07.末恐ろしい弟
間が随分と空いてしまいました…。
申し訳ないです。
晩餐後、兄弟揃ってサロンでくつろぐのが日課だ。
両親は隣の領地を治める知人に誘われて、ひと月ほど不在にしている。
「それにしても、おまえがあの病んでる令嬢と婚約するとはなぁ」
長兄がしみじみと言う。
「しかも、好みなんだろう? 彼女みたいなタイプが。オレにはまったく、理解できないが」
次兄も呆れた顔をする。まったくのところ強調しすぎだよ。
「レジー兄さんらしいね」
兄弟とは言いたい放題の生き物だ。姉妹もそうなのかは分からないけど。でもちょっと遠慮がなさすぎると思うな……。
「オレのことはいいんだよ。皆、婚約者探し頑張れよ」
「おまえと違ってオレはもっと良い相手を選ぶからな」
すぐ下の弟は年が一つしか離れていない所為か、オレをライバル視する。無駄なことに体力とか気力を使ってるなーって思ってるけど、オレが何か言うとムキになるから基本言わない。でもフィアに関しては駄目だよね。
「おまえとオレは女性の好みが違うんだから、そもそも比較にならないだろう。兄さん達の好みかどうかも関係ないよ。勝手に張り合って後からおまえの所為だとか馬鹿なこと言うのは止めてくれ」
末っ子以外の三人はへらへらしていたけど、気にしない。昔から末っ子以外とはあんまり合わない。末っ子のクリスはオレを慕ってくれる可愛い弟だ。クリスが兄弟で一番賢いと思うんだよね。
「レジー坊っちゃまのお相手をとやかくおっしゃる余裕がおありなのですか? ご自身でお相手を見つけてくるぐらいの気概をお見せくださいな」
赤ん坊の頃から面倒を見てくれているタラの言葉に、兄さん達は気まずそうにする。オレたちはタラに頭が上がらない。
長兄は選り好みが激しかったり、雑な性格が透けて見えるからか、なかなか婚約者が決まらない。爵位を継げる見込みがあればすぐに決まるもんだけど。
「そ、そんなのすぐだ!」
タラが来たことで旗色が悪くなったのか、長兄は誤魔化す。
「兄さんが決まらない所為で僕の番にならない。だからレジーだって病んでる令嬢を選んだんだろう」
そうじゃないよ?
「フィアはオレの理想の女性だから」
否定したのを無視して次兄は長兄を見てる。
「レジー兄さんは婿入りが決まってるから置いておいて、婚約が決まった順に継ぎたい家を決めていくのはどう?」
笑顔のクリスに対して、三人の顔色が悪くなる。……が、負けず嫌いだから、「いいだろう!」と長兄が。
「レジーも自分で相手を決めてきたんだし、僕も自分で見つけてきてもいいね」
次兄と四男もうんうんと頷く。
ちょっと複雑な気持ちでクリスを見る。あっという間に口車にのせちゃって。将来が楽しみなような、恐ろしいような。
多分クリスが四人の中で最初に相手を見つけてくるだろう。なにもなくこんなこと言うはずないんだから。そんなことも気づかないなんて、兄さん達大丈夫かなぁ……。色々不安。
「楽しみだね」
にこにこする末っ子に、苦笑いを浮かべるしかない。
「レジー兄さん、ちょっと教えてほしいことがあるから、部屋に来てもらっていい?」
クリスに腕を引かれてサロンを出る。クリスは年上のオレより頭がいい。兄の面目ないけど、事実だから仕方がない。だから教えることなんてないだろうから、ただの口実だろう。
「フィアのこと……ではなさそうだな?」
「婚約が決まった時に色々調べて大体知ってるから、教えてもらうことはないんだけど」
調べたんだ……。
「ミラー家と縁戚になるんだから、当然だよ」
家まで! 何を調べる必要があるんだい、っていうかどう調べたんだい弟よ……。
クリスの部屋に入り、椅子に座ってから、侍女に茶と菓子を頼む。
「フィアメッタ嬢が当主になるってことだったけど、領地経営にはあんまり明るくないみたいだったから、今からレジー兄さんも勉強しておいたほうがいいんじゃないかと思って」
「兄さんはおまえが優秀すぎて末恐ろしいよ……」
コロコロと笑うクリスは可愛らしいので騙される人が多い。
「僕も伯爵家を継ぐ身としては、勉強するのに早すぎるってことはないと思うし」
兄三人いるけど、無視して伯爵家継ぐつもりなんだ、クリスってば。いいけど。
「だから今日から僕と一緒に勉強しよう」
勉強は好きじゃないけど、必要なら逃げてるわけにもいかないな。試験と違って失敗は許されないし。
できる男になってフィアに好かれる要素を増やさねば。
「わかった。色々教えてくれ」
「レジー兄さんのそういうところ、美点だよね」
「ん?」
「年下に言われても怒らないでしょ?」
「怒ってオレのほうが頭が良くなるわけじゃないからなぁ。それにクリスが好意で誘ってくれてるのも分かってるし」
「それでも、そうはできないものなんだって」
そうかもなー。オレは気にしないけど、気にすることも否定はしないし。
「フィアメッタ嬢は幸せだよね」
「え? なんで?」
「レジー兄さんが相手だから」
「そう思ってもらえたら嬉しいよ」
でもオレ、フィアに意地悪って言われちゃってるんだよね。
「フィアに愛されたいのに、ズルいとか意地悪って言われて、オレとしてはどうしていいのか分からないよ」
分からないなりに頑張るしかないんだけどさ。
「レジー兄さんってば遠慮なさそうだもんね」
「遠慮?」
なにに?
「フィアメッタ嬢はこれまで連戦連敗。つまり婚約者とどう触れ合っていけばいいのか分からない。分かっていてもその通りにできない」
「過剰だからね、フィアは」
うんうんとオレは頷いた。
そして、それがいいんです。
「だから何としても兄さんとは上手くやりたいわけなのに、どう接していいのか分からない。それなのに、そんなのお構いなしに兄さんが距離を詰めてくるんだから、そういう感想にもなるってもんじゃないかな」
天才か。
「クリス、伯爵家当主で満足したら勿体無いんじゃないの?」
もっと上を目指したほうがいい気がする。
オレの言葉にクリスは笑う。
「お褒めに与り光栄です」
オレたち貴族が領地経営に関わることはないけど、知らないでいいってことではないし、自分の領地の脅威になるものが出てきたなら対応しないといけない。領地に関するものを宣伝するのも領主の仕事だ。
「兄さんが爵位を継いだら、商会を起こそうかなって考えてたんだ」
「商会を?」
貴族が直接商会を持つことは卑しいとされる。
実際は持っているが、優秀な人間を見つけて、代わりに商会を仕切らせる。
「僕が相手にと思ってるのは、ハリス商会の息女、エリナー嬢なんだ」
先々代から急速に力をつけてきているというハリス商会。そのハリス家の令嬢と婚約する気なのか。やっぱり相手がいた。
「商会はもう商人風情と馬鹿にできないぐらいの力をつけてきてるって父様もおっしゃっていたでしょ」
「言ってたなぁ」
その所為で貴族から商会への当たりが強い。
「馬鹿にしている癖にお金を彼らから借りるんだから、度し難いよね」
おまえもね。
「このままいけばどうなると思う?」
最近この国を出ようとする商会が増えたと聞いた。商会への税率を上げたからだ。国を出るか、もしくは奪われる側ではなく、奪う側になるか……。
「なるほど、だからおまえの相手はハリス商会の令嬢なのか」
にっこりと微笑むクリス。
「商会による納税額は年々上がってるって聞くし、このまま逃げられるなら、逃げられないように爵位を鼻先にぶら下げるんじゃないかな」
「そうなれば既存の貴族と新興貴族とで争いが起きそうだ」
「うん。そこでミラー家なんだよね」
ミラー家?
「ミラー家の血統はこの国でも類を見ないでしょ? 一切庶民の血が混じることのない青い血を受け継ぐ一族。そんなミラー家とハリス商会の令嬢を妻に迎えたトレヴァー家が縁戚になる」
「……ミラー家のメリットは?」
「商会との取引手数料を半額とする、っていうのはどう? あ、これは商会長からの提案だよ。あとはミラー家が持つ港に商会の拠点を移したいんだって。本拠地は僕が爵位を継げれば、トレヴァー家の領地になるけど」
ハリス商会が領地に移動してきたなら、格段に税収が上がるだろうなぁ。
オレは二度ほど頷いた。
「おまえと商会長の考えはわかったけど、オレにはなんとも答えられないよ。ミラー家当主はフィアの父だし、代替わりしても当主はフィアだ。オレはなにも言わない」
「分かってる。兄さんはだからこそいいんだよ」
クリスの言わんとすることが分からなくて首を捻る。
「普通なら勧めるでしょ。弟が力のある商会の女と結婚。縁戚になったんだし、どうですか? って。でもレジー兄さんは勧めない。フィアメッタ嬢の父上は感動するんじゃないかな。娘の意思を尊重してくれる良い婿だ、って」
「じゃあ勧める」
「それはそれで嬉しいよ。断られなさそうだし」
にこにこと微笑むクリス。
どちらを選んでも商会側というかクリスにメリットがあるってことか。
「半額じゃなく、手数料を三分の一にしてくれるよう交渉しておいてくれ」
クリスが驚いた顔をする。
「おまえがそっちの立場で話すなら、オレもあっちの立場で話すのは当然だろう」
「それはそうだね」
どんな条件があっても、嫌だと思われたらそれでおしまい。
「確かに金で買えるなら安いよね、ミラー家の伝統は。それぐらい約束できないなら話にならないってこと? 兄さんもやるね」
そこまでは言ってないよ……。




