16.圧迫面接か?
全てのコース料理を食べ終え、大人はコーヒーに似た飲み物を、俺たち子供組は見たことの無いプリンのような物を食べひと心地ついていると、思い出したといった風にケルセリエスが俺たちに問うた。
「そういえば君たちもあと数年もすれば学院に行くのだろう?準備は出来ているかい?」
この問いに、俺の頭には疑問符が浮かぶ。この世界に転生してから約八年、今まで一度もそんな話は聞いたことが無い。
全く何のことなのか分からないので、素直に質問してみると、ケルセリエスは少し驚いたように、俺ではなく両親を見てから、得心の言った顔で頷き説明を始めてくれた。
「君たちくらいの歳になると、学院という所に行き様々な事を学ぶんだ」
曰く、俺達が今住んでいる王国……このガルダファース王国には、中央の王都にぺリスエン総合学院と呼ばれる学校があるらしい。
そこには十一歳から四年間、寄宿学校として泊まり込みで学び、卒業を経て各々が将来に進んでいくらしい。
つまりは普通に学校だ。とはいえ普通の生徒は学費が掛かるし、貧しい家庭の子供は通えないらしい。
貧しい家庭の子供……俺じゃん。
先程ケルセリエスが両親の顔を見て納得したのはこの事か。つまり俺の家は学院に通く程の経済力が無いので、この村で生きて行くことになるのか……
いやいや困る! それじゃあチーレム主人公が出来ないじゃないか!
一人項垂れて、今世でも最大のピンチを迎えようとしている俺を他所に、アリシアの両親は当たり前に自分の子供を学院に入れると話している。
それを何の感慨もなく真顔で見つめる父と、何とかならないかと思案している母の顔が、俺に勇気を与えてくれる。父はどうでもいいが。
「あ、あの……もし可能なら……」
言いにくい事を伝えようとする時、人は言葉がなかなか出て来ないものだ、なんて恰好つけたが今の状況を思うならば大目に見て欲しい。
今俺がすべき事を頭の隅で考えながら、何とか要点を纏め上げる。
黙ったままの俺を見て、ケルセリエスが少しだけ悪い顔をしたようにも見えたが、直ぐに表情を取り繕って、俺が提案しようとしていた事を先に提案してきた。
「私に学院での資金面の免除をして欲しい……かな?」
まさに言おうとしていた事を、そのまま伝えられたことに驚いた。だがよくよく考えるてみると相手は生粋の貴族。平民の考える事など、普段から魔窟のような社会で生きているのであれば、この程度の読心術など造作もないのだろう。
「はい。かなり厚かましい申し出だとは思いますが、どうしても俺は学院に通いたいです」
今度は迷う事なく、真っ直ぐ相手の目を見据えて言い切る。自分でも本当に厚かましいという自覚があるのだろう、その時の手はまるで他人かのように震えていた。
「うーむ難しいな……」
やはりだめか……正直俺の今世での運の引きはかなり悪いので、ここで都合よく「いいよ」となるとは思っていなかったが、気持ちとは裏腹に少しがっかりして再び項垂れてしまう。
「……難しいが、援助をするに足るだけの何かを見せてくれれば、私も協力したいと思うかもしれないよ?」
その言葉にパッと顔を上げる。その時のケルセリエスの顔はどこか悪戯に成功した子供のみたいで、なんだか少し親近感を抱いた。
とは言っても、何かを見せろというのも難しい注文だ。
俺の特技と言えば魔法か、アリシアやただの門番のアーサーにすら及ばない剣術くらいしかない。
どうしたものかと思案するが、いい案は浮かんでこない。そのまま全員が食後のブレイクタイムを終えるまで一人唸り続けても答えは見つからない。
まずい、折角もらえたチャンスも、このままでは何の意味もなく虚空に消える。
焦りからか額からは脂汗が滲み始め、足は意味もなく揺れて小刻みに地を踏み始める。
このまま何も出来ないのか。そう思い絶望という言葉が俺の中に生まれようとしたその時、俺の手に何かが重なったのを感じた。
焦りを孕んだ目で視線を向けると、そこには母の手が俺の手をそっと包み込むように優しく握られていた。
「大丈夫、ライノが得意な事を、後悔しないやり方でやりなさい」
母のその言葉は悩んでいた頭をすっきりさせ、方向性を定めるに充分な効果があった。
そうだ、俺は何を悩んでいたんだ。折角この世界には魔法があって、俺はそれが人よりも得意じゃないか。
まだこの世界での魔法の需要や技量の相場がどの程度か分からず悩んでいたが、それも含めてここで見せれば、ケルセリエスや屋敷の面々の反応で分かる事だ。
俺は再びケルセリエスの目を見て、魔法……引いてはそれを使った戦闘が得意である事を伝えた。
その言葉を目を逸らさず聞き届けてから抑揚に一つ頷くと、特に驚いた様子もなく、直ぐに控えていた従者に何かを耳打ちで伝えると、全員に移動するよう提案した。
恐らく、これから俺の力を見る為にどこか広い所に行くのだと思うが、具体的に何をするかのかまでは話さなかった。
食堂を出て、館の主であるケルセリエスを筆頭に、どこに向かっているのかも分からない道を進む。
長い廊下を抜け、幾つもの部屋とまだ見た事のない掃除などをしている従者を超えると、中庭のようだがどこか雰囲気の違う場所へと出る。
「ここは普段、私の抱えている私兵が訓練をしている場所だよ。ここで君たちには力を見せてもらおうと思う」
ちゃっかり道中掛け合ってアリシアも参加することになっている事はさて置き、どうやら領主お抱えの私兵と模擬戦をするらしい。
正直、ここでどれだけの力を見せ付け、学院への援助を勝ち取れるかも重要ではあるが、それ以上にこの世界での強者の力が見られる事への楽しみの方が勝ってしまっている。
この世界に転生してから、俺は村を出たことは殆どなく、力を比べる相手も門番のアーサーか、一歳年上のアリシアしか居なかった。
だが今回の相手はやんごとなき身分の家が抱えている、力の強さを身分のみで証明できる、いわば指標だ。そんな相手の力量が分かれば、今後の目標になる事は間違いない。
「さて誰がいいかな……おお、良い所に居たな。モーリーよ、少しいいか?」
偶々そこに居合わせ名を呼ばれたのは、俺よりも少し明るい茶髪が跳ねた、どこか気怠い雰囲気のモーリーという中年。
呼ばれて直ぐに気怠さを隠しもせずにこちらへと小走りで走り寄り、自らの主の目の前まで来ると右膝を地面に付けて跪き、右手を右胸に当てた。
「お呼びでしょうか」
どうやらその姿勢はこの国での最敬礼に当たるらしく、やはりケルセリエスが本来は俺たちと居るのがおかしい程高貴な身分なのだと再認識させられる。
モーリーは先程の姿勢のまま、主の命令を黙って聞き、言われた内容通り俺の元まで歩み寄る。命令の内容は、この場で俺と戦い、『力量を正確に把握せよ』といったものだった。
こちらとしても小難しい事をするよりも、こうして真っ向からぶつかる方がやりやすい。今回は胸を借りるつもりで思い切り戦うつもりだ。
直ぐに始めるのか、モーリーに訓練場の入り口付近にあった用具入れまで案内され、自分に合いそうな木剣を見繕う。
……ん?俺、魔法が得意ですって言ったよな?
「魔法だけで戦うのは難しいぞー。飾りでも一応持っておきな」
考えが顔に出ていたのだろう、木剣を握ったまま固まっていた俺にそう言って先に用具入れから出て行った。
確かに、接近戦になれば俺の魔法はかなり殺傷力の高い物が多く、怪我をさせてしまうかもしれないし、木剣があれば出来る事の幅も増える。ここはアドバイス通り、ありがたく持たせてもらおう。
少し遅れて訓練場に戻ると、今回の模擬戦相手が既に準備は整っていると言わんばかりの佇まいで意識を集中させており、いつでも始められる雰囲気だ。
俺もそれに倣い、気合を入れて師匠に教えて貰った事を思い出しつつ剣を構える。
「準備の方は……よさそうだな。それでは……」
開始の号令を掛けるケルセリエスの声を聞きつつ、意識を集中させる。
「――始めッ!」
強者との戦いが幕を開けた。




