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泡沫のアクリュース〈番外編・囚われのマリオネット〉  作者: 稲荷ずー


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4話 白昼夢

 幸福な時間だった。

 ブルムが目を開けると、大きな机を囲んで食事をする家族の姿が見えた。綺麗な服に身を包んだ貴族の夫婦と、その幼い娘。ママ、と笑顔で話しかける女の子には、どこか見覚えがあった。


「エルメナ、8歳の誕生日、おめでとう」

「ささやかだが、私たちからのプレゼントだ」

「ママ、パパ、ありがとう」


 ──これは、エルメナの記憶か?

 ブルムは5年前のことを思い出していた。

 ブルムの(アクリュース)は、人の心に干渉する。その力のせいか、(アクリュース)を使った相手の強い想いに引っ張られてしまうことがあった。

 エルメナの(アクリュース)の正体のヒントが得られるかもしれないと思い、ブルムはエルメナの言動を注意深く見ていた。

 エルメナが両親から受け取ったプレゼントの袋の紐を解き、中のものを動かさないよう、丁寧に袋を開く。

 袋の中には、純白の綺麗なリボンが入っていた。


「わあぁ、可愛い……」


 エルメナの大きな赤い瞳が、きらきらと輝く。その顔は、とても幸せそうだった。


「エルメナ、こっちにおいで」


 母がエルメナに手招きする。

 エルメナはリボンを胸の前で抱えて、母の膝の上に座った。


「これはね、私たちの想いが込められた、特別なリボンなの。エルメナが幸せに生きられますように。みんなから愛されますように、って。

 もしもこれから先、悲しいことや辛いことがあったら、思い出して。あなたは誰よりも私たちに愛されていたことを。私たちにとってあなたは、何よりも大切な宝物であることを」


 母の声が、微かに震えた。

 父がエルメナの前に跪き、そっと手を伸ばす。


「結んであげよう」


 父がエルメナのリボンを手に取った。

 母がエルメナの左の前髪を整え、父がそこにリボンをつける。


「少し大きかったな」


 父が微笑む。

 エルメナの左のこめかみあたりにつけられたリボンは、エルメナの顔の半分ほどの大きさがあり、側頭部を隠し切ってしまうほどだった。

 父と母の笑顔に、エルメナの顔が綻ぶ。


「肌身離さず、それを持っているのよ、エルメナ。あなたがそれを身につけていれば、あなたがどこにいても、すぐに私たちが見つけて、駆けつけてあげられるから」


 母が膝の上の娘をそっと抱きしめた。父も、母とエルメナを抱きしめる。

 愛する2人に挟まれるエルメナの顔は、両親の体に隠されて見えなかったが、じんわりと温かい空気がその場に満ちているのを、ブルムは感じていた。

 微睡むように心地よい空気に浸っていると、突如、襟をぐいっと引っ張られた。


 ──ああ、そうだ。シェアリスも一緒だったな。そろそろ戻ってやるか。


 ブルムは、この暖かな記憶から自分を引き離そうとする力に、身を任せた。エルメナたちの姿がぐんぐん小さくなっていく。外の冷たい空気が、ブルムの意識を現実へと引き戻す。

 記憶の世界を離れる瞬間、暗く渦巻く(もや)の中から、ブルムは何者かの声を聞いた気がした……。


○o。.ーーーーー.。o○


「──!! ──長!!

 班長! 大丈夫ですか!」


 体を強く揺すられて、ブルムははっと目を開けた。険しい顔をしたシェアリスが自分を覗き込んでいる。ブルムが目を開けたのを見ると、シェアリスの表情が少し和らいだ。


「班長! 良かった、気がついた。隊長がエルメナちゃんに触れた瞬間、(アクルース)が消えて、班長が気絶してしまったんです。どこか体に違和感などはありませんか?」

「……ああ、大丈夫だ。エルメナの様子は」

「先ほど確認しました。エルメナちゃんの方も、何も問題はなさそうです。それと……」


 シェアリスの目線が、ブルムの脚へと向けられる。ブルムの両脚は、5年前のとある事件の時に失われ、義足になっていた。


「すみません。私の援護が間に合わず、足が粉々に……」

「ああ。今気づいた。大丈夫だ、心配するな。義足なんざ、いくらでも作り直せる。こいつのおかげで助かった」


 ブルムがそう言うと、シェアリスの顔に申し訳ないような、嬉しいような、複雑な表情が浮かんだ。

 ブルムは義足になってからというものの、だいぶ無茶をするようになった。と、シェアリスはブルムの同期の〈霧祓い〉から聞いている。怪我をしたり、致命傷になるような部位が少なくなったから、むしろこれは強くなったのだ、と。

 処理班の仕事は、(アクルース)との戦闘とは別の危険がある。(アクルース)の死体や、(アクルース)が残した危険性が未知の物体。それらを回収する際、有害かどうかの判断のために取るべき手順があるのだが、時間がない時にはブルムは片足を突っ込んで反応を見ることがある。それをするためだけに、ブルムはより人間の皮膚に近い義足を作らせたらしい。


「そうだ。気絶している間、俺はエルメナの……」


 ブルムが話そうとすると、複数の足音が聞こえてきて話が途切れてしまった。ブルムとシェアリスは音のする方を見ると、防護服に身を包んだ〈霧祓い〉たちがそこに立っていた。

 そのうちの1人が前に歩み出る。ブルムはシェアリスの腕の中で横たわったまま、顔だけ〈霧祓い〉に向けた。


「カリステイン領第1アナン〈霧祓い〉討伐班副班長のロンです! 応援要請があり駆けつけました! ……が、これはどのような状況ですか?」

「ハーンゲルン領第2アナン〈霧祓い〉処理班長のブルムだ。このような体勢ですまない。足がなくなってしまってな」


 ブルムの言葉に、カリステイン領の〈霧祓い〉たちの視線が、ブルムの足へ向けられた。ブルムの膝上あたりから下が抉り取られているのを見て、〈霧祓い〉たちがどよめいた。


「これは義足で、俺は無傷だ。驚かせてすまない。

 (アクルース)の活動も停止している。施設の損壊もない。無駄足となってしまったが、協力に感謝する」

「何事もなかったのであれば幸いです。では、私たちはこれで……」

「あ、そうだ」


 撤退命令を出そうとしたロンを、ブルムが引き留めた。


「このままじゃ歩けないから、すまないが、俺を車まで運んでくれないか?」


 ロンがわずかに笑顔になったのが、防護服越しに見えた。若者らしい、溌剌とした爽やかな声で、ロンが応える。


「分かりました!

 おい、サジュンとローニャ、手伝ってくれ」


 名前を呼ばれた2人が、駆け足でブルムのもとへ来る。体が揺れないよう、3人は、慎重にブルムを持ち上げた。

 快適だな。これから任務のたびに義足を壊すか。とブルムが言うと、前を歩くシェアリスに怖い顔で睨まれてしまった。

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