14.知らない子ですね
道中何のトラブルも無く領主の館に到着した俺達は、大きな両開きの門の前で馬車を降りた。
そこにはいつから待っていたのか、俺が転生した時には見たことの無いメイドが待機しており、軽く旅の労いの言葉を言うと、直ぐに中へと案内した。
どうやらアリシア達一行はまだ着いていないようで、俺たちは先に入館することになった。
赤い絨毯の引かれた長く広い廊下を抜けて、全員が揃うまで客間と思しき部屋で待機だ。
その間に、メイドさんの接待に鼻の下を伸ばしながら「お構いなく」と平身低頭な親父の様子がいやに滑稽に見えた。
今回俺達は、どういう形であれ客として招かれている立場なのに、領主にならともかく、侍従の者にまで腰を低くし愛想を見せる親父の何と情けない事か。
それは母も同じだった様で、何とか諫めようとしているが、当の親父はどこ吹く風で気にした様子もない。
「それでは、部屋の外で待機しておりますので、何か御用があればお呼びください」
恭しく礼をし、洗練された所作で部屋を後にするメイド。
その仕草を今も色の付いた目で眺めていた親父は、母の咳払い一つで我に返り、肩を落とした。気持ちは分かるがな親父よ、もう少し節操を持とうな。
両親の間に僅かに出来た気まずさから逃げる様に、俺は部屋の中を観察する為に視線と意識を向けた。
客間かと思ったが、寝具や化粧台の様なものが見当たらない。恐らくここは客を泊める部屋ではなく、本当にただの待合室なのだろう。
それでも広さはあのボロ屋数戸分は入りそうだし、全ての家具はどれも一目で高級品だと分かる。
細かな部分にも家主の品とセンスが散りばめられていて、装飾に至るまでが洗練されている。
「おぉ、美味そうなお菓子」
膝までの高さのテーブルにはいつの間に用意したのか、湯気を立てる紅茶が三つと付け合わせのクッキーが置かれている。
テーブルと同じ程度の高さの革張りのソファーに腰を下ろし、俺はさくさくと小気味のいい音を奏でながらそれを一つ頬張る。
びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛!
この世界に来てからは味わったことの無い甘味!口の中に入れた途端に広がるバターの濃厚な風味!噛むとサクサクと鳴る食感!
ほんの数度咀嚼するとほろほろと砕け、細かな粒となり更にザクザク感を愉しませてくれる焼き具合が憎らしい。
俺は綻んだ顔をして、今にも溶けてしまいそうな気持でクッキーに全神経を注いでいると、急に目の前が暗くなった。
「なんで一人でお菓子食べてるの」
あぁ、口の中から無くなっても消えることの無いバターと小麦の香ばしい香り。何故甘味とはこうも俺の心を惹き付けて止まないのだろう。
「無視するの?」
お金持ちとは、いつもこんな美味しい物を食べているのだろうか、あぁやっぱり家柄ガチャ当てたかったなぁ。今の家は嫌いじゃないが、甘味を食べられないのは死活問題だ。
「無視するんだ」
ここはやはり、一念発起して自分でどうにかするか。どうせ今後の人生大してやることは無いんだ。最強になるついでに、農業や料理に手を伸ばして万能チートを目指すのもありか……?
「ん、殴るね」
「痛い」
今生で一、二を争う幸せを噛み締めながら今後の人生設計を立てていると、突然強く頭を殴られた。アリシアに。
「なんで殴る……の……?」
頭を殴られ、そこにはきっと怒り心頭のアリシアが居ると思い顔を上げるが、居ない。厳密に言うと別人が居た。
誰だろうこの子、領主の娘?
よくよく見てみると顔立ちや雰囲気はアリシアに似ているが、こんな美少女ではない。
さらさらに整えられた赤いきれいな髪を、白く輝く宝石の付いた高価そうな髪留めで引き立て、丁寧に編み込んだハーフアップが更に高貴さを感じさせる。
衣服もまた上等な物で、フリルなどの目立った装飾こそ無いものの、恐らくシルクで出来ているであろうツヤツヤと手触りの良さそうな淡い水色のドレス調のワンピースが、彼女の持つ赤を引き立てている。うん、あの野性味のあるアリシアとは似ても似つかないな。
今まで見たことのない程の可愛らしい少女の登場に、らしくないと思うが目を奪われて……見惚れてしまった。
するとその美少女は、どこか既視感を感じる顔で僅か頭上から俺の顔を見下げると、これまたどこか既視感を感じる声色で鼻で笑った。
え?アリシア……?この美少女が……!?
俄かには信じがたいが、どうやら俺の目の前に居る美少女はアリシアらしい。いつもの眠た気だが吊り上がった眼はパッチリと開かれ、トレードマークのぼさついたワイルディな赤髪に至っては面影もない。
「ん、恥ずかしいからなんか言って」
着飾る事に慣れていないのか、伏し目がちに髪で顔を隠しながら言うその仕草は、とてもアリシアではない。それは最もアリシアという存在から遠いものだ。
もはや自分でも見惚れているのか驚いているのか分からない思考停止に陥っているが、いつまでも女の子を待たせる訳にはいかない事だけは判断出来る。とりあえず率直かつ無難な返事を返さなければ。
「めっちゃかわいい」
脳死してんじゃん俺。まさかここまで何も隠さずそのままの感想が出るとは思わなかった。
落ち着け、落ち着かなければ。こんな醜態、ラノベ主人公なら晒さない。こういう時のパターンは鈍感で逃げるか無難に流すかだ。
血の気が引いたのか時間経過で落ち着いたのかは分からないが、とりあえず少し冷静さを取り戻した俺は、改めてアリシアの様子を伺う。
「ん……あり、がと」
そこには長い赤髪で両手で抱え顔を隠したまま、その髪より更に顔を真っ赤に染めたアリシアが、もじもじと身を揺らし落ち着かない視線のまま俺に礼を言っていた。だめだ、可愛すぎる……あのアリシアが……
「アリ、馬車に乗ってた時からライノ君に見せるの楽しみにしてたものね~」
「ん!ちょっとママ余計なこと言わないで!」
アリシアに少し遅れて入室したおばさん達は、来るなり早々状況を理解し、揶揄い交じりに俺達の会話に混ざってきた。
おばさん達もそれぞれ普段は着ない様な恰好をしているが、何故か様になっているというか板についている。もしかすると本当は高貴な生まれだったりするのだろうか。
だが、そうか。アリシアはお洒落をして俺に見せるのが楽しみだったのか。そうかそうか。
意外なアリシアの乙女心に一人頷いていると、誰にも見えない角度で足を踏まれた。おいお前ヒール履いてんじゃねぇか俺の足に穴開くぞ。
「私は別にライノに見せるのなんてどうでもいい。領主様に失礼がないようにしただけ」
この期に及んでまだ言い訳染みた台詞を吐く可愛らしい少女に、見た目の年相応でも鈍感でもない俺は微笑ましい心を持ってしまう。
足の甲に穴が開いたのではないかと思う程の激痛が走っているが、それよりも今俺の心を満たしているのは、いつもと違った幼馴染の可愛さと初心な心に触れた癒しだけだった。
「ライノ君、その、何と言うか、うちの娘を親の様な目で見るのはやめてくれないかな?」
言われて気付いたが、恐らく俺は今、近未来の青狸ロボットがしていた温かい目のような眼差しをしていたのだろう。おじさんに苦笑交じりに注意されてしまった。
俺の自慢のポーカーフェイスが崩れていた事に気付いて、今もまだおばさんと姦しく言い合いをするアリシアから目線を努めて逸らし、一瞬で真顔を取り戻す。
「いや、そこまでしなくてもいいけどね?」
隣に座ったおじさんが困った様な声でそう言うが、もうよく分かんなくなってきたよ。
突然のアリシアの美少女化や急なデレにパニックを起こし掛けていると、扉から三度のノックが鳴り、先程案内してくれたメイドさんが入室してきた。
「失礼いたします。主の用意が整いましたのでご案内いたします」
両手を前にしてきれいに組み、丁寧に腰を折り曲げて一礼すると、俺達を先導する為扉を開いたまま待機する。
どうやら俺達が全員揃い、領主側の準備も整ったので、いよいよ対面らしい。
とは言っても、具体的に何をするのかは知らないので、この会をなんと呼べばいいのかはよく分からない。
恐らくは感謝のしるしのようなものだとは思うが、名称があるなら先に教えて欲しい。心構えの仕方も変わって来るだろうから。
兎にも角にも、いよいよ領主との再会だ。




