55.裏を読んでも分からないものは分からない
学園を終えてタウンハウスに戻ると、ベンに「遅い」と言われてしまった。
その様子から、オレから逃げようと思っていなかったのが分かってほっとした。無茶をしようとしてるんじゃないかと不安だったから。ベンはオレと違って真面目だから。
それにしても、眉間の皺が深いな……。
皆が揃ったところで、ベンが口を開く。皆揃ってて、オレを待ってくれていたようだ。
「昨日、マギー・パット・オースチンと接触した」
聞きたかったことであり、聞きたくなかったことでもある。何か聞きたそうな顔でデイヴィッドがベンを見る。
「接触はオレからじゃない」
デイヴィッドとティムの表情が曇る。安心したものの、次の不安が押し寄せてくる。皆同じ気持ちだと思う。
「取引を持ちかけられた」
「それはクックソンの配下になれば後継者問題に力を貸すといったこと?」
クリスの問いにベンが首を振って否定する。
皆、予想外だったんだろう、驚いた顔になってる。
「自分と取引をしようと言っていた」
「目的と報酬は?」
すかさずクリスが質問した。
「目的は、ネヴィル・リー・クックソンの破滅。悪い、それ以外の情報は引き出せてない」
ネヴィル・リー・クックソンの破滅。
恋人のマギーが何故ネヴィルを破滅させたいと願うのか?
「恋人ではないのかな……」
ぽつりとクリスが呟く。
「どういうことだ?」
デイヴィッドの問いにクリスは「分からない」と答える。
「ベン兄さん、他に何か言われた?」
「……自分と取引しなければ、他の奴らが強硬手段に出る可能性がある、と」
「なんだそれ。脅しじゃないか」
ティムの言葉にデイヴィッドもオレも頷く。クリスは難しい顔をして何か考えてる。
「……もし、彼女の言葉に嘘がないとするなら?」
「クックソンと仲違いしたとか?」
確かに喧嘩をしている姿をフィアが見たことがあると言っていたけど。
「オレの中のマギー・パット・オースチン、よく分からないことになっているんだけれども」
素直に言うと、皆が頷いた。
皆同じ反応でほっとする。
「姫にあのような非道なことをしたのは、ネヴィルの為だろう?」
「オースチンの為かも知れない」
「……そういえば、クックソンの企みが成功すれば国母だろうと言ったら、それを信じているのはオースチン一族だけだと笑っていた」
「え?」
咽喉が急にカラカラになった。妙な緊張感というのか。
「……マギーはクックソンに脅されているのか?」
「……どうだろうな。脅されているようには見えなかった」
疲れた顔で、ベンは言う。
聞いてるだけなのに気力がごっそり抜けていく感じがする。直接話をしたベンはもっと疲れてることだろう。
「でも、目は正気に見えた」
オレの中で、マギーは恋人のネヴィルを手助けし、国母になることを目的としている人物だった。ネヴィルとの恋が本物ではない場合は、国母になりたいだとか、自分と同じ瞳のことで被害に遭う者を救いたいとか、そういう目標の為に行動しているんだと。
「……ベン兄さん」
クリスがベンを見る。
「進んで接触してとは言わないんだけど、次の彼女の言動も教えてもらえる?」
「あぁ」
皆、混乱してるんだろう。会話はなかった。何かを思い付いて口に出そうとして止める、そんなことをベンとティムは何度かしていた。
オレも大いに混乱してる。
勝手といえば勝手だけど、こうだろうと思っていたことがそうじゃないとしたら、マギーの行動が分からない。もしかしたらそれもネヴィルの為にやってることかもしれないし、本当に破滅させる気なんかないのかもしれない。
「忘れてた」
ベンがオレを見る。
「王太子に、婚約者を守れと伝えるよう言われた」
分かりやすい脅迫にも聞こえる。でもそうじゃなかったら?
「分かった。伝える」
答えてから気付く。
「…………あ」
クリスと目が合う。
「王太子の婚約者を、ネヴィルは狙ってるんじゃないか?」
「恋人がいるのに?」
「伯爵令嬢より、他国の王族のほうが相手としてはいいよな」
「王位が欲しいんならそうだよな」
この前もそういった話はしていたけど、それは王太子達を亡き者にしてからなのだと思っていた。
「王太子の婚約者は王族だ。もしネヴィルと関係を持ったとしたら、醜聞だろう」
「……それを知られないために取り引きを持ちかける?」
「いや、むしろその方がメリットがあるような話を持ちかける可能性だってあるだろう」
国内に味方を増やせないなら、国外にということ?!
「マギー嬢は、阻止するだけじゃなく、クックソンを破滅させたいということか」
「己のものにならないなら、破滅させたい、そういう女性もいるらしいぞ」
何故か全員の視線がオレに刺さる。
「さすがにそういう愛は求めてないし、オレはフィアを裏切らないから!」
「あぁ、はいはい」
酷い反応だ!
「そこは疑ってない」
「呆れてはいるが、そこはブレないのは分かってるからな」
褒め……られてはいないけど、オレのフィアへの気持ちは信じてもらってるってこと……だよな?
「まだ判断するには情報が足りないけれど、王太子殿下の婚約者を守るのは必要なことだね。裏を読むなら、その結果守りが薄くなる人物が危険な目に遭うといったところかな」
え、誰だろう? 王太子殿下そのものの守り、ということも考えられなくもないけど、クックソンにそもそも狙われてるんだから、殿下の守りが薄くなるのはしないと思ってるんだけど。
「王太子の婚約者については僕達が考えることじゃないよ」
クリスの言葉に皆が、そうだった、という顔をする。
「僕、自分は頭が良いほうだと思っていたけど、まだまだだと感じてる」
最近になってクリスの本性を知った兄達は複雑な顔でクリスを見る。
「子供だと感じる。知らないことが多いし、なにより分からない」
分からない? クリスの言わんとすることが分からなくて、首を傾げる。
「可能性のあることは考えられても、自分が知らない感情から発露する目的や衝動が分からないんだ」
「それは、確かにそうだな」
相手の考えていることが分からないのは普通のことだし、別に問題はない、はずだった。クックソンがあのような大それたことをしようとしなければ。
マギーの考えてることがさっぱり分からない。分かったような気になってただけで、何一つ分かってないんだと分かってしまった。
でも。
「どこまでできるか分からないし、どちらにしろ火の粉は飛んでくるんだ、受け身ではいたくない」
そう意思表示すると、皆頷いた。
「オレ達は子供だ。成人はしたが、大人達から見たらまだまだひよっこだろう」
デイヴィッドが言う。
「失敗は年をとってからするより、若い時のほうがいいと彼女が言っていた」
彼女というのはデイヴィッドの婚約者のことだ。姫のデビュタントの時には挨拶ぐらいしかできなかったけど、デイヴィッドとはきちんと交流を持ててるんだと、この発言だけでも分かる。プライドが高くて人の言うことに耳を傾けないデイヴィッドなのに、婚約者の言うことは聞くのだと思うと、微笑ましい。
「周囲の助けも得られるし、若気の至りで見逃されることもあるものね」
「ずっと全力を出し続けるのは無理だ。かと言ってできない、分からないと諦めるのも簡単だ。最後まで、可能性を探ろう」
皆が一斉に頷く。
そうさ、オレ達は大したことのない存在だ。
才能にあふれてるわけでもない。特別なものなんて持ち得ていない。
そんなオレ達にもできることはあるし、やりたいこともある。
オレ達はクックソンの駒じゃない。




