52.姫のデビュタント 後編
全てのデビュタントの挨拶が終わると、社交界に新たな花が加わり、更に賑やかになるだろうといった定型文を陛下が言って、デビュタントの挨拶そのものは終わる。今度はデビュタントが音楽に合わせてパートナーと踊る。二曲目からは他の人とも踊れるようになるし、参加している他の貴族達も踊れるようになる。
ここまでが長い。デビュタント達もずっと見られていて緊張するだろうし、大変だと思うけど、見守り続けるこちらもまぁまぁ大変です。
フィアは真剣な表情でデビュタント達を見てる。自分の時のことを思い出しているのかもしれない。デビュタントの時のフィアを迎えに行けなかったし、ファーストダンスも踊れなかったけど、これからはフィアをエスコートしたいし、ダンスもしたいし、男女問わず変な輩がフィアに近づくなら守りたい。
ジェーン殿下はトーマスと楽しそうに踊ってる。トーマスは無表情ではなさそう。愛されたい仲間として、姫の気持ちが満たされることを望むばかり。
不慣れなデビュタント達でも踊りやすい曲が続く。オレもダンスは不慣れなので大変ありがたい。
フィアの前で礼をし、ダンスに誘う。パートナーだけどね、きちんと誘いたい。これまでの婚約者がフィアを誘わなかった分を代わりに。
「フィアメッタ・オブ・ミラー嬢。私と踊っていただけますか?」
「光栄です」
手を取って、ダンスホールに入る。
ダンスは不慣れだけど、フィアと踊るために身体も鍛えたし、ダンスの練習もした。
ふくよかなフィアを持ち上げられるようにと鍛えたのは、フィアが痩せたことで不要にはなったけど、その分オレの安定感が増したということにしておこう。
「レジー様、ダンスもお上手ですのね」
「母に練習相手になってもらいましたから」
母親はダンスが好きだけど、父はダンスが嫌いらしく、あまりに下手で母には散々怒られたけど。文句を言いながら付き合ってくれた母に感謝。普段父とはできないようなリフトなんかもやらされたので、上手い下手はさておいても、レパートリーは増えたと思う。
「私が下手で申し訳ないわ」
「これから一緒に上手くなっていけばいいですよ」
オレもフィアも社交界に出たばかりなんだから、これから時間をかけて上達すればいいと思う。ちなみにそれは、これからもずっとオレがフィアと一緒にいます、というアピールでもあります!
「レジー様は本当に、私の欲しい言葉ばかりくださいます」
「フィアに愛されたいので、フィアの欲しい言葉ならいくらでも捧げたいです」
とにもかくにも愛されたいからね。相思相愛にはなったけど。愛を維持するには一も二もなく努力です、とタラに毎日言われております。
人の心は物ではないんだから、手に入れたら終わり、とはならないんだよな。当たり前のことなのに失念するというか。オレが毎日考えたり感じるように、フィアだって考えるし、感情も動く。自分の気持ちは分かるけど、自分以外の気持ちは分からない。態度だけではなく、言葉も大事らしい。伝わってるだろうは怠慢です、と言われた。言われることはもっともなことばかりだから、取り入れたいし気を付けたいとは思っているんだけど。……若干、タラが夫に対する不満をオレにぶつけてるんじゃないかという気はしてる。
できるか不安だとタラにこぼしたら、息を吐くように愛の言葉を捧げてみたら身に付くのではないですかと言われたので、それを取り入れたいと思います。
正直な気持ちを伝えて喜んでもらえるなら、それが一番だし。
「レジー様?」
「ごめん。少し別のことを思い出していました」
「私以外のことを考えては嫌です」
可愛い!!
「フィア、駄目です」
「何故ですか? 正直な気持ちをお伝えして良いとおっしゃったではありませんか」
不満そうな顔も可愛い。好きな人の顔はどんな表情になっても可愛く見えてしまう。
「フィアが可愛くて抱きしめたくなるから、今は駄目」
オレの理性を試さないで。
「今ならダンスということで許されるのではないですか?」
なんてことを言うんだ、フィア! ただでさえオレは意思が弱いのに!
「困らせるようなことを言うのであれば、こうですよ!」
「キャッ」
フィアを持ち上げてくるりと回転してみせる。軽いなー、フィア。リフト余裕でできた。
「レジー様、もう一度やってくださいませ」
目をキラキラさせておねだりする婚約者が可愛くて、鍛えて良かったと心の底から思った。
くるくると回るフィアのドレスが、花のように広がって、衆目を集める。フィアの可愛さが周囲に伝わったならよし。
他のカップルでも、女性が男性に持ち上げて欲しいとお願いしている気配があった。大概の男性は断っていたけど。ドレス、重いからね。鍛えてないと厳しいのでやめたほうがいいと思います。
視界に、誰かがリフトされているのが見えた。トーマスだった。トーマスと目が合う。にやりと笑ってるし。負けず嫌いだなー、アイツも。
姫も驚きはしたものの、喜んでいるようなので、良かったよかった。頰を赤く染めて微笑んでる姫に安堵する。色々あったけど幸せになってほしいからね、姫にもトーマスにも。
踊り終えたオレとフィアは、他の人と踊るつもりはなく、壁際に寄って飲み物を受け取る。
「レジー様ったら、突然リフトをなさるのだもの、驚いてしまいました」
「フィアを抱きしめたいけれど、それはまだ許されませんからね、苦肉の策です」
ふふ、と笑うフィアがとても嬉しそうで、その笑顔を見ているだけでオレも幸せな気持ちになる。前は何をするにもおっかなびっくりといった感じで、表情もぎこちなかった。笑顔も嬉しいけど、フィアがこうしてありのままの自分を見せてくれていることが嬉しい。
オレは既にフィアなしでは生きていけない。フィアに自分の物だと言われたり、自分だけを見てほしいと言われるともう、あぁ、幸せ! 幸せ!! ってなる。誰にも渡したくないとか、はぁ……何度言われてもたまらない。分かってる。分かってます。変態だって。でも愛されたいんだから仕方がない。重いおもーい愛情をたっぷり押し付けられて溺れたい。束縛もいいと思います。
「あら?」
何かに気づいたのか、フィアがオレの袖を掴む。
「あの方とご一緒してらっしゃるの、レジー様の弟のベン様では?」
「えっ」
言われた方向に目を向けると、ベンが令嬢と踊ってた。マギー・パット・オースチン、ネヴィルの愛人と言われる女性と。
近付くなと言ったのに、なんで。
「おい、レジナルド」
同じように気付いたらしいディヴィッドが戸惑った表情でオレ達の所にやって来た。
「……ベン」




