61.意外とイケた
「よくお似合いですこと」
「騎士服のほうが似合うと思ったのに、着痩せするのね」
ジェーン殿下と、王太子殿下の婚約者であるロウサ姫がオレを見て言う。笑われると思ったのに、トーマスは愕然とした顔でオレを見る。
「笑っていいんだぞ?」
「笑いたい、笑いたいんだ、本当は」
戸惑った顔でオレを見るトーマスを見て、オレも戸惑う。実はオレ、まだ鏡を見てない。
渡された手鏡を見る。
「えっ?!」
「なんでおまえが驚くんだ」
「いやぁ、相当酷いことになるだろうと思っていたから、ずっと目を瞑っていた」
思ったより酷くなかった。凄いな、王家の侍女。
「オレでこれなら、トーマスなら美しくなりそうだな」
「褒めているつもりだろうが、嬉しくないからな?」
今夜は王太后様の誕生を祝う夜会。マギー嬢の言う通りなら、王太子の婚約者 ロウサ姫が狙われる。奴らの狙いを絞り込む為に、第二王子の婚約者には理由をつけて来ないようにしてもらった。そこは色々と調整済み。
オレがトーマス達に頼んだのは、ロウサ姫のふりをするというもの。姫の国は背の高い者が多い。無論姫も高い。オレと同じくらいの身長なのだ。それに未婚女性はベールを被るという、とても都合の良い文化もある。
「姫のふりをして囮になると言い出した時には、遂に頭がおかしくなったかと思ったが、おまえにこんな特技があったとはな」
「オレの特技じゃないぞ?」
それは侍女だと思う。
普通なら令嬢に囮になってもらうんだろう。でもそれは嫌だった。どうしても嫌だった。絶対に助け出すと言いながら、もし助けられなかったら? その令嬢は少なからず傷をつけられるはずだ。身体につかなくたって心に。そんな思いをしてくれなんて、言えるはずがない。言いたくない。
「女性ではないことがバレれば、ただでは済まないぞ」
「どちらにしろタダでは済まないなら、オレがやればいいだけだよ」
「女騎士がやるという手もある」
「騎士だとしても女性だろう」
卑怯な手段に出られて力を奪われたなら、同じことだと思う。自分のやりたいことのために、誰かに危険な目に遭えと言う人間になりたくない。貴族らしくないと分かってるし、これが感傷からくるものだということも分かってる。それに、オレが一番酷い目に遭わないことも分かってる。多少痛い目には遭うだろうけど、命までは取られないだろう。
「抵抗しているふりで殴りたいんだ、ネヴィル・リー・クックソンを」
本気で殴りたい。気持ち、仕止めるぐらいの勢いで。
もし失敗すればアイツは逃げおおせてしまうわけで。これだけのことをしでかしておきながら、今回は失敗したか、とでも言うんじゃないだろうか。悪役が逃げる時そんな台詞を残していくってティムが言ってた。
だから、せめて一発殴りたい。暴力はよくないって分かってるけどね、分かってるからこそ許せないし許さない。
ベンと一緒に迎えに行った時、暗がりでよく見えなかったけど、マギー嬢の顔は腫れていた。ネヴィルに殴られたんだろう。
明らかに自分よりも弱い相手に暴力を振るうなんて、許されない。公爵家の嫡男として生きてきて、殴られたことなんてないだろうネヴィルに、本気の一発をお見舞いしてやる。
「……自分が無茶をしようとしている自覚は?」
「ある」
「それならばいい」
責められるのかと思ったのに、案外あっさりと許された。
きちんとフィアにも許可は取ったけど、できたら誰にもバレずにことを終えたい。さすがに、女装姿を見られたくないし。自分でやると言ったけれども。
ネヴィルの、クックソン家の宿願は潰えると思う。
マギー嬢から渡された証拠だけでなく、殿下やトーマス達によって着実にクックソン家の行動には支障が出始めているから。オレは役に立たないけど、ハンプデンの名が持つ力は大きくて、中立派のほとんどはクックソンに寝返らなかった。
周辺国への根回しはアサートン家を中心にして行われていて、外に味方を作るのも難しくなっているらしいし。いやぁ、アサートン家怖いなぁ……。
「女装についても、ミラー嬢には伝えたのか?」
「……それとなく伝えた」
「何と言っていた?」
「オレが自分で囮をやると言った理由を察してくれているみたいで、何も言われていない」
「心の広い婚約者で良かったな」
「本当に」
フィアは何というか、芯の強い人だと思う。日頃おっとりしていて、ふわふわしているところもあるけど。可愛いだけじゃないんですよ。愛情も深いし。はぁ、最高だ、オレの婚約者。
自分の姿を見る。
分かってもらったとはいえ、この姿をフィアに見せたくない。やっぱり格好良いところだけ見せたい。この姿もオレの人生で最初で最後だ。
王太子殿下がやって来た。オレを見て楽しそうに笑う。
「迎えに来たよ、私の姫」
「まぁ、婚約者の私ですらそのように迎えていただいたことはありませんのに」
「そんなことはないと思うが?!」
慌てた王太子殿下がロウサ姫に弁明というか、ご機嫌を取ってる。
「今の、機嫌を損ねるところがあったか?」
不思議そうにするトーマス。
「本来なら婚約者として殿下を独り占めできると思っていたんじゃないかな、ロウサ姫。それがこちらの国の都合でできなくなったんだから、王太子殿下はそのお気持ちを汲むべきだったんだと思う。オレを揶揄う前に」
ロウサ姫を王太子殿下がじっと見る。姫はベールをしているから顔がよく見えない。殿下って姫の顔を見たことあるのかな。それとも婚姻を結ぶまであぁなのかな。
「ち、違いますわよ?」
「至らぬ婚約者ですまない。一週間ほど予定を空けたのだが、埋め合わせにはならないだろうか?」
「一週間も?!」
どうやら、姫は殿下のことがお好きのよう。
こういうやりとり、傍から見るのって結構面白いものなんだな。険悪な雰囲気だと嫌だけど。
「女性の心は難しいな」
珍しく弱音を吐くトーマス。
「女性の心だと範囲が広すぎるだろう、トーマス。おまえは姫の気持ちだけで充分じゃないか?」
「それは勿論だが、僕の対応が悪くてその矛先が姫にいったら嫌だろう」
姫の顔が赤い。それから何かに耐えてる。分かる。今のトーマスの言葉、言われたら嬉しいよね。この先トーマスが他の女性に優しくしているのを見て腹が立ったとしても、その優しくする理由が自分を守るためなんだと思ったら、それだけで良く眠れそう。
「なかなかやるじゃないか、トーマス」
「なんの話だ?」
「無意識だなんて、更にやるなぁ」
「だから、なんの話をしてる?」
ジェーン殿下が喜びを必死に耐えてる姿が微笑ましい。微笑ましいんですけど、オレもフィアに会いたい。こんな所で女装していないで。危険な目には遭いたくないけど、ネヴィルを殴りたい。できるならボコボコにしたい。マギー嬢がやられたのの倍、いや三倍は。
とりあえず、待ってろネヴィル。
おまえを殴って早くドレスを脱ぎたい。




