第4話 練習試合 上
日東高校野球部の新年度の活動がスタートして2週間が経過した。そのため高原先生は彼女たちに経験を少しでも積ませるため他校との練習試合を組んだ。
「明後日の日曜日にここのグラウンドで駒修学園との練習試合を組みました。スタメンや先発は当日伝えますので各自調整してください」
「はい!」
日東高校との練習試合の相手は駒修学園である。駒修学園の実力は中堅てところである。ホームランバッターはいないものの盗塁やバントなどで得点に結びつけるスモールベースボールを仕掛けてくる。中々手強い相手でもあるため警戒が必要だ。
「彩也、ストレートの確認取れる?」
「大丈夫。どんどん来て」
「OK~」
琴葉は彩也のキャッチャーグローブに20球ほどのストレートを投げ込んだ。少し外角に行ってしまっているため注意が必要である。
「ホームランバッターはいないのは分かっているけど点を取る野球をしてくるから盗塁には気をつけなきゃ」
「そうだね。駒修学園の確か・・・右京さん。あの人50m6秒台の実力を持ってるらしいよ。知ってた?」
「右京さんか・・・盗塁刺したら良い経験になるなぁ」
駒修学園の2年生・右京紫乃の脚力はプロ並みの実力がある。打撃能力は低いものの、視力1.7を武器に選球眼が長けているため塁に出たら確実に盗塁を仕掛けてくる。おそらく先頭打者になるだろう。
「金子さん!盗塁阻止練習して良い?」
「良いですよ~一塁からで大丈夫ですか?」
「はい!」
彩也たちの野球部にも脚の速い部員はいる。その中でも速いのが金子真琴である。彼女はアベレージヒッターであることから二塁打も狙えるのかもしれない。
琴葉が投げたのと当時に真琴はスタートダッシュを決めた。彩也のグローブにボールが入った瞬間に彩也は大きく二塁ベースに投げ入れた。二塁手を担当している2年の山崎さんは素早くグローブでランナーにタッチさせる。
「セーフ!」
審判役をしていた部長の小越はセーフ判定を出した。
「惜しいなぁ~」
盗塁を刺すということはアウト1つ取れるチャンスがある。しかし注意しなければならないのは捕手が送球する際に肩を痛めないようにしなければ怪我のリスクも高まる。まだ高校生であるため注意しなければならない。また、送球時に悪送球になることもあるため気を付けるべきである。
「彩也はスローイングのモーションをもう少し速くすべきだね。相手走者が走りやすい感じになるからね」
高原先生は先程のプレーを真似し、改善点を提示した。阿部さんにも指導してもらい課題のスローイングは改善された。
練習試合当日、対戦校が着く前にスタメンと先発を発表した。
「本日のスタメンを発表します。先発は小笠原さんです。打順はこれです」
高原先生は打順を掲示した。スタメンは以下の通りである。
1,金子真琴(中堅手) 2年
2,京田比奈(遊撃手) 1年
3,丸亀義美(右翼手) 2年
4,中島雪峯(一塁手) 2年
5,山崎七緒(二塁手) 2年
6,大野彩也(捕手) 1年
7,吉田穂香(左翼手) 2年
8,大野琴葉(三塁手) 2年
9,小笠原志帆(投手) 3年
琴葉は本職ではない三塁守備に入る。実は琴葉は昨年先発ではない時は内野守備もしていた。また、比奈と彩也は高校野球部入部後初スタメンである。
「以上が今日のスターティングメンバーです。特に1年生は最初の試合ですが焦らず落ち着いて取り組んでください。また、これは勝ち負け関係ありませんが今後のためになるような試合をしてください。以上です」
その後、駒修学園野球部がグラウンドに到着した。
「監督の明石です。今日は練習試合ですがよろしくお願いします。こちらが今日の打順です」
駒修学園野球部の顧問・明石茶織は高原にベンチ入りメンバーを渡した。以下が駒修学園野球部の練習試合メンバーである。
1,右京紫乃(中堅手) 2年
2,大島櫻子(右翼手) 3年
3,森野淳子(一塁手) 1年
4,石川小百合(三塁手)3年
5.坂本夕美(遊撃手) 2年
6,健軍乃愛(左翼手) 1年
7,根岸若菜(二塁手) 1年
8,梅本香織(捕手) 3年
9,姫野結愛(投手) 1年
試合がスタートした。駒修学園の先発は1年生の姫野結愛である。彼女は直球と変化球を武器に打者を困惑させる期待の新入生である。この練習試合が初先発であるがどのような結果を残すのか楽しみである。
1回表の駒修の攻撃は右京がバッターボックスに入った。彩也は志帆に内角低めの直球を要求した。左打者であるため内角に入れ込んで空振りをとりたいと彩也は判断した。
「(よし!一球目空振り。二球目で打ち取る!)」
志帆は得意のカーブを投げた。投げたカーブは右京のバットに当たった。結果的にショートゴロでアウトになったがギリギリであった。
次の打席に立ったのは大島さんだ。彼女はセンターラインにボールを飛ばすことを得意としている。失投による失点は避けたいところである。
「(大島さん・・・高1以来の対戦か・・・)」
「(志帆の球久しぶりに見るなぁ。一球目は変化球かな?)」
両者の対戦は中3以来である。その時は志帆が大島を打ち取った。
「(ここは緩めのフォークで空振りをお願いします!)」
彩也は初スタメンにも関わらず投手をリードしている。合図のように志帆は緩めのフォークを投げた。大島はこのボールを見逃さずにバットを振った。
「(ヤバい!ホームランか?!)」
大島の放った打球はセンター方向へのツーベースヒットとなった。ホームランにはならなかったもののグラウンドのセンター方向のフェンス直撃となった。これで1アウト二塁の場面で3番の森野が打席に入った。
彩也は一球外しを要求するも志帆は首を振った。志帆はストライクゾーンにビシッと決まる直球を投じた。バッターの森野は釣られてフルスイングしてしまった。
「(空振っちゃった・・・気を付けなきゃ・・・)」
森野は気を取り直して再びバットを構えた。
「(彩也、次の球はスライダーで行くよ)」
「(了解です先輩)」
志帆はスライダーを投じた。ストライクとなったため森野を追い込んだ。カウントノーボール2ストライクとなっている。
「(三球目はチェンジアップで!)」
志帆はインコースにチェンジアップを投じた。森野は直球が来るのかと思い、タイミングが合わず三振した。
「(次の打者は4番の石川さんか・・・映像で見たけどよく粘るんだよなぁ)」
駒修の石川は卓越した選球眼と粘り打ちを得意とするバッターである。
「(投手の小笠原さん・・・前の3人の投球内容から見るに内角低めに投げてくるかもな・・・)」
石川は志帆の投球に目を凝らした。一球目は外角高めのスライダーを見逃しボール、二球目は内角寄りのチェンジアップをファールとし、1ボール1ストライクのカウントとした。三球目はど真ん中のカーブを打ち損じた。
「(うーんファーストゴロか・・・)」
4番バッターを打ち取り2アウト三塁となった。5番バッターの坂本が打席に入る。彼女は右投両打であるため相手投手の利き腕次第ではどちらでも変えられる。志帆は右投げであるため左に入った。
「(さぁ小笠原さん。私はここで得点に結びつけるバッティングをしますよ?練習試合といえども本気でいきます!)」
坂本は初見の投手にかなり強い傾向があるため心中闘志溢れている。坂本に投じた一球目はど真ん中のストレート。まさかど真ん中に来ると思わず降り遅れた。
「(今の球は打てる球でした・・・次は確実に!)」
続いて二球目は内角高めのフォークであった。坂本の苦手球種はフォークであるためまたしても空振ってしまった。
「夕美!落ち着きましょう!焦らず正確に!」
ベンチから明石先生の声が聞こえてきた。
「(もう2ストライクですか。次必ず打ちます!)」
志帆が投じた三球目はレフト方向へのファールととなった。
「(ある程度球種は読めました。次は何で来る?・・・)」
志帆から坂本へ投じた四球目は内角を抉るスライダーをバットに当てた。バットに当たった白球はライトへのタイムリーツーベースヒットで一点を先制し、1-0となった。
6番打者の健軍乃愛が打席に入る。志帆はこれ以上の失点を避けなければならない。
「(6番バッターの健軍さん、苦手コースは内角へのフォーク!ここでストレートと見せかけてフォークを!)」
志帆は健軍の内角へのフォークを投じた。健軍は初球から振りに行きサードゴロに打ち取った。一回表が終了した。1-0のビハインドの展開であるが打者6人を1点で抑えたのは上々である。志帆はベンチに戻り打席が来るまで待った。
「志帆、初回よく踏ん張った。次のイニングも頼むよ。今日は4回で交代してもらう予定だから頑張って」
「はい!」
高原先生からベンチで声をかけられた。志帆は4回まで投げる予定である。5回以降は高梨や藤川が登板する。
一回裏、バッターボックスには真琴が入った。
「(ここで得点に繋がるヒットを!)」
しかし、先発の姫野の前に変化球を打ち損じてレフトフライとなった。続く打者に比奈がバッターボックスに入る。
「(初球は見逃そう)」
初級見逃しの結果、ストレートのボールとなった。二球目はチェンジアップをタイミングに合わせてショートの後方へと引っ張り遊撃内野安打を記録した。これで1アウト一塁である。
「ナイス出塁!続いていこう!」
3番の丸亀が打席に入る。姫野とは中学時代に一度だけ対戦したことがある。その時よりも一段と身体が成長しているのが分かる。
「(併殺だけは避けたい・・・)」
避けたい思いであったが丸亀の打った打球はセカンドの方向へ。併殺かと思われたが二塁手・根岸の悪送球で併殺は免れた。塁は変わらず2アウト1塁である。
ここで4番の中島が打席に立った。中島は本塁打を狙っている。
「(4番として最低限の働きを・・・)」
対戦投手・姫野から投じられた1球目は外角のスライダーはボール、二球目はど真ん中に緩急のついたフォークを打ちライト方向に飛ばした。安打かと思われたが右翼手・大島に好守備を見せつけられた。
一回裏の日東高校の攻撃は無得点に終わった。初回は無失策で切り抜けることができたが二回以降も警戒しなければならない。
「(二回表、打席には根岸さんか。初対戦だから楽しみだなぁ)」
志帆は根岸と初対戦である。根岸に投じた一球目はボールの軌道が逸れて根岸の太もも付近に死球を受けた。志帆はすぐに帽子を取り謝った。根岸は問題無しの仕草をし、一塁に向かった。
志帆は次の打者の梅本にフォアボールで出塁を許し、ノーアウト一二塁とした。ここで高原先生と内野陣がマウンドに集まった。
「死球四球での連続出塁からの失点は避けたいところ。ど真ん中を狙わずインコース・アウトコースを中心に投げると良いかもね」
「了解です」
姫野が打席に入る。姫野は外野手経験もあるため打撃力も平均並みの実力を兼ね備えている。捕手の彩也は併殺を取るように合図を出した。
「(併殺か三振取らないと厳しいな・・・・)」
すると一球目を投じた瞬間、一塁・二塁ランナーがスタートし、ヒットエンドランとなった。姫野の第一打席はファーストゴロになったが1アウト二三塁とし、最低限の役割を果たした。
一巡目が終了した。バッターは再び右京に回ってきた。一球目は見送ったが二球目をレフトに打ち上げた。2アウトになったがその間に三塁ランナー・根岸がホームに帰ってきた。犠牲フライで一点を追加し、2-0とした。走れるということは根岸の死球による怪我は無いということである。
「(2-0・・・ここからクリーンナップだし注意しなければ!)」
志帆は大島に力一杯のストレートを投じた。大島はそれを振るも空振り三振に終わった。2回表が終了し二点ビハインドの状況である。
2回裏、打席に七緒が立った。七緒は中学三年の公式戦で当時中2の姫野からヒットを打っていた。2年ぶりの対戦でも再び快音を轟かせたい。
姫野が投じた一球目から振りに行った。しかし、ファールゾーンに落ちた。二球目は甘い失投を完璧に捉えホームランとなった。
「やった!入った!」
七緒のホームランで一点を追加した。中学高校を通じて初のホームランを打った七緒はダイヤモンドを一目散に一周した。これで2-1とした。
「ナイバッチ!」
「良く仕留めた山崎さん。さぁ続いていきましょう!」
七緒の次の打席に初スタメンの彩也が打席に入った。ネクストサークルで琴葉に声をかけられる。
「彩也~!緊張せず落ち着いて頑張って!」
彩也が打席に入り、姫野の一球目は見逃しした。得意コースではなかったため振らなくて正解である。二球目も見逃した。これで1ボール1ストライクのカウントとなった。
「(インコースに来たら打とう・・・)」
彩也はインコースへのストレート待ちだった。すると彩也の予想通りにインコースへの真っ直ぐが来た。彩也はチャンスと判断し、スイングした。しかし当たったは良いもののインフィールドフライとなった。
1アウトランナー無しの場面で穂香に打席が回ってきた。一球目から振った結果、センター前にヒットを打った。
そして琴葉に打席が回ってきた。琴葉はバントの構えを取った。ピッチャー・姫野はアウトひとつ取れるかと思いきやバスターを仕掛けてきた。バスターの結果は右中間へのヒットで一死一三塁の好機とした。
好機の場面で志帆の打席となった。逆転2ランを狙うべくプロのホームランバッターに似た打撃フォームにした。
「(ホームランで逆転・・・自援護もしなければ!)」
姫野に焦りが出始めている。一球目・二球目を降ってしまい、2ストライクに追い込まれたが三球目、四球目、五球目をファールゾーンに引っ張った。そして六球目、内角へのカーブをレフトへ運んだ。レフトへと飛んでいった白球はホームランとなった。
「志帆先輩ナイバッチ!」
「良いよ~志帆!」
志帆の3ランホームランで2-4となった。志帆は失点した分を取り戻した。自援護こそ最大の攻撃を彼女は感じた。
次の打席の真琴はセカンドゴロに打ち取られ、この回の攻撃が終了した。しかし二回の裏で逆転をした日東は七緒と志帆のホームランで逆転した。
2回で4失点を喫した姫野は1年生であるため今後のためにも降板した。駒修の二番手には祖父江美奈が登板した。
3回表へ続く