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13/22

13.やってよかったと思う

「こうか……? お、こんな感じか」


 現在俺は、左手から作りだした小さな火球を、右手から放出する風属性魔法で大きさをコントロールするという、地味な訓練をしていた。


 というのも、先日の森での一件から、母親に外出禁止命令が出されてしまい、やる事がないのだ。

 人命救助の為致し方なく行った事ではあるが、それはそれ、これはこれだ。どういう形であれ約束を破ったのだから、罰は甘んじて受け入れる所存である。


 そんな訳で暇を持て余した俺は、狭い家では剣も碌に振れず、かと言って大規模な魔法も使えないので、こうして地味な訓練をしているのである。


 小さな火球を、送り込む風の魔力でふよふよと浮かせて遊んでいると、まだこの時間には帰って来ないはずの両親が血相を変えて、ただでさえ建付けの悪い扉を乱雑に開け放った。


「大変!大変よライノ!」


 ドアを勢いよく開け、壁に跳ね返る勢いで後ろに居た父に当たった事にも気付かず、母が大声で俺を呼ぶ。あれ失神してね……?


「どうしたの?」


「実はね……」


 話を要約し結論を言うと、なんでも領主の屋敷に招待されたらしい。


 先日の一件を聞き、アリシアと俺の家族を招いてお礼をしたいと、先程村長伝手に話しが来ていたらしい。


 あまりに突然の申し出に、先程両親が村長に見せたであろうアホ面を、俺も晒してしまう。


 確かに、色々な有力者との繋がりは欲しいし、この辺り一帯を治める領主かつ貴族ともなればありがたいとは思う。だが理由が正直微妙だ。


 今回の一件で活躍したのはアリシアだ。俺はほとんど何もしていないし、正直感謝されていいのかすら分からない。

 そんな中、貴族という俺達平民から見てみれば雲の上の人物に感謝を伝える為に屋敷に招待されても罪悪感が勝ってしまう。


 とはいえ、既に両親には話が通っているし、何より貴族様からの招待を反故にするわけにはいかないだろう。アリシアの両親とも話して行く事は既に決定事項の様だし、ここは腹を括るしかなさそうだ。


「それで、いつ行くの?」


「明日」


 なる程、明日か。貴族からの誘いなら、それ相応の準備が必要だろう。

 まず服を買い礼儀作法を覚えてそれなりに見える様にしないとな。ざっと計算して大体二週間はかかるかな。


「えっ?あ、明日ぁ!?」


 予想外にもほどがある。まさか準備に最低でも二週間は欲しかったのに、明日とは。

 いつまでも落ち着かない母の態度に内心納得しつつ、やっと起き上がってきた父を連れてなけなしの貯金を叩いて服を新調するべく店へと走る。


 招待して貰えたことは素直にありがたいが、ここまで忙しない状況になって、しかも貯金まで崩さなきゃならないなら行かなくてもよかったかもなと思い始めた。





 ―――――――――――――――――――――――





 当日、と言っても翌日だが、俺達三人はケルセリエスが用意してくれた馬車に乗って、村から片道数時間の道を行き、屋敷のある中心都市まで向かっている。


 道中あまりに暇なので、昨日の内に収集したこの辺りの地理についてのおさらいをしておこう。


 まず、ケルセリエスが治めるこの地の領土をサレルト領と言い、その中でも最も栄えている中心都市がプラムの街だ。そこの中心に領主の屋敷があり、俺達の目的の場所でもある。

 サレルト領には特産と言える物こそ無いが、豊かな土地は様々な農産物を生み出し、そこから生まれる活気は人気を生む。

 詳しい事は一平民の俺には分からないが、それでもあの聖人の様な領主が治める領土だ、きっと良い所だという事は分かる。


 俺達が住んでいるノシア村はプラムの街と森を挟んだ場所に位置しており、行き来する為には魔獣や魔物が蔓延る森を突っ切るか、こうして迂回するルートを通るかしかない。


 物理的な距離で言うとさして離れてはいないのだが、迂回するルートが直線ではなく多少の遠回りになってしまうのが、俺達ノシア村の住民の悩みの種だ。

 迂回する事無く森を直進して進めば街まで一時間ほどの距離でしかない。俺とアリシアだけならば、森を突っ切る事が出来るかもしれないが、いくら面倒とは言えもうそんな事はしない。


 考え事に没頭していると、広く清潔な馬車から外の景色を見るのを忘れていた。折角の機会なので存分に初の遠出を楽しまなくては。


 あれ、この景色どこかで……


「あら、気付いた?ライノがファーヂ様の屋敷で産まれてから、家に帰ってくるときに通った道よ」


 まさか、こんな遠い道のりを歩いて帰ったのか?


 確かあの時は冬で、薄っすらと雪も積もっていたはずだ。それを生後間もない赤子を抱いて、何時間も歩き通したのか……?


「あの時は大変だったなぁ……わしも凍死するかと思ったぞ」


 父の口振りからして本当に歩いて帰ったらしい。あの時の記憶はかなり朧気な上、殆ど眠っていたのであまり覚えていないが、てっきりどこかで馬車に乗っているものと思っていた。しっかり者の母が付いていながら、何故そんな愚かな行為を決行しようと思ったのか……


 俺が思っている以上に両親は世間知らずなのか、それともこの世界の水準が低いのか。どちらかは分からないが、今思う事はあの時死ななくてマジで良かったぁ……だ。


「あの時はお前の魔力無かったら、わしら全員死んでたかもな」


 当時の事を思い出しているのか、しみじみとした風情で父がそう言うと、母も同調する様に柔らかく笑った。そうか、ギリギリ凍死しない様に、母が俺達の体を火属性の魔力で温めていたのか。


 冷静に考えれば、この世界は前世とは違い魔法があるのだ。ならば常識も違うという事を、まだ俺は芯まで理解していなかったらしい。

 この世界に順応できる様、頭の中で様々な事を思い浮かべてみる。そしてその常識と前世での常識を擦り合わせ、出来る限り差を埋める。


 そんな作業をしていると、あっという間にプラムの街まで着いてしまった。


 母の呼び声にハッとして外を見てみると、俺達を運んだ御者が何かの書状を門番に見せ、そのまま門を通してもらう。

 なんか、都会の門番にしてはあまり強そうではないな。これならばアーサーの方が幾分か強そうに見える。


 初めての都会に浮かれていた俺は、そんなちょっとしたことにすら落胆しかけたが、門をひとたび潜ると、その心は反転した。


「す、すげぇ……」


 村ではまず見る事の出来ない人の多さと、そこから生まれる活気は、まるで前世で見たお祭りさながらだ。

 中央にはしっかりと馬車の為の車道が通されており、そのわきには露店を開ける程広い歩道まで設けられている。


「ビビったかライノ。これが都会だぞ」


 田舎村のボロ屋に住んでいるとは思えない程、誇らしげな顔をする親父の事など目にもくれず、俺はただただこの景色に圧倒される。


 ゆっくりと進む馬車の揺れすらも今は心地よく、流れる景色を見た目相応の子供の様に眺める。

 そうして暫く進むと、庶民の住まう外壁沿いから奥の富裕層に入るが、ここは特段面白い物は無かった。せいぜい前世でもよく見たレンガや石作りの、大きさだけが取り柄の家が並んでいるくらいだ。


 つまらなさ気に窓の外を眺め、更に奥へと進んでいくと、富裕層にあった成り金的な趣は消え、品のある佇まいの屋敷が見え始めた。


「ほら、あれが領主様の家よ」


 母が指した家……早速屋敷か城と言える建物は、確かに俺の記憶にもある領主の屋敷で間違いない。


 予定ではここに数泊して歓待を受けることになっている。


 来るまでは少し億劫だったが、いざ来てみるとなんだか楽しみになってきた。

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