63.罠にハマったのはおまえだ
暴力表現があります。
ご注意ください。
合図を受けて侍女を引き連れ庭に向かう。さすがに侍女なしで王族の女性が他国の庭を歩くはずがない。それも他者との接触を許さない国の王女なんだから。本当ならこうして庭に出るのもありえないんだけどね……。
二人の侍女に守られるようにして、庭に設置されたベンチに座る。そのベンチは明かりを背にしていて、こちらの顔が見えにくい。
挨拶時の様子からして、接近してくるとは思うんだけど、実際に来るまでは分からない。来てほしいような、来てほしくないような、なんともいえない気持ちのまま、ベンチで待つ。
待つ相手がフィアならいいのになぁ。
「これはこれは」
声のした方に顔を向けると、ネヴィルがいた。偶然オレを見つけました、みたいな顔をしてるけど、お見通しだからね。罠にハマるのはおまえだ。
「麗しきロウサ姫ではありませんか」
侍女が二人、ネヴィルからオレを守るように立つ。
「それ以上お近付きになりませんよう」
「お控えください」
パチン、と指を鳴らす音がした。
暗がりから数人の男が押し寄せて、侍女二人を羽交締めにする。侍女が叫ぶ間もなかった。その手慣れた様子にぞっとする。
声を出しちゃいけないし、今はまだか弱いふりをする。腕とか掴まれたら、こんなに姫の腕が逞しいはずがないとバレてしまうかもしれないから、怯えるふり。
オレの前で跪き、殊勝な顔をする。こちらからはネヴィルの顔がよく見える。この嘘吐きめ!
「強引な手を取って申し訳ない。そうまでしても貴女を我が物としたい、愚かな男をお許しいただきたい」
にやりといやらしい笑みを浮かべると、オレの手首を掴んで強引に立たせる。
「!!」
声出そうになった! 必死に声を噛み殺し、ほどほどに抵抗する。ネヴィルと距離を取ろうと胸を押してみたり。女性がすると思われる抵抗をしてみる。力は入れられないけど。
「愛しい姫」
愛しいのは姫じゃなくて、姫の後ろにある権力だろう! と言いたいのをぐっと我慢。
草むらに連れ込まれそうになるのを必死に抵抗する、ふりをする。それにしても、いくら既成事実を作るためとはいえ、姫の身体を草むらで暴こうなんて最低じゃない? たとえ何処であっても駄目だけど、とりあえず手に入れてしまえばいいって思っているのが見え見えだよね……。どこまでもクズだな。
いよいよ草むらに連れ込まれそう、というところで、王城の侍女が数人登場。当然仕込みです。
「あ、あれはロウサ姫では?」
「あのようなところで何を?」
「ひ、姫をお助けください!!」
叫んだのは姫の侍女。侍女が現れたことでネヴィルの部下が動揺した隙をついて叫んだ。
やばいと思ったのか、ネヴィルが振り返る。その顔からは焦りが見える。
判断を迫られるよね。このままロウサ姫を連れて逃げるか、この場から逃げるか。今ならまだ自分の顔を見られていないかもしれない。本当なら逃げたほうがいいけど、国内での状況はよくない。起死回生を計るなら姫を確実に手籠にしたほうがいい。大国の姫が妻となれば体面もあって没落は防げる。でもそうなると姫の侍女も攫わねばならない。嫁ぐ国の公爵の顔を知っている可能性は高い。攫えば大事になる。手籠にできたとしてそれをどうやって公表するか──。
頭の中を色んな情報がぐるぐる回っているだろうし、正常な判断もできないはず。強めだけど口当たりの良い酒がネヴィルに手渡されるよう手配してもらった。これはクリスの案。どんな切れ者も正常に判断できなくしてしまえば凡人と同じだろうって。泥酔しなくてもいい。思考を鈍らせられれば。焦って、本来のネヴィルならしない悪手を取らせたかった。
ネヴィル、オレを攫え!
騎士達の足音が聞こえてきた。
ネヴィルはハッとした顔になり、オレの手を掴んだまま庭から逃げようとする。
引っ張られて走る。その場で抵抗しようとしたのに走らされてしまった。ヒールが! ヒールが高くて走りづらい!! このまま走ったら転ける。怪我をしない為にわざとヒールが折れたように見せかけてその場に蹲る。
「立て!」
焦ったネヴィルはあろうことか姫に命令する。不敬罪だぞ!!
庭の出口の方角から騎士達の声がする。
ネヴィルは何処か逃げ場はないかと探している。オレは挫いた足を撫でているふり。
「くそ……っ!」
焦りがピークに達したみたいだ。
オレは靴を脱ぎ、ゆっくりと立ち上がる。ネヴィルは背を向けていてオレが立ち上がったことに気が付いてない。
助かったよ、ネヴィル。こんなに簡単に罠にハマってくれて。国内の情勢がここまで不利になった焦りと、酒の所為で判断力が落ちていなければ、オレの考えた拙い罠にハマるような奴じゃないと思う。
全身全霊を込めるという表現を本で見るけど、あれどうやってやるんだろうな。分からないから自己流なんだけど。殺意も抱いてないからそれほどでもないかもしれない。
必死の抵抗という体で、振り返ったネヴィルをヒールで全力で殴る。ゴスッという鈍い音。ネヴィルは倒れなかった。残念。
「貴様っ!!」
殴り返して来ようとするネヴィルから逃げようとして、ベールの後ろを掴まれた。ヤバイ! さすがにベールを剥ぎ取られたらバレるかも知れない! ベールを前から掴んで取られないようにする。
「姫様ー」
この声……?
「姫様ーっ」
えっ、フィアの声?!
声の主が近付いて来た。やっぱりフィアだった。でも侍女の格好をしてる。それから「こっちだ!」と叫ぶ声と、騎士の甲冑の音が聞こえてきた。
ベールはネヴィルに剥ぎ取られてしまったけど、フィアが新しいベールを被せてくれたお陰で顔は隠せた。社会的な死は免れた!!
騎士達がどんどん近付いて来る。
「おのれ……っ!」
ベールをその場に投げ捨て、ネヴィルは逃げて行った。
「こちらへ」
フィアに手を引かれて城の中へ。途中で誰に会うかも分からないから、ひと言も話さず、案内されるままに進む。迷うことなく進む様子からして、あらかじめ逃げる場所を調べていたか、用意されていたのか。
入った部屋の扉を閉じると、フィアは息を吐いた。
「もう大丈夫です」
「……フィア?」
フィアはにっこり微笑む。
「はい、レジー様」
えっ、助けてもらったのはとても嬉しいし助かったんだけど、一番見られたくなかった人にこの格好を見られるなんて……!!
「お話はアサートン様から伺っておりましたので」
トーマスッ!! あの裏切り者めっ!!
フィアはオレの周りをぐるりと回って、それからベール越しに顔を覗きこんでくる。
「レジー様、鍛えてらっしゃるのに、ドレスを着ていらしても違和感がありませんね」
「それは、ふんわりしたドレスだから」
体型が分かりにくくて、肌の露出も少ないドレスで助かりました。
「ベールを外してみてもよろしいですか?」
「……見ないという選択肢はありませんか?」
無駄な抵抗を試みる。
「どのようなレジー様でも私は大丈夫です」
オレの心が大丈夫じゃないです。
とは言え、フィアが見たいというから本気で抵抗はしないんだけど。既に今更だし。
フィアの細い指が伸びてきて、ベールをめくる。
「まぁ……なんだか結婚式のようです」
「立場が逆では」
オレがフィアのベールを捲りたいです。
「思った以上に可愛らしい」
それは自分でも思ったけど、侍女の化粧技術が凄いからだと思う。
ふふっ、と小さくフィアが笑う。
「新しいレジー様を見られて嬉しいです」
フィアに喜んでもらえて何よりですが、格好が格好だけに素直に喜べない。
「フィアにだけは見られたくなかったのに……」
「何故ですか?」
「それはフィアに格好良いところを見せたいからです」
好きな人にはそう思われたい。
「ありがとうございます、レジー様。ですが私は欲張りですから、可愛いレジー様も私のものにしたいのです」
ぅぐ……っ、そんな風に言われたら……! いやでも、二度としませんよ女装は。
「それにこの姿は、これ以上女性がクックソン様に傷付けられない為なのですよね? 命令することだっておできになったはずなのに、そうなさらないのはレジー様の優しさです」
「……無謀な振る舞いだとトーマスには言われました」
そう言うとフィアはころころと鈴のように笑った。
「アサートン様はレジー様に危険が及ぶのを恐れていらっしゃるのですわ」
「そうでしょうね」
「私も同じ気持ちですけれど、レジー様はどうしてもご自身で成し遂げたかったのですから仕方ありません」
「ありがとう、フィア」
オレの気持ちを分かってくれる。尊重してくれる。そういう人が周囲には多くいて、オレは果報者だ。
「直接殴られるのかと思ったのですけれど、ヒールで殴ったのですね」
「あぁ、それは。普通に殴ったらバレてしまいそうだったし、素手で殴るとこちらも怪我をするんですよ」
「そうなのですね、知りませんでした」
扉が突然開いて、思わず身構える。
「迎えに来たぞ、お姫様」
やって来たのはトーマスだった。
あ、裏切り者め!




