54.提案
レジナルドの弟 ベン視点です。
話には聞いていた。ネヴィル・リー・クックソンの恋人 マギー・パット・オースチン。
姫のことが露見して、オースチン一族は次々と法服貴族としての立場を追われた。頂点を伯爵位とする一門だ。そこまでして王家直属の機関に執着する必要はないはずだ。領地経営も堅実で安定している。それなのに継ぐ家のない子息は王家直轄の機関に勤め、令嬢は高位貴族の教育係になることがほとんど。中央に存在することに並々ならぬ執着を抱く一族 オースチン。
その実績の甲斐あって当代の娘は王従妹の推薦を受けて姫の教育係にまでなった。姫の王位継承権は三位とはいえ、姫の上は王子が二人だ。姫が王になることはそうそうないだろう。だが十分な可能性は秘めているし、そうならなくても次代に影響を持つ存在となることは間違いない。そこに着目したのだと思う者は多かったと思う。だが蓋を開けてみれば王位簒奪を狙うクックソン家が絡んでいた。あちらこちらに仕掛けていた罠は、王家とアサートン家、他の王族の協力を得て無効化されていると聞く。
クックソンからすれば宿願だろう。あともう少しで手に入るはずだった王位。王家の家名は変わらなくても、王を輩出した家としてクックソン家は準王族となり、大公となるはずだった。女性でも家を継げるように法が変わらなければ。準王族となればクックソン家は他の家から飛び抜ける形となる。己の血を分けた者が王族として血を繋ぎ、クックソン家は準王族として確固たる地位を築く。その野望を抱き続け、行動を起こしたネヴィル。その恋人 マギー。
そのマギーがオレに声をかけてきた。
「初めてお目にかかりますわね」
オレを取り込もうとしていることを聞いて、こうして接触してきたのだろう。
「……どうも」
あっちからの接触は何度かあった。ティムへの接触は早々に断念したようで、矛先はオレに向かっているのは実感していたが、まさか彼女が声をかけてくるとは思っていなかった。これっぽっちも。
ネヴィルの命令だろうか。
警戒して、上手く答えられない己の不甲斐なさに苛立つ。そんなオレの心情を察したのか、マギーは笑う。
曲が始まり、マギーがオレに向かって手を差し出した。オレにダンスに誘えといっているのだ。
「警戒していただいて構いません」
罠かもしれないと思ったが、オレ達はクックソンに対する有効な対抗手段を生み出せないでいる。レジーは嫌がっているが、多少の犠牲を払うことは覚悟の上だ。だからといってやたら危険な中に飛び込む気はない。臆病だと笑われても、怖いものは怖い。自分が凡人であることをオレは知ってる。無茶をすれば無茶をしただけの結果しか残らないことが分かる。何かを得られると思うことこそ思い上がりだ。
マギーをダンスに誘い、踊る男女の中に紛れ込む。
無言のままダンスをする。何を話していいのか分からない。
「手を組みましょう」
直接的な言葉に身体に力が入る。
「……それは、家を裏切ってクックソンの配下になれということか?」
表情は変えないが、口調までは優しくはできなかった。
「いいえ。手を組むのは、貴方と私よ」
「……恋人に、ネヴィルに命令されたのか? オレを誘惑しろと」
マギーは笑う。
「よくご存知ね、私が彼の愛人だって」
「……オレはオレのやりたいようにやる。命令なんてクソ喰らえだ」
本当はここで、喜んでとでも言ってクックソン陣営に入り込むべきなのは分かってる。でも、レジナルドの顔がチラつく。オレは散々アイツに嫌な態度を取り続けた。アイツは悪くないのに。何も知らないのに。全てを知った後ですらあんな態度で。お人好しすぎるアイツが、必死な顔で駄目だと言った。
「貴方への接触は今後も続くわ。下手をすれば言うことをきかせる為に強硬手段に出るかもしれない」
明確な脅迫に苛立ちを覚える。
「だから、私に誘惑されて、それにのったふりをしてほしいの」
思いもよらない言葉に、「どういうことだ?」と聞き返すのが精一杯だった。
「私ね、ネヴィルを破滅させたいの」
「……信じられない。そっちの計画がもし上手くいけば、国母になるんだろう」
マギーの笑みが歪む。
「そんな戯言を信じているのはオースチン一族だけだわ」
戯言。彼女の顔は自分の輝かしい未来に希望を抱いてるそれではなかった。
「王太子殿下に伝えて」
そろそろ曲が終わってしまう。
「婚約者を守れと」
くるっと回転して、真っ直ぐにオレを見るマギーの目は、聞いていたとおり、わずかに左右の色が違っていた。
ダンスが終わると、マギーは笑顔でオレから離れていった。
壁に寄りかかり、マギーの言葉を何度も反芻する。
罠の可能性はある。
信じる理由がない。
だがもし本当に王太子の婚約者になにかがあったら? それすら罠だったら?




