第7話 ライバルとしての焦り
練習試合終了後の帰り道、彩也と琴葉は吉川に声を掛けられた。吉川の表情からは重たい雰囲気が漂っている気がする。
「吉川さん何か用かな?」
「えっと・・・今日の球すごい良かったよ・・・話すのは久しぶりかな?」
吉川は何か言いたそうな顔をしている。
「何か言いたそうな顔しているけど言いたいことあるなら言ってよ。だからあの時も・・・」
あの時。それは琴葉と吉川との関係に溝が出来た時であった。
中学3年のある日、吉川はピッチャーとして琴葉とエース争いをしていた。しかし、練習試合を重ねていく上で琴葉は吉川に差をつけていた。中学野球部の顧問の岡浦は
「琴葉、良い投球だね!中学生にしては高校生レベルまで行ってると思うよ!特に球のキレがあるし、それに打撃も完璧だね」
「ありがとうございます監督。今はフォークの研究をしています」
「そうか~フォークか。研究するならプロ野球の試合やメジャーリーグの動画でも見てみると参考になるかもしれないね。最近は野球選手専用のbaseballtubeがあるからそれ見てみると良いかもね」
「分かりました」
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岡浦が琴葉にアドバイスを横目に吉川は必死にボールを投げた。他の部員からは
「吉川さんの球って何か焦りが見えるよね」
「きっと琴葉先輩と差がついてしまったからじゃないですか?」
などの声があった。岡浦は吉川の投球に球威が無いことを感じ、彼女に話しかけた。
「奈緒子、今の投球見てみたけど球の回転が遅いね。それにストレートにすらキレがないし、これだと簡単にポンポンホームランを打たれてしまう。そうだな・・・琴葉に何かしら聞いてみたら?」
「・・・はい」
吉川は彩也からも同じことを言われた。しかし、同じチームのライバルとして差が開いてしまったことに憤りを感じていた。
ーー何で私がこんなにも出来ないの?周りのアドバイスが全く分からない。どうすればーー
吉川はいわゆるスランプに陥った。現役の野球選手でもスランプに陥るが直ぐにスランプを脱出できるとは限らない。吉川は一人悩んでいた。
そんなある日、岡浦監督は紅白試合を組んだ。紅組に琴葉と彩也、白組に吉川らが名前を連ねた。以下が紅白組の打線である。
紅組 白組
1,与那国樹里(中) 1,筑波朱夏(遊)
2,安立陽子(二) 2,森岡香歩(右)
3,長門侑子(右) 3,吉田穂香(左)
4,福川丸美(左) 4,中島雪峯(一)
5,大野琴葉(投) 5,中村柚子(捕)
6,小西玲奈(一) 6,相馬葵(二)
7,織田奏(遊) 7,若林緑(三)
8,大野彩也(捕手) 8,神埼琴音(中)
9,生川杏華(三) 9,吉川奈緒子(投)
その後、紅白戦は順調に進んでいったかと思われた。がしかし琴葉が打席に立った時、吉川の脳裏にある言葉が聞こえてきた。
ーーぶつけちゃえーー
いくらライバルだからといって死球で怪我をさせるのは極めて非情な人間だと思われる。しかし、吉川はそのような言葉を無視し一球目を投じた。
「(ヤバっ!ボールが琴葉の方に!)」
吉川の投じた一球目が琴葉の背中に当たった。緩めのカーブで球速は出ていなかったもののかなり危険な投球であった。吉川は琴葉に謝った。しかし、二打席目にも琴葉に当ててしまった。
「どういうつもり!?琴葉に当てて何がしたいの!?わざと当ててるようにしか見えない!私たちには空振りばっか取らせておいて琴葉には選手生命にも関わる死球は良くないよ!」
琴葉にだけデッドボールを二打席連続で当てたことにより紅白組の両選手から非難を浴びた。ライバルに対して死球を与えたことに対し、動揺していた。
「・・・」
「何か言ったら!?」
「ごめん・・・」
「大丈夫だよ奈緒子。ほら、玲奈もこの辺しといてあげな」
顧問の岡浦が吉川の近くに向かっていった。
「奈緒子、今の球は危険すぎる。さっきもそうだが今日の投球は琴葉に対して危険な球が多いと思う。どうした?琴葉に何か言いたそうだな。言いたいことは言った方が良いよ」
吉川は唇を噛み締めた。吉川は琴葉を睨み付けた。
「(ここで琴葉に謝らないと後戻りは出来ない・・・)」
「吉川さん?デッドボールを与えたのに謝らないの!?」
「しつこい!!私は私のようにやる!わがままだと思われても良い!」
「吉川!」
岡浦は吉川の態度に激怒した。
「いい加減にしなさい!あなたのその態度は傲慢で自分勝手でわがままよ!謝罪も出来ないようじゃあなたの居場所はいずれ無くなるよ?別に辞めるなら辞めても良いよ」
「そうですか・・・分かりました。辞めます。ありがとうございました」
紅白戦の途中で起きたトラブルにより、この試合はノーゲームとなった。吉川は故意死球を与えた琴葉に対して帽子だけ取った謝罪だけであった。その後、吉川は野球部退部した。しかし、彼女の自己中心的な言動や行動の噂は学校中に広まった。後ろ指指される中、これに耐えた吉川はほとんどが日東高校にクラスメイトの内、一人だけ高校受験をして駒修学園に進学した。駒修では投手を辞め、二塁手にポジション変更した。
これが琴葉と吉川との間で起きた溝である。気まずい雰囲気を漂っているが琴葉が口を開いた。
「あの時のことはもう大丈夫。周囲が言い過ぎだと思ったけど別にもう良いから。それに少し痛かったけどね」
「大変申し訳ない。あの時は頭の中が混乱していて自分は何をすれば良いのか考えるのに必死だった。それに琴葉と比べられるのがものすごく嫌だった。本当にごめん」
「もう大丈夫だって。駒修でも頑張ってね」
「うん。ありがとう」
その後、琴葉と彩也は吉川と別れた。彩也は
「仲直りできて良かったね」
「そうだね。さぁ帰ろうか。明日はオフだし今日はゆっくり休もう!」
琴葉と彩也は夕方の夕焼けを電車の中から見ながら帰宅した。彼女は彼女なりに頑張っていると琴葉は思っていた。これからも頑張ってほしいと思った。