11話
渋谷のサテライトエリア。
そこには周囲を威圧するように聳え立つ、一棟のビルがある。
商業エリアから雑居ビル、住宅エリアまで全てを見下ろすことが出来る立地が、他のオフィス街では得られない優位性を生み、さらに建物全体を敷き詰められたLEDのパネルが、昼夜を問わず雑踏を行き交う人々の視線を奪う。
高さと見栄え、両方を兼ね備えた巨大ビルの名は「ネクサス・タワー」。
今では世界的企業となったネクサス社――その本社だ。
「ようやく終わりか」
「みたいだな」
テストプレイが行われている会場の様子が映し出されているモニター見て、二人の男がそう呟く。
「あーあ。結局今回も期待外れだったな」
「どこがだよ。生存者は増えたし、むしろ期待通りの結果だ。お前は女が陵辱されなくて残念なだけだろ」
「今回は二人もいて、チャンスがあったんだぞ。せめて死に際は派手にって願望も打ち砕かれたし。失望もするだろ」
「だからさっきから何を言ってるんだ、お前は。派手な死に際を飾った女が一人いたじゃねぇか。おいおい、その年でもう物忘れかよ」
「あのロン毛ゾンビを女扱いしてんのはお前だけなんだわ」
男たちはテストプレイのために用意されたモニター係で、与えられている仕事は監視、記録。
初めての時は終了後もごたついて何度かミスもしていたが、5回目の今は慣れて雑談する余裕すらある。
「それにしてもまさか倒されるとはな。お前、あいつが倒される姿が想像できたか?」
「いや、全く。テストプレイ用とはいえ、現場の連中が一人の生存者も出さないんじゃないかって評価をしてたやつだぞ。そもそも今回の趣旨は鉤爪のギミックを見破って、いかに安全にステージを出られるかを試す脱出ゲームだろ」
「動きも空間も目で把握できるけど、識別能力がほぼないから、静止した人間はターゲットから外れる、だっけ。最初に聞いた時は変わらなくねって思ったんだけど、やってみないとわからないもんだな……いや、そういえば高校生ぐらいのガキが一人勘違いして死にかけてたか?」
「あー、何かしょんべん臭そうなのがいたな」
「これだ、女の前でカッコつけてたやつ」
男の一人が思い出したようにモニターの画面を操作する。
画面は、鉤爪のゾンビが撃破される少し前のアイリとカイトが二人きりでいた時の場面まで巻き戻る。
「こいつに関してはまぐれとはいえ、3回遭遇して生き残ってるところも面白いんだよな。もう一人のガキも初心者とは思えない身のこなしだったし。やっぱ年齢は当てにはならねェな」
「吉木だっけ? 後半は目に見えて動きが良くなってたからな。今回の参加者は運があったのはもちろんだけど、何より優秀なのが多かったのかもな」
「前の回は雑魚ゾンビにすら何も出来ずに死んだ奴が3人もいたからな。まあ平均が高かったのはその通りなんだけど、俺はやっぱりあいつだな、宮野」
「トドメを刺したやつだよな。言うほどか。元々ダメージは入ってたし、漁夫っただけだろ」
「流石に冗談だよな? 宮野はサバゲーのプロで、しかもアジア大会の国内予選、2位のチームのエース選手だぞ。ここだけの話、本当はバランスが崩れるから採用するつもりはなかったんだが、上澄みの選手がどれだけやれるかを試すのにちょうど良いってことで急遽審査を通ったんだ」
「へぇ、そんな裏話が……」
モニターはちょうど宮野が鉤爪のゾンビを倒したところを映し出す。
ジェクターを構えて撃つ直前、宮野はテストプレイで取得可能な「ブザー」というアイテムを鉤爪のゾンビの足元に投げた。
音を出すだけというシンプルなアイテムだが、音に敏感な鉤爪のゾンビに対しては結果を見たら分かり通りとても有効的だ。
鉤爪のゾンビの習性をいち早く考察し理解する分析力、何より生物の弱点である頭を狙って打ち抜ける射撃精度。
宮野の元々の実力と環境に合わせて行動を変えられる適応力が最後の一撃を可能にした。
「……でも1位じゃなくて2位なのか」
「おいおい、言っちゃならねェことを口にしたな? 2位になることがどれだけ難しいか。ってか1位のチームは特別枠で本戦に招待されてるからテストプレイには参加できねェだろ」
「それぐらいは知ってるよ。新進気鋭の『HIGH-END MUD』ってチームだろ。元々アメリカを拠点にしてたっていう」
「それを知ってるなら宮野がテストプレイに参加してる凄さがわかるだろ。ってか何で1位は知ってるんだよ。まさか俺の知識に感化されて勉強したのか?」
「ああ。どうやらそこに一人女がいるらしいんだ」
「……期待した俺がバカだったよ」
呆れてため息をついた男は、もぬけの殻になった院内の映像を停止させ、手元のキーボードを弄り始める。
「何にせよ、今回は生存者が多すぎたな。目安は2から4人。ルールが厳しくなるなら、次の参加者は恐らくその最低ラインだろう」
「どうなると思う。やっぱ初期装備を弱くするのかな」
「さあな。それは上の連中が決めることだ。俺は初日のサディスト女みたいに派手にやってくれたら文句はねェ」
その時、通信が届く。
『――B班、リストはまだか』
若く、でも落ち着きを孕んだ声。
ノイズがかかっているが、テストプレイでホスト役を務めていた男に似た声だ。
男たちは慌てて姿勢を正す。
「やべ、大川さんだ。そっちは書けたか?」
「待て、もう少しで終わる」
キーボードを手順通りに動かし、回線を繋ぐ。
「こちらB班、あと少しで終わります。3分ほどです」
『――あとはB班だけだ。急いで仕上げろ』
「り、了解しました」
そんな単調な会話を数回繰り返した後、一方的に回線が切られる。
男たちにとっては初日以来のミスだ。
緊張から解放された男は椅子に深く腰掛けて大きく息を吐く。
「ヒヤッとしたな」
「ああ。やらかしたら俺たちもどうなるかわからない。特にあの人は丁寧だけど、何考えてるのかわからないからな」
「……なあ、ここだけの話、聞くか」
「あ? 何だよ、女の話か」
「そんなわけないだろ。いいから耳貸せよ」
男がキャスターチェアを転がして、もう一人の男にそっと耳打ちしにいく。
「――大川さんって本当はゾンビらしいぞ」
聞く人間によっては悪口とも捉えられる言葉。
それを聞いて、男は目を見開く。
「どういうことだ。今普通に会話してたじゃん。今日のホストも難なくこなしてたし。いやいや、ありえないだろ」
「噂だよ。噂。俺も詳しく知ってるわけじゃない」
「じゃあ信憑性皆無じゃねぇか。どこから出た噂だよ。急に怖いこと言うなって」
「悪い悪い。冗談半分と思って受け取ってくれ。見た目は人間、でも性格的な意味で中身は腐ってるって言おうとしたのを俺が聞き間違えただけかもしれないからな」
「だからゾンビってか? いや、そっちの方が怖いんだが……」
耳打ちした男はその反応を見ながら、器用にキャスターチェアを転がして元の位置に戻る。
興味半分、恐怖半分。
何にせよ、男たちはさっきまで下品な会話をしていたとは思えない真剣な表情で目を見合わせていた。
「まあそれがもし本当だったとしたら、俺たちもうかうかしてられないぞ」
「……やっぱ俺たちも最後は実験体にされるのかな」
「さあな。でも命令とはいえデスゲームに加担してるんだ。その時が来たら受け入れるしかないさ」
「ハント・ザ・デッド」に関わっているとはいえ、持っている権限などほとんどない。
二人は下っ端も下っ端。
上の人間の命令に黙って従うだけの存在だ。
「早く帰りてぇ」
「それな」
首にかかった黒いチューブを触りながら、男たちはそう呟いた。




