第6話 闘技場の試合は真剣が使われていた
マーティ、ジェック、エルシーは、王都にある闘技場に来ていた。
石造りの円形闘技場では、日々試合が行われ、観客を楽しませている。
試合をするのはもっぱら闘技場所属の剣闘士だが、前もって登録しておけば、外部の人間でも試合をさせてもらえる。
この制度を利用して、腕試しをしたい騎士や冒険者などが試合をすることも多い。
試合を待ちわびる観客で賑わう客席に、三人も並んで座る。
「ジェック君は闘技場で試合をしたことは?」
「ないよ。大勢の前でってのがなんか嫌でね。おやっさんは?」
「若い頃はちょくちょくやってたよ。ファイトマネーも出るからね」
「へえ~!」
「おじさんは色んな経験してるのねえ」
マーティの表情が一瞬影を帯びたことに、若い二人は気づかなかった。
まもなく試合が始まる。
剣闘士同士が向かい合い、武器を構える。
試合場の脇にいる実況者も戦いを盛り上げる。
「若手同士の戦い! 勝つのはどっちだ!?」
剣をぶつけ合う二人の剣闘士。
彼らが剣を振るい、防御をするたび、観客が熱狂する。
「……ん?」
「どうしたの、おじさん」とエルシー。
「今の闘技場では……木剣を使って試合をするんだな」
マーティの言葉にジェックは――
「そりゃそうさ。本物の剣で試合なんかしたら死人続出しちゃうもん。いくらなんでも危険すぎるよ」
ここまで言って、ジェックはふと気づく。
「おやっさん……。まさか、おやっさんが若い頃は……」
マーティはうなずく。
彼が若い頃、闘技場ではまだ真剣が使われていた。
さすがに毎試合死人が出るということはなかったが、重傷率・死亡率は今とは比較にならないほど高かった。
おやっさんも試合で相手を殺してしまったことがあるのか――
喉まで出かかった言葉を、ジェックは飲み込んだ。
マーティの深刻な表情で答えは出ていると感じたからだ。
マーティもまたそれを察し、その質問をしてこない二人の心遣いが嬉しかった。
試合場では熱戦が繰り広げられていく。
勝利した戦士は雄叫びを上げ、敗北した戦士も致命傷を負うことはなく、肩を落として去っていく。
命のやり取りはないが、観客は大盛り上がりだ。
試合のレベルは高く、マーティたち三人も観戦に夢中になる。
特にメイン試合はトップ剣闘士の戦いであり、大いに会場が沸いた。
試合を見終わったマーティは緊張が解けたかのように大きく息を吐いた。
「いやー、面白かった。たまには闘技場観戦というのもいいもんだね」
「うん、勉強になるし」
すると――
「マーティ? マーティじゃないか!」
白い髭を生やした男が話しかけてきた。見た目はマーティと同世代に見える。
「オーナー!?」
「ハハ、今の私は闘技場のオーナーではないよ」
白髭の男はかつて闘技場オーナーだった男だった。
「お懐かしい……」
「マーティこそ、闘技場に来るのは久しぶりではないかね?」
「ええ、今日は若い子たちに誘われて……」
「そうだったのか。姿を見ないから心配していたが、元気そうでなによりだ」
「ありがとうございます」
しばらく二人は昔話に花を咲かせる。
やがてマーティは「年を取るとトイレが近くなっていけない」とトイレに向かった。
白髭の元オーナーは、ジェックたちに話しかけてきた。
「君たちは……冒険者のようだね。マーティとはどこで?」
「おやっさんは酒場の掃除夫をやってて、その時に……」
「マーティほどの男が……そうか……」
マーティが大成できなかったことに、元オーナーは残念がる素振りを見せる。
するとジェックが――
「あの……おやっさんってどんな剣闘士だったんですか?」
元オーナーは少し思案した後、君たちならいいだろうと口を開いた。
「闘技場が昔は木剣ではなく、真剣を使っていたってのは知っているか?」
「ええ、聞きました」
「そう。昔の闘技場は今じゃ考えられないぐらい野蛮だった。死人が続出することに、誰も疑問に思わなかった。客も、闘技場の運営者も、そして剣闘士自身ですら、命懸けの死闘を楽しんでいた。最高の娯楽だった」
ジェックとエルシーはほんの数十年前まで、人間同士の殺し合いが娯楽だったことに戦慄を覚える。
「だが、マーティは違った。相手を殺さない戦いを心がけていた。勝率は高かったが、つまらない戦いをする男だと嫌われてたよ。だがある日、ついにその時は来てしまう」
元オーナーは一拍置いた。
「マーティも強かったが、相手も強かった。激闘の末、マーティの相手は動かなくなった。客たちは沸いたよ。私もオーナーとして喜んだ。一線を越えたことで、これでマーティも今後は遠慮のない戦いをするだろうと。だが、マーティは……」
「おじさんは?」とエルシー。
「『こんな殺し合い見てあんたたちは楽しいのか』って。涙ながらに叫んだ。あんなことは闘技場で初めてだった」
元オーナーは唾を飲み込む。
「当時の剣闘士は娯楽の道具に過ぎなかった。そんな道具が自分たちを説教してきたのだ。観客は激怒した。マーティは罵倒され、物まで投げつけられた。あの時は場を収めるのに本当に苦労したよ」
ジェックもエルシーも黙ってしまう。
「だが、今思うとあれが“きっかけ”だった。闘技場の試合を見直そうとなったのは。闘技場は少しずつ変わっていった。ルールを見直し、安全性を見直し、武器を見直し、少しずつ今のような闘技場になっていった」
「おやっさんがきっかけで……」
ジェックは考える。
もし自分がマーティの立場だったら、どうしていただろう。きっと流されて、対戦相手を斬り殺す道を選んでいたのではないか。だってその方が“普通”なんだから。
だが、マーティはその普通は“異常”だと抗った。抗い、きっかけを作った。
「おっと、そろそろ私は失礼させてもらうよ。マーティによろしく」
元オーナーは去っていった。
入れ替わるようにマーティが戻ってくる。
「お待たせ、二人とも。いや~、トイレが混んでて……」
そんなマーティにジェックは言った。
「おやっさん……今夜は飲もう!」
「……へ?」
「うん、今の平和な闘技場に乾杯よ!」
エルシーもマーティの腕に絡みつく。
マーティはふっと微笑んだ。
「うん……掃除の合間にはなるけど、是非ご一緒させてもらうよ」