17.チート無しならこんなもん
開始の号令が掛かってから幾らかの風が吹き流れた。
この間、俺たちは見合ったままに全く動かない。
今回初の格上との戦いという事もあり、まずは焦らずにじっくりと観察し、胸を借りるつもりで臨んだ。
そして率直な感想は、成程これが強者か。だ。
独特な構えを見せるモーリーは、正眼の構えの俺からするとかなりやりにくい。
左足を前にして大きく開いたまま、自分の顔の右側の位置まで剣を上げ、両手でしっかりと握ってこちらに切っ先を向けた構えは、恐らく相手の攻撃を利用するタイプ。俺の出方を待っているのだろう。
更に注意深く見てみると、モーリーの視線は俺が体を動かそうとすると即座にその場に向かって反応し、まるで全ての行動を先読みされているかのような感覚に陥る。
だがそれでもいつまでも見合っている訳にもいかない。俺は意を決して、まずは初撃として無難な正中線の真ん中、腹の鳩尾辺りを目掛けて突きを放った。
身体強化を施し、お互いに一足で届くと思われる間合い。大人三人分ほども離れた位置からの鋭く踏み込んだ俺の突きは、果たして届きはしなかった。
数メートルもあった距離を、一歩のみで潰した俺の突きは、剣で弾くでもなくただ身を最低限翻すのみで躱される。
手応えがある事を前提に踏み込み、まだ経験の浅い俺は意図しない空振りによって生じるバランスの崩壊に対応できず、一瞬の隙を晒してしまう。
それでも常人であれば、決して隙とも言えぬ隙。俺は崩れる体勢のまま、加速された思考でどうかモーリーが常人であるように祈った。
だが祈りは届かない。突きを躱され、モーリーが居た場所を素通りするように前進する俺の背後から、身が凍るような殺気を感じた。
そんな背後を見ている暇も、どんな攻撃かを予測する時間もない。俺は本能に任せるまま、足元に風の魔力を放ち、すぐさまそこから横に吹き飛んだ。
地面を二転三転と転がり、間合いの外へと出た頃に漸く体勢を整えて身を起こす。
顔を上げて相手の様子を伺うと、つい先程まで俺の首があったところを、モーリーの木剣が通過したと思われる姿勢でその場に静止していた。
その目には、俺が先程感じ取った殺意も、やる気も、期待も失望もない。ただただ言われた業務をこなそうとする、覇気のない目だけが俺をじっと静観している。
「怖いっすね。それ避けなかったら首の骨折れてたんじゃないですか?」
「結果避けれたし大丈夫でしょ」
冷や汗が頬を伝うのを努めて無視し、俺は軽口を挟んで何とか冷静さを取り戻す。
先程感じた殺気は、確実に俺を殺す意思があってのものだ。それを放ちながらも、大した感慨も見せずにただの雑務を行っているとでも言わんばかりのその気配が、俺にはどうも気持ちが悪かった。
とはいえ、ここでやめるわけにはいかない。モーリーには悪いが、今見せられる全力で戦わせてもらおう。
俺の纏う気配が変わったのを察したのか、モーリーはダレた雰囲気をすっと引っ込め、先程とは違う、戦士の顔を僅かに浮かべて俺を見据えた。
恐らくこれが本領なのだろう。先程まではただのガキを相手取るという慢心ありきの心情だったろうが、相手が本気で来る、しかもその力量の底が分からないとなれば、警戒するのも当然と言えた。
暫しの間無言で相手を見つめる時間が続く。それは開始時よりも短い時間だったが、その中に含まれている闘気の密度は桁違いだった。
「ふっ……!」
気合を入れ、短く息を吐きながら、俺は構えたまま微動だにせずにモーリーの眼前まで間合いを詰めた。
その動きが予想外だったのか、モーリーは剣を顔の右に置いたままの姿勢で俺に反応する事無く、懐への侵入を許してしまう。
先程の短い攻防で、モーリーにスキルや魔法を使っている気配は無かった。つまりは俺が警戒する魔力視や察知系統のスキルは使ってこない、もしくは持っていないと予想できる。
それならばアレが使えると踏み、密かに身に着けた技術を試してみる事にする。
自らの背後に風の不可視の魔力を集め、それを一気に爆発させて体に起こる僅かな初動すら見せずに接近する事が可能な技。
想定通り懐に入り、既に剣を横から振り始めた俺は、当たるという確信を抱きながら、僅かな違和感を感じ取り咄嗟に身を引こうとした。
それでも振った剣はもう止められない。このまま腹に致命と判断できる一撃を加え、俺の勝利でこの勝負は終わる……はずだった。
「なっ……!?」
「うわぁびびった。今の何だ?」
加速された時の中、俺の剣が届く直前、モーリーが一切無駄のない動きで横っ面に構えていた剣を俺の剣へと吸い込むようにして迎え撃ち、力をずらされ受け流す。
一体何が起こった……?
予想だにしない展開に白紙となった思考の中、一度相手との距離を離してから、俺が最初に抱いた感想だ。
それは相手も何故か同じだったようで、その顔と声には疑問が色濃く浮かんでいる。
状況はよく分からないが、相手が困惑しているのならその隙を突かない理由はない。これは試験であり模擬戦だが、戦いなのだ。一瞬の油断が致命にもなるだろう。
「なにやってんだライノ!一気に近付いて攻め切っちまえ!」
「いや、ここはもう少し様子を見る為にも、ライノ君の得意な魔法を使い距離を置いた方がいいだろう。相手の手の内もそれで分かるはずだ」
唾を飛ばしながら、根性論に近い声援を送る親父と、的確な意見をくれるおじさんの対比は、ここに来ても顕著だった。
剣など一度も持ったことがない親父。最低限の心得はあるおじさん。どちらの指示が的確なのかは、考えるまでもなく明らかだ。
「おい、そんな見当違いな事言うとライノが混乱するだろ」
混乱させてんのは親父だよ……
兎も角、そんな外野の意見は無視することにして、俺は先の攻防から得た情報を元に、接近戦ではなく、魔法を使って相手の情報を更に抜き出す選択をする。
とはいっても火属性だと周りへの被害も大きくなる可能性があるし、何より手加減が難しい。最悪相手が怪我で済まない可能性がある。なので消去法としてある程度の加減の出来る風属性を基本として戦術を組み立てる。
まずはある程度の距離を開け、遠方から拳大程度の大きさの風の塊を複数作り出し、緩急を付け未だその場から動かない対戦相手にに向かって撃ち放つ。
そして予想通りというべきか、全ての風塊は直撃する事無く躱すか木剣で打ち消され、ただの風として周囲に離散し消える。
元より攻撃というよりは、相手がどのように動くのかを見る為だけに放った魔法だ、俺に焦りはない。既に用意していた同数の次弾も既に展開し、もう一度同じ魔法を放つ。
先程と全く同じものなのでこれも通用しないが、ここでひとつ分かった事がある。モーリーは視界に作用するスキルは使っていないが、何らかのスキルは使っているという事だ。
それは先程、俺の不可避のタイミングで放った木剣をあり得ない角度から防御した時に使っていたものと恐らく同じスキルで、予想では自分の身に迫る攻撃に無意識に反応するようなものだと思われる。
生身で魔法全てを無力化するなんて動きをしていたのなら、単純な地力の差で天地がひっくり返ろうとも俺に勝機はなかっただろう。だが種が分かれば対処法も考えられる。
その予想したスキルから考えられる対策を実行する為、また新たに風の塊を同数作り出した。
「これで三度目だぞ。それしか出来ないのか?」
俺と相対しているモーリーから、僅かな落胆の気配を感じる。確かに、二度も通用しなかった魔法を何更に繰り返すのは愚策、一見すると芸がないようにも見えるだろう。だが今度の魔法は先程とは少し違う。それは身を以て実感するはずだ。
「っ……!」
飽きれた顔から一転、モーリーは全く反応も出来ぬまま、眼前に木剣を振るい、その顔を驚愕に染めた。
先程の魔法と違う点、それは速度だ。
風の属性を用いて作りだした塊は、大きさや強度など全く同じだが、射出する速度は比較にならない程速い。
それを証明するように、モーリーは先程と違い反応すら出来ず、恐らくはスキルのお陰か無意識の中顔に目掛け飛んできた風の塊を、認識する事も出来ないまま木剣でガードする事しかできない。
俺の周囲に残ったその塊を、今度はタイミングをずらして全て当たるように集中して撃ち込み、相手の様子を具に観察する。
腹に飛ばした一つ目は、木剣で弾いた。ほんの僅かな間を開けて顔に放った二つ目も、木剣で弾いた。そのまま足に放った三つ目も木剣で弾く。
そして再び腹に放った四つ目は、遂に弾かれるどころか、体が一切動く事すらなく命中した。
それでも、元々威力が大したことが無いのもあるが、普段からかなり鍛えているのだろう、僅かに体をくの字に曲げただけで、すぐさま次弾に備えて構えを取り戻す。
だが、俺にはもう既に魔法を打つ気は無く、接近戦に備えて身体強化に意識を回していた。
ここからは接近戦だ。俺の予想が正しければ、もう既に勝負は付いたようなものだろう。
俺は気合を入れ直し、木剣の柄をギリと握りしめた。




