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グッドアンドバッド  作者: 村右衛門
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第三章 異端者


第三章 異端者


「そういえば、私みたいな幸福と不幸の両方が分かる人探してんのやろ?」

「うん、そういう人やないと世界の仕組み分からんからね」

「なら、私もう一人知ってんで! 私と同じ、とは言い切れへんけど」

「ホント!? それ誰なん?」

「ここの近くに住んではんねん。家知ってるし、付いてきて!」

これほどまでに簡単に、二人目を見つけられるとは思っとらんかった。まあ、その子がアイミさんと同じような選択をするとも限らんし、過度に期待しすぎるんもよくないけど。

 アイミさんに連れられて、僕はさっき来た道を遡っていった。そして、左京図書館に来て、図書館の東側の曲がり角を曲がって、北に上って行って、なんかそんらへんの道に入って行って、アイミさんの言う人のところに到着した。

「あ、丁度外出てはるわ! あの子!」

アイミさんの視線の先には、元気そうに遊ぶ男の子がいはった。僕よりほんのちょっと年下に見える子やった。確かに、元気そうに遊んどる様子を見ても不幸世界の理に縛られてるようには見えへん。

「カミラくーん! 遊びに来たでぇ!」

アイミさんはその男の子に手を振りながら駆けて行った。

「あ、鍵寺さん! いっつも通り元気そうで」

「なんか棘あらへんか?」

「んなわけあらへんよぉ。ところで、そこの人は?」

カミラ君、というらしいその子が、僕に気づいたらしい。

「こんにちは、カミラ君。」

「なんで、俺の名前知ってんの!? 不審者!?」

「いや、不審者やないから!」

アイミさんだけやなくてアイミさんの知り合いまで不審者やと思うんか。そんなに僕は不審者面しとるんやろうか。

「僕は天宮クルト。幸せと不幸が分かる人を探してるんや」

僕が自己紹介したら、なんかカミラ君の纏う雰囲気が変わった。さっきまですんごい元気やったのに、疑うような、そんな目やった。

「不幸、ね。俺、不幸分からへんねん」

僕は、咄嗟にアイミさんの方に視線を飛ばす。これもまた、今までにないパターンや。この子は不幸世界におるのに、なんで幸せしか知らんのやろう。本当やったら、この子は幸世界にいるはずの人間なんやろか。

「この子は、ニジュウジンカクってもんらしいねん。ある時は幸せしかわからへんけど、他の時には不幸しかわからんくなる。今はカミラムの方やね」

「カミラム……?」

「元気な男の子の方の性格ってこと。周りの人らは二つある人格を区別して、カミラムとカミラミって呼んでんねん。カミラムはこんな感じやけど、カミラミは不幸しか感じられへんくて静かで大人しい男の子やねん。」

何やら、この子には複雑な事情があるようや。あんまりそういうことには知識があらへんけど、何となく状況は理解した。けど、なんでさっき幸せと不幸が分かる人を探してる、っちゅうことを言ったら疑うような眼をされたんやろ。

「俺は、カミラミの時の記憶はあるけど、感情は残ってへん。カミラミは不幸がどうのこうの、ってことはよう言ってるし、それは俺も覚えてるけど、その感情は残らへんから、不幸が何かわからないまま終わる。不幸ってもんが分からへんねん。」

この子は、不幸という言葉はわかるのに、それが何なのかわからへんのか。しかも、もう一人の自分が不幸というものが分かっとんのに、自分はわかってない。幸感情以外は感じないみたいやし、それが不幸につながるとか、そういうことはないやろうけど、なんか居心地悪い感じになるんやろう。

「けど、分からんくてもええんちゃうかなぁ?」

「え? けど、なんかもやもやするやん。」

「そう、もやもやする。けど、それでもええやん。悩むんも人間である証拠や。」

「人間である、証拠………」

「そう! 人間らしくある、ってのは大事やで!」

「そっか……俺は人間なんやもんね」

カミラ君の雰囲気が、丸くなった気がした。僕の言ったことに納得してくれはったみたいやな。人間らしい、という言葉は、カミラ君にとって影響力があったっぽい。

「そういやカミラ君、今私らこの世界を救おうとしてんねん!」

「何それ、面白そう! 俺もやりたい!」

「カミラ君にできるんかぁ? 命かけれへんのやったらやったらあかんで?」

「やって見せたる!」

「よぉ言った! てことで、カミラ君手伝ってくれるって。」

「うぅん……それでいいんかなぁ……」

ということで、曖昧な感じにはなってもうたけど、カミラ君という仲間を得た。幸せしか感じられへん、カミラムと不幸しか感じられへんカミラミの二つの人格を持っとるから、それだけしか知らへん人の感覚を知ることが出来るかもしれへん。仲間が出来るってのは、なんかいい気分やな、っていうのが今回よくわかった。


     *     *     * 


 執事服の老紳士が、主人に呼び出されて白いカーペットの引かれた回廊を歩いていた。その歩きは、いつもよりさらに早足になり、いつもなら突然呼び出したりしない主人が自分を呼び出したことに対しての緊張が、心臓の鼓動を速めていた。

「ナミヒト様、ただいま参りました。」

そう言って、老紳士は部屋に入る。中にいる男性は笑顔を携えて、振り向いた。幸世界の住人であるこの部屋の持ち主も、老紳士も、不幸だとか、困ったとか、そんな感情は起きない。しかし、男性の笑顔にはどこか裏があるように見えて、老紳士は複雑な感情を抱いた。それでも、表情には出さない。今まで執事として鍛えてきた表情筋に、ここぞとばかりに力が入った。

「それで、何の御用でしょうか。」

「ああ。〝あの本〟についていた指紋について、アミトに調査を任せといたんやけど、その結果がなんかおかしくてなぁ。秘密を知ったもんがいるかもしれん。しかも、いるんやったらそれは隠蔽されとる。本の捜索してた人らを監視に向かわせといて。ターゲットは特におらんんけど、秘密を知ってそうなやつと〝囚われない人間〟を見つけたらこっちに連れてくるように。」

「了解いたしました。すぐに手配いたします」

老紳士はそれだけ言うと、一礼して部屋を出た。何かから解放されたような、そんな気がして、老紳士は短くため息をついた。


     *     *     *


 僕は、アイミさんとカミラ君という仲間を手に入れて、今の状況を確認し終わった。カミラ君はこの世界の仕組みとかはあんま分かってへんかったけど、それでも自分が世界を救えるかもしれへん、とよろこんどった。まあ、間違いでもないねんけど、少し違うような気もして、騙しているようですこし罪悪感があった。

「あんま分からんかったけど、つまり、俺みたいな人がいる世界があるってこと?」

「そうやな。幸世界やったらカミラ君のカミラムの方の人格とおんなじ人ばっかや。」

「そうなん!? 行ってみたいなぁ」

「確かに、世界を救うには両方の世界を知ってる必要あるやんね!」

なんか、勢いよく話が進んで、幸世界にみんなで行ってみよう、みたいなことになってた。そんな、遠足に行く感覚で行く場所でもないと思うけど、アイミさんとカミラ君には幸世界を見ておいてもらいたい、とは思う。特にカミラ君は心の中のもやもやを少しでも解消するために、幸世界にいる自分と同じような人らの様子を見るっていうのは大事なのかもしれへん。

「で、どうやったら幸世界に行けんの?」

アイミさんの言葉で、そこに静寂が立ち込めた。皆の表情が固まった。

「そういや、どうやって行くんやろ。」

カミラ君が首をかしげてうぅん、と唸る。

「クルは幸世界から来たんやろ? どうやってこっちまで来たん?」

カミラ君は、僕のことを〝クル〟っていうあだ名で呼ぶようになってた。

「そうやなぁ、なんか、お祈りしたらこっち来れたで!」

「お祈りぃ? そんなんで来れたん?」

「それはないでしょ!」

アイミさんとカミラ君は信じてないようやけど、本当にそうなんや。僕かって、信じられへんけど、実際それ以外来れたきっかけっぽいもんもないし、そうとしか言えへん。

「じゃあ、もう一回幸世界に戻る、ってお祈りしてみて! もしクルト君のいうことが正しいんやったら幸世界に戻れるはずやで!」

アイミさんが提案し、カミラ君がそれに賛同した。あんま自信はないけど、一旦お祈りしてみるしか方法はなさそうやった。というか、ここまで来てやらへんなんて選択肢はない。

「分かった、一応やってみるで」

そう言って、何となくでお祈りしてみる。宗教のこととか、そんな詳しくないからちゃんとしたお祈りが出来てるとは思えへんけど、僕の全力がそれやった。


 そして、成功してもうた。

「本当に成功したぁ!」

「ここが、幸世界……?」

アイミさんが驚き、カミラ君が興味津々な様子で周りをきょろきょろしている中で、一番驚いてんのは僕やった。ホントにお祈りで幸世界と不幸世界を行き来できるなんて、思ってへんかった。

 僕らが出たんは図書館の前やった。そこで、十時になったら來山さんに保管してある紙切れを見せてもらう約束やったことを思い出して、時計を見た。そしたら、もう十一時やった。不幸世界に行ってる間にかなり時間がたってたみたいや。

「二人とも、ちょっと用事あるから図書館行かなあかんわ。ちょっと待っといてくれる?」

「いや、折角やし一緒に行くで。」

「俺もいく!」

「分かった。図書館の中では静かにしぃや」

図書館の中に入ってカウンターに行ったら來山さんがいた。

「あ! クルト君どこいっとったん!? 十時どころか、十一時やで!?」

「ごめん、來山さん。ちょっと色々あってん。」

「まあ、友達連れてきてくれたみたいやし、左京図書館使う人が増えるんは嬉しいわ!」

「それで、紙切れはどれなん?」

ああ、それな、と言いながら來山さんは近くの引き出しをいくつか開いた。どこにしまったか忘れたんかいな、と思いながらその様子を見つめつつ、少し後ろの様子をうかがってみた。さっきから、アイミさんとカミラ君が一切しゃべらんとすんごい静かになっとる。なんかあったんかな、と思ったけど、二人がお互い人差し指を立ててる様子だった。さっき言ってた、図書館の中では静かにしとき、って話を純粋に守ろうとしてるだけっぽい。

「ああ、これやこれ! これが本に挟まっとってん。」

「ありがと。」

來山さんから受け取った紙には、幾つかのことが走り書きしてあった。

「何々……?『霧乃崎家の当主は霧乃崎ナミト』『世界を救うには欠界へ』どういうこと?」

後ろからアイミさんがのぞき込んできた。僕らが普通に話してるから、自分も話していいんやと思ったようで、小さい声やけど話してはる。

「霧乃崎家の当主は霧乃崎ナミト、ってところはまあわかるな。世界をすべて支配してる一族の当主、つまり一番偉い人は霧乃崎ナミトって人なんや。」

「でも、ケッカイって何なん?」

アイミさんの疑問に、全員が首をかしげる。そして、唯一の大人で、一番知識がありそうな來山さんの方に視線が行く。

「いや、僕も知らんで!? 欠界なんて聞いたこともない。なんなんやろなぁ」

來山さんが知らないんだったら、これは世界の秘密の一つなのかもしれへん。普通の人たちが一切知ってへん、そんな情報なんやと思う。

「けど、その欠界、ってとこ行ったら世界救えるっぽいで!」

「確かに! やったら、目標は欠界やな。」

欠界が何なのかは分からへん。そこに何があるのか、そこに行って何が起こるのか、何もわからへん。けど、そこにいけば僕らの目的が達成される可能性が出てきた。そして、やみくもに行動するんやなくて、しっかり目標をたてられた。これで、少し、目的達成に近づけた気がした。


     *     *     *


 ある執務室に、計四名の人間が集まっていた。執事服の老紳士とその主人、霧乃崎ナミヒト。執事服の青年とその主人、霧乃崎アミト。この四人の間には、不穏な空気が流れていた。無論、幸世界の住人である人は不幸を感じない。この部屋に集まった彼らは、明らかにただならぬ空気が流れていることを、理解することが出来ていなかった。

「それで、これは叛逆と捉えてもええんですか、兄上?」

当主である、霧乃崎ナミヒトの言葉は、霧乃崎アミトに向かっていた。霧乃崎ナミトの手元には、ある書類があった。シュレッダーで切り刻まれたものを、再度、高度な技術によって修復されたものだ。見覚えのあるそれを見ても、霧乃崎アミトの表情は一切崩れなかった。

「それだけで、兄を陥れられるんか? 私の部屋にはそれとよう似た書類がある。そっちにはお前に報告した通りの情報が入ってるはずやで?」

「そうですかぁ。つまり、兄上もまた、誰かに陥れられた、と。」

何度か小さく頷きながら、霧乃崎ナミヒトは三人の前を行ったり来たり、歩き始める。

「じゃあ、誰なんやろうねぇ。そんな、下々の人間が出来ることやないと思うんやけど、兄上に近くて、こういうことするんも可能な奴。」

霧乃崎ナミヒトは自分で疑問を提示しながら、その答えとなり得るものを知っていた。それを知りながら、霧乃崎ナミトはゆったりと、床に敷かれた絨毯を踏みしめる。

「まあ、一人しかおらんわなぁ。君くらいやなぁ。」

霧乃崎ナミヒトは歩みを止めた。その鋭い視線は、霧乃崎アミトの執事である青年を完全に射止めていた。

「どうするぅ?今、この場で自白してくれるんやったら、考えんでもないけど、何を選ぶ?」

霧乃崎ナミヒトに言われて、執事服の青年は足がすくむのを感じた。このままでは、自分の命が危ない。彼は知っていた。霧乃崎ナミトは優しい仮面をかぶりながらも残酷で、冷酷な、そんな一面を持っていることを。だから、この場で殺されてもおかしくない、ということは分かっていた。幸世界に住んでいてなお、死への恐怖だけは、消えてはいない。不幸感情が無くなった世界でも、死ぬ、という事実は人間にとって大きかった。その恐怖を、彼は感じていた。選択を少しでも間違えれば、殺される。それだけが、彼にわかる事実だった。

「どうするん?はよぉ考えてくれへんか?時間ないんやわぁ」

青年は、もう考えている暇も与えられなかった。

「私が……やったんです……」

やっていない! やっていない! 心の中で、青年は叫び続ける。霧乃崎ナミヒトから言われた事は、彼としては身に覚えのないことだった。けれど、ここで霧乃崎ナミトの問いに肯定以外を返す、という選択肢はなかった。

「そっかぁ、じゃあ、どうしようなぁ。じゃ、君は死刑や」

言い終わるか、言い終わらぬか。乾いた銃声が鳴り響いた。


     *     *     * 


 そんなはずはない、と思いたかった。目の前で起こっとる事が、本当に起こっとるわけやないと、思いたかった。自分の執事やった人間が、目の前で死んでいる。目の前に立つ男が、いともたやすく殺してしまった。幸世界に住む人間でも、死への恐怖ってもんはあるはずやのに、それやのに、殺してしもうた。死に対する恐怖は、自分に降りかからないと、感じないものなんやろうか。

「考える、ゆうてたんは何やったんや……」

絶望を携えて、掠れた声で尋ねる。足の震えが収まりそうにない。唇も震えて、声が出しにくい。

「考えたやないですかぁ。どうしようかなぁ、って。」

こいつは、何を言ってるんやろ。明らかに、言ってることがおかしい。考えた?そんなので、人の命を左右したんか?そんで、考えた、だ?死んだやつは、苦しかったはずや。一瞬のことやったけど、それでもしっかり痛みは感じたやろう。それを、こいつは一切考えへんかった。そんなもの、どうでもいいかのように。自分にはそういうものが分からないかのように。



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