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20.意外と簡単シュークリーム

 シャワーで汗を流してから客間に戻ると、大人たちが揃って何か重大そうな面持ちで話し合っていた。


「それで、原因は判明しているのですか?」


「残念ながら全くだ。こんな事態は前例も無く私達も混乱しているんだ」


 話の内容はどうやら今回の魔獣の活性化の原因についてだ。


 俺達の村に隣接している森はトントの森と言い、普段は魔獣や猛獣など殆どいない、自然豊かな動植物の理想の土地だ。

 それが近年、原因不明の魔獣の大量発生と活性化を受けて、此度の事件へと発展したという訳だ。


「原因が分からないのはいいとして、私たちはこれから対処はどうすればいいでしょう?」


 今回の件を経て、自分の息子が危険な魔獣と遭遇したからだろう。母が真っ先にこれからの事を領主に問うた。

 領主の立場のケルセリエスとしても、今回の件を放置する気は元々なかったらしく、暫くは渋面を浮かべた後、少し疲れた顔で一つ頷き結論を伝えた。


「……このまま活性化が収まらず被害が出るようであれば、私の方から騎士隊を派遣しよう」


 領主の口から出たのは、何とも想定外にして規模の大きい話であった。

 俺も詳しい事はよく分からないが、この世界の騎士と言うと、前世で言う所の兵士や警察などとは比べ物にならない権力と戦力を持った組織だ。


 国が保持している隊は勿論、ケルセリエスのような大きな力を持った貴族ともなれば、その規模は計り知れないだろう。

 それにそのような大規模且つ膨大な力を持つ騎士隊ともなれば、運用するのに一体どれ程の経費が掛かるのか。子供ながらに想像するだけでゾッとする。


「おお、それは良いですな!これで我々も安心して暮らせます」


 いまいち話の大きさを理解していない親父が一人喜色の顔で立ち上がって言葉を並べているが、やはりケルセリエスの顔色はあまり優れない。

 幾ら聖人とまで謳われる領主様でも、流石に田舎村の為に騎士隊を派遣するのは色々と大変なのだろう。本当に苦労を掛けて申し訳ない。


「まぁ、何はともあれこれで解決へと向かうでしょう。暗い話はこの辺りにして、今日は存分に我が館で寛いでくれ」


 これから辿るであろう苦労を思い、沈んでいた顔から一転、客が目の前に居るのにいつまでも沈んだ顔をしている訳にはいくまいと、直ぐに空気を切り替えるようにケルセリエスが手を打ちながら場を和ませる。

 こういった所は流石は貴族だ。俺ならここまで気分を直ぐに変える事なんて出来ないし、何より田舎村の為に身銭を切るような真似はとても考えられない。


 それは俺以外も同じだったようで、明るい声を発するケルセリエスを一人残し、親父以外は全員暗い顔のまま俯いたままだ。


 ともあれ、折角の御厚意だ。ここまでの事をして貰ったうえ、いつまでも俺達が沈んでいる訳にはいかない。ケルセリエスの行為を無駄にしないよう、俺も一応の手助けでもしておくか。ほんの僅かの恩返しだ。


「やったー。お菓子でも探しに探検に行こー。アリシアも行こうぜー」


 我ながらなかなかの演技力だ。精神年齢はとっくに中年の域だが、肉体はまだ子供だ。無邪気さに当てられて大人たちもきっと気が緩むはずだ。


「ん、ライノその喋り方キモイ。普通に話して」


 ちょちょ、なんでこの子は普通にバラしてるんですかね……


 折角の俺の無邪気な少年ムーブが、アリシアの言葉で全て台無しだ。


「ぷっ……あっはっはっはっ!」


 空気を読まないアリシアの口を塞ごうと、俺達が格闘しているのを見ていたケルセリエスが、突然吹き出し、大声で笑い始めた。


「いやぁ失敬。やはり子供とは良い物だと思ってね。折角だ、厨房にでも行って好きな物を食べて来るといい」


 なんだかよく分からないが、どうやら謎のツボに入ったらしく厨房で好きな物を食べる許可を貰った。

 元より屋敷中を探索する予定だったので、アリシアを伴い特に深い理由は無いがまずは厨房へと向かう事に決めた。


 いつもと違い、アリシアの手を引き前を歩く俺を大人たちが温かい目で見送っているのが気になったが、それよりも今は優先することがあるので、気にする事なく俺達は客間を出て行く。


 大人たちはこのままもう少し話し合いを行うようで、再び元の位置に座って再び会議を再開させた。

 その時の皆の顔には、既に悲壮的な色はなく、これからの次代に繋ぐことへの希望が溢れているような気がした。



 ―――――――――――――――――――――――



「すいません、これ作れますか?」


 アリシアを伴って厨房へと一直線に来た俺は、数多くいる料理人の中から比較的暇そうなおじさんに話し掛けていた。


 渡したのは一枚のメモで、俺が家で密かに作っていた前世のお菓子のレシピの一つだ。

 メモを受け取った、肌の白いおじさんは、座っていた椅子から立ち上がって脇に置いてあったコック帽を拾い、俺に一瞥を送ってから困った顔を浮かべた。


「あーどこの坊ちゃんか知らねぇがよ、俺ぁ忙しいんだ。何作らせたいのか知らんが出てってくれねぇか?」


 その顔にはありありと『迷惑だ』と語っていた。でも暇そうじゃん、一人だけ座ってたし。

 まぁだが確かに急に仕事場に見覚えのないガキが来て、これ作れと言われても困るだろう。だが違うのだ、これを作る事が出来れば、おじさんは今までにない程の功績を残せるのだ。粘るぞ俺は。


「いいから、見るだけ見てよ」


「なんなんだよこのガキ……お?」


 おいおい一応ここの主に招待された客なんだが、遂にガキ言いやがったぞこのおっさん。

 だがメモの内容を見ると目付きが変わり、先程まであった嫌悪感は完璧に鳴りを潜め、今は料理人としての矜持を思い出している。


「ふむ……ちょっと待ってろ」


 そう言うと先程とは打って変わって、キリっとした目付きに切り替わると手に持っていたコック帽を深々と被り、厨房の奥へと向かい何人か手の空いている料理人に声を掛けていた。


「えぇ!?このレシピあの子が持って来たんですか!?てっきり料理長の物かと……」


 あのおじさん料理長だったのかよ……


 再び戻ってきたおじさんこと料理長は、少し時間が掛かるので一時間ほど経ったら戻って来いと言い、再び奥へと消え、それから忙しなく動き始めた。


 それから小一時間後、逸る気持ちを抱えたまま屋敷を適当に見て回っていた俺達は、再び厨房へと戻ってきていた。


「出来たぜ、期待通りの物か食ってみな」


 そこには、平たい大皿の上に三つほど載せられたシュークリームがあった。

 どうやら一つは既に味見の為に料理長が食べたようで、口の端にクリームが少し付いている。


「ん、美味しそう」


 見た目が完璧なシュークリームについつい見惚れていると、最初の一個をアリシアに取られてしまった。


 先んじられたことへの怨嗟を持つ俺の視線を気にする事なく、アリシアは無表情にシュークリームを食べ進めて行く。

 そもそもが大した大きさのない物だったので、あっという間に食べきってしまったアリシアは、口端に付いたクリームを僅かに妖艶にも見える仕草で舐めとると、ふぅと一息ついて感想を述べた。


「ん、美味しい」


 そんだけかよ!

 食べるのを悠長に待った俺も俺だが、折角前世の知識を思い出して試行錯誤した物の感想が一言で片付けられると少し寂しい。


「ほれ、お前も食べてみろ」


 料理長に催促され、俺は残った二つの内の一つを手に取り、少し緊張を覚えながらも手の中のシュークリームを口に入れた。


「う、美味ぁ……」


 ああ、やはり料理長、あなたは長の名を得るだけの事はある。こんなにもシュークリームを完璧に再現してくださるのだから。

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