第8話 斬撃なんて飛ばせなかった
ジェックとエルシーは晴れてAランク冒険者に昇格した。
いつもの酒場で祝杯を交わす。
「よっしゃー!」
「やったーっ!」
「ずっとBランクで停滞すると思ってたけど……」
「これであたしたちもいっぱしの冒険者ね!」
マーティも清掃の合間を縫って、二人のテーブルに座る。
「よくやったよ、二人とも」
「これもおやっさんのおかげだよ!」
「そうそう!」
「そんなことないさ。君たちの実力だよ」
そう言いつつ、一口酒を飲む。
この年になって、間近で成長する若者を見ることができて、マーティは嬉しかった。
彼らの力になれることが誇らしかった。
「今度仕事に行く時はまたおやっさん誘うから、よろしく頼むよ!」
「ああ、もちろんだ」
「その時は新技も披露するからさ!」
「新技……?」
***
数日後、マーティたち三人はある洞窟に来ていた。
Aランク任務。危険度も格段に上がる。
松明を掲げ、注意深く洞窟を進む。
今やジェックもエルシーもベテランという風情で、マーティも安心して見ることができた。
まもなくそいつは現れた。
「出た! ――トロル!」
トロル。
3メートルほどの巨大な怪物で、棍棒を振り回す。
並みの人間ならばその一撃でたちまち肉塊と化してしまう。
しかも、このトロルはこれまで何十人もの犠牲者を生んできた。Aランク冒険者も含めて。
「ガアアアアッ!!!」
棍棒を振り回すトロル。
凄まじい勢いで、とても近づけない。
「雷刃!」
エルシーが呪文を唱え、刃物のように鋭い雷がトロルを襲う。
が、巨体には効果は薄い。
「やはり、接近戦でケリをつけるしかないか……」
覚悟を決めるマーティに、ジェックがささやく。
「いや、おやっさん。そんなことする必要はないぜ」
「え?」
「今こそ新技の出番だ!」
ジェックは剣を大きく振り上げ、呼吸を整える。
トロルとの距離はまだ5メートルほどある。
ここからどうするというんだ、とマーティは首を傾げる。
「うりゃああああっ!!!」
ジェックが剣を振りかぶると、刃から衝撃波のようなものが飛び出した。
その衝撃波はトロルの腹部を鮮やかに切り刻んだ。
「グギャアアッ!」
「やった!」
初めて見る技にマーティは目を見開く。
「なんだい、今のは!?」
「“飛ぶ斬撃”ってやつさ」
「飛ぶ……斬撃……?」
「体内の闘気を剣に乗せて、それを振るうことで斬撃として放つ技なんだ。俺もようやく会得できてさ。これがあれば剣士も遠距離攻撃できるってわけ!」
「ほぉ~」
マーティは感心する。
「あたしの立場なくなっちゃうじゃん」
エルシーが苦笑するが、ジェックは「メチャクチャ体力を使うから気軽には使えない」と返す。
事実、ジェックは一発放っただけでかなり息切れしている。
体力を使うというのは文字通りであり、体力をそのまま相手に飛ばすようなメカニズムだからだ。使いどころを誤ると自滅もありえる。
「へえ~、剣術も進歩してるんだな」
「まあね、たまにはおやっさんをリードしないと!」
ジェックの遠距離斬撃は強烈な一撃だった。
だが、トロルを倒し切れてはいなかった。
「な……!?」驚くジェック。
腹部にダメージは負っているが、今の一撃で激怒しており、危険度が増している。
「くそっ、今間合いを詰められたら!」
「こうなったらやはり接近戦しかないよ」
「おやっさん、トロル相手にさすがに無茶だって!」
「とはいえ、俺は斬撃を飛ばせないし、行くしかない!」
マーティが突っ込む。
トロルが棍棒を振り下ろすが、それを紙一重でかわす。
そして、先ほどジェックが与えた傷に追撃を入れる。
「グギャアッ!」
ジェックはマーティの勇姿を見て思う。
そうか、おやっさんが若い頃は魔法も発達してなくて、飛ぶ斬撃なんて当然なかった。
いついかなる時も接近戦。相手がどんなに危険だろうと接近戦。
接近戦しか選べなかった。
だから、おやっさんは踏み込めるのだと。
「俺もやるよ!」
マーティに続き、ジェックも突撃する。
二人は老若コンビネーションで傷口を責め立てる。
「グオオオオッ……!」
手負いのトロルが棍棒を振りかぶるが――
「突風!」
エルシーが放った強烈な風で、トロルの体勢が崩れた。
「今だ、ジェック君!」
「ようし!」
ジェックとマーティの二人で傷口に剣を突き刺す。血が噴き出し、タフネスを誇るトロルも動きが止まる。
「グハァッ!?」
屈強なトロルもこれでついに崩れ落ちた。
返り血を浴びつつ、マーティとジェックは喜ぶ。
「やったな、ジェック君!」
「ええ、おやっさん!」
「飛ぶ斬撃とは驚いたよ。これからは剣士も遠距離攻撃する時代だね」
だが、ジェックは――
「いや……おやっさんがトロルに突っ込んでいった時、正直痺れたよ。新しい技を覚えるのもいいけど、やっぱり基本的な接近戦を磨かなきゃ……」
そうつぶやくジェックを見て、マーティはこの青年はさらに大きくなると確信したのだった。