21.初やっちゃいました
領主の屋敷に招待されてから一ヶ月程が経過した。
俺たちはあの後、金持ちの生活を満喫してから特に何事も無く無事村まで帰還し、再び元の生活に戻っていた。
貴族の生活は想像を絶する素晴らしさだ。毎回出て来る食事は全て高価且つ繊細に調理された素晴らしい物で、喉が渇けばどこからともなく誰かしらが見たこともないような飲み物を給仕してくれる。
正直また元の極貧暮らしに戻るのが怖くなるほどだったが、言っても仕方がない。自分の生まれを恨む事しかできないんだ。いつかあの神は絶対殴るが。
そして件の魔獣の話は、懸念していた通り全く収まっておらず、それどころか益々酷くなる一方だった。
唯一不幸中の幸いなのは、襲われて怪我をした人はいるものの、まだ死者は出ていない事だろうか。
それも今は運がいいだけで、このままではいずれ取り返しのつかない事も起こるだろう。そこで当初の予定通り、ケルセリエスが騎士を派遣してくれることになった。
もう既に二日ほど前からこの村に到着しており、今は森の浅い所を慎重に調査しているところだ。
だが結果は芳しくないようで、今日は村の面々に聞き込みをすると村長から通達があった。
それにしても騎士か……ファンタジーにはつきもののあの騎士だ、正直かなり興奮している。
きっと崇高な意思を持って高い戦闘力を備えた御仁だ。前世ではラノベ大好きだった俺からすると最大級のリスペクトを持っていると言ってもいい。
この世界の騎士もその例に違わず、国に所属している貴族や個人が持つ騎士団なども存在する。だがどれも騎士には違いない。早く会ってみたいな。
俺が来るべき御仁の姿を一人夢想していると、建付けの悪いドアに三度規則正しいノックの音が鳴った。来た!騎士だ!
「はいはーい」
母がいつのも調子で軽く返事をしてから玄関の戸を開ける。あらかじめ来客が来ることは知っていたので、今日は母と俺で留守番をすることになっていたのだ。
かくして、開かれたドアから入室してきたのは、容姿は整っているがどこかくたびれた様子の男が一人と、兵士の基本装備をそのまま備えた男二人だった。
「すいません、魔獣被害の件で来た騎士の者なんですが、お話聞かせてもらってもよろしいでしょうか……」
「はぁ……?どうぞ」
先頭に立つくたびれた男は、年季の入った甲冑をガシャガシャと鳴らし、ヘルムを小脇に抱えて空いた手で頭をぼりぼりと掻きつつ下手くそな愛想笑いで家に上がった。
その騎士が部屋に上がり込むと、後ろにいる兵士たちも追随して入室し、一気に部屋は手狭となる。
俺はその様子を、口を開けたままただあんぐりと眺めている事しかできなかった。
だって、こんなおっさんが騎士とか、無いわぁ……
俺の想像していた騎士像は、金の髪を靡かせ、カッコいい全身鎧に身を包み、それその物が芸術品としての価値すら持っているような剣を携えた品と風格のある御仁だ。
それがどうだ、無精ひげこそ生えていないものの、焦げ茶色の髪はぼさぼさに伸び放題で清潔感を一切感じさせず、やつれてこけた頬と濃い隈の所為で死人のようにすら見える。
いっそ騎士と言うよりも浮浪者といった風情の男にはよく似合う、古いボロボロのテーブルに着きその上に乗せられた乗せられた紅茶を一気に飲み干すところなど正にそれにしか見えない。
「ふぅ……そういえば自己紹介がまだでしたね。私は王国騎士隊、アトモス騎士団所属のラトランス・クリーンという者です」
俺と母と正対するように座り、軽く頭を下げて挨拶する。目線だけはこちらに固定して会釈をする様は、なんとも卑屈な印象を受ける。
ん?ファミリーネームがあるという事は、こいつ貴族の家の出なのか。
正直、見た目の印象からして平民出身だと思っていたので、少し意外だ。
「それで早速本題ですが、今回の魔獣の件で何か知っている事はありませんか」
テーブルの正面に置いたヘルムを脇に寄せ、両手をテーブルの上で組みつつ本題へと切り掛かった。
「そう言われても……そういえばこの子が少し前に森に入った時に魔獣と戦ったらしいんです」
話を振られ、何事かを少し考えた母だったが、やがて俺が森に入った時の事を、まさに今思い出したかのように話し始めた。
だが俺は、その姿勢が嘘だと知っている。
俺とアリシアが森に入り、魔獣と遭遇した時には相当に怒り心頭で説教をしていた母だったが、ケルセリエスの屋敷に招待された辺りから、過ぎた事と思っているのかどこか誇りのように扱ってくれている。
当初あった『息子が危ない所に行き、危ない生き物と戦う蛮勇を犯した』という印象から、『息子が危険な場所で人の命を救った』というある種英雄譚に成り代わりつつあったのだ。
だから母はこうしてその話をどこか誇らしげに語り、俺の事を自慢の息子として紹介してくれているのだ。
「なるほど、ということは貴方がライノエルさんですね。詳しいお話を聞いても?」
「分かりました。まず最初に森に入ったのは俺ではなく……」
俺も母に当てられたのか、どこか誇らしい気持ちで、その時にあった事をラトランスに話した。
最初はラトランスも、後ろにいる兵士たちも黙って聞いていたが、俺とアリシアが魔獣との戦闘を始めた辺りで、かなり驚いた様子でいた。
「魔法を躱し、スキルを使うラーテルのような魔獣……報告にあった通り本当にミツアラーテルですね」
俺たちが戦ったあのラーテルのような魔獣はミツアラーテルというらしい。マジでラーテルなのかよ。
「信じられないな、まさか十にも満たない子供がたった二人でB級の魔獣を倒したなんて……」
独り言のような小ささで呟かれたラトランスの言葉で、俺は初めてあの魔獣の危険度を理解した。
この世界でのランクの相場はイマイチよく分からないが、よくあるラノベなどでのB級といえばかなりの難度だ。本当に無事でよかったぜ。
「ごほん。なるほどその事は分かりました。では他に、森に入って変わった事なんかはありませんでしたか?」
変わった事か、そう言われても特には分からないな。
第一、それが分かっているのであればそもそもここまで大掛かりになってはいないのではなかろうか。
そう思うと、逆にこいつらの捜査能力に疑問が生まれて来るな。
一方的に情報を渡すだけというのも少し思う所もあるし、今分かっている情報を逆に聞かせて貰おう。
「騎士さんたちは、森に入って分かった事とか無かったんですか?」
問われるとは思っていなかったのだろう。座っているラトランスに動揺した様子は無いが、後ろに控えている兵士たちが目に見えて狼狽え始めた。
「愚か者が!騎士様に対して平民が問いかけをするなど!」
「まぁいいじゃないですか、一方的にこっちが聞くだけよりも双方に情報が渡った方が円滑に物事が運ぶでしょう」
よかったぁぁ。ごつい兵士のおっさんたちに急に怒鳴られてちびるかと思ったぜ。まぁ?本気出せばお前らなんかぼっこぼこだが?
ともあれ、兵士は置いておいて、ラトランスの方は見た目通りかなり砕けた人物らしい。
「そうですねぇ、森の中には異常な魔力反応があった、という事くらいしか分からないんですよ」
「魔力反応?」
ここまで静観していた母が聞き返す。何の訓練も積んでいない母にとっては聞き馴染みのない単語だろうが、魔力反応とは割とどこにでもある。
「えぇ、ですがこの辺りにそんな強い魔力が集まるはずは無いんですよねぇ……まるで魔人が毎日純粋な魔力を垂れ流しにしているような不自然さなんですよ」
純粋な魔力を……垂れ流し……?
「ちょうど五年くらいですかね、一番古い魔力残滓が確認できたのは」
五年前……俺が丁度魔力量を増やす訓練のために、毎日寝る前に魔力を放出し始めた頃だ……
もしかして俺、なんかやっちゃいました?




