第10話 技は見て覚えた
Aランク冒険者としても板についてきたジェックとエルシー、ついにギルドの責任者から直々に仕事を頼まれることとなった。
「あなたがたにドラゴン討伐をお願いしたい」
「ドラゴン……!」
「北にある湖に陣取り、水を独占しつつ、周辺の村々に大きな被害をもたらしています。緊急を要する案件であり、腕が立ち、すぐ動ける冒険者はあなたがたしかいないのです」
ギルド長からこう言われ、ジェックは力強くうなずいた。
「分かりました。ドラゴンは俺たちで倒してみせます!」
「やるしかないわね!」
エルシーも気合を入れる。
彼らの同行者であるマーティもまた――
「うん……最後に相応しい相手だ」
「え、最後?」
「あ、いや、なんでもない。ドラゴン退治、全力で挑もう!」
この世界においても、“強いモンスター”の代名詞ともいっていいドラゴン。そんな強敵と一戦を交えることが確定し、三人はかつてないモチベーションに包まれていた。
***
北にある湖にたどり着いた。
湖は青く透き通っており、桃源郷を思わせる美しさを纏っている。
しかし、周辺には折れた剣、血の跡、矢など、戦いの跡がある。重要な水源であるため、他にもドラゴンに挑んだ者がいたらしい。しかし、結果は無惨なものだった。彼らは全てドラゴンに敗れ去った。
ギルドが急を要すると判断したのもうなずける。
まもなく三人はドラゴンを発見する。
以前戦ったトロルよりさらに一回り大きい。赤い鱗に覆われたドラゴンが、湖の周辺を我が物顔で歩いていた。
まだ距離は30メートル以上ある。
じっくり動きを観察し、奇襲を試みる三人。
ところが――
「ま、まずいわ!」
ドラゴンがマーティたちに気づいた。
巨体ながら馬を思わせるスピードで駆けてくる。
すでに幾度も襲撃を受けたドラゴンは、人の気配に敏感になっていた。
「仕方ない、戦闘開始だ! おやっさん、エルシー、行くぞ!」
「よしきた!」
「うん!」
マーティとジェックがドラゴンに挑み、エルシーは後方から支援する。
いつも通りの陣形である。
ドラゴンが炎を吐く。
イビルマージの炎魔法とは比べ物にならない熱量。これはさすがに避けるしかない。
肉薄するのに成功したマーティとジェックは、ドラゴンの腹部を狙って、攻撃を畳みかけていく。
ドラゴンの皮膚は分厚く、なかなか攻撃が通らない。が、少しずつ傷は増えていく。
さらに、ドラゴンの弱点は氷魔法だということも分かっている。
「凍風!」
凍てつくような風が、ドラゴンを包み込む。
「グゴ……ガァァッ!」
ドラゴンが尻尾を振り回す。トロルの棍棒にも勝る脅威。
かろうじてかわすマーティとジェック。
距離が開いた。
「だったらこれはどうだ!」
ジェックが渾身の闘気を込めて斬撃を飛ばす。
ドラゴンの胸に命中する。手応えあり。倒すには至らない。
だが、傷はできた。以前より更に切れ味が増している。
ドラゴンが激しく炎を吐き出す。
マーティらを攻撃するというより、自分を守るように吐いている。
これでは近づけない。
「氷壁!」
エルシーが魔法で氷の壁を生み出し、ひとまずガードする。これで熱気を浴びることは防げる。
「やはり手強い……なにか手はあるかな、おやっさん」
「……一つだけ」
「どんな手?」とエルシー。
「ジェック君がさっきつけた傷に、さらに傷を与えて、そこを集中攻撃する」
ドラゴンの胸についた傷を攻めれば、勝機はあるという。
「だけどどうやって……? こうも炎を吐かれたら近づけない! 俺も斬撃を飛ばすのは一度が限度だし……」
「ああ、分かってる……。その役目は俺がやる」
「まさか、突っ込む気か!? 無理だ、この火炎の中じゃトロルやイビルマージのようなことはできない! 焼け死ぬだけだ!」
「いや……こうするのさ」
マーティは氷の壁の上に立った。
「おやっさん!?」
「狙い撃ちにされるわよ!」
ドラゴンもマーティに気づく。そして、彼めがけて火を吐こうとする。
それよりもマーティが動く方が早かった。
「ぬううう……! でりゃあっ!!!」
マーティが剣を振るう。
すると、刃から衝撃波が飛び出した。
そうこれは――ジェックの“飛ぶ斬撃”!
「グギャアッ!」
先ほどジェックがつけた傷と同じ箇所にヒット。苦しんでいる。
「今だ、ジェック君! エルシーちゃん!」
「ああ!」
「凍風!」
飛ぶ斬撃二発を同じ箇所に受け、弱点である氷魔法を喰らい、ドラゴンは弱っている。
ここで決めねば男じゃない。
ジェックは猛然と駆け、ドラゴンに刻まれた傷に最後の一撃を浴びせる。
この一撃は心臓に届いた。
「ウギャアアアッ……!」
冒険者にとっては恐怖の対象であり憧れでもあるドラゴン――その巨体が地面に倒れ、動かなくなった。
大勝利である。
「よっしゃああああああ!!!」
ジェックが叫ぶ。
「やったね、ジェック!」
エルシーも万歳して喜ぶ。
そして、ジェックとエルシーはマーティに駆け寄る。
「それにしてもおやっさん、いつの間に飛ぶ斬撃を……」
「見て……覚えたのさ」
「見て……?」
「ああ、昔は技を教えてもらえることは少なくて、見て覚えるのが常だったからね」
これを聞いてジェックは笑う。
訓練所でもそんなことを言っていたなと思い出す。
「その年で成長しちゃうなんて……ホントすげえよおやっさん!」
しかし、マーティの顔が歪む。
「どうしたの、おじさん?」
「いや……この技、やはり俺のような老体には酷な技だったようだ……。放った瞬間に、体じゅうからブチブチという音がするのが分かった……」
「な、なんだって!?」
「すぐポーションを……」
エルシーがマーティにポーションを飲ませる。
だが、マーティの体は元には戻らなかった。
「やはり……ポーションも“老い”から来るような傷はどうしようもないようだ……」
ポーションはあくまで自己治癒力を高め、急激な回復をもたらす薬。
ならばもし、その自己治癒力がもう残されていないとしたら――
マーティには分かっていた。
この戦いが自分にとって最後の戦いになると。
そして、この戦いでマーティは全てを出し尽くした。
手足が痺れている。体が動かない。が、マーティに悔いはなかった。
むしろ嬉しかった。ジェック、エルシーと出会い、“昔”を思い出し教えつつ、戦い抜くことができたことが。
「ありがとう……君たちと戦えて楽しかったよ」
「おやっさん……」
「おじさん……」
「これからは君たちの時代だ。どうか君たちは……君たちの道を切り開いてくれ」
「おやっさぁぁぁん!」
「おじさぁぁぁん!」
湖に慟哭が響き渡る。
老剣士マーティ・ブラウン最後の戦いはこうして幕を下ろした。