3.ダイジェストはラノベの定番
家に到着した俺たちは、肩に積もった雪を軽く払ってから、驚くことに鍵すら付いていないボロい木製の扉をキィキィと開け、この寒さから逃げるように家の中へと入った。
特段期待していた訳でも無いが、家の中は玄関の扉から想像した通りのボロ屋で、趣向品の類は一切置かれていない。
部屋の間取りを簡単に見たまま伝えると、俺が今居るのは玄関だ。そこから入って直ぐがリビングダイニングキッチンとなっていて、左の奥が調理場になっている。
家が狭いので仕方が無いが、部屋の中央にドンと置いてあるこの今にも壊れそうなテーブルはもう少し場所を変えた方がいいと思う。窮屈さすら感じる。
さらに部屋の中央と右側には扉が一つずつあり、どうやらぼろい家とは言っても部屋数はそこそこありそうだ。
「寒いな。火付けてくれるか?」
「じゃあ、この子お願い」
両親が俺の頭上で何かを話すと、屋敷を出た時は父が抱えていたが途中で何故か母にパスされた俺が、再び父の手に戻る。
正直言うと父親に抱かれるのはあまり好きではない。なんか硬いんだよな。いや、母親が柔らかいのか?
再び父親に手渡された俺は、抱き方が下手なのか、父親の懐からでは見えにくい体勢で母親が何をするのかと見ていると、キッチンよりも玄関から見て手前に置かれているボロボロの暖炉の前まで行き、薪をくべると手の平をかざして火を付けた。
正直この家を見て大して期待していなかったが、先程屋敷で見たメイドさんと同じような魔法を使っているのを見て、もしかすると魔法はこんな家に住んでいる平民ですらも使えるのかと思い、少し期待度が高まって来る。
それから暫く手をかざし続け、ある程度火の大きさが安定しだすと暖炉の前からキッチンに移動し、何やら見慣れない作業を始めた。
それを見た父親は俺を机の上に丁寧に横たえさせて、一番右側にある部屋へといそいそと引っ込んでしまった。育児放棄か?
そのまま待ってみても一向に帰ってくる気配がないので、俺は仰向けのまま首だけをきょろきょろと動かしてどうにか周囲の観察をする。
とは言っても、この家にあるのは生活をするのに本当に必要最低限の物ばかりで、特に珍しいものやテンションの上がるものは置いていなかった。
早々に観察に飽きた俺は、再び母親を探して首をキッチンの方へ動かしてみると、どうやら夕飯の支度をしているらしい。
現在の時刻は、空の様子から見て夕方から夜の間で、夕飯で間違いないはずだ。
隅に置かれた木箱に手を入れると、驚く事にまるで底など無いかのように腕がすっぽりと沈み、そこから手品の如くどんどん食材がまな板の上に取り出されていった。
数秒前まで何も無かったまな板の上に、今では色とりどりの野菜や加工されて何かも分からない肉がどっしりと乗っている。
更に木箱の蓋にはなにやら幾何学的な魔法陣のようなものが描かれており、恐らく様々な物を見た目以上に収納できる魔法の道具という事が分かった。
もしかすると、家がボロいだけで、結構金持ちなのだろうか。
それを判断するにはまだまだ情報が足りないうえ手段も無いと思い断念する。が、如何せんやることが無い。
赤ん坊の体では出来る事と言えば、『見る』『聞く』『考える』『泣く』『糞する』位だ。暇だし漏らしてやろうかな。
文字通りの泣き言を言っても仕方がない。とりあえず今は残された内の『考える』を行う事にしよう。
まず、ここは異世界で間違いないと思う。見たことの無い物があちこちにあるし、何より魔法が存在している。
そして現在の状況は、赤ん坊からの家柄ガチャ最低ランクスタートだ。
だけど魔法はあるし、この先の未来が無いわけではないと思う。だとすると、目標……夢はたった一つ。それは……
ラノベのチーレム主人公のような人生を送る事だ。
チートな力で敵を苦も無く倒す……のはまだチートの存在を確認できていないから難しい。沢山のヒロインに囲まれハーレムを築く……のも両親の容姿を見る限り油断は出来ない。あれ、これ詰んでね?
ある程度のまとまった人生設計は追々やるとして、兎に角今は健康に育つことが先決だな。
「あなたーそろそろ夕飯が出来ますよー」
そう結論を出した頃に、丁度母親が奥に消えた父親に何かを言うと、数十秒程してから水の流れる音がした後に父親が戻ってきた。う〇こしてたのかよ。
それから両親が豪勢な夕飯を堪能しているのを指を物理的に咥えて見た後、信じられない程不味い離乳食を食わされた。
離乳食は不味かったが、ここで得られた情報が一つ。俺はどうやら生まれて直ぐという訳ではないらしい。与えられたのが母乳やミルクではなかったからな。
それが分かっただけでも収穫だと割り切る事にし、食後の睡魔に抗う事なく俺は眠りについた。
あれから暫らく経った。
まず、俺の名前はライノエルというらしい。苗字は無いぞ、平民だから。
名前が分かるのと同時に言語の読み書きも出来るようになったし色々な事を覚えた。魔法についても、詳しくは後述するがある程度分かった。
まずこの家は貧乏だ。貧乏を通り越して極貧だ。
だが食うには困らない。その理由は幾つかあるが、その内の一つとして、まずこの村は税がかなり安い。
俺がこの世界に転生した時に見た貴族っぽい人は、ケルセリエス・ファーヂといい、この辺り一帯の領主の貴族なのだが、少し変わり者らしい。
というのも、ケルセリエスは巷でも聖人と謳われる程に領民を、引いては人を愛している。
難産だった俺の母親の面倒を見てもらえるよう必死に泣き付いた父の嘆願を受け入れ、料金が高い割には設備があまり良くない病院に入れるより、自分の屋敷に置いて出産までの面倒を見ると承諾する程だ。その懐の深さには本当に恐れ入る。
更にそこから出産、休養に育児と全ての労と金銭を請け負ってくれたのだ。これが聖人でなくて何を聖人と呼ぶのか。
そして食うに困らないもう一つの理由は、俺の父親にある。
この父親、信じられない位に情けないのだ。
うちの両親は一応農民という括りらしいが、その持っている畑が前世で言うところの家庭菜園程度の面積しかない。
それに手先は不器用で何をするにもどんくさく、それをずっと見てきた周りの人たちがあまりにもあれだと思い、食料や生活品等をなんのかんのと世話焼いてくれている。
唯一の救いがあるとすれば、父がその事に気付いていない事だろうか。
母はそんな父とは小さい頃からの幼馴染で、自分がどうにか面倒を見なければこの人は直ぐに死んでしまうと思い結婚したが、仕事の事は俺に任せろと言って聞かなかったんだとか。本当に何やってんだよ。
そんなこんなでずるずると時間だけが流れて俺が生まれ、最低限の生活を送っているという訳だ。
それと異世界転生ものではもう定番となっている、知識チートをやってみた。
結果だけを先に言うと、完全に失敗した。
それじゃあここで、俺がこの家に来てから今に至るまでをダイジェストでお送りしよう。それではどうぞ。
一歳
どうやら俺は今は一歳になったばかりらしい。言葉の覚えが悪いと両親が不安になっている。
幾つかの単語は覚えたが、まだ会話をするのは難しい。あと飯が不味すぎる。
外にも出て、村を一通り見せてもらったがやはりこの家は特別貧乏なようで、家よりもボロい家は一つもなかった。
二歳
あっという間に一年が過ぎた。
やっと離乳食から解放された。飯が美味い。太りそう。
言葉はかなり覚えたし、会話もある程度出来るようになった。
そこで母に魔法について尋ねたが、決まった詠唱や呪文の類は無いらしい。
体内にある魔力を感じてそれを思いのままに操る事を、この世界では魔法と呼ぶんだとか。
三歳
めっちゃ喋れるようになった。
ある程度顔も形になってきて、どうやら俺は両親ににてパッとしない容姿だという事も確定した。どうせなら金髪や白髪みたいな派手髪イケメンが良かったが、両親共に地味な顔の茶髪でしっかりそれも遺伝している。ここで別の髪色に生まれていたなら即家族会議になっていたかもしれないので、まあよしとする。
それとそろそろ普通の子供でも自我を確立できる年齢になったので、それとなく父に現代の知識を伝えた。
結果は父が鈍感過ぎて気付かなかった。もう少し成長したらもっと分かりやすくストレートに伝えようと思う。
あと魔法も使ってみた。
魔法、凄い。だが魔力が少ない。これはバンバン鍛えないと、主人公ムーヴは難しいかもしれない。
四歳
かなり成長した。だがこの家は村の端に位置しているので外にはあまり出ていない。それでも畑の手伝いや母の手伝いなどやる事が無いわけではない。
父に直接現代知識を教えてみたが、どれにも大した感触は得られなかった。
メインの魔法の訓練は毎日欠かさずやっている。どうやら魔力は使えば使う程増えるらしい。だがその辺りでぶっぱしまくる訳にはいかないので、魔力を魔法には変換せずそのまま垂れ流す方法を試してみた。
これならば被害はゼロで済む。だがその倍率は微々の微々たるものでしかない。
焦った俺は、魔力を使い切るまで放出してしまい、気絶した。母に本気で心配された。父は「そうか」としか言わなかった。魔力切れという現象はやはりあるらしい。
五歳
母に知識を教えてみた。しっかり者の母はちゃんと俺の言っている事を理解してくれたが、全て論破されてしまった。
新しい料理のレシピを提案しても材料が足りなかったり、似たものが既にあったりして失敗に終わった。
ならばと他の知識を教えようとしたが、そもそも俺は博識な方ではなく、全て失敗した。
体もある程度成長し、どうせ異世界ファンタジーなら剣を振ってみたいと父に提案してみたが、なぜ?と聞き返されてしまった。それでも何とか押し切ってみると剣など家には無いし触ったこともないと言われた。当然といえば当然だけどさ……
だがへこたれてはいられないと、本格的に魔法の訓練を進める。
魔力量については、死ぬ寸前まで魔力を使い、体内から枯渇させればかなり総量が増える事が分かった。
それに気付いた俺は、昼は魔法を使って精度や出来る事の幅を広げ、毎日寝る前に魔力を外へと垂れ流し魔力切れにして気絶するように眠るを繰り返した。
六歳
どうやら俺にチートはないらしい。かなり落ち込んだし俺の大好きな初めからレベルマックスが出来ないが、諦めはしない。それならこの時間を出来る限り有意義に使い、少しでも強者になるべく鍛えるしかない。
という訳で前よりも力を入れて鍛えた結果、かなり魔力は増えた。恐らくもうこの村で俺より魔力量が多い人間は居ないと思う程増えた。
魔法の方もある程度形になってきて、必殺技のようなものを開発中だ。
そして今日は家に初めてお客さんが来る日だ。いつもは父か母が直接相手方の家を訪ねるのだが、なにやら用事があるらしい。
おっと、そろそろお客さんが来る時間だ。




