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12.親父ぃ……

 パシンッ!


 乾いた音が耳に響き、鼓膜を大きく震わせる。

 母の手は俺の顔には大きかったのか、頬だけではなく耳にも直接張り手を貰い、一瞬の後にキーンと耳鳴りの様なものも聞こえた。


「なんで森なんて入ったの!?危ないからダメって言ったでしょ!」


 アリシアと共に森に入り、魔獣に襲われている女性を助けた俺達は、あの後直ぐにアーサーの居る門まで行き、簡単な報告を行った。

 するとお互いの両親に即刻報告がいき、暇だったのか昼過ぎにも関わず飛んできた俺の両親、特に母親に強く怒られている。


「ごめんなさい」


 正直、今世で両親に本気で怒られるのは初めてだ。その今にも泣きそうなのを堪えて俺の為に浮かべる怒りの形相には、何も言えまい。

 どんな形であれ約束を破ったのは俺だし、仕方のない処置として甘んじて受け入れるつもりだ。


「私は何でって聞いてるの!」


 報告に行った兵士は、どうやら俺達が森に入り魔獣と接触したとしか話していなかったのか、森に入った理由や助けた女性については知らない様子だった。


「おばさん待って、ライノを叩かないで。私が無理矢理入って、それを手伝ってくれただけなの」


 珍しく声を荒げるアリシアに、母も動揺から少し冷静さを取り戻し、話を聞く姿勢を取る。


 俺は簡潔に、アリシアと二人でいつもの丘に居ると、森から女性の悲鳴が聞こえて助けに入った事を伝えた。

 魔獣を倒した事についてはかなり驚かれたが、ほとんどアリシアがやった事だと説明すると、何故か納得された。


 母は俺の話を聞き終わると、まずは目を閉じて数秒の間無言でいた。ここに来てからずっと黙ったままだった父も、タイミングを見計らっていたのか初めて口を開いた。


「なぜ勝手に森に入った?」


 こいつ、ちゃんと俺の話を聞いていなかったのか?

 周囲に誰もいない状況で、一刻を争う可能性があり最悪の場合を考慮し、更にアリシアの先行があったと説明したはずだよな?


「あなた、今は黙ってて」


 いつもは父親のずれた発言も笑って流す母も、この時ばかりは譲らず凄みを利かせる声色で言い放つ。

 流石の父もそれで何かを察したのか、何も言わず口を噤んだ。


「いい?あなた達はまだ子供なのよ?襲われている人を助けたのは本当に素晴らしい事で誇り思うわ。だけどね、もしあなた達が怪我をしたり、最悪の状況になったりしたら、私は……私達は死ぬよりも辛いの。それだけは覚えておいてね?」


 母の言わんとしている事はよく分かる。

 優しく、俺達を心から案じていると分かる言葉もそうだが、何よりその声が、表情がそれを教えてくれる。


 申し訳ない気持ちと、俺達の行動を誇りだと言って貰えた嬉しさを胸に黙ったまま頷くと、母は俺達の目線にまで姿勢を下げて、アリシアと共に頭を優しく撫でてくれた。


 それから俺達はアリシアの両親が来るのを村の兵舎で待った。時刻は既に夕刻に差し掛かっているが、忙しいのかなかなか来ない。


 扉が開き、やっと来たかと思えば、マエサルとリチアよりも先に襲われていた女性とその夫が来た。


「この度は本当にありがとうございました」


 年若い夫婦が、揃って俺達に頭を深々と下げる。

 正直、俺は大した役には立っていないし、やった事と言えば魔力壁で身柄を守り、最後に村まで運んだだけだ。あまり感謝されても少し困る。


「なに、困っている人を助けたのなら、この子たちもきっと誇りに思うでしょう」


 そこで何故か口を開いたのは俺の父だ。当事者でもなく、俺達に説教をくれた訳でもない親父が、何故ここまで偉そうに言えるのかはよく分からないが、事情を知らない若い夫婦は感動した様に目に涙を滲ませ、もう一度深く頭を下げると部屋を後にした。


「はぁ……全くこの人は……」


 先程の一連のやりとりを見ていた母の反応で、この様な言動は今に始まった事じゃないと察した。

 どうやら俺の父親は、よく言えば人当たりの良い人物で、悪く言えば外面のいい性格らしい。


 呆れた様にため息を吐く母と、良い所取りをした父のしたり顔との対比がやけに印象に残った。


 そんな中、タイミングがいいのか悪いのか、先程の夫婦が退室してから直ぐにアリシアの両親が合流し、これで全ての人物が揃った。


 二人は部屋に入った時から少し浮かない顔をしていたが、俺達の無事を確認すると少しだけ安心した様に胸を撫でおろした。


 だが直ぐに表情を切り替えたおばさんは、俺達の元までやって来ると座ったままの俺達を強く母性溢れる体で抱き寄せ、痛い程の力で抱擁をした。


「もう、心配したんだから」


「ん、ごめんなさい」


「ごめんなさい」


 抱き寄せられ、おばさんの顔が俺達の顔の間にある中、直ぐ耳の横から小さくすすり泣く様な声が聞こえる。

 こうして近くで、俺達を心配してくれる声を聞いていると、なんだか本当に申し訳ない気持ちが湧いてくる。


 おばさんはそのまま暫く俺達を抱きしめたままお小言を矢継ぎ早に耳元で呟き続けたが、何か話があるらしいおじさんに声を掛けられて漸く手を離した。


「もう、まだまだ言いたい事はあるんですからねっ」


 可愛らしく腰に手を当て、俺達をビシッと指差しながら言う姿は少女の様にも見え、なんだかそれがおかしくて少しだけ口角が上がってしまう。


 そんな柔和な雰囲気になってしまった室内に、何やら少し難しい顔をしたおじさんの咳払いが一つ響き、この場の全員の視線がそちらへ向かう。


「実はさっき、村長と会ってな、会って感謝したいと言っているんだが……」


 どうやら兵士の一人が、村長に今回の一件を報告していたらしく、是非直接お礼を言いたいとの事らしい。


「俺はいいですけど、アリシアはどうする?」


 なぜか俺に決定権を委ねようと視線で訴えかけてくるので、敢えて無視してアリシアに決めさせる。何と言っても今回の功績はほとんど彼女のものだからな。


「ん、別にどっちでもいい」


 結局はっきりとは決めなかったが、その返事を聞いてなにやら気まずそうな顔をするおじさんの表情を見て、まさかと思ったが、もう既に部屋の外で待っているらしい。


 その後は村長にもまた感謝され、父がまたしても音頭を取って感謝を受け入れ遂にキレた母にしばかれるという流れが、有ったとか無かったとか……





 ―――――――――――――――――――――――





「以上が今回の事件の報告となります」


「ご苦労。下がってくれ」


 ここは領主の館。ライノが生まれ、数ヶ月を過ごした場所だ。

 その屋敷で、先日起こった魔獣による事件を最小限に抑えた子供がいると報告を受けたのは、この館の主、ケルセリエス・ファーヂ伯爵その人である。


 ケルセリエスは報告に来た兵士が退室した執務室の扉を暫く呆然と眺めた後、椅子に深く腰掛け天井に視線を移し暫し何事かを考えた。


 やがてゆっくりと目を開くと、控えていた使用人を部屋へと呼び付け、手元にあった紙に何かを書き入れ手紙へと直ぐに変えた。


「これをダリス村の村長の元まで届けなさい」


「承りました」


 手紙の封にはしっかりとファーヂ侯爵の家紋が入った封印が使われており、その内容は細事ではないと直ぐに気付いた使用人は、丁重に手紙を受け取ると直ぐに村へと送った。


 やがてこの手紙は村から村長に渡り、そしてライノ達へと届けられる。この事が吉と出るのか凶と出るのか、今はまだ誰も知らない。

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