8.スキルを使ってクッキーを奪う
特に変わった事もなく、あっという間に二年の歳月が流れた。
あれからも定期的に門番の兵士に剣を教わり、彼が忙しい日はアリシアと二人で基礎訓練をしたり魔法を鍛えたりして過ごした。
俺ももう八歳になり、少しずつではあるが体も大きくなり始め、剣の訓練の成果で筋肉も増えてきた。
この調子で成長していけばそう遠くない内にアリシアの身長を抜かせると、そう思っていた時期もあったんだが……。
何とアリシアさん九歳、出会った頃よりも身長差が開いてしまいました。
やっぱりこいつ、人間じゃないのでは?
というのも身長についてもだが、魔法や剣術の伸びが早すぎる。
剣はまぁ、始めた時期が同じっていうのもあって差を付けられるのは分かる。悔しいがアリシアの何でもできる才能には流石に及ばない。
だが魔法ですら今は互角どころか、戦闘に使う技術においてはもう俺よりも遥かに高いレベルに居る。
流石に魔力量や細かい技術だけで言うなら一日の長がある俺の方がまだまだ上だが、単純な攻撃の手数や高い戦闘センスから繰り出される様々な攻撃は俺には真似できそうにない。
いつか絶対に追い抜き見返すとは言ったが、この調子だと少し難しいかもしれないな。
「ねぇ、話し聞いてた?聞いてないよね?聞いてないの。じゃあ殴るね」
痛い。ついつい考え事をしていたらアリシアの話を無視してしまっていたらしい。最近本格的に開いて来たフィジカル差で殴られると本気で痛い。
「こらっ、ライノ君をいじめないの。アリの方がお姉さんなんだから」
アリというのはアリシアの事だ。決して英雄と呼ばれた伝説のボクサーの事ではない。
今日はアーサーが午前中休みと言う事で、午後までアリシアの家で久しぶりに遊ぶことにした。
「うえーん、おばさーんアリシアがいじめるよー」
アリシアの母のリチアおばさんにクッキーを焼いてもらい、焼き立てのクッキーがテーブルに並ぶ。それが俺にはまるで輝く宝石の様にすら見えていて、家では食べたことが無いような芳醇なバターの香りを漂わせている。
おばさんは頭を強く殴られた俺の頭をよしよしと撫でながらクッキーを食べさせてくれる。以前は両親の前だと大人しかったアリシアも、既にリチアおばさんには化けの皮は剥がれてしまっているので、この様に俺の事をお構いなしに殴るようになってしまった。
「でもママ、ライノはナマイキなの。私もいい子は殴らない」
澄ました顔で俺の前に置かれていたクッキーの皿から片手でごっそりと奪い、自分の分の更に放り込む。本人は姉の特権だなんだと言っているが、すまないがここだけは譲れない。
風の魔法をこっそりと発動し、アリシアの皿をほんの少しずつ俺の方へと引き寄せる。
俺が黙ったままでいるのを見て、アリシアは勝ち誇った様な顔でクッキーを貪っているが、その油断が敗北を招くことをこの小娘はまだ気付いていない。
少しずつ、本当に少しずつ。皿を手元に引き寄せる。
そしてとうとう目的の場所まで来た時、俺の勝利は確定した。
「いただき! ……あれ?」
「ん、ライノは甘すぎ。私が目の前で魔法を使われて気付かないと思った?」
ドヤ顔で語るアリシアの目は、いつもの赤い瞳が薄っすらと光っている様に見えた。
「スキル使ったな……まさかもう魔力視のスキル取得したのか!?」
そう、この世界には魔法の他に、スキルと呼ばれるものがある。
今アリシアが使って見せたのもその一例で、これは魔力視のスキルで、文字通り魔力を視る事が出来るようになるものだ。
普段魔力は目には見えない。発言させた時こそ誰にでも見える形になるが、普段はただのエネルギーなので見る事も感じる事も無い。
しかしこのスキルを取得すれば、魔力を視る事はもちろん、相手が発動しようとしている属性や目に見えない魔法をも見る事が出来る。
かなり便利で俺も欲しいが、スキルとはそう簡単に取得できるものでもない。
そもそもこの世界のスキルとは、よくある破格の力が手に入ったり、人知を超えた能力を得られるわけではない。
その人間が必死に得た経験と技術を分かり易く可視化させて固定化させるだけのものだ。
つまりは普通はそう簡単に身に着けられないし、短時間で習得できるものでもないのだ。普通はね。
「でもアリシア、いつの間にスキルを?」
「ん、昨日。こんな簡単なスキルなのに三日も掛かった」
三日……俺まだ持ってないんだが……。
俺も取得しようと頑張っているが、まず魔力を視認するという工程が必要なのだがこれが難しくなかなか上手くいかない。
人は生まれた瞬間から何かしらのスキルを持っている。俺が転生した時に得たスキルならば取得自体は出来るはずなのだが、如何せん俺のスキルはチートではないので苦戦している。
俺が転生した時に得たのは【転生者】というスキルで、唯一貰ったものだ。
効果は誰でも取得できるスキルならば取得できるというもので、まさか成長特典や経験値ボーナスがあるのかと思ったが、無かった。無かったんだよぉ……。
本当に文字通りの効果しか持っていないので、意味が無い。そう意味が無い。
誰でも取得できるスキルなら取得できるぅ!?当たり前だろぼけぇ!小〇構文かな?
そんな訳で俺がこのスキルについて認知した時には信じられないくらいキレ散らかした。もういっそなくなって欲しい。だって意味ないくせにありそうな名前しててむかつくから。
俺と違ってアリシアは魔法や剣だけでなく、スキルの取得も早い。なので俺は彼女には生まれつき何かしらの特別な珍しいスキルを持っているのではないかと睨んでいる。
それならばなんでも器用にこなせる事の説明にもなるし、なによりそうでなければ俺の自尊心が潰れて平らになってしまう。
俺はまだ取得したスキルは数種類しかないが、話さないだけでアリシアは既にもうかなりの数を持っている気がする。だから模擬戦で勝てないしいつも俺の上を行くんだ。
今も俺から取り返したクッキーをまるで見せ付ける様にじっくりと食べ進め、ムキになって手を伸ばしても全てひらりと躱される。
ならばと、再び抱えられたクッキーの皿に手を伸ばし体ごと体当たりをしながら特攻を仕掛ける……と見せかけてアリシアが咥えていたクッキーを口で奪取する。
「残念!狙いはこっちの一枚だったのさ!」
「……」
勝利と甘いクッキーの味を舌の上で存分に堪能する。ウマウマ。
久々に俺に負けた事が余程悔しかったのか、アリシアは暫く顔を赤くし、自分の唇を指でなぞりながら下を向いて動かなくなってしまった。
「あらあら、あなたたち本当に仲が良いのね~」
何を勘違いしたか、リチアおばさんが俺達の一連のやり取りを見て仲が良いと言い出した。
確かに仲は良いしアリシアの事は好きだが、今のはお互いに本気のやり取りだ。それを見て仲が良いと言うのは、少しずれているのではなかろうか。
「ね、アリはライノ君大好きだもんね~」
「もうっうるさい!行くよライノ」
おばさんの言葉に更に顔を赤くし、堪えきれないと言った様子で俺の手を引き家から連れ出そうとする。まだクッキー残ってるのに。
「うるさい!勝手に食べればいいでしょ!」
何がそんなに腹立たしいのか、アリシアは皿に残っていたクッキーを全て俺の口に押し込んだ。その際に人差し指が俺の口に触れると、急いでパッと手を引っ込めた。なんなんだよモグモグ。
その後俺の口に付いた人差し指を暫くボーっと見つめた後、我に返ったように俺の方をキッと睨め付けさっさと一人で家を出てしまった。
先程の大きな声で怒鳴ったり、赤くなっているアリシアを見るのは初めてだ。ここで鈍感では無かった俺は気付いてしまった。
多分、アリシアは俺の事が好きだ。




