第2話 訓練所は怒号が飛び交ってた
次の日、マーティは若者二人と待ち合わせをした。
待ち合わせ場所は町の噴水前。
自分みたいなおっさんと会いたいだなんてからかわれてるのかも、とも思ったが、二人はちゃんと現れた。
「おはよう、おやっさん!」
「おはようございます、おじさん!」
「ああ、おはよう」
元気のいい挨拶に、マーティもにこやかに返す。
「今日はどこに連れて行ってくれるんだい?」
「訓練所に行こうと思うんだけど」
「訓練所か……懐かしいな。ぜひ行こう」
大きな町には「訓練所」という施設がある。
冒険者はもちろん、戦士たちはここに来れば無償で武芸の稽古をすることができる。
石造りの建物を見て、マーティが感嘆の息を漏らす。
「今はこんなに綺麗なのか」
「え、昔は違ったんですか?」とエルシー。
「ああ、もっと汚かったよ」
建物に入ると、大勢の人間が稽古をしている。
「じゃ、俺たちも稽古しようか」
「ああ、お手柔らかに頼むよ、ジェック君」
マーティとジェックは訓練所備え付けの木剣を持ち、打ち合う。
勢いのあるジェックの剣技を、マーティは長年の経験でどうにかいなす。
「さすがだね、おやっさん!」
「君こそ、若いのにいい剣筋をしてるよ」
とはいえ、10代と60代ではスタミナが違いすぎる。
マーティは息を切らし、休憩に入る。
「久々にいい汗かいたぁ~」
タオルで汗を拭き、周囲を見回すと、指導員が戦士たちに剣や槍を教えている。
訓練所には指導員もいて、希望者は彼らから教えを受けることもできる。
素振りから基本的な型まで、丁寧に指導してもらえる。
マーティが若い頃にも指導員はいたのだが――
「手取り足取り丁寧に教えてるんだね」
「おやっさんの時はそうじゃなかったの?」
「いっつも怒号が飛び交ってたよ。『そうじゃねえだろ!』とか『ブッ殺すぞ!』とかね。フォームや技なんか、見て覚えるしかなかった」
「へええ……」
酒場同様、訓練所も昔はだいぶ荒っぽかったらしい。
三人で訓練していると――
「オラオラーッ! どうだ、この剣! すごいだろ!?」
剣を振り回す若い男がいた。
煌びやかなジャケットを羽織り、身なりはよく、高い身分であることがうかがえる。
マーティは眉をひそめる。
「危ない男だな。彼は何者だい?」
「ああ、貴族のドラ息子だよ。時折この訓練所に来ては、ああやってご自慢の剣をメチャクチャに振るうんだ」
ジェックの答えにマーティは納得しつつ、
「誰も注意しないのかい?」
「出来ないよ。相手は貴族だし、指導員だって口を出せない。優しくたしなめるのが精一杯ってところかな」
マーティは納得する。
今の訓練所は快適な環境になった代わりに、ルールを無視する利用者もあまり叱られなくなってしまったのだろう。
「じゃあ俺が……」
マーティが貴族の若者に近づく。
「あ、おやっさん!?」
「やめた方がいいわよ!」
二人が止めるのも聞かず、マーティは貴族の若者を睨みつける。
若者もマーティに気づく。
「ん? なんだお前? 僕の剣を見に来たのか?」
剣を見せびらかせようとする若者を、マーティは睨みつけた。
「コラァッ!!!」
若者はビクッとする。
「な、なんだよお前……いきなり怒鳴るなんて……」
「剣は武器であり凶器……むやみに振り回してはいかん!」
「な……なんだと……」
若者はマーティに剣を向ける。マーティは恐れずに近づく。
切っ先がマーティに刺さりそうになる。
「うわっ、危ないだろ!」
慌てて剣を下げる若者。
「そうだ、危ないんだ。剣というのは危ない物なんだ。だから、これからはもっと気をつけて扱いなさい!」
マーティが若者をまっすぐ見つめる。
「は……はいっ!」
若者はあっさり大人しくなった。
おそらく人生初めてであろう“誰かに叱られる経験”に戸惑い、すごすごと訓練所を立ち去ってしまった。
貴族子息の身勝手さに、熟練の剣士の貫禄が勝った格好である。
「やるじゃん、おやっさん!」
「おじさん、かっこいい!」
マーティは照れ臭そうに頭をかいた。
「ハハ、ありがとう」
「あいつすごい驚いてたよ。きっと誰かに怒られたことなんてないんだろうな」
「だろうね」
ジェックは腕を組みながら語る。
「やっぱりさ、訓練所ってのはもっと怒鳴り声が必要なんだよな。おやっさんが若い時みたいに」
ジェックのこの言葉に、マーティは首を振る。
「いや、そんなことはないさ。怒鳴り散らすのは相手を委縮させてしまうし、無茶な指導で体や心を病んだ戦士も多い。怒号が飛び交わないに越したことはない。それに、俺――」
「?」
「怒鳴るのも、怒鳴られるのも、苦手だし」
朗らかな笑みを浮かべるマーティに、ジェックもエルシーも笑った。