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どんなジャックにもジルがいる  作者: 黛ちまた


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64.失敗

 殴った後オレは逃げて、騎士達がネヴィルを捕まえる計画だった。ベールを取られそうになって逃げたけど、もともと逃げる予定で動いてたからそこは大丈夫だった。でも肝心なところで逃げられてしまったらしい。オレが姫に迫られて牢屋に逃げ込んだ一件の後、クックソンの息のかかった騎士達は方々に散らばらせて残っていなかったはずなのに。


 ネヴィルを逃した騎士は中立派の家出身だった。多くの騎士に逃すところを目撃されての捕縛だから、言い逃れも不可能。何者を逃したのかを拷問してでも吐かせようとしたところ、第二王子が止めたらしい。なんでも騎士と殿下はかつての学友で、王子曰くそのような曲がったことをするような男ではない、何か理由があるはずだ、とのことで調べが入った。マギー嬢のこともあって、クックソンに何か弱みを握られているのではないかと思ったらしい。

 調べた結果、その騎士の家(男爵家)には難病の妹がいて、その病気の薬が他国からしか手に入らない類のもの──クックソン家を通さないと手に入らないものだったとか。騎士はクックソンに脅されたが独断であり、家族は無関係だと必死に訴えているらしい。

 

「同情はするが……罪は罪だ」

 

 かつての級友を思うとやるせない気持ちになるのだろう、ツァーネル殿下は力なく笑った。笑う場面じゃないけど、殿下もどんな顔をしていいのか分からないのだろう。


「男爵は爵位を返上する」

 

 きっと、爵位だけではなく、財産も没収になる。

 

「……そうですか」

「さすがにこの国にはいさせられないからな、国外追放となる」

 

 国外追放……もしかして?

 殿下の顔を見ると目を細めて薄く微笑んだ。

 

 男爵家族は、その令嬢に必要な薬のある国に追放されるんだろう。なにもかも一からというのは想像するよりも遥かに大変だろう。もしかしたらあの時処罰されたほうが楽だったと思うこともあるかもしれない。

 

「ありがとうございます」

「何故レジナルドが感謝する」

「代わりにというわけではないのですが、感謝を申し上げたくなりました」

 

 変わった奴だ、と笑うツァーネル殿下は少し困ったように笑う。

 何事も決断を迫られるのは大変なものだと思う。王族となればなおさら。

 

「許されないことですが、同情する気持ちもあります。利用された人間が全てを失う姿は、できればもう見たくありません」

 

 今回もネヴィルのほうが上手だったのだと思うと、悔しさはある。オレだって家族やフィアの命がかかったら分からない。領民のためにと家族を捨てられる気はしない。勿論領民は大切だけど、そもそも家族と比べるのが間違ってる。もしどちらかを選べと言われたら、申し訳ないけど領主を辞める。オレは絶対に家族とフィアを捨てない。だからと言って領民を犠牲にするのも申し訳ないから、領主を無責任に辞めようと思う。

 ただ、その前にやれることはやりたいよね。

 

「もう一発殴れなかったのが心残りです」

「違いない。次は私が囮になるか」

「まさか同じ手段を取ってくるとは思わないでしょうし、意外と成功するかもしれません」

 

 そう言うとツァーネル殿下は笑った。

 

「そなたには感謝している」

「私にですか?」

 

 殿下に感謝されるようなことをした覚えはないけど、オレのしたことで殿下が喜んでくれたのなら、良いことだよね。

 

「そなたがいなければ、私たちはジェーンと心通わすこともなかっただろうからな。本当にそなたの行動力は異常だ」

 

 褒めてないよね?

 

「何かを変える時は、そなたのような突出した存在が必要なのだろう」

 

 褒められているようで褒められてないな?

 

「それにしても、気になるな」

「はい、とても」

 

 今日登城しているのはフィアの付き添い。フィアはジェーン殿下と面会している。マギー嬢に託されたものを姫に渡すのだと言っていた。

 受け取ってから、渡すべきか渡さないべきかフィアは悩み、姫に渡すことにしたらしい。証拠うんぬんもあるけど、マギー嬢から姫への伝言を必ず伝えなくてはいけない気がしたからだそうだ。詳細は聞かなかった。気になるけど。今もすごい気になっているけど。託されたのはフィアで、その先に託されたのは姫だから。

 一連のことからして、マギー嬢はとても頭の良い女性だろうと思う。感情に任せてしまった部分はあるだろうけど。ベンに接近したのも、利用するためではないのだとするなら、むしろ情の深い人なのではないか。

 

「まだ片付いてはいないが」

 

 お茶を口に運びながら殿下が言う。

 

「今回のことで非常に多くのことを考えさせられた」

 

 それは、オレも。

 

「人の上に立つ覚悟は出来ていたつもりだった。時には己の感情を殺し、判断を下さねばならないこともな」

「はい」

「だが実際こうして起きてみたら、心が乱れる。己の決定は正しかったのかという思いに囚われてしまうのだ」

 

 オレを相手にこぼしているけど、オレの反応は見たくないんだろう。殿下は俯いて手の中に収まっているカップを見つめているから。

 

「……逆ではないでしょうか」

 

 殿下の肩がぴくりと動く。

 

「判断に痛みを伴わない方が上に立たれたら、下の者は辛い思いをするのではないかと」

 

 そうじゃない人もいるだろうけど、オレはそう思う。今回のことだって法に則ったら男爵家はもっと重い刑罰を受けるはずなんだから。

 

 そろりと伺うように顔を上げ、オレを見る殿下は、表情こそいつもと変わりないけど、瞳が僅かに揺れていた。心の迷いって目に出るよね。目は口ほどに物を言うって言った人、すごいと思うよ。

 

「痛みを知る方が下す決定だから、従えるのだと思います」

 

 どれだけ準備しても今回のように失敗することはある。クックソンが野望を抱くきっかけになった流行り病だってそうだ。悲しいかな、防げないものは存在する。

 

「失敗しないのは、神だけだそうです」

 

 ツァーネル殿下は笑った。

 

「では、王の子ではあるが人の身の私には無理だな」

「その無理のために努力なさるお姿を、周囲は分かっております」

 

 打算で近付く人間も多いとは思うけど。殿下には信じ、慈しみたいと思える家族がいる。それさえあればなんて綺麗事は言わない。でも、そういった存在はとても大事だ。心の拠り所というか、軸になるというのか。弱みであり強み。オレならフィアと家族。

 

 どんなものにも複数の面があるということを今回のことで嫌というほど知った。ある面だけを見て決めるのは簡単だ。それだけを見ればいいから。でも世の中はそれほど単純ではない。オレに心があるように、他の人間にも心がある。オレにとっては良くても誰かにとっては良くない。だからルールなり法があるんだろう。落とし所として。

 

 ただ、シンプルでもいいと思うものもある。

 仕方ないとは思っても、自分がどう思うのかまでは人に決められたくないな。

 ネヴィルを逃した騎士の家族は、法に則って全てを奪われる。騎士は厳罰を免れない。騎士の妹は王家を呪うかもしれない。それはそれでいいと思う。それで生きていけるなら。兄の自分への愛情も忘れずに生きてくれるなら。表面上、上手く取り繕えるなら。

 理解と感情は別物だ。

 心の中まで他者にとやかく言う権利はない。

 妬んでも憎んでも嫌っても好いても、なんでもいいと思う。ただそれは己の中で飼い慣らさねばならないけど。そこはたとえ神でも不可侵だろう。

 

「…………そうだな」

 

 殿下は頷いて微笑んだ。今まで見てきた中で一番自然な微笑みだった。

 中立派だけど、頑張ってる王子のこと応援するよ、陰ながらだけど。

 

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