57.オレだけは真実でいる
レジナルドの弟 ベン(四男)視点です。
「……なんだ、それは」
苦笑いを浮かべてるのかと思った。レジナルドは困ったような顔をして、もう一度言う。
「なんだよ、それ」
声が震えていた。口を真一文字にして、目を閉じ、何かに耐えている。息を吐いた後、目を開けたレジナルドは怒っていた。
正直に驚いた。
レジナルドはオレ達兄弟からどれだけ馬鹿にされても、困ったような顔はしても怒らなかった。怒るとしてもミラー嬢のことぐらい。それだってここまでの怒りを表したことはなかった。そのレジナルドが、マギーから聞いた話を伝えると怒り出した。
クリスも驚いた顔でレジナルドを見ている。
「……マギー嬢は、どうやってクックソンを破滅させるかまでは話していないんだよな?」
「あぁ」
「オレ達のやろうとしていることが彼女の邪魔にならないようにしたい。何をするかまでは聞き出せないとしても、何をされたくないかのヒントはもらえるはずだ、次に会ったら聞いておいてくれ」
「分かった」
険しい表情のまま、レジナルドは木を彫り始めた。考えていることをまとめたい時、気持ちを落ち着かせたい時、レジナルドは木を彫る。それがアイツの自分との向き合いかたなんだと知ってからは、邪魔をしないようにしている。兄達も分かっている。雑談をする空気でもなくなってしまったから、オレ達も思い思いのことをすることにした。
オレ自身、どうしていいのかわからないのが正直なところだ。
クックソンの悪意と野望の所為で、人生を狂わせられたマギーと姫。二人のことを思ってレジナルドは怒ってるのかもしれない。その一連に大切な婚約者が巻き込まれていることに改めて怒っているのかもしれない。ただ、こんなにも感情をはっきりと表すレジナルドは初めてで、戸惑ってしまう。
どれぐらいそうしていたのか、ポツリとレジナルドが「ごめん」と呟いた。表情もいつもと同じで、ほっとした。なんだかレジナルドが知らない人間になってしまったような気がして、落ち着かなかった。
誰に何を言われても、大概のことは仕方がないと許すレジナルドは、お人好しだのなんだの言われていた。当たり前のことなのに、レジナルドにだって許せないことはあり、怒りを露わにするのだと。
「マギー嬢は、ネヴィル・リー・クックソンに弄ばれたんだな……」
頭で分かっていても、改めて言葉にされるとその残酷さが際立つ。急に実体を伴ったかのように、生々しく感じられる。
「マギーのそもそもの婚約も、もしかしたらクックソンが妨害していたかもしれない」
目のことで断られたのだと思い込んでいた。でも、クックソンが自分の意のままに動く女性を欲しがっていたのだとしたら? 自分しかいないと思わせて、自分の為だけに動く女性を作る為に彼女に目を付けて、婚約を台無しにしたとしたなら……? そう思ったら全身に鳥肌が立った。あまりの悍ましさに。
「それは穿ちすぎだったとしても、婚約するつもりもないのに、そういう関係になっているということだろう?」
彫っている木に視線を落としながら、淡々と話すレジナルド。その口からこぼされることはどれもこれもが醜悪で、胸の奥がムカムカして、熱くなる。この気持ちを、レジナルドは耐えていたからあの表情だったのかと思う。
「多分なのだけれど、彼女はクックソンを破滅させるだけではなく、自身も破滅するつもりなのだと思う」
クリスの言葉に、「そうだろうね」とレジナルドが同意する。デイヴィッドもティムも苦々しい顔をする。
「オレはマギー嬢の意志を尊重したい。クックソンのことが明るみになれば彼女は無事ではすまないだろうけど」
「……あぁ、それはオレも同意見だ」
オレにしてやれることは少ないだろう。でも、彼女はオレにそばにいて見ていろと言った。なんでオレなのかは分からない。子供じみた感情を隠しもせず、不貞腐れていたオレなんか、目をかける意味もないと思ってしまうのに。
「……おまえだからだと思う、ベン」
まるでオレの心を読んだみたいに、レジナルドが言った。少し悲しそうな顔で、オレを真っ直ぐに見る。
「彼女はおまえに、自分との共通点を見出してるんだと思う」
「共通点?」と聞き返すと、レジナルドは頷いた。
「マギー嬢でいうところの姫が、レジー兄さんだと言いたいんだと思うよ」
オレと違って日の当たる場所にいるレジナルド。マギーにとっての、姫。
「自分と同じようになるなと、言いたいんじゃないかな」
彼女は嫉妬や羨望、そういった感情と、唯一の愛を求めた結果、姫を傷付けた。オレもそうなってもおかしくなかった。その前に止めてもらえたからそうはならなかった。受け止めてくれる家族がいたから。
良い家族だと言った何気ないマギーの言葉も、今では違うものに思えてくる。
「もの凄く腹が立つのに、どうすればいいのか分からない自分に腹が立つ」
正直な気持ちを吐露したら、デイヴィッドに肩を抱かれた。ティムもオレの肩を軽く掴んだりして、なんだよ、と思うのに、それが酷く嬉しい。それから悲しい。
「オレの、何倍も苦しくて、悲しくて、怒ったんだろうな、彼女は」
心も身体も弄ばれた。それなのに、もしかしたらまだ気持ちが残っているのかもしれない。愛憎が絡み合ったものかもしれなくて。
物語なら、魔女になって復讐を遂げられるのに。
彼女の言葉が思い出される。
「男の場合は、魔法使いか?」
何気なく呟いた言葉に、レジナルドが頷く。
「ベン、彼女の魔法使いになれ。おまえだけが彼女の真実でいろ。それが彼女を救うから」
魔法使いなんて、どうやってなったらいいのか分からないが、彼女に誠実でいることなら出来る気がする。
全てを嘘で塗り固められて、信じていたものが全部嘘で、信じたいのに信じられなくなってしまったマギーに、どんなに残酷なことであっても、オレは嘘を吐かずに接する。中途半端な優しさも、彼女はもう求めていない。
破滅して、消えていく自分のようにならないようにと、オレに見ていろと言う彼女の、冷え切った心に僅かに残る熱。
こんなに、自分が無力だと感じたことはなかった。




