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62.何事も理由がある

 王太子殿下にエスコートされてホールに入る。夜会そのものが苦手なのもあって、いつも緊張しながら入るけど、今夜はそれどころじゃない。

 ヒールは低め、ドレスは派手じゃないものにしてもらってもこの動きづらさ。こんなかたちで女性の苦労を身をもって知るとは思わなかった。男性用の靴にもヒールはあるけど、女性のより安定してるからここまで歩きづらくない。

 フィアをエスコートする時、もっと気を配らないとな。こんな大変な思いをしてでもオレと夜会に参加したいと言ってくれているんだと思うと、フィアへの思いで胸がぎゅっとしてしまう。何度も思ってしまうけど、フィアに会いたい。

 

 ロウサ姫の国では、未婚女性がベールで顔を隠すだけあって、直接の会話も限られた間柄の人としかしない。婚約者とは会話するけど、知り合い程度なら侍女が代わりに話す徹底ぶりだ。身長、ベール、会話しない。この三つが揃っていたからこんな無茶なことをやろうと思ったんだけど。そうじゃなければこんなこと絶対やらない。オレは声変わりもしてるし、どうやっても女性の声を出せない。

 だから今日の夜会も、ロウサ姫と思ってオレに話しかけてくる参加者はいるけど、答えるのは王太子殿下、もしくは控えてる侍女ということになる。ちなみに侍女はオレを化粧してくれた人物で、ロウサ姫の侍女。姫ならどう答えるかを熟知している人を貸してくれたのはありがたいです。

 

 王族の婚約者という立場でここにいるので、ホールはホールでも壇上にいる。王太后様と陛下と王妃様、第二王子とジェーン殿下とトーマスもいる。本来ならありえない場所にいる。

 王太后様への挨拶をする貴族達がずらりと列をなしているのを、高い場所から見ている状況。

 

「君は予想もつかないことをするな」

 

 貴族達から距離があるのもあってか、王太子殿下が話しかけてきた。

 

「そうですか? 手段はさておいても、かの人物を殴りたいと思っている者はそれなりにいると思います」

「それはそうだろうな。私もその一人だ」

 

 王太子殿下は命を狙われているわけだし、オレよりもネヴィルに対する気持ちが強いかもしれない。

 

「ハンプデン家には時折、君のような人物が生まれるらしいね」

「突拍子もない人間が生まれる家として有名なようで……」

 

 皆は褒めてくるけど、オレがその先祖と似てるとするなら、その先祖はただの凡人だと思う。結果が出てるから妙に美化されてるけど、あんまり考えることが得意ではなくて、面倒くさがりで、行動力だけはある。そんなところだと思う。だから褒められると複雑だ。あんまり嬉しくない。先祖が失敗していたら正反対のことを言われていただろうし。

 

「今回、提案をお許しくださったのは何故ですか?」

 

 暴挙だよね、オレがやろうとしていることって。

 

「本来なら許されることではないな」

 

 提案しておいてなんですが、本当によく許されたなと。

 

「オースチン嬢からもたらされた証拠がなくとも、クックソンを弱体化させる準備は整った」

 

 おぉ、王家の本気はすごいな。

 

「ただこのままではクックソン家は存続する。オースチン嬢からの証拠だけでなく、決め手が欲しい。このままずるずると先延ばしされて鉄道の完成式典で問題が起きるのは困る」

 

 他国のように鉄道を作るのは、クックソンのことだけでなく早計であると判断された。まずは荷物を運ぶ。大量の物資を一度に運べることだけでも画期的なことだ。

 ただ、既にある他国の鉄道情報を得て、鉄道事業に参加したいと手を挙げる貴族は多い。そういった貴族達からの出資金で鉄道事業は走り出している。失敗は許されない。

 

「褒められた手法ではないが、期限がある。リスクを取るしかないと判断した。それに、私もツァーネルも、本当はこの手で殴りたいほどにクックソンが憎いのだ」

 

 王太子殿下はにやりと笑った。

 

「王家に生まれた者として、成さねばならぬことは民が思うよりも多い。そのことにかかり切りになって、妹に目がいかなかった。たとえそれがクックソンの仕業だったとしてもだ。毎日、ほんの数分でも時間を作ってやることはできたはずだ。我らはジェーンを傷付けた」

 

 王太子殿下の視線の先にはジェーン殿下とトーマスがいる。オレ達のように二人は何やら話をしている。なかなかに良い雰囲気じゃないですか、トーマス!

 

「そうかもしれません。ですが殿下、人は間違える者です。たとえ王族であっても」

「……優しいな、君は」

「いえ、そんなことはありません。ですから己を責めるのもいいですが、目の前のジェーン殿下に愛情をたっぷり注いでください」

 

 なにしろジェーン殿下はオレと同じ愛されたい人だから。愛されて、それが過ぎるということはないと思う。

 

「そうする」

 

 柔らかく笑った殿下は、以前見た姫の笑顔とそっくりだった。

 

「笑い顔、姫とそっくりですね」

「……君、人気者だろう?」

「そのような事実はありませんし、婚約者に愛してもらえればそれで」

 

 軟禁、いけます。

 閉じ込められて二人きりになったら、これでもかとフィアに愛の言葉を……あれ? オレが言ってもらわないとなのでは? でも言いたい。言ったらフィアも言ってくれるかな?

 

「来たぞ」

 

 ネヴィルとその父を先頭にした人相の悪い集団が現れて、王太后様に挨拶をする。

 悔しいことに美形だな。性格の悪さが顔に出てるけど、それでも美形だ。公爵家の後継者でこの美貌のネヴィルに甘く囁かれたら……。オレが知らないだけで、犠牲になったのはマギー嬢だけじゃないんだろう。己が何を持ってるのか全部分かった上でやったんだろうと思うと、腹が立つ。本当に腹が立つ。一発どころか二発でも三発でも殴りたい。

 チラとネヴィルがこっちを見た気がした。オレというより、ロウサ姫を。狙いどおりなんだけど不快だ。

 

「本来ならばあの視線が我が婚約者に向けられたのかと思うと、不愉快だ」

 

 ロウサ姫、片思いではなく両思いのようです、良かったですね!

 

 王太后様が疲れないようにと、手短に済まされていったにも関わらず、結構な時間がかかった。

 ダンスはしない。無理です。女性パート知らないし、この格好で踊るなんてとてもとても……。そもそもロウサ様は来ても殿下と踊らない。だからオレが踊らなくても何の問題もない。後でネヴィルを誘き出す為に庭に出る予定。熱気に疲れたという体で。

 

「ロウサ姫の国は不思議な習慣が多いですね」

 

 ベールだとか、会話をしないだとか、踊らないだとか。

 

「あぁ、それは彼女の国の王位継承が理由だ」

「不勉強で申し訳ないのですが、その理由とはなんですか?」

「かの国は女性が王位に就く。男子は生まれるとすぐに養子に出されてしまうんだ」

 

 えぇ?!

 

「そうなると王女の純潔を狙う者が現れるだろう?」

「はぁ、それは、はい……」

「だから婚姻を結ぶまで顔を出さないし、声も聞かせない。踊りのような身体を接触する行為もさせない」

 

 あぁ、うん……。

 言われていることは分かるんだけど、何故そこまでと思ってしまう。

  

「女系にこだわるのは……」

「昔、婚約を破棄して迎えた爵位の低い令嬢が、王太子ではない別の者の子供を産んだらしくてね……しかもそれが三代立て続けに起きたとのことで、女系になったのだそうだ」

「……それはまた、ご苦労を……」

 

 三代立て続け……!

 なんというか、言葉もないです……。凄まじくて。とはいえ納得もする。だからこんなにも姫のことが分からないようになっているのか。誰が姫なのか分からないように。

 

 ふと、あることに気付いてしまった。

 

「……お声を聞いてしまったのですが……」

 

 殿下が笑う。


「大丈夫だ。レジナルド・ジョー・ハンプデン=トレヴァーは彼女に会っていない」

「……はい」


 なかったことにしてもらえるらしい。良かった……。トーマスは未来の縁戚として許されても、オレは許されないからね。

 知らぬ間に不敬を働いたといわれて処罰されるとか、恐ろしいよ……。


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