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15/22

15.そんなに興奮しないでください

 待合室を出て、屋敷の奥へと続く長い廊下を歩く。


 ここまで部屋を出てから、両親は揃って緊張した面持ちで一切口を開かない。それも当然と言えるだろう、平民の村人が、まさか領主の屋敷に客人として接待を受ける事など考えもしない。


 逆にアリシアの両親は共に落ち着いたもので、会話の内容は聞こえないが雑談をする余裕すら見える。

 当のアリシアは、いつもの無表情だ。だが時折俺の方をちらちらと見ているので、目を合わそうとしても逸らされてしまう。愛いやつめ。


 そんなこんなで、屋敷の中を歩く事数分……屋内を数分?行くと、目的の部屋に着いたようで、俺達を先導していたメイドが大きな扉の前で止まりこちらを振り向いた。


「この奥に主がおります。食事の用意が出来ていますので、どうぞお楽しみください」


 そのメイドの役目はここへの案内までなのか、メイド服のロングスカートの端を軽く摘まんでカーテシーの礼を取ると、直ぐにどこかへと行ってしまった。

 今の一連のやり取りに僅かな疑問を持ったが、兎も角今はお偉いさんとの会合があるのでそちらに集中することにした。


 最近になって顕著になってきたが、ここに来て我先にと扉に手を掛け一息に扉を開ける役目を買って出たのは、出しゃばりで目立ちたがりな親父だった。


 全員が少し冷ややかな目で開く扉とそれを成す人物を見守る中、親父を先頭に部屋へ入る。

 その部屋は先程メイドが言っていた通り食堂だった。ただ広さや豪華絢爛さは思っていた以上で、煌びやかな空間が延々と広がる部屋に圧倒されてしまう。


「どうもお久しぶりです!この度はお招きありがとうございます!」


 物怖じしない所は尊敬できなくもないが、ここはもう少し空気を読んで欲しかったな親父。


 厳正な空間に、大音量で響く親父の少ししゃがれた声は、いやに不釣り合いで幻想的な雰囲気が即座に離散してしまった。

 とはいえ、いつまでも入り口で呆けていても仕方がないので、思う所はあるが先を進む父に続いて俺達も奥へと進む。


「あ、ああ。久しぶりだな。その子が生まれた時以来か」


 見ろよ、領主が引いてんじゃん。


 引き攣った顔で、親父の先制失礼を咎めるでもなく合わせて挨拶を返してくるあたり、やはり聖人だな。

 それにまさか俺達の事を覚えているとも思っていなかったので、正直少し驚いている。


 そうして変な流れが出来てしまったので、それぞれが領主と一言ずつ挨拶を交わしてから、部屋に居た数名の侍従達の案内で席に着く。


 長テーブルの席順は、屋敷の主でもありこの中で最も身分が上の領主が当然一番奥の椅子に座り、その両隣に今回の主役の俺とアリシア、その隣に父で、最後が母となった。


 俺達一人に付き一人の従者が付き、椅子に座るだけでも丁寧に引いて座らせてくれる。

 正直こういうのは畏まってしまって気が休まらないかと思ったが、相手がプロだからだろうか、全く気遣いなどなく自然と身を任せる事が出来た。


「君たちが私の領民を助けてくれたんだってね。本当にありがとう」


 初老に差し掛かろうかという年齢の領主、ケルセリエスが俺達の顔を交互に見詰め、柔らかな雰囲気で礼を言う。

 その言葉遣いは、決して貴族や領主のとるものではないが、俺達の年齢に合わせているのだと思うと、この人はつくづく聖人なのだと思わされる。


「いえ、私も同じ村に住む方の命が助かったのなら本望です」


 うわっ、誰だお前。

 早速先程と違い、猫被りモードに入ったアリシアは、普段から教育されているのか上背をピンと伸ばし、はきはきとした口調で答えた。


「お、俺も……そう思います……」


 言おうとしていた台詞を全て取られてしまったので、右に同じ戦法を取らざるを得なくなってしまった。

 本来なら俺も似たようなことを言い、気高い志ムーブの一つでもしてやろうと思っていたのだが、アリシアの先制の所為で早速領主の関心はアリシアに傾倒している。


「ふむ、では聞かせてくれるかい?どうやって君が人を助け……」

「そうですな!聞かせてあげなさいお前たち!」


 領主の話を途中で遮り、父が大声で捲し立てる。


 これには流石の俺たちも血の気が引いた。

 平民が貴族の話をぶった切るなど、死罪に問われても何ら不思議でない程の罪となるからだ。


 だが本来であればかなりの非礼になるであろうその行為も、領主の持つ寛容な心と、今回は俺達が客という立場もあって大目に見て貰えたようだ。もう、ちょっと静かにしててお願い。そこの後ろに控えてる執事さんも殺気向けないで……


 父の要らぬ行動の所為で、当人以外に微妙な空気が漂ってしまった。恐らくアリシアもそれを察しているのだろう。いつもより少し上ずった声色で、必死に頭を回して領主の気を引いている。


「えっと……森の近くでライノくんと訓練していたら、森の方から叫び声が聞こえたので……」


 何とか会話の流れを掴んだアリシアが、父が会話に割り込む隙を与えないよう、本人たちにしか知り得ない内容で件の日の事を語る。

 主導権はアリシアに有るので、俺はその補足に回る事にし、あの日の出来事を詳細に語っていく。


「ほうほう、二人とも実に素晴らしいね。特にアリシアはその力もそれを振るう気構えも大したものだよ」


 最後まで話を黙って聞いていたケルセリエスは、やはり今回活躍の大きかったアリシアを特に褒めた。

 思う所がないではないが、事実俺は大したことはしていないので、今回は仕方がないと思い甘んじて受け入れる。悔しくなんてないんだからねっ!


 実際、この世界は実力主義だ。結果を残したものが生き残り、残せなかったものは生き残れない。良くも悪くもだ。


「とはいえライノ。君がいなければアリシアが充分な力を発揮することは出来なかっただろう。最悪の場合は彼女も被害者になっていたかもしれない。そういう意味では君も立派に人を守ったと言えるだろう。誇りに思いなさい」


 突然のケルセリエスからの言葉に、俺は言葉をなくしてしまう。この世界は結果が全てだ。全てのはずなのに、まさか俺の行いを肯定されあまつさえ褒められるとは思わず、僅かに動揺してしまう。

 頭の中が真っ白になる中、父が何かを言っている声も聞こえた気がしたが、今の俺の耳には届かない。ただただこの世界……いや、前世も含めて初めて人の役に立てたという実感が、俺の胸を埋めている。


「もちろんです。ライノは本当は凄い力を持ってます。私ほどではないですけど」


 まさかのアリシアからも肯定的な言葉を貰えて、本当に泣きそうになる。いつもは張り合うばかりで、お互いに褒める事があまりないだけに余計心に響く。


 それから程なくして、料理が届いた。内容は様々な種類の料理のコースで、これもまた前世も含めて食べたことがない程のご馳走だった。


 だけど、風邪でも引いてしまったのかな、鼻が詰まってしまって、その時の料理の味はよく分からなかった。

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