第7話 ケガをした時、ポーションなんてなかった
ジェックとエルシーはBランク冒険者。
Bランクともなると、かなり手強いモンスターとも遭遇することになる。
深い森の中でそれは起こっていた。
彼らの眼前で唸りを上げるレッドウルフもまさにそれであった。血で染められたように真っ赤な毛で覆われた狼が、俊敏な動きで彼らを翻弄する。
「くそっ、速い!」ジェックが焦る。
「こんなんじゃ魔法を当てられないわ!」エルシーも同様だ。
しかし、マーティは冷静だった。
「動きに惑わされてはダメだ。奴は必ず飛びかかってくる。その一瞬を逃さず狙うんだ」
魔法使いであるエルシーを守るような陣形を組み、レッドウルフを待ち構える。
レッドウルフはしばらく走り回っていたが、その時が来た。
「ギャウッ!」
ジェックに飛びかかるレッドウルフ。
ジェックもまた、剣を振り下ろす。
鮮血が舞った。
「ギャウウウ……」
レッドウルフが地面に伏した。
ジェックの斬撃はレッドウルフの急所を切り裂いていた。
しかし――
「ぐううっ……!」
ジェックの足からも血が流れている。狼の牙は届いていたのだ。
かなりの出血であり、エルシーが悲鳴を上げる。
「ちょっと! まずいんじゃない!? それ!」
「ああ、でかい血管をやられた……!」
「どうしよ、あたし、回復魔法は使えないし……」
「心配すんな。ポーションを傷口にかければ……」
ジェックはポーションのボトルを取り出すが、中身がなくなっていた。
「……は、なんで!? ……あ、ウルフに切り裂かれてたのか!」
ポーションはかければ傷を、飲めば内臓を癒す万能薬。だが、そんなポーションも“なければ”なんの役にも立たない。
ジェックは地面に空のボトルを投げ捨てる。
出血はますますひどくなる。地面に血が溜まる。
ポーションがなければ、重傷を手当てする手段はない。
ジェックの血の匂いで他のモンスターをいざなうことにもなりかねない。そうなれば生還は絶望的になる。
仕事は達成したのに――死ぬ。
「ちくしょう、俺のことはもう置いていってくれ!」
「そんなわけにはいかないわよ!」
そんな中、マーティは周辺を見回し、何かに気づく。
「お、あったあった」
「おやっさん……?」
「これがあれば大丈夫だ」
マーティは何枚かの葉をちぎり、両手でこすり合わせた。
そして出来上がった緑色の粘液を、ジェックの足の傷口に塗り付ける。
「つっ……!」
「これでとりあえず血は止まるはず。あとは……」
マーティは包帯を取り出す。
「これでしっかり縛ろう」
ジェックの太股や患部を縛り付ける。
縛り方は正しく、ジェックの機動力を削ぐようなことはなかった。
「さあ、ギルドに戻ろう。レッドウルフ討伐の報酬を受け取るんだ」
「ありがとう、おやっさん……!」
「でも、おじさん、どうしてこんな応急処置を知ってるの?」
「俺の若い頃はいい薬も全然なくて、ポーションもなかったからね。怪我した時は自力で何とかしなきゃならなかった」
「なるほど……」
ジェックたちは痛感する。
マーティが若い頃は自分の怪我は自分で何とかするしかなかった。
そこらにあるもので、出来る限りのことをするしかなかった。
当然助からなかった命も多いだろう。
だが、だからこそ医療や薬学は発展し、いかなる怪我にも効果のあるポーションという偉大な発明に至った。
おかげでジェックのような若い冒険者は無茶もできるようになったが、同時に応急処置の方法などは覚えなくなることが多くなった。ポーションがそれらを過去の物にしてしまったから。
ジェックはこれを反省し、マーティに頼む。
「おやっさん、帰ったら……俺にも応急処置の方法を教えてくれないか?」
「ああ、いいとも!」
マーティはにっこりとうなずいた。
彼らが無事生還できたことは言うまでもない。