第5話 モンスター図鑑なんてなかった
ある日、マーティたち三人は森に来ていた。
今日の仕事は巨大な虫型モンスターの討伐。
薬草の採集などに入った人々が被害を受けているという。
「森って苦手なのよね~、歩きにくいし、虫いるし」
愚痴をこぼすエルシー。
「文句言うなよ、今回のは結構いい仕事なんだから! 成功すりゃでかいぜ!」
「まあまあ、エルシーちゃんは女の子だから仕方ないよ」
マーティの言葉に、エルシーは頬を膨らませる。
「おじさん、“女の子だから”って言い方、よくないわよ」
「すまんすまん、俺のような古い世代の悪い癖だ」
マーティが若い頃は女冒険者などほとんどいなかったが、今の時代は珍しくもない。
すかさず謝るマーティ。
とはいえエルシーも本気で怒っているわけではなく、和やかなムードで森歩きを続ける。
が、“そいつ”は突然現れた。
体長5メートルはありそうな巨大な芋虫のようなモンスター。
体を捻じり、牙をちらつかせ、威嚇している。
「なんだこりゃ!?」
「初めて見るわ!」
巨大虫の異形に動揺するジェックとエルシー。
だが、マーティは冷静だった。
「ふうむ……大きいね」
「おやっさん、あいつ知ってるのか!?」
「いや、初めて見るが……あの牙は毒があるな。気をつけた方がいい」
「毒ぅ? だけど、一応調べた方がよさそうだな」
ジェックがエルシーに振り向く。
「エルシー、あいつをモンスター図鑑で調べてくれ!」
「うん、分かった!」
「モンスター図鑑?」
エルシーが小さな端末を取り出し、巨大虫に向ける。
すると、端末に情報が映し出される。
「あいつの名前はポイズンワーム、おじさんの言う通り毒があるわ! だけど、炎に弱いみたい!」
マーティとジェックがうなずく。
「よし、俺とジェック君で奴を相手して、エルシーちゃんの魔法で叩いてもらおう」
「了解!」
ポイズンワームが襲いかかってくる。
ジェックは素早い動きで、マーティはスピードこそないが敵の動きを読み、攻撃をかわす。
二人で斬撃を浴びせ、怯んだところへ――
「火炎弾!」
エルシーが火炎による弾丸を浴びせる。
これで弱ったところを、ジェックが頭を叩き斬りフィニッシュ。
巨大虫――ポイズンワーム討伐達成である。
ジェックとエルシーはハイタッチをするが、マーティはさすがにへたり込んでしまった。
「おやっさん、大丈夫か!?」
「ああ……ちょっと休めば大丈夫だ」
親指を立てて答えるマーティに、ジェックとエルシーも安堵した様子を見せた。
***
報酬を受け取った後、三人はマーティが勤めている酒場に向かった。
「まずはかんぱーい!」
グラスとぶつけ合う三人。
マーティがエルシーを見る。
「それにしても今は便利な物があるんだね。モンスター図鑑だっけ?」
エルシーは懐から端末を取り出す。
「うん、1000種類以上のモンスターのデータが登録されている魔道具よ。これがあれば、大抵のモンスターの名前や性質、弱点なんかが分かるわ」
「大したものだね」
出会ったことのないモンスターに出会った際は、まずモンスター図鑑で調べるのが冒険者の基本的動作の一つである。
「そういやさ、おやっさんはなんであのワームが毒持ってるって分かったんだ? あの言葉がなきゃ、俺は斬りかかってたかもしれない」
ジェックが尋ねると、マーティは――
「ああ、あれは奴がそういう動きをしてたからだよ」
「動き?」
マーティは酒を一口飲む。
「奴はわずかに体を捻っていた。あれは体内の毒液をしぼり出す動きだ。それに毒に頼らないモンスターは積極的に襲いかかってくるが、奴は威嚇していた。それで毒を持ってることが分かったのさ」
感心する二人。
「モンスター図鑑なんかなくても、それぐらいのことが分かるんだな」
「まあ、長年の経験ってやつさ」
ジェックが反省する。
「俺たちももしおやっさんがいなかったり、モンスター図鑑がなかったら、まんまとあいつの毒を喰らってたかもしれないな……」
「ホントね……」
落ち込む二人を、マーティが励ます。
「まあまあ、俺だって君らぐらいの頃はがむしゃらにモンスターに挑んでいたし、これから色んな知識を覚えていけばいいのさ」
ジェックとエルシーはうなずく。
その様子を見てマーティは、素直な子たちだ、きっとこの二人は伸びる、と嬉しそうに目を細めた。




