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どんなジャックにもジルがいる  作者: 黛ちまた


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56.全てが嘘

 どうやってか知らないが、マギー・パット・オースチンから手紙が届いた。内容はとある伯爵家主催の夜会に参加しろというものだった。断ろうかとも思ったが、彼女マギーが何を考えているのかを知りたかった。全て詳らかにしたかったわけじゃない。ほんの少し、知りたかっただけだ。

 大体がその好奇心の所為で身を滅ぼすのだろう。それは分かってるが、以前脅迫めいたことも言われていたのも事実だ。行かないと決めるのは簡単だ。でも家族に何かをされたらと思うと、不安になる。

 物語では好奇心から破滅する奴がいる。そいつらとオレに違いがあるとするなら、手紙を受け取ったことを家族に伝えたことだろう。その上で参加するべきかどうかを決めた。

 父は相談したオレを抱きしめた。よく話してくれたと言って。抱きしめられた瞬間、なんだかよく分からない感情で胸がいっぱいになった。

 ずっと不安だった。オレがハンプデンの当主候補から外されたのは、父がレジナルドを特別に可愛がっているからなのではないか、と。そうじゃないと聞かされても、心の底から納得していなかったんだと、自分のことなのに今更気付いた。







 言われた通りに参加した夜会。パートナーはマギー。

 

「あなた、素直なのねぇ」

 

 取り繕う笑顔すら作ろうとしないオレに、マギーが呆れたように言う。

 

「褒め言葉として受け取っておく」

「半分ほど本当にそう思っているから、それでいいわ」

 

 パートナーといっても婚約者でもなんでもない。お互いに好きなデザイン、好きな色を纏ってる。

 

「手懐けている最中ということにしてるから、他の方達に素っ気なくしても大丈夫よ」

 

 何が大丈夫なんだよ、と口には出さずに心の中で毒吐く。

 

 マギーは楽しそうに口元に笑みを浮かべているが、目が笑ってない。間近で見なければ分からないと思う。目を細めているから、少し離れた所から見たら笑ってるようにしか見えない。

 

「私の本心を知りたいのでしょう?」

「……あぁ」

「私、あなたには今まで嘘は吐いていないわ」

 

 本当に嘘を吐いていないのだとするなら、クックソンを破滅させたいということになる。

 

「私もね、以前は夢見る乙女だったの」

 

 マギーの視線の先には、先日デビュタントだった令嬢達がいた。恥ずかしそうで、嬉しそうで、期待に満ちた表情をする令嬢達。いつもなら何とも思わないのに、オレまで見てるのが辛くなってくる。

 

「貴族の婚姻が相変わらず政略結婚だったとしても、夢は見るものでしょう? 素敵な方に見初められる、そんなありきたりな夢を私も見ていたのよ」

 

 どう答えていいのか分からない。ただ、じっと彼女の話に耳を傾けるしかなかった。

 

「あなたもご存知のように、私は左右の瞳の色が違うわ。遠目に分かる程の差もないから、問題ないだろうと家族も言っていたのよ」

 

 マギーは黙った。少しの沈黙の後、表情が消えた。

 

「色なんて関係ないの。左右の瞳の色が違うというだけで駄目だったのよ」

 

 居心地の悪さが耐え難かった。それなのに、好奇心からではなく、このまま彼女を置いていっては駄目だとも思った。

 

「婚約者候補との顔合わせは次々と駄目になったの。皆さまおっしゃるのよ。迷信だとは思っているが──って」

 

 続く言葉は省略されたけど、何を言われたかは聞かなくても分かる。きっと何度も何度も言われたんだろう。

 

「婚姻は諦めて、王宮で働くことを目指すことにしたの。けれど、そこでも駄目だったのよ」

 

 胸の中に、何か黒いものが溜まっていくような気がした。マギーは無表情のままで、起きたことを淡々と話している。それなのに、いや、だからこそそれが却って真実なんだと思い知らされる。

 

「……そんな時にね、知り合ったの、彼に」

 

 名を確認しなくても分かる。

 

「優しくしてくれたわ。私を褒めてくれて。初めは社交辞令だと本気にもしなかった。でも、人って弱いのね。繰り返し言われているうちにね、信じたくなってしまったのよ」

 

 マギーの目から涙がこぼれたように見えた。実際は涙すら浮かんでないのに、何故か見えた気がした。

 

「彼が口利きをしてくれて、教師になったの」

 

 姫の教師役に。

 

「世界が輝いて見えたわ。愛する人に助けられて、王族の教師にまでなって。努力が報われた気がしたの。これまでのことが形になったのだと」

 

 そう言って微笑むマギーが痛々しかった。自分のことじゃないのに、胸が痛かった。努力の大変さは知ってる。

 公爵家の次期当主ネヴィルに見初められて、婚約者にこそなっていなかったが、助力を得て姫の教師役になった。マギーからすれば世界がようやく自分を受け入れてくれたように感じたはずだ。

 

「……あの人がある令嬢を褒めたの。恋愛感情ではないわ、ただ、褒めただけよ。とても美しい瞳だ、左右ともに同じ色で眩い宝石のようだって」

 

 思わず息を吐いてしまった。

 きっと言った本人は気付いていない。なんでもそうだ。気付くのはいつだって傷付けられてきた者だ。

 

「たとえ全てが嘘だったとしても、嘘だと気付かなければ人は夢を見続けることができるの。他の者から見たら不幸にしか見えなくても」

 

 でも、嘘だと気付いてしまった。

 

「もう少し勘が悪かったら良かった。もう少し頭が悪かったら良かった。もう少し美しかったなら良かった。もう少し要領よく立ち回れるような人間だったなら良かった」

 

 腹が痛い。自分のことじゃないのに。キリキリする。

 

「それでも信じたかった。信じるために調べたし、あの人に確かめもした」

 

 それが、ミラー嬢が見た喧嘩だろうか。

 

「全てが嘘だったのよ」

 

 困った顔で笑うマギーに、オレは何も言えなかった。何を言っても陳腐だし、何の救いにもならないと分かってたから。

 

「愚かな娘は縋ってしまったの。どうすれば愛する人に心から愛してもらえるのかと」

 

 は、とマギーは息を小さくこぼした。

 

「物語なら、裏切られた娘は魔女になって復讐を果たせるのにね」

 

 ……彼女マギーはネヴィル・リー・クックソンの破滅を心から望んでる。己を騙し、弄んだ男の破滅を。

 破滅させたとして、彼女には何が残るのか。きっと何も残らないに違いない。それでも、やるんだろう。

 

「……悪い。オレはきっと何の役にも立てないと思う」

 

 オレが助けてやるなんてことは言えない。言いたくても。嘘は言いたくなかった。

 

 マギーはふっと笑った。

 

「いいのよ。あなたは私のそばにいて、脅されているふりをしてくれれば」

「オレが望むのは、家族が不幸にならないことだけだ」

「……良い家族ね」

 

 頷く。

 あんなに酷い態度を取ったのに、オレを許したすぐ上の兄 レジナルド。憎たらしいのに、嫌いになれない。

 父のことも、母のことも。

 オレは勝手に、皆の気持ちを決めつけていた。確認もせず、オレは必要とされていない、愛されていないと決めつけた。

 

「何もしなくていいわ。ただ、私のすることを見ていてほしいの」

「それは構わないが、その、大丈夫なのか?」

 

 何がというべきなのか、その、全部が心配になってしまう。

 

「失敗してもいいの。何もしないで人形でいたら、私は私じゃなくなってしまうわ。マギー・パット・オースチンとして生まれたことは恥じていないわ。瞳の色が異なることも。私が嫌なのは、何もせずに生きながら腐っていくことなの。もうあの思いはしたくない」

 

 彼女の強さは、倫理的に正しいものではないかもしれない。不遇な環境に置かれたまま清貧であれと言うのは簡単だ。ただそれは至難だ。心がある。

 正しくなくても、やり方が間違っていても、オレは最後まで彼女をそばで見ることに決めた。

 

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