、ハピーは視線をさっきまで話の中心にいたMIYABIの方に向ける。
「え、あ、私?」
「そう、貴様だMIYABI。さっき母親に勝手にアイドルに応募されたと言っていただろう? なぜ貴様は怒らないんだ。他人に人生を勝手に歪められたというのに。普通なら憤怒に身を焦がしてもおかしくない所業。なのになぜ平然とそこに座っている。何か理由があるなら聞かせてくれ。もし言い出しずらかったのなら、我がこの場で代わりに言ってやるぞ」
「ちょ、ちょっとそれは……」
「よく聞け、MIYABIを勝手にアイドルにした母親よ! 貴様の横暴はMIYABIに代わってこの我が断罪してくれる! 自分の子が可愛くて盛り上がったのだろうが、本人は興味がないのにやらされたと嫌がっている。そんなMIYABIを自己満足のためにアイドルに仕立て上げて、10代の貴重な時間を浪費させるなど万死に値する行為! MIYABIやその周りの人間が許してもこの我が許さ……」
「ちょ、ちょっとストップ、ストップ!」
「……むむ、何で止めるんだ。いいところだったのに」
「言い過ぎだから! MIYABIちゃんだって自分を変えたいって思ってアイドルになることを選んだかもしれないし、決めつけは良くないよ!」
「自分を変えるため? MCも寝ぼけているのか! 変えるのは自分ではなくファンを……」
「じ、じゃあ次! 番宣タイム! MIYABIちゃんは……って泣いてる!? じゃあハピーちゃん、最後できるだけ無難に、無難によろしく」
再びスポットライトが戻ってきたハピーは、さっきまでのことがなかったかのような純粋な笑顔をカメラに向ける。
「フッハッハ――! 我は厨二病系アイドルグループ『D-THE STAR』、略して『ディザスタ』の漆黒担当、ハピー!」
彼女の名前はハピー。
本名、平野サチ。
「この度『ハント・ザ・デッド』という終末の宴に参加することになった。我も詳細については把握できていないが、まあゾンビなど取るに足らん。我にかかれば魔界のガッチョと同じだ。だから我の眷属たちは安心して見てくれていいぞ。我は最後まで生き残り……いや、他の参加者どもを蹴散らして圧倒的1位で通過して度肝を抜いてやる!」
厨二病キャラで一部界隈ではとてつもない知名度を誇るが、厨二病ゆえの問題発言や問題行動でテレビ局を出禁。
その数なんと3局。
キャラや設定を忠実に守ることはプロの仕事と言えるが、問題なのは彼女がその役に入りすぎてしまうことだ。
「我が魂がなぞる軌跡こそがこの世の理! 大地よ、海よ、空よ、生き物よ、我を知り、我を理解し、我を刻み、そして我に続け! 我が覇道のためにッ!」
『特別枠:厨二病参戦』
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香水と葉巻の匂いが鼻腔を刺激する。
ここは芸能人御用達のクラブVIPルーム。
「も、もう勘弁してください……」
嗚咽の混ざった声でそう懇願する男。
その周りにはレザーソファに座って男の姿を眺める複数の男女がいる。
一方では野次という名の罵詈雑言が、一方では応援という名の嘲笑が響く。
「勘弁って……おいおい、あんた元ボクサーやろ。プライドとかないんか」
「俺が悪かった。ほんと、調子に乗ってた。もうあんたらには関わらない。だからもう解放してくれ……」
「早い切り替えやな。まあ、あれだけ殴られたら流石に酔いも覚めるか」
最初の因縁は小さなものだった。
肩がぶつかっても謝ってこなかった。
本当にただそれだけ。
その時は睨み合いで終わったが、トドメになったのはその後のVIPルームの権利を巡った争い。
後から来た方――つまり今足蹴にされている方が店に来た時にはすでにVIPルームは満席で利用することができず、それに腹を立てた男が腹いせに店の中を荒らし回り、最終的には店側に無断でVIPルームを利用しようとした。
その行動が後に最悪の結末を生んでしまうとも知らずに。
「そう言ってますけど、どうします」
関西弁の男の視線の先。
「ピッキーさん」
反対に被ったキャップ、赤い縁のサングラス、大ぶりの純金チェーン。
いわゆるB系ファッションに身を包んだ男が、席のちょうど中央、両サイドに女を侍らせてふんぞり返っている。
180を裕に超える身長、さらにそれに加えてサイズもあり、手足なんかはまるで熊のように太い。
大きく広げた両腕をそれぞれ別の女の首に回し、空いた手はズボンのポケットに手を突っ込むような軽い感じで女の胸元に収めている。
大男は元ボクサーを上から下まで眺めた後、徐に胸に入れていた手を漁りだした。
表情を一切変えることなく、一通り感触を味わい、そしてゆっくりと引き抜く。
「あっ……」と女の艶かしい声とともに出てきたのは――ペンとメモ帳だ。
「あの、俺はどうしたら……」
「……血」
「え?」
「赤い……赤……イチゴ……ストロベリー……ストロ……ベリ……ベリベリベリー……」
「え、えっと、それはどういう……」
「…………」
黙りこくる大男。
何か気に触ることを言ってしまったのではないかと心の中で必死に自分の言動を振り返るが、今の問答の中で彼に非は一切ない。
だから恨むことがあるとするならばそれは、相手が悪すぎたということだ――。
「……黙れ。今ちょうど歌詞が降りてきてんだ。邪魔するな」
その声と同時に、近くにいた関西弁の男が元ボクサーに向かう。
目標はすでに殴られて腫れ上がっていた顔面。
机に置いてあったガラス瓶を手に持ち、それを容赦なく振り抜いた。
距離的に見ればかわせなくもない――が、大男のせいで注意が散漫になっていた。
瓶はそのまま男の顔面に直撃し、辺りに血飛沫を舞わせた。
「がっ……」
声にならない声を上げる。
破片で腫れていた顔はさらに膨らみ、目からは大粒の涙が溢れ出す。
「……分かれ、俺は今気が立ってる。ここに来る前に構成員がやられたんだ。立て続けに二人も」
再び女の胸元に手を突っ込んでから、大男は元ボクサー問いかける。
「それで、解放してほしいんだっけか……よし、決めた。じゃあ俺に勝ったら見逃してやるよ」
「む、無理です。次殴られたらマジで死ぬ……」
「だったら受け入れることだな。人は脆い。そして儚い。例えるならそう……子供の時に遊んだシャボン玉みてェなもんだ」
「人の命を何に例えて……いや、そうだ。シャボン玉、ああ、そうだよ、その通りだ。全くあんたの言う通りだ」
「あん?」
「実は俺、あんたの曲を聴いたことがあるんだ。ファンなんだよ。さっきのストロベリー、あれもいい歌詞だった。センスを感じた」
「……へぇ、お前が」
「だ、だからまずは話し合おう。さっきはお互いに誤解してたんだよ。俺たちはきっと分かり合えるはずだ……って、え?」
思わず驚きを溢す。
だが無理もなかった。
そこで元ボクサーが目にしたのは、褒められて喜ぶ姿ではなく、無視してポケットの中を漁り始める姿だった。
「……久保田さん、やる気スか」
呆気に取られる元ボクサーの男の代わりに反応を示したのは、席に座る複数の男女のうちの一人。
「……速瀬。パンピーがいるから名前で呼ぶんじゃねェ」
「ピッキーさん。暴れるのは自由スけど、この店うちの系列じゃないから隠し切れる保証はないスよ」
「それに関しては安心しろ。スペシャリストを用意してあるからな」
「スペシャリスト?」
「――どうも皆さん! よろしくお願いします!」
速瀬と呼ばれた男のちょうど真向かいの席。
スーツに、程よく整えられた黒髪、柔和な笑みと、親しみやすい印象を与える男だ。
「いやあ、ほんと感激ですよ! こんな高級感あふれるお店で皆さんと肩を並べて飲めるなんて! 普段は物静かな僕だけど、今日は盛り上がるぞーなんて言っちゃったりして……おっと、そういえば自己紹介がまだでしたね!」
ネクタイを正し、全員から表情が見える位置に顔を置く。
「私、ネクサス社で営業部門を任せて頂いています、鈴木と申します!」
世界でも知る人ぞ知る大企業――ネクサス社。
彼はそこで働く従業員だ。
一見、この場では不釣り合いに映るなもしれない。
実際、従業員の男はこういう世界とは無縁の人間。
だがそれはあくまでもプライベートの話で、ここにいる男たちは皆がある一つの目的を胸に秘めていた。
ここに集まったのも偶然ではない。
前から計画されていた、顔合わせなのだ。
「もう勘づいただろ。そいつは俺たちが出る『ハント・ザ・デッド』の関係者、つまり雇い主側の人間だ」
「関係者がなぜここに? どういうことスか。一体、何が始まるんスか」
「違うな。ゲームはもう始まってるってことさ」
言いながら、大男は視線を元ボクサーに向ける。
「おい、ヘボボクサー」
「へ、へい、何でしょうか」
「覚えてるか、子供の時に遊んだシャボン玉」
そこで思わず「へ?」と気の抜けた返事をしてしまうボクサーの男。
「小さいシャボン玉は潰して回ったよな、蚊を叩くみたいに。んで自分の背よりも高い位置に行ったら、皆んな残念がるんだ。逆に大きいシャボン玉は他のよりも特別感があって、皆んなで固唾を飲んで見守った。いつ消えるんだろうってな」
「た、確かにシャボン玉は子供なら誰でも楽しめる遊びですけど……その話と今何の関係が……」
「関係? ああ……」
大男の名前は「ピキ・ピッキー」。
本名、久保田ハジメ。
芸能事務所「オカモトカンパニー」の社長で、本人もプレイヤーとして現役で活動している。
そんな彼の裏の顔は東京の闇を牛耳る顔役だ。
ヤク、女、金。
それらを芸能関係者を中心に回すことで、裏での地位を得ていた。
「すまん。今の話は全く関係ない」
右手に隠し持ってものを元ボクサーに向ける。
男の位置からは見えないそれは拳銃だ。
途中で声が途切れる。
代わりにバンっという音が響いて世界が一瞬白く染まったかと思うと、次の瞬間、男の胸部から出た溢れんばかりの血が鮮やかな赤に変えた。
元ボクサーその場に倒れ、ピクリとも動かなくなる。
「けど、とりあえずお前はもう死んでくれよ」
『特別枠:アングラ系参戦』
◇――――◇――――◇――――◇――――◇
人気のない路地。
スーツ姿の男二人が警察手帳をかざしながら、とある男の前に立ちはだかる。
「六原警察署の者だけど、ちょっといいかな」
明らかに警戒の色が混じったその声の先にいたのは、一言で言えば鬼だ。
飛び出した目玉、繰り出される鋭い眼光、あるかないか微妙な量の眉毛、横に伸びた鼻、牙を思わせる大きな八重歯、そして褐色の肌。
この世の全ての凶悪な指名手配犯の特徴を全て繋げた末に出来上がったような、そんな醜悪な様相をした男だった。
「はい?」
「急ぎのところ悪いんだけど、身分証を出してもらてるかな」
「身分証、あぁ……」
「て、抵抗はおすすめしないよ。もし妙な真似をしたら、こちらの判断ですぐに制圧させてもらうから」
「ええ、それはもちろんわかってま……」
「動くなッ!」
ポケットの中の膨らみに手を伸ばした男に、刑事の一人が吠える。
「な、何をしようとしていた。まさか、武器を隠し持っているんじゃないだろうな」
「いや、財布に入ってある免許証を取り出そうとしただけですけど」
「き、君もわかるだろう。この近くで通り魔事件が起きたんだ。率直に言って私は君がそうではないのかと疑っている」
「違います、本当に。見ればわかりますから」
「いいか、ゆっくり渡すんだぞ。ゆっくり、ゆっくりとだ」
恐る恐るカードを受け取る。
その際ももう一人の男が妙な動きをしたらすぐに制圧できるように並んでいたが、予想とは裏腹に何もアクションを起こさなかった。
しかも渡されたカードの顔写真も本人と瓜二つで、名前に関しても特に聞き覚えはなく、偽装された跡も見当たらない。
男の主張通り白。
引っかかる点は一つもなかった。
「……も、問題なし」
「そうですか。じゃあ僕はこれで」
「ちょっと待てくれ」
立ち去ろうとした男を呼び止める。
その表情にはさっきまでの警戒ではなく、困惑が浮かんでいる。
「どうしました」
「ほ、本当にいいのか」
「これって普通の職質ですよね。もちろんいいですよ、慣れてるので」
「いや、そうじゃなくて不快じゃないのか。さっきから不満も口にしていない。なぜだ。君は悪い奴じゃないかと疑われていたんだぞ」
「まあ思うことが全くないと言えば嘘になりますが、見た目が怖いのは事実なので。それに……」
刑事二人を真っ直ぐに見据える男。
後ろめたさなんて一つもない。
そんな信念を感じさせる眼差しだった。
「もし職質をすることで100回に1回、凶悪な犯罪を未然に防げるなら、僕は喜んでその99回の内の1回になりますよ」
それだけ言い残すと、男は悪態をつくこともなく立ち去っていった。
聞き込み中に見つけた怪しい人物。
そんなシチュエーションは今まで何度もあったが、こんなにも気持ちのいい職務質問は今日が初めてだった。
「……そろそろ行くか」
「……そうですね」
それから一体どれくらい時間が経っただろうか。
満足するまで背中を見守った後、刑事二人は再び聞き込みのために歩き出した。
100回のうちの1回のために。
『特別枠:ただのいいひと参戦』




