68.終わりを目指すのはオレ達だけじゃない
貨物用線路、完成!
我が国初の鉄道を祝う式典の日程決まる。
号外として王都に配られた新聞。その知らせはネヴィルにとって寝耳に水となったはず。当初新聞にはもう少し後の完成になると書かれていたから。邪魔を見込んでなのか、全部見越してなのか、王家とアサートン家すごい。
マギー嬢からジェーン殿下に渡された証拠──国家反逆罪を問われるもの──に関する召喚をネヴィルは頻繁に受けている。内容が内容だけに、欠席は己の立場を悪くする。
日に日に病状が悪化しているようで、頰が痩け、眠れていないのか目が落ち窪み、歩くのも杖と付き添いを必要としているらしい。
我が国で瘡毒の治療に用いられる薬は、瘡毒に対して効果はあるものの副作用が強い、と本に書いてあった。頭痛、嘔吐、腹痛、しびれ、めまい、歩行障害……恐ろしい副作用が並ぶ。でも、瘡毒は放置すれば死に至る病だ。治療をしないという選択肢はないんだろうけど、恐ろしい病気だ。
「そろそろ限界だろうというのが、王室の医師の見立てだ」
限界。
「自身でも気付いているはずだ。己の終わりを」
クックソン家は国内での勢力はほとんど削がれ、ネヴィルも今は重罪を問われる身。王位継承権もそう遠くないうちに剥奪される。ただ、やはりというかなんというか、家の存続のためにネヴィルを切り捨てるようだ。全てをネヴィルの独断にして、公爵位は失うものの、貴族としては残れるように。
でもそれは、野望を託され、そのために生きたネヴィルからすれば許せないだろう。
もはや失うもののない人間というのは、怖いもの知らずだと思う。奴は自分一人で破滅する気はないはずだ。クックソン家だけでなくあらゆるものを滅ぼす行動に出るだろう。
「……クックソン家の専属となっていた医者が、死体で発見された」
「何故だ? 回復しないからか?」
「医者の家で日記が発見された」
仕方がないこととはいえ、日記はとても個人的なものだ。医者からしたら読まれたくなかっただろうに。
「どうやって瘡毒にさせるか、と書いてあったそうだ。彼女の協力が必要かもしれない、と」
咽喉が渇いたみたいに、はりつく。
「それを最後に日記は書かれていない」
「……その医者は何故そんな危険なことを?」
トーマスは目を伏せ、ため息を吐いた。
「医者には妹がいた。幼い頃に両親が離縁したのもあって、共に暮らしてはいなかったが、手紙でやりとりをしていたようだ」
どうしてここで妹が出てくるんだ。聞きたくない。分かるからだ、その後が。
「多分、マギー嬢の前の被害者だろう」
ネヴィルの言いなりにされそうになった女性。
「その女性は?」
「…………身投げしたそうだ」
胃のあたりがぎゅっと握りしめられたみたいに痛くなる。
「復讐だったんだろうか」
「多分な」
復讐をしても妹は返ってこない。だからといってしないという選択肢はなかったんだろう、その医者にとっては。
探れば探るだけ、クックソン家の被害者が出てくる。息を吐くように悪事を働いてきたとしか思えない。
「そうなると、間違いなくネヴィルは式典で仕掛けてくるのだろうな」
一度に全てを破壊するつもりなら、爆発させるのが手っ取り早い気がする。でも火薬は王家とアサートン家が買い占めているはずだ。
「ハードウィック家が大口取引に応じている」
それはサイモンの家。
あの日話していたとおり、ハードウィック家も協力してくれているのだ。
「ところで、レジナルド・ジョー・ハンプデン=トレヴァー」
「嫌だ」
「まだ何も言っていない」
「トーマスがオレをそう呼ぶ時は大抵悪い話だと思っている」
「よく分かっているじゃないか」
今度は何だ。
「冗談は抜きだ、レジナルド。当日、おまえは参加する。ハンプデン家の後継者として」
「おまえもな」
「そうだ。鉄道敷設計画の発案者だからな」
王家からはツァーネル殿下が鉄道敷設計画に参加した。式典でもしものことが起きることを考えて、王太子殿下ではなく、ツァーネル殿下が参画することにしたからだ。
出資した貴族達も参加する。大規模な式典になる。
「これが最後だ」
「そうだな」
王家もアサートン家も、ミラー伯も父も、この件に関わっている。
ネヴィルを、クックソンを終わらせなくては。
息を吐ける場所は大事だ。皆、それぞれあると思うけど、オレの場合は当然フィアのそばです。
こんな状況なのに、フィアはブレないんですよ。
「フィアは凄い」
二人でガゼボにて昼食。オレの癒しの時間。
「私ですか? レジー様にお褒めいただくようなことをいたしましたか?」
分からないといった顔をする。
「世の中が騒がしいでしょう。これから起こることを考えたら、心の中は穏やかではいられないと思うんです。ですがそれを表に出さないから」
ミラー伯も式典に出るのだから。
「不安がないと言えば嘘になってしまいますが」
話しながら二人でランチボックスの中身をテーブルに並べる。あ、これはフィアが好きなものだからフィアの前に置いて、と。
「直接関わってない方達も、今の状況に心乱されてらっしゃると思います」
「まぁ、そうでしょうね」
「当事者だからこその不安もありますが、その分何が起こるのか他の方達より知っているというのもあります。その点についてはありがたいと思っております」
それはあるかも知れないな。
当事者ではないとはいえ、今回のことは多くの貴族が巻き込まれているから、気が気じゃないだろう。
「覚悟はできておりますもの」
「覚悟?」
フィアが覚悟を決めなくてはいけないようなこと、あっただろうか? ミラー伯のことはあるだろうけど。それだけじゃないように聞こえる。
「マギー様の覚悟を見届ける覚悟です」
「待って、フィア」
彼女から証拠以外にも何か託されているのか?
慌てふためくオレに、フィアが大丈夫だとばかりに微笑む。
「マギー様からのご依頼は殿下へお渡しした証拠と伝言のみです」
「その、フィアの言う覚悟というのは?」
「式典に全てをかける方はクックソン様だけではないと思うのです。マギー様はきっと、かの方が破滅する様を見たいと思われるでしょうから」
分かっていたのに、分かっていなかった。いや、分かるはずがなかった。オレは何も失ってない。何も奪われてない。そんなオレがマギー嬢の心の奥底を理解できるはずなんてなかったんだ。
「想像してみたのです。自分がマギー様と同じ思いをしたなら、どうするかと」
男のオレでは分からないものもあるだろう。
フィアはため息を吐く。
「もし、レジー様に同じことをされたら」
「しないよ?!」
「分かっております。ですが、レジー様でなければマギー様と同じような喪失感は理解できないと思いました」
絶対に、何があっても、天地がひっくり返ったってそんなことしないけど、オレの存在が大きいと言ってもらえるのは嬉しい。嬉しいけど、複雑な気持ちだ。
「私でしたら、瘡毒にはしないと思います」
「うん?」
「捕まえて、逃げられないように足を落として、死が二人を別つまで一緒におります」
「あの、フィア」
「はい」
「足は落とさなくても、喜んで監禁されます」
フィアに独占される日々。想像したらちょっと胸がドキドキしてきた。それで言われるのかな、レジー様は死ぬまで私のものです、とか。はぁ……言われたい。そんな生活もいい。
妄想から現実に戻ると、フィアが頬を赤らめながらも困った顔をしていた。しまった、つい仮定なのに想像しすぎてしまった。
「レジー様、仮定のお話です」
ですよね。
真剣な話をしていたのに、申し訳ない……。
「話は元に戻りますが、想像しただけで、身の内に闇が宿ったような心持ちになりました。現実に体験したマギー様のご心中はいかばかりかと思ったのです。私は閉じ込めて共に滅びたいと思ってしまいましたもの」
マギー嬢のそれも、同じだとフィアは言いたいのだろう。
「マギー様はいらっしゃいますわ。全てを終わらせるために」
終わらせようと思ってる人間はオレ達だけじゃない。ネヴィルも、マギーも。きっと関わる全ての人が、終わりを目指してる。




