59.彼女の気持ちも行動も止められない
マギー嬢からの警告は、トーマスを通して王太子殿下に伝わった。何故マギー嬢が警告してきたかといえば、王太后の誕生を祝う夜会が開かれるからだ。
王太子殿下の婚約者、並びに第二王子殿下の婚約者もこの為に入国して、少しの間滞在する。
滞在期間に婚約者同士の親睦を深めると共に、どうしても合わない場合は婚約を見直す。その為の期間でもあるらしい。国と国との契約になる。いくら責務だとしてもお互いに火種になるものは抱えないようにするとか、そういったところじゃないだろうか。大事だよね、相性。
政略結婚とはそういうものだと分かっている。そのようにして始まった関係でも、幸せになれたらいいのにと思うのと同時に、自分は本当に幸運だと思う。次々と起こることに頭は痛いし無力感もあるけど、それを乗り越えようと思えるのは、家族を守りたいという気持ちと、フィアとの未来があるからだ。
フィアはマギー嬢に会いましたと言った。念の為、何かされたかと問うと、大丈夫ですと答えた。それから、美しい瞳の方ですね、とも。
それ以上は何も言わなかったけど、彼女もマギー嬢に思うところがあるようだった。
ベンもオレもフィアも、形容し難いものが彼女に対してある。
彼女を不幸と決めつけるのは簡単だ。でも彼女はそれをよしとしないだろうし、オレ達もそう思いたくない。強いようでいて、何処か脆さのようなものを感じさせる彼女は、手負いの狼のようだ。
なんとなく、分かっているのだ。彼女を助けることは無理だと。だから彼女が本懐を遂げられるよう協力したい。それが叶わなかったとしても、邪魔をしたくない。
「マギー様のことをお考えですか?」
しまった! フィアと一緒にいるのに、マギー嬢のことを考えてた。恋愛感情といったようなものはないとはいえ、フィアからすれば不愉快だろう。
「ごめん、フィア。フィアのことだけを考えると言ったのに」
慌てて謝罪すると、いいえ、とフィアは首を緩く振る。
「私もふとした時に考えてしまうのです。あの方が何をなさろうとしているのかと」
「…………うん」
話してはくれないけど、フィアもベンと同じように書類を受け取っていると思う。クックソンの野望を砕く為の証拠となる書類を。ベンが預かったのは不正取引に関する書類だ。フィアがなにを預かったのかまでは分からない。
証拠を分散させることで、誰かがマギー嬢の望む通りに動かなかったとしても、問題なくクックソンを追い詰められるようにしているんだろう。かといって、やたらに配ればいいというものでもないから、託す相手は選んでいるんだと思う。
ベンが預かった証拠はすぐさま王家に提出された。そうしろと言われたから。今はその追及をネヴィル達はされているはずだ。何故漏れたのかを調べるだろう。それは彼女に危険が及ぶ可能性が高まるということだ。ベンは言われた通りに証拠を王家に渡すことを渋っていた。でも、最終的に提出した。それが彼女の望みだから。
「お恥ずかしい話ですが、私は不幸だと思っておりました」
「え?!」
不幸って、その中にオレとの婚約も含まれる?!
「努力しているにも関わらず、次々と婚約者が替わっていくことに」
「あの、フィア……」
オレの言いたいことを察したのか、フィアが小さく微笑む。
「レジー様にお会いする前ですわ」
良かった!! 一瞬で頭の中を色んなものが駆け巡ったよ!!
「私の場合は己の努力の仕方が間違っていたことと、相性の問題であって、不幸ではなかったのだと今なら言えます。ですが、ジェーン殿下やマギー様の身に起きたことは不幸というものでしょう」
二人は被害者であり、加害者でもある。
全てに対して完璧な被害者も加害者もいない。あ、ネヴィルは違うかな、たぶん。
「たとえ解決しても、全てを解決は出来ないのだと思うと、胸が痛みます。きっとレジー様も同じようにお考えなのではないですか?」
フィアの言うとおりで、苦い気持ちが込み上げてくる。それを腹に力を入れて押さえつけ、頷き返す。
「……のほほんと、何も考えずに生きてきた自分が恥ずかしいんです」
才能がないからどうの、あれは好きだの嫌いだの、そんなことを言えない状況に追い込まれた者もいるのに。だからといってそれが罪だとは思わない。ただ、申し訳ない気持ちになってしまう。感謝の気持ちもあるけど。
「それはもう言っても仕方のないことなので、自分の出来ることが何かをずっと考えてて」
分かります、とフィアが頷く。
本当はフィアのことだけ考えていたいけど、そんなことも言ってられなくて。
「天才だったら、力があったらと思うことは今でもあります。でも今は、その暇があるなら行動に移すしかないと思っています」
「えぇ、それでこそレジー様ですわ」
……考えるより行動するタイプって、フィアにも思われてる……もっと勉強しよう……。
マギー嬢の邪魔にならないようにとも思ったけど、それで何も出来なくなるのもおかしな話だから、オレ達はオレ達でやることをやる。
かつてのクックソン家を悪役とした演目は、来月の終わりから始まる。こういった出し物をすることは平民たちにあらかじめ知らせてある。それを受けてマギー嬢は動いてると思う。だからこれまで進めていることはそのまま進める。
ティムは演劇のことで忙しくしているし、商会関連でデイヴィッドも婚約者と行動を共にして忙しそうだ。クリスは忙しくてもそれを表に出さなさそうだからよく分からない。
「奪う者は奪われる覚悟はあるのかと、問いたい」
「奪われる覚悟ですか?」
「はい」
ネヴィルは本来己のものだったものを取り返すだけだと思ってるんだろう。だから多少乱暴な手法も、仕方のないことだと自分の中で正当化している気がする。
「僕達からしたら理由にもならない理由で、クックソンは他者を犠牲にしていってると思うんです」
「えぇ、そうですね」
「他者を殴っていい理由にはなるわけがないのに」
自分の為に他者が存在するわけではないと、分かっているようでいて分からないものだと思う。分かるのは己の気持ちだけだし、考えたら自分に都合が悪くなるものだ。自分が辛くなるから。
これは仕方がないことだ、自分は悪くない。これは正義だ、正しいことをしている──。
そう思ってしまうことを否定しない。それが人だと思うから。でも、なにごとにも程度というものがあるだろうと、オレは思ってしまう。
「フィア、先に謝っておきます」
「え? 何をなさるおつもりなのですか?」
「少し、危険な目に遭うかもしれません。ついでに恥ずかしい思いもしてきます」
「まぁ! それは避けては通れないものなのですか? あの、恥ずかしい思いというのは?」
「ネヴィルが行動に移さなければ無事だと思います。でもきっと、そうじゃないだろうと思うので。恥ずかしいのは、恥ずかしい思いなのであまり追及しないでほしい……」
勝算のない戦いはしない、なんて格好の良いことはオレには似合わないし、言えないんだけど、やってみたいことがあって、呆れながらもトーマス達が許してくれた。




