06.出る杭は打たれに行った?
今日は待ちに待った、フィアの元婚約者を痛い目にあわせるチャンス!!
対戦相手は上級生からでも下級生からでも申し込むことができる。オレとトーマスは練習剣を持ってあの二人の前に立った。
っていうかこの二人、日頃から仲がいいんだ。今日も一緒にいたし。オレに嫌味を言うためだけに一緒に来たのかと思っていたよ。
「お手合わせお願いします!」
一瞬怪訝な顔をした二人は、顔を見合わせた後、にやりと笑った。
「後悔するなよ?」
「…………負けた」
チャンスはチャンスだったけど、オレの実力が足りなかった。
試合後にボロ負けして、身体が痛くて転がったままのオレとトーマス。勝ったアイツらはご機嫌で去ってったけど。
「試合前に言うのもなんだと思ってたんだが」
横に転がってるトーマスが独り言のように弱々しい声で話し始めた。
「あの二人、代々騎士を務める家の出なんだよな」
知らなかった……。
どうりで強気な顔をしたと思った。
それにしても、分かっていたのに言わないで、オレと一緒に試合に臨んだってことは、トーマスも腹に据えかねるものがあったんだろうな。単に二人して無謀だっただけかもしれないけど。
「あー、悔しいな、アレ、もうちょっとだったと思うんだよな」
「おまえが隙を突いたのは良かったが、おまえも隙だらけだったぞ」
そうだったかと目をつぶって思い出す。トーマスの言うとおりだったかも。
「訓練増やすか」
「おまえ、今でも結構訓練してるんじゃなかったか?」
「前よりはね。でも足りなかったから負けたわけだしさ」
「元々の体格が違いすぎただろう。オレとおまえとじゃそもそもが」
「それでもさ、勝ちたかった」
息を吐く。
「あー、やっつけたい、十二人」
「おい、オレを含めるな」
勝って、フィアの自信を取り戻したかった。
とりあえず、オレは性格が悪いから、身体で勝てないなら別のもので勝とうと思う。……あんまり本読んでないけど。
治療室を出たオレに、フィアが駆け寄ってきた。
「レジー様!」
「フィア? どうしてここに?」
「レジー様が練習試合で、その、負けたと伺って」
「うん。ごめんね、フィア」
謝るとフィアが不思議そうな顔をする。
「アイツらをやっつけて見返したかったのに、負けちゃって」
「そんなことはどうでもいいのです。レジー様がお怪我をされるほうが嫌です!」
目に涙をためて、必死に訴えてくるフィアが可愛い。
「フィア、優しい」
「なにをおっしゃってるのですか、もう!」
「……そういうのは二人の時にやってくれないか」
トーマスの言葉にフィアは顔を真っ赤にして、去って行った。
複雑そうな顔をするトーマス。
「どうした? 痛むのか?」
「自分で望んだこととは言え、少し前までオレが婚約者だったのに、彼女はもう、おまえのことしか見ていないんだと思って。今だってオレの存在に全く気付いてなかっただろう」
「返さないぞ?!」
「そういう話じゃない!」
ほっとする。
やっぱり返せとか言われたら困る。フィアは物じゃないんだから。
「……次の婚約者は大切にする。どんな相手でも」
ちょっと引っかかる言い方だけど、前向きになったのなら良いことだ。
「合わなければ無理しなくていいと思うけど、相手に向き合うのは大事だと思うぞ?」
トーマスがため息を吐く。
「おまえに説教をされるとは……」
「おまえは本当に失礼だなぁ……」
練習試合に負けて、今度は勉強で勝ってやると意気込んで読書に勤しんでいた頃、あの上級生二人が親に叱られたという話を聞いた。オレの元に来たことも含めて親にバレたらしい。
フィアとの婚約解消を望んだのは自分達なのに、何故今の婚約者に会いに行く必要があったのか。それで怒ったオレが練習試合で向かってくるのは当然だとも。しかも下級生に手加減もしなかったなど騎士の風上にもおけんとかなんとか。
お父様達、真っ直ぐなご気性らしい。
そんなわけでこってり叱られて、たっぷりしごかれてるらしい。まぁ、そんなの全然嬉しくないんだけど。自分でやり返せてないから。やり返すのはオレの勝手として、フィアに関わらなくなればいいな。
「レジー様は読書がお好きなのですか?」
とりあえず家にある本を片っ端から読んでる、主体性が曲がってるオレ。教科書ぐらいしか読んでないからね。フィアにオススメを聞こうとして、オススメの難易度が高くてフィアに幻滅されないためにも、まず読書に慣れようという、意識の低さ。中身なんてほどほどにしか入ってこない。
「正直に言って、好きではないですよ」
嘘吐いたらすぐ化けの皮が剥がれるからね。
「ですが、いつも違う本を読んでらっしゃいますよね?」
「うん。この前ことわざの話で、フィアが物知りなのが分かったから、話題を広げるためにも本を読もうと思って」
フィアの顔がみるみる赤くなる。
「レジー様はやっぱりズルいです」
「なにがズルいのかは相変わらずよく分からないけど、僕はフィアに好かれたいんです」
「またそのようなことをおっしゃって」
「婚約者なのだから、当然でしょう」
愛情表現を惜しんでオレへの愛が尽きたら困るから、言いますよー、言いまくりますよー。もっともオレとフィアはそこに至る前なんだけど。
「……アサートン様には感謝しております」
「トーマスに?」
どうして?
「私とレジー様の仲立ちとなってくださったこと、心から感謝しております」
トーマスが聞いたらまた、複雑な顔をしそう。
「それって、僕と婚約して良かったということですよね?」
「そうです」
リンゴのように真っ赤な顔で肯定するフィアが可愛くて可愛くて。
あぁ、オレってば単純だから、嬉しくなっちゃう。顔がにやけちゃうよー。
フィアは目をパチパチと瞬きした。
「……レジー様は、本当に私との婚約を望んでくださっていたのですね」
「えっ、信じてなかったんですか?」
そんなひどい。
「信じていたのですけれど、その……私なんかとと思ってしまって……」
信じたいけど信じきれなかったってことかな。
「嘘偽りなく、僕が心から望んだ婚約です」
「爵位をお望みかと思っておりました」
うーん……そんな風に考えちゃうのは、フィアが自分に自信がないからなんだろうなー。
「よく言われるので、正直困ってるんです、それ」
爵位があったほうが生活は楽だとは思うけど、そんなの領地次第だろうし。ミラー家は可もなく不可もない領地だと聞いてる。
トレヴァー家は伯爵位でフィアの家と家格は同じだけど、トレヴァー一族は伯爵位を二つと子爵位を二つ持っている。本当は母方の伯父が爵位を継ぐ予定だったのが、若くして亡くなってしまった。両親の婚姻も目前だったのもあって、今から相手を選び直すのもどうかということになったらしい。父と母が再従兄妹だったのも大きかったんだと思う。貴族同士の結婚はメリットもあるけど、婚姻によって結ばれれば相手の家からあれこれ言われることもある。それを嫌って、あまり近すぎない血縁と婚姻を結ぶことも多い。
結果としてトレヴァー家は爵位を四つ持つに至った。
五人兄弟だから一人は爵位がもらえない。だからオレがフィアとの婚約を望んだのだと両親は思っているみたい。オレが騎士を目指していたのも、騎士爵を目指していたんだと考えているようで。いやいや、爵位のない貴族なんて普通にいるでしょ、って言ってたんだけど、親としては子供に等しく与えたいと思うものなのかもしれない。
「トレヴァー家はそれほど困っておりませんよ」
爵位は魅力的だけど、当主の伴侶というのは性別に関わらず後継者問題で肩身の狭い思いをするのが普通。政略結婚なら扱いも雑だとも聞く。あの先輩方はそんなことも知らないのか、あの家がそういう家なのかはしらないけど。
生家が力のある家なら無理をしてまで婿入りする必要なんてないんだから。
「フィアのような愛情深い人と結婚したいと思っていただけです」
「……レジー様の意地悪」
ズルいの次は意地悪?!
え?! オレの婚約大丈夫?!